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それぞれの道
5.異変
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エミリオは目を見開き、シオンは眉間に深いしわを刻み込む。
マスコミ対応の手伝いに借り出されているはずの同僚へ連絡を取るべく、端末を取り出したのはマリユスであった。
「ホーリーさん?」
「誰か!」
「中継を一時中断してください!」
「返事をしてください」
男女様々な声が映像越しに聞こえ、数秒後、立体映像は強制的に終了させられる。
「おい、これって、生放送だよな」
「あぁ」
映像があった場所から目を離すことなくエミリオが問えば、硬いシオンの声が返される。
「ってことは……」
壇上から姿を消したホーリー。大きなものが落ちたような音。騒がしい人々の声。スタッフらしき者達の呼びかけ。
導き出される答えは単純明快なもの。
エミリオは静かに息を呑み込んだ。
嫌な連想しかできない。
「連絡とれたよ!」
停止しかける思考に待ったをかけたのはマリユスの一声だ。
彼の言葉にシオンもエミリオもハッと目を覚まし、素早く顔の向きを変える。今見るべきなのは何も無くなった空間ではない。これからの行動を決める情報を持つマリユスだ。
「急に倒れて目を閉じてるって。
息はあるけど、専門家がいないから、ただ寝てるのか体調の問題かはわからないらしい!」
「バッカ! いくらホーリーが寝るっつったって、倒れるような寝かたはしねーよ!
病院! 医者呼べつっとけ!」
「もう言った!」
怒声のようなやり取りをしつつ、三人はバタバタと席を立ち、個室を飛び出る。
料金が前払いの店であることが幸いし、彼らは会計のために時間を消費することなく大通りへと身をやってホーリーが搬送されるであろう病院へと向かう。
身体能力の高いエミリオは先陣を切って走り、その後をシオンが追う。
マリユスはすぐさま移動容器を呼び出し、端末越しに現地にいる同僚へと指示を飛ばす。
「彼女のご両親は数年前に他界。配偶者もなし。
近くの総合病院へボクを含め三人向かってるから、そこで詳しい話を聞かせてほしい。
一通りの検査はよろしく。特に脳。眠るってことが体調に影響を及ぼしているなら、脳にも何らかの影響があるかもしれない」
眠るという特殊な体質に対処できる者は少ない。
いつでもどこでも専門家を隣に置いておくということができず、ホーリーもまたそれを望まないというのならば、自分達が助けになってやりたい。三人はいつでもそう思っていた。
物理的な距離による阻害が少ない今、彼女が倒れたというのならば事を静観するなどという選択肢が出てくるはずもなく、彼らは示し合わせたかのように己がとるべき行動を判断し、実行に移していく。
一刻も早く彼女の元へ駆けつけるのはエミリオとシオンの役目。
専門外ではあるが、眠ることについて一般人よりも多くの知識を貯えたマリユスは指示を適切な処置が行われるようサポートする。
彼が己の役目を果たしつつ、移動容器を待っていた頃、エミリオとシオンは大通りを駆け抜けていた。道の端に置かれた空き缶を蹴り飛ばし、秒単位でゴールまでの時間を縮めていく。
二人は職業柄、動き回ることが多いため、体への負担を最小限にしつつ、より早く動くことができるよう設計された靴を何足も所有している。
久々の邂逅となった今日もデザインを重視したお洒落な靴ではなく、使い慣れた機能重視の靴を履いており、全速力から速度を落とすことなく走り続けることができていた。
「最近、あいつから体調不良とか聞いてたか?」
「特には」
前を行くエミリオが背後に問えば、すぐさま否定の言葉が紡がれる。
彼は舌打ちを一つし、苦々しげに声を上げた。
「オレもだよ! ちくしょう。
急に倒れるって何だよ。前々から体調が悪かったんなら、こっちにも一報送っておくのがマナーってなもんだろ!」
「どんなマナーだ。
お前だって風邪くらいでいちいち連絡してこないだろ」
「オレはいいんだよ!」
「どんな理屈だ」
無茶苦茶を言い始めたエミリオにシオンはこんな時だというのに笑ってしまう。
ホーリーに対する彼の過保護さは目に余るものがあり、今までも彼女に何かある度にこうして駆ける姿を見てきた。それはただの優しさではない。しかし、恋愛感情の一端でもない。
人類愛。もしくは父性とでも言えばいいのだろうか。
恋愛感情も性欲も全て置き去りにした果てに、エミリオはホーリーを見つめている。
彼は自身の妻がホーリーに思うところがない理由を彼女もホーリーのファンであり、エミリオにとってホーリーは古い友人であることを知っているからだと考えている。言うまでもないが、それは大きな間違いだ。
あの懐の広い嫁は、エミリオがホーリーに寄せている感情を知っていた。
隠し事を不得手とする彼の口から出るホーリーとのエピソードを聞けば嫌でもわかってしまう。二人の間に恋愛というものが入り込む余地は微塵もないのだ、ということを。
エミリオだけがいまひとつ己の心を理解していない。彼が余りにも愚かであるからか、どうでもよいと思考を停止させているのか。おそらくは後者であるのだろう。
事実、細かなことなど知らずともエミリオはエミリオであり、ホーリーを想う気持ちに微塵の変化もない。深く考え、心のあり方に名前をつける必要性などないも同然である。
「オレはあいつの親父さんに頼まれてんだ!」
「何度も聞いたよ」
ホーリーの父、ボリスが五十八年の生を終える時、彼女の隣にエミリオはそっと寄り添った。
妻であり母であるマリーの体調も思わしくなく、ボリスと同じ病院に入院しており、泣き崩れるホーリーへ寄り添うことのできる最も近しい人物は彼女の友人くらいのものであった。
代表としてホーリーの傍らに立ったエミリオは、死に逝くボリスから娘を託された。
特殊な体質として生きていかねばならぬホーリーを、彼女が生きた中で唯一愛し愛される関係となったエミリオへ。
既に妻となる女性がいた彼に託すのは申し訳ない、と言いながらも、ボリスは退く気のない眼差しを持ってホーリーのこれからを頼む、と口にした。
エミリオは断らなかった。ノーという言葉の存在を知らぬ子供のように、ただ、頷いた。
「だから、オレは、オレだけは、あいつが元気で幸せな一生を終えるまで見届けなくちゃいけねぇんだ」
「……私達よりもホーリーは長く生きるぞ」
シオンは悲しげな表情を浮かべる。
いつだったか、過去、眠っていた人間は今を生きる人間よりも長い時間を生きたらしい、と聞いた。ホーリーがその性質を受け継いでいるのであれば、エミリオは彼女の終わりを見る前に死ぬことになるだろう。
「残されたあいつは泣くかな?
でも、オレは、生きててほしい」
「矛盾してる」
見届けたいのか、見送ってほしいのか。
「うっせー! 難しいことはわからん!
ホーリーの一生を見届けたい!
だけどオレより先に死んでほしくもない! 以上!」
一から十まで全て理にかなった感情などありはしない。
エミリオは万感の思いを胸に声を張り上げた。
マスコミ対応の手伝いに借り出されているはずの同僚へ連絡を取るべく、端末を取り出したのはマリユスであった。
「ホーリーさん?」
「誰か!」
「中継を一時中断してください!」
「返事をしてください」
男女様々な声が映像越しに聞こえ、数秒後、立体映像は強制的に終了させられる。
「おい、これって、生放送だよな」
「あぁ」
映像があった場所から目を離すことなくエミリオが問えば、硬いシオンの声が返される。
「ってことは……」
壇上から姿を消したホーリー。大きなものが落ちたような音。騒がしい人々の声。スタッフらしき者達の呼びかけ。
導き出される答えは単純明快なもの。
エミリオは静かに息を呑み込んだ。
嫌な連想しかできない。
「連絡とれたよ!」
停止しかける思考に待ったをかけたのはマリユスの一声だ。
彼の言葉にシオンもエミリオもハッと目を覚まし、素早く顔の向きを変える。今見るべきなのは何も無くなった空間ではない。これからの行動を決める情報を持つマリユスだ。
「急に倒れて目を閉じてるって。
息はあるけど、専門家がいないから、ただ寝てるのか体調の問題かはわからないらしい!」
「バッカ! いくらホーリーが寝るっつったって、倒れるような寝かたはしねーよ!
病院! 医者呼べつっとけ!」
「もう言った!」
怒声のようなやり取りをしつつ、三人はバタバタと席を立ち、個室を飛び出る。
料金が前払いの店であることが幸いし、彼らは会計のために時間を消費することなく大通りへと身をやってホーリーが搬送されるであろう病院へと向かう。
身体能力の高いエミリオは先陣を切って走り、その後をシオンが追う。
マリユスはすぐさま移動容器を呼び出し、端末越しに現地にいる同僚へと指示を飛ばす。
「彼女のご両親は数年前に他界。配偶者もなし。
近くの総合病院へボクを含め三人向かってるから、そこで詳しい話を聞かせてほしい。
一通りの検査はよろしく。特に脳。眠るってことが体調に影響を及ぼしているなら、脳にも何らかの影響があるかもしれない」
眠るという特殊な体質に対処できる者は少ない。
いつでもどこでも専門家を隣に置いておくということができず、ホーリーもまたそれを望まないというのならば、自分達が助けになってやりたい。三人はいつでもそう思っていた。
物理的な距離による阻害が少ない今、彼女が倒れたというのならば事を静観するなどという選択肢が出てくるはずもなく、彼らは示し合わせたかのように己がとるべき行動を判断し、実行に移していく。
一刻も早く彼女の元へ駆けつけるのはエミリオとシオンの役目。
専門外ではあるが、眠ることについて一般人よりも多くの知識を貯えたマリユスは指示を適切な処置が行われるようサポートする。
彼が己の役目を果たしつつ、移動容器を待っていた頃、エミリオとシオンは大通りを駆け抜けていた。道の端に置かれた空き缶を蹴り飛ばし、秒単位でゴールまでの時間を縮めていく。
二人は職業柄、動き回ることが多いため、体への負担を最小限にしつつ、より早く動くことができるよう設計された靴を何足も所有している。
久々の邂逅となった今日もデザインを重視したお洒落な靴ではなく、使い慣れた機能重視の靴を履いており、全速力から速度を落とすことなく走り続けることができていた。
「最近、あいつから体調不良とか聞いてたか?」
「特には」
前を行くエミリオが背後に問えば、すぐさま否定の言葉が紡がれる。
彼は舌打ちを一つし、苦々しげに声を上げた。
「オレもだよ! ちくしょう。
急に倒れるって何だよ。前々から体調が悪かったんなら、こっちにも一報送っておくのがマナーってなもんだろ!」
「どんなマナーだ。
お前だって風邪くらいでいちいち連絡してこないだろ」
「オレはいいんだよ!」
「どんな理屈だ」
無茶苦茶を言い始めたエミリオにシオンはこんな時だというのに笑ってしまう。
ホーリーに対する彼の過保護さは目に余るものがあり、今までも彼女に何かある度にこうして駆ける姿を見てきた。それはただの優しさではない。しかし、恋愛感情の一端でもない。
人類愛。もしくは父性とでも言えばいいのだろうか。
恋愛感情も性欲も全て置き去りにした果てに、エミリオはホーリーを見つめている。
彼は自身の妻がホーリーに思うところがない理由を彼女もホーリーのファンであり、エミリオにとってホーリーは古い友人であることを知っているからだと考えている。言うまでもないが、それは大きな間違いだ。
あの懐の広い嫁は、エミリオがホーリーに寄せている感情を知っていた。
隠し事を不得手とする彼の口から出るホーリーとのエピソードを聞けば嫌でもわかってしまう。二人の間に恋愛というものが入り込む余地は微塵もないのだ、ということを。
エミリオだけがいまひとつ己の心を理解していない。彼が余りにも愚かであるからか、どうでもよいと思考を停止させているのか。おそらくは後者であるのだろう。
事実、細かなことなど知らずともエミリオはエミリオであり、ホーリーを想う気持ちに微塵の変化もない。深く考え、心のあり方に名前をつける必要性などないも同然である。
「オレはあいつの親父さんに頼まれてんだ!」
「何度も聞いたよ」
ホーリーの父、ボリスが五十八年の生を終える時、彼女の隣にエミリオはそっと寄り添った。
妻であり母であるマリーの体調も思わしくなく、ボリスと同じ病院に入院しており、泣き崩れるホーリーへ寄り添うことのできる最も近しい人物は彼女の友人くらいのものであった。
代表としてホーリーの傍らに立ったエミリオは、死に逝くボリスから娘を託された。
特殊な体質として生きていかねばならぬホーリーを、彼女が生きた中で唯一愛し愛される関係となったエミリオへ。
既に妻となる女性がいた彼に託すのは申し訳ない、と言いながらも、ボリスは退く気のない眼差しを持ってホーリーのこれからを頼む、と口にした。
エミリオは断らなかった。ノーという言葉の存在を知らぬ子供のように、ただ、頷いた。
「だから、オレは、オレだけは、あいつが元気で幸せな一生を終えるまで見届けなくちゃいけねぇんだ」
「……私達よりもホーリーは長く生きるぞ」
シオンは悲しげな表情を浮かべる。
いつだったか、過去、眠っていた人間は今を生きる人間よりも長い時間を生きたらしい、と聞いた。ホーリーがその性質を受け継いでいるのであれば、エミリオは彼女の終わりを見る前に死ぬことになるだろう。
「残されたあいつは泣くかな?
でも、オレは、生きててほしい」
「矛盾してる」
見届けたいのか、見送ってほしいのか。
「うっせー! 難しいことはわからん!
ホーリーの一生を見届けたい!
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一から十まで全て理にかなった感情などありはしない。
エミリオは万感の思いを胸に声を張り上げた。
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