異世界転生 剣と魔術の世界

小沢アキラ

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第一部・最終章 魔術剣修道学園

第三十四話

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 親睦会から三日後。ユリと俺の関係はかなり進展し、恋人に近しい関係へと発展していった。
 ユリは、自らの運命を変えるために必死に勉強し、剣術の質を伸ばしていった。元々高成績を納めていたにもかかわらず、未だ伸び代があることに驚く他なかった。

 カズヤは親睦会以降、休息時間や就寝時間を割くほどの修練に明け暮れた。暇が有れば木剣で型や剣技を極め、自作魔術の完成形を早期に仕上げようと、あらゆる論文を読み漁っている。講義の小テストでは満点を目指し、寮則や学園規則を遵守するようになった。
 不良生徒が更生したかのような生活態度に、全員からの評価が一周した。マリナ女史からは絶賛の言葉を送られ、同室の男子からのからかいが無くなった。
 何故突然、カズヤは真面目になったのか。それは、委員長を……ユリを救うためだった。
 彼女は学園を卒業すると同時に政治家の息子に嫁いでしまう。彼女本人はそれを望んでおらず、俺に守護隊に入隊して自分を嫁にしてほしいと頼んできた。
 不安な将来に怯える彼女の願いを叶えるために、俺は今まで以上の努力を積み重ねることを決意した。
 自分でも意外だった。まさか彼女のために、ここまで頑張れるとは思いもしなかった。どうやら俺は、自分が思っている以上にユリのことが好きだったようだ。
 今考えれば不思議なことでもない。ユリは容姿も整っているし、学力も剣術も一級品。おまけに家事全般を完璧にこなし料理も上手いときた。
 誰が見ても完璧すぎる女性が、結婚を申し込んできたんだ。しかも、俺を頼る形で。
 そんなの張り切らないわけがない。絶対守護隊に入隊して、ユリに幸せにしてみせる。
 ……と、最初の一瞬は考えたが、冷静になって気付いた。自分がユリのために頑張っているのは、そんな邪な理由などではないと。

 委員長の頑張りを知っている。毎日遅くまで教室に残って清掃し、花壇の花に毎日水やりをしており、みんなのために勉強会を開いている彼女の頑張りを、俺は知っている。
 誰にも気付かれないようなことを毎日取り組んでおり、誰かのために頑張れる彼女には、自分の将来を自分で決め、幸せになる権利がある。それは例え、肉親である父親でも、自己の私欲のためだけにねじ曲げていいわけがない。
 彼女の頑張りを近くで見てきた俺には、彼女の将来を守護する義務がある。俺はクソ親父の手から、ユリを守り抜いかなければならないんだ。
 
 親睦会から四日後。今月初めての荒れた空模様。
 吹き寄せる突風に乗って、大粒の雨が激しく窓を叩く。カズヤは修練場控え室で焔天剣を磨く手を止め、陽光を遮る曇天を眺めた。
 幾重にも連なる黒雲がうねり、隙間を雷光が切り裂く。
 今日は天候が荒れてるため休校となり、学生としては嬉しい限りではあるが、外に出られないため魔術の修練が出来ないことが残念でならない。
 修練場は学生が沢山いるせいで落ち着いて修練出来ないし、焔天剣を磨く以外することがない。
 焔天剣の手入れは一日も欠かさず毎日行なっているが、使用するのは学園から貸与られた木剣だけで、学園に籍を入れてからは、鞘から抜くのはこの時だけだ。
 学園規則で申請書を提出すれば、私的決闘時にのみ使用は許可されている。私的決闘は大体、女性を賭けた決闘やご飯のおかずを賭けた決闘など多種存在するが、俺は一度も受けたことがない。
 一応申請書は出しているが、焔天剣を一度でも打ち合わせれば、あらゆる剣は砕けてしまうだろう。それでは決闘にならないし、弁償しろと言われたら困る。
 この剣を遠慮なしにぶつけられる相手は、現時点で四人ほどしか知らない。
 一人は言わずと知れた天界の騎士。元々相棒の持ち主であるあの人なら、俺の剣も難なく受け止めるだろう。
 二人目はジュウオンジ。過去の決闘でそれは思い知った。まだ剣技も未熟だった頃だから、今はどうか定かではないが。
 三人目は、サヤが使っている餓断剣だろう。直接打ち合ったことはないが、伝説の餓狼の牙が素材なのだから、戴天の鉤爪と良い勝負が出来るはずだ。いずれ機会が有れば打ち合ってみたいものだ。
 そして最後は、憎き暗黒騎士。
 剣どころか魔術も通用しなかった化け物。あいつに敗北して以降、俺は決して自分を過信しなくなった。もし奴と再戦する機会が訪れた時、俺は一切の迷いも傲りもなく、戦いに集中する所存だ。
「はーっ」
 とりとめない想いを息と一緒に吐きかけ、さっと曇った漆黒の刀身を油革で丁寧に磨き込む。ランプの光を幾重にも反射するほど綺麗になると、鞘にぱちりと納める。
 景気の良い音色が耳に届くと同時に、それを調和するように、四時の軽やかな鐘の音が響く。
「それにしても、ユリ遅いな」
 控え室の扉を見ながら呟く。
 親睦会が終わってから、毎日四時から控え室で色々な話をしている。彼女はいつも約束の十分前には控え室に来ており、約束を破ったことは一度もない。じわりと喉元に込み上げる不安感を押し戻し、軽く肩をすくめる。
 そこで自分が、ユリに会えなくて寂しいと考えていることに気づき、高速でかぶりを振り気を紛らわした。
 すると突然──ようやく、こんこん、という小さなノックの音が部屋に鳴り響いた。
 それを聞いた途端、カズヤはほーっと長く息を吐き出した。良かった、愛想が尽きてなくて、と安堵しつつ長椅子から立ち上がり、足早に部屋を横切ると、扉を押し開ける。
「遅いよユリ、来ないんじゃないかって心配し……」
 そこまで言ってから、カズヤは唖然と言葉を呑み込んだ。視界に飛び込んできたのは、桃色の髪ではなく、見慣れた紫色の髪の毛だったのだ。
 訪問してきたのは、ユリではなくサヤだった。しかも、何故か余裕がなく焦っている。
 こちらが何か言うより先に、サヤは狼狽の滲む声を出した。
「ユリがどこにいるか知らない?」
「……は?」
「だから! ユリが今どこにいるか知らないかって聞いてるのよ!」
「ちょ、落ち着け。質問がまるでわからないから、一から話してくれ」
 興奮状態のサヤを宥めながら控え室に入れ、先程まで座っていた長椅子に座らせる。控え室に設けられた給仕室で紅茶を淹れ手渡すと、一旦落ち着いたのか「ごめん、頂くね」と穏やかに言い放った。
 紅茶を一口啜ると、湯気を口からはーっと吐きだし、カップを木製の机に置いた。
「落ち着いたか?」
 カズヤの確認に、ゆっくりと頷いた。彼女の反対側にパイプ椅子を持ち座ると、机に肘をつきながら尋ねる。
「それで、一体何があったのか、ゆっくりでいいから説明してくれ」
 もう一度紅茶を啜ったサヤは、か細い声を絞り出した。
「……一時間前、ユイが学園に忘れ物をしたから、マリナ女史の許可を得てから、学園に向かったの」
「この嵐の中を? なんで止めなかったんだよ」
「止めたんだけど、ユリは聞かなかったのよ。なんか、大事なものを忘れたらしくて、今日中に取りに行かなきゃいけないって言ってたから」
 この嵐の中に無理してでも取りに行くなんて、ユリは一体何を取りに行ったんだ? 様々な考察を繰り広げる中、サヤは蒼白の顔を痛々しいほどに強張らせ、続けた。
「ユリは三十分後に帰ってくるって言ってたから待ってたけど、帰ってこなかったの。マリナ女史に聞いても見てないって言ってて……」
「なんだって」
 カズヤは掠れた声で呟いた。
「だから、カズヤなら何か知ってると思って探してたの。二人とも、最近よく一緒にいるから」
 すがるような願いから行動しているのが分かるほど、サヤの顔は血の気が引いていた。俺自身も、焔天剣の鞘を握ったままの指先がすうっと冷えていくのを鮮明に感じていた。
「委員長が出て行ったのは、一時間前だよね」
 尋ねると、ゆっくりと頷いた。
 カズヤは息を呑みつつ窓を凝視する。相変わらず風雨に叩かれている。この嵐では、学園に行って帰ってくるだけで往復四十分はかかる。あの委員長が二十分も遅れるなんて、何かしらトラブルが起きたに違いない。
 マリナ女史に捜索の申請書を提出すれば講師方が探してくれるが、嵐が止んでから行動するだろう。とても待っている余裕はないと判断し、カズヤは早口で告げる。
「解った。俺も学園に向かってみるから、お前は部屋で待っててくれ。可能性は低いけど、帰ってるかもしれないし、帰ってくるかもしれないからな」
 不安げに頷くサヤを残し、カズヤは部屋を出た。廊下を数歩走ったところで、手入れが終わったばかりの焔天剣をそのまま持ってきてしまったことに気付いたが、部屋に置きに戻る時間も惜しい。左手にぶら下げ、エントランスルームへ駆け込む。
 すぐにカウンター前に立ちマリナ女史に事情を説明しようとしたが、運悪く席を外している。
 カウンター前に置かれた年間予定表の裏側に『急用が出来たので外出します。処罰は後でいくらでも受けます』と走り書きし、カウンター前へ乱暴に放置する。
 出入り口を押し開け外へ飛び出す。ごうっと吹き込む雨粒混じりの強風に顔をしかめつつ、カズヤは学園に通ずる道へと走り始める。
 
 そして後に知る。自分が二度と、この道の上を歩くことが出来ないことを。もう二度と、寮に入ることが出来ないことを。

 寮を飛び出してから三十分後。予定よりも遅く学園に到着したカズヤは、前方に薄く張っていた鋼素を解除し、学園の門を押し開ける。
 光素のランプも点いておらず、廊下は先の見えないほどの暗闇に包まれており、外から聞こえる暴風の音が不気味に響いている。
 ホラー映画だったら、入口が勝手に閉まった後に、未知の怪物に襲われる定番の場面だなと、下らない考えを一瞬だけ想像して振り払う。
 休校時に不法侵入したのがバレれば、生活態度や成績で処罰の度合いが変わる。良ければ指導か謹慎、停学のどれかで治まる。悪ければ学園から追放される。
 成績は良いが生活態度が悪い俺は確実に謹慎という処罰が妥当だろう。ユリは多分、許可を得てるから処罰を受けずに済む……と思うが、実際のところは怪しい。
 今の言い方では、許可を取れば何時間いても構わないようと認識されてしまう。そうなれば何人もの生徒が不当な理由で学園に侵入し悪さを働くかもしれない。
 だから実際の所は、申請書提出から二時間しか学園に滞在出来ない。それを破れば規則違反となってしまうため、別の処罰を受けてしまう。
 入学試験時にも一人いたが、異世界には合法的な理由を無理矢理こじつけ、法に触れなければ何をしても良いと思っている輩がいる。
 ずる賢い奴は、法に触れているにも関わらず、あれこれ理由をつけて違反していないことを主張してくる。俺の知ってる奴はそれだったが、後に不正が発覚しそれ相応の報いを受けた。
 ユリがそんなことするとは思えないが、見つけたら言い訳、じゃなくて事情を聞いてみるか。その上で一緒にマリナ女史に事情を説明し謝れば、きっと許してくれるだろう。──俺は情調酌量の余地なく刑罰が課せられるだろうけど……その件は帰り道にゆっくりと考えよう。
 何はともあれ、今は行方不明になったユリを見つけることが先決だ。ユリが学園に来たのは一時間前、それから三十分経っているということは、残された時間は三十分。それまでに見つけ出さなければいけない。
 とにかく最初は、視界を覆う闇を払わなければ。
 カズヤは右手に集中させた空間魔素を即光素に変換、吸収構文を加え、空中に留める。
 暗黒は三メートルほど遠ざかり、辺りを明るく照らし出す。学園に籍を入れてから、初歩的な魔術は全て簡単に詠唱することが出来る。

 相変わらず慣れとは怖いものだ。空間に留まる光素を眺めながら思った。
 異世界に転移したばかりの頃は、光素を草穂に宿しただけで驚いていた自分が嘘のように思える。
 異世界転移をしてから、もう一年以上経つ……日に日に元の世界での記憶が薄れていき、同時に異世界での生活に順応している。今では魔術が自分の中でも常識になり始めているし、空間魔素のない生活に違和感すら覚え始めている。
 大分異世界の常識に染まってきている現状態で元の世界に帰ったら、俺は普通の生活が出来るのだろうか?
 魔術もなく、何をするにも金がいるような薄汚い世界に帰って、今以上に満足出来る生活が出来るのだろうか?

 ……いっそこのまま、水樹和也という存在が消えて、カズヤとして生きた方が楽なんじゃないのか。

 危ない物思いから精神を引き戻し、自分が通う教室へと無言で足を運ぶ。階段を二度駆け上り、湾曲する廊下を東に曲がる。円を描く三階廊下の中央、閉ざされた扉の前に立ち止まると、右拳を乱暴に叩きつけ横に引く。
「ユリ!」
 薄暗い教室全体に響くほどの声で名を叫ぶも、返事はなくただ虚しく響くだけだった。入り口付近にあるスイッチを乱暴に叩き、光素の宿ったランプが点灯し、暗闇を一気に消滅させる。
 教室内の机は一切乱れておらず、誰かが来た痕跡はない。雨の中濡れてきたのなら、足跡が残っているはずなのに、教室の床は一切濡れていない。
 ぎりっと歯軋りをし、教卓前の机に歩み寄る。そこはユリの席であり、隣は自分の席だった。
 ごめん、ユリ。先に胸中で謝罪してから、ユリの机の引き出しを覗き見る。中には教科書類が綺麗に収納されており、やはり誰かがいじった痕跡はない。
 訳が分からなくなった。ユリは忘れ物を取りに学園に来たのに、引き出しの中は荒れていない。綺麗に整頓してから帰ったのであれば、何個か教科書は濡れているのに、一つも濡れていない。
 もしかしたら行き違いになって先に帰っているのかもしれない。それを確認するために戻るという手段があるが、もしいなければそこで終わりだ。もう一度学園に向かう許可が出るとは思えない。
 こんな時携帯電話が有れば、サヤに連絡して確認出来たのに。ここに来て初めて元の世界の道具に頼ったことに驚きながら、急いで教室を飛び出す。
 足は自然と書庫室へと向かっていた。
 ユリが教室以外で足を運ぶ場所は、俺が知ってる中でここしかない。もしいなければ、もう俺には彼女の居場所など見当がつかない。
 階段を飛び降り、湾曲する廊下を西に曲がりながら書庫室へ向かい──廊下に起きた異変に気付く。

 異変のある箇所まで慎重に進み止まると、膝を突きながら至近距離で注意深く目視し、右人差し指でスーッと撫でる。 
 カズヤが見つけた異変の正体は──水。しかも泥に近い、茶色く濁っている。光素を近づけて確認すると、それは足跡のような形をしている。
 まだ濡れているから、足跡の本人はここを通ったばかりということになる。そして、休校中の学園にいる生徒など、俺とユリ以外にいない。濡れているのは雨の中学園に来た二人以外ありえない。
 視線を先に巡らせると、濡れた足跡は点々と続いている。
 だが、足跡は書庫室には向かっておらず、下に行く階段に続いていた。
「もしかしてユリの奴……もう帰ったのか」
 安堵しながら呟き、足跡を追うように歩み始める。
 ユリは何を忘れ、何故帰りが遅くなったのかまでは、結局分からなかった。
 だがもうどうでもいい。この後寮に帰ったら、きっと今まで通りマリナ女史に叱られて処罰を受けて、その後にまたユリに叱られるんだろうな。
 いつもなら嫌な行事で帰りたくない気持ちが込み上げてくるのだが、今は不思議と嫌な気持ちは一切ない。
 むしろ、逆だった。
 ──早く帰ってユリに会いたい。
 頭はそれで一杯だった。
 階段を降り終えると、玄関に続いているであろう足跡を照らすために光素を近づける。

 そして、静止する。

 足跡が、玄関に向かっていなかった。更に一つ下──地下に続く階段に続いていた。

 どうして!? なんでユリは、立ち入り禁止の地下室に行ってるんだ!?
 驚愕しながら、続く足跡をもう一度確認する。何度確認しても、足跡は下に向かって続いている。
 学園には一階よりも更に一つ下があり、生徒は立ち入ることを禁じられている。講師方が言うには物置となっているらしく、実際に下から行事用の道具が出てくるのを何度か見たことがある。
 だが生徒がこの中に入ることは固く禁じられており、学園規則にも記されている。
 過去にこれを破った生徒は、問答無用で学園から追放された。
 立ち入っただけで追放されるような危険な場所に、何故ユリは向かっているのか。単なる好奇心で危険な橋を渡るような奴じゃないのは百も承知だ。
 その時、脳裏にあり得ない結論、単語が導き出された。

 拉致。

 誰もいない学園に不法侵入した盗人と運悪く鉢合わせしてしまったユリは盗人に気絶させられてしまい、地下の物置に連れて行かれてしまった。
 決定打に欠ける結論ではあるが、あり得なくもない。
 他者の敷地に無断で立ち入ることは禁書目録で禁じられているが、嵐の中で一時避難という理由を使えば入ることが出来る。
 しかしガラス窓を破壊して侵入すれば、如何なる状況であれ不法侵入になる。
 だが今回ばかりはそうではない。正面玄関は開いていたのだから、盗人も容易に入ることができる。
 盗人はそれを利用して学園に侵入し、そこで忘れ物を取りに来たユリと遭遇し、事件隠蔽のために地下に連行した。
 仮定したのが真実だとしたら、帰ってこない理由も納得がいく。
 だとしたら、俺が取るべき行動は二つある。

 一、寮に戻りマリナ女史に事情を話し、講師達に地下に入ってもらう。

 二、講師達には何も言わず、一人で突入する。

 普通に考えれば、中に凶悪な犯人がいるので大人を呼びに行く。
 だが今のカズヤには、冷静な判断をするだけの余裕がなかった。
 
 ある物を見てしまったが故に。

 冷静な判断を害する物。それは、床に点々と付いた、赤い液体──血だった。
 血は点々と続き、地下への階段の暗黒に続いている。

 もし、もしも。
 先の仮定で誤りがあるとしたら、それは。
 ユリを連れ去った犯人は、既に殺人を犯しているかもしれない、というものだ。
 事件隠蔽のためにユリを殺害し、講師以外が立ち入らない物置に隠せば、死体発見までに遠くへ逃げることが出来る。そうなってしまっては、犯人特定は困難を極めてしまう。
 言い知れぬ怒りが胸中を掻き乱し、同時に判断力を阻害する。そして、直感に似た決断を下した。
「待ってろユリ……今行くからな」
 左手に持つ焔天剣を腰に挿し、いつでも抜ける気構えで、地下への階段を一段降りる。
 この時点で俺は、学園規則を違反した生徒だ。これで、十二主席への道が更に険しくなった。
 だが、それがなんだ。十二主席という肩書きは、ユリの命よりも大切なものじゃない。一年間の待遇欲しさに、救えるかもしれない命を切り捨てるわけにはいかない。
 彼女との約束を守るのも大切だが、彼女自身を守ることの方が何よりも大切だ。
 今ここで行かなければ、俺は一生後悔する。ユリを救えずに守護隊に入隊したところで、俺は誇らしくも嬉しくもない。
 自分の中にある大切なものをなくさないためにも、自分の心そのものを保つためにも。
 禁書目録や学園規則に反してでも守りたい者のためにも、俺は階段を降りた。
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