異世界転生 剣と魔術の世界

小沢アキラ

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第一部・四章 最悪なる刺客

第二十四話

 目覚めて最初に視界に入ったのは、真っ白い天井だった。
 体全体で感じた感触は、布団による心地良さ。耳に届くのは、小鳥のさえずり。そして、頬を撫でる心地よい風。
 それだけの情報で、大体の状況を捉えることが出来た。
 ここは寮の寝室で、俺はベッドに寝ている。そして、染み付いた生活習慣によって目を覚ましたことになる。
 徐々に覚醒する意識、そして蘇る記憶。
 ジュウオンジと決闘して、なんとか勝利することが出来た。その後、サヤの胸で眠ってしまい腹パンされ──。
 そこで、記憶は途切れている。
 自分の足で寮に戻ってきた記憶もない。
 じゃあ俺は、どうやってベッドで寝たんだ。そんな疑問を解決するかのように、廊下に通じる扉が都合よく開いた。
 姿を現したのは、白スタンドカラーシャツとネイビーレーススカートに身を包んだサヤだった。
 いつになく清潔感に満ちた服装に唖然としていると、向こうから口を開いた。
「おはよう。朝食出来てるから、早く支度しなさいよ」
 それだけ言うと、すぐに廊下へ戻ってしまった。
 何故だろう。新妻感が凄い。まるで新婚夫婦みたいだな。
 そんな下らないことを考えながら、壁に掛けられた制服に腕を通した。
 ……ところで、何故彼女が朝食を作ってくれてるのだろうか……?

 朝食を食しながら、サヤから色々と聞いた。
 腹パンを食らった後、俺はそのまま意識を失った。多くの魔術と初めての決闘による疲れが一気に出てきたらしい。
 幸い、一日絶対安静で症状は完治すると言われ、その後はサヤに抱き抱えられながら寮に戻り、そのままベッドで眠っていた。
「そうなのか……ごめん、ベッドまで運ばせちゃって」
「別に気にしてないわよ」
 微笑みながら言うと、少しだけ神妙な面立ちになり、俺に告げてきた。
「伝言を預かってるわ」
「伝言……誰から……?」
「ワタルから。直接会って話したかったらしいけど、あんた気を失ってたからね」
 それはお前のせいだろう。と言おうとしたが、殴られる原因を作ったのは俺だから言うに言えない。
 咀嚼していたパンを飲み込んでから、尋ねた。
「それで、ワタルはなんて?」
「思ってたのとは違う戦い方で驚いたけど、勝てたから気にしてないって。今日は休息日だから、ゆっくり休んでね。だってさ」
 労いの言葉を聞くだけで、体の内側に残っていた疲労が、少しだけ無くなる……気がした。
 しかし、悪いことをしたな。
 決闘前夜に考えてくれた作戦を無下にしてしまって。後日、ちゃんと謝らなきゃ……
「何黙ってんのよ。そんなに嬉しかったの?」
「そりゃ嬉しいさ。なんだって、あのジュウオンジに勝てたんだからな」
 上位修剣士に勝てたことを自慢するように言うも、あれはほぼお情けでの勝利だから、自慢していいものなのかは微妙なところだ。

   ***

「さて、今日はどうしよっか」 
 食器洗いを済ませてから問いかけると、「あなたは休んでなきゃ駄目でしょ」と素っ気なく言われた。
 確かにまだ疲れが溜まってる気がするし、ここは言う通りにしようと渋々納得し、ベッドに腰掛ける、寸前──。
 ドゴォォォン!! という轟音が、外から響いた。
「何、今の音!?」
 思わず飛び上がった二人は、急いでベランダに飛び出た。
 そして、愕然とする光景を目にした。
 そびえ立つ中央魔術修道学園に、巨大な穴が穿たれている。中央区のあちこちでは火の手が上がっており、悲鳴が鳴り響いている。
「なんで……中央区で火災が」
 隣で呟いたサヤは、信じられないような顔をしている。
 中央区は少しお偉い方々が暮らしている。それ故に防犯システムも万全なはず。
 なのに火事が起きるなんて。一体中央区で何が起きているのか。いや……よく見れば中央区だけではなかった。
 ほぼ全ての地区から火の手が上がっている。しかも、尋常じゃない速さで広がっていく。
 勝手に足が動き、ベランダからリビングに戻る。寝室に置いてある剣を手に、飛び出るように玄関を開け、廊下を駆け抜ける。
「カズヤ!?」
 廊下に響く呼び声は、この時は届いていなかった。
 ただ無我夢中で廊下を駆け抜け、寮から飛び出す。そして、惨劇を目の当たりにする。
 中央広場に続く街道に連なる建物が、全て燃えている。
 荷物を抱え、悲鳴を上げながら逃げる市民。消火を必死に行っている魔術師。瓦礫の下敷きになっている子供を助けようとする母親の姿。
 まるで地獄絵図だ。昨日まで豊かな街が、突然地獄のような惨たらしい情景になっている。
「ちょっと待ってよカズヤ……って、酷い……」
 遅れて来たサヤに気付くと、俺は早口で言った。
「お前、水素が得意だったよな?」
「え、うん……それがどうしたの?」
「魔術師と一緒に消火を手伝うんだ! あと、学園内にいる生徒にも協力するよう頼むんだ! このままじゃ西地区、いやアースリア全体が大変なことになる!」
 事実、消火活動が火の手の勢いに追いついていない。魔術師は突然起きた災害に強く動揺しているせいで、詠唱された水素が弱体化している。
 サランの街でもそうだったが、人界に住む人族は、予想外の事故に遭遇すると極端に精神に揺らぎが発生する傾向にある。
 何より、この街で一番の警備力を備えている中央区が燃え上がっているんだ。その真実だけでも、アースリアの住民に恐怖を刻むのは十分だ。
 そうなってしまうと、魔術での消火は難しくなる。精神学で冷静沈着を教え込まれた熟練の魔術師だろうが、想定外の事態に動揺を隠すことなど出来ない。
 魔術の街と言われた街なら尚更だ。
 なんでも魔術で解決してしまうアースリアに於いて、魔術が通用しないとなれば、それは死活問題になりかねない。
 井戸水など存在しないため、火災を食い止める方法は、勢いのない水素しかない。
 魔術の街であるが故に起きた事故。最新道具や魔術にのみ頼ってきたせいで、肝心な時に何も出来ずにいる。
 もはや魔術師達は困惑や焦燥でしか動いていない。負の感情に囚われた状態では、火災を食い止められない。
「……出来るだけのことはやってみるけど、あんたはどうするの」
「俺は逃げ遅れた人を東地区に誘導する! あそこなら漁猟をしてるから水は腐るほどある! お前も、出来るだけ多くの人を連れて東地区に向かってくれ」
「…………分かった。無茶だけはしないでよ」
 彼女の注意勧告に頷き、俺は中央広場に続く街道を、逃げ惑う人混みを掻き分けながら突き進んだ。
 広場に到着するも、やはりここも変わらなかった。広場の中央に建つ噴水は破壊されており、水がは運悪く瓦礫の下敷きになっている。
 その時、カズヤは破壊された噴水に違和感を感じた。
 この噴水……意図的に壊されている。それを証明する証拠が存在する。
 瓦礫の積み方が精巧すぎる。言い方を変えれば、隙間なく綺麗に敷き詰められている。まるで、湧き水で消火させないように。
 唯一の水源と言っても過言じゃない噴水が封じられてしまっては、人々は魔術で火を消すしかない。
 その時俺は、初めてこれが事故じゃないと確信した。
 これは、人為的に引き起こされた事件だ。
 顔を上げ、巨大な穴が穿たれた学園を見上げる。先程よりも激しく燃え上がっており、天辺にそびえ立つ十字架の紋章が今、焼け崩れて落ちてきた。
 中央魔術修道学園は、魔術剣修道学園と姉妹校。屈指のエリート校として名高い学園なのだから、その分設備や設計は完璧に近い完成度なはず。
 壁の素材までは分からないが、魔術耐性のある素材を使用しているに違いない。
 そんな壁に巨大な穴を穿つ者など、人界の中に存在するのか。それが可能なのは天界の騎士だけ。
 しかし彼らは人界の守護者であり、創世神へ忠誠を誓っている。そんな彼らが、創世神が愛する人界を、自らの手で汚すだろうか。
 市民が犯行に及ぶとは考えにくい。禁書目録を遵守する者が、意図的に建造物を傷つけるわけがない。
 そんな中、不意に思い浮かんだ単語に気付き、両眼を見開く。
「まさか……魔界」
 震えた唇から、恐ろしい名称が漏れた。
 有り得なくもない。今の考えに至る根拠ならある。
 魔界には悪魔と呼ばれる、亜人とは異なる種族が暮らしている。
 書物では、悪魔は闇魔術なるものを使用出来ると言われている。
 闇魔術は人界の魔術と違い、破壊や消滅させることにのみ特化した魔術。
 人界が魔術は文明の発展のためだったが、魔界では強者が全てだったために、必然的に魔術も殺傷側へと進歩する。
 それに最近では、魔界から人界に侵入してくる奴も存在する。
 コモレヴィの森にも、ゴブリンという亜人と対峙した経験がある。
 それと同じで、悪魔も壁を乗り越えて人界に侵入してきた可能性はある。
 だがその場合、まだ不可解な問題がある。悪魔は闇魔術で飛翔することが出来るが、魔界と人界に漂う魔素は質が異なる。
 人界には浄化された魔素が、魔界には汚れた魔素が漂っている。質が異なる魔素で魔術を使用し、人界中央部に近いアースリアにまで来ることは、果たして可能なのだろうか。
 俺は、そこで考えるのをやめた。ここでいくら憶測を立てても推測で終わる。
 今俺がやるべきことは別にある。
 学園から視線を外し、東側へと視線を向けた。
 視線の先には、瓦礫で道が塞がれている。
「チッ……」
 短く舌打ちをし、別の通路がないか辺りを模索する。
 が、他に通路などなく、抜け道もない。正面の瓦礫で塞がれた道しか、市場に通じる道はない。
「邪魔だな……」
 苛立ちを隠すように走り出し、皮肉の一言と同時に剣を鞘から抜刀し、居合斬りを繰り出す。
 空間が斬り裂かれるほどの斬撃が、瓦礫を粉々に斬り崩す。
 崩れる瓦礫になど目もくれず、一直線に市場へ通ずる道を切り拓く。瓦礫が道を妨げる度に、何度も粉々に切り崩していく。
 市場への道が切り拓かれると、周囲の逃げ遅れた人に「東地区の消火を最優先にして下さい!」と大声で叫ぶ。
 魔術師たちは最初こそ困惑していたが、すぐに意図を察したのか次々と市場へと向かっていく。
 流れ込む人混みを掻き分けながら、一般住宅地の南地区へ向かった。
 ここも変わらず惨憺たる現状だった。
 どこに行っても絶望しかない事に屈しそうになったが、震える脚に鞭打ち、残された人を救助しようと歩き出した──途端。
 視界の端に映った存在に気付き、足を止める。
 視線を向けると、一人の人族が倒れていた。
「おいあんた! 大丈夫か!」
 呼びかけながら駆け寄り、その異形な姿に息を呑んだ。
 下半身が無くなっている。いや、無くなったというより、何かに食いちぎられたように見える。
 流れる鮮血が石畳に血溜まりを作っており、内臓と思える物質が血溜まりの中に見受けられる。
 一体何があったのか。火事では絶対にこんな死に方なんてしない。
 これは明らかに、人為的な殺害だ。やはりこの事態は、意図的に引き起こされた事件なのか。
 そんなことを考えてる最中、突然、吐血混じりの嗄れ声が耳に届いた。
「そ……そこにいるの…………誰だ」
 吐き気を押し留め、膝を曲げて中腰になり叫んだ。
「大丈夫ですか! 一体、何が起きたんですか!」
 今にも閉じてしまいそうな眼を見ながら必死に問いかけると、男はゆっくりと目線をこちらに向け、吐血混じりに言った。
「気を…………つけろ……この街には、……化物がいるぞ……」
「化物? 化物って、一体なんですか!」
「分からない……あれは本当に…………生物なのかさえ……」
 男はそれだけ言うと、まぶたをゆっくりと下ろし、その命を引き取った。
 上半身だけの死体をそっと下ろし、立ち上がる。そして、男が教えてくれた単語の意味を、必死に考察する。
 化物がいる。ということは、この火事の原因は事故なんかじゃなく、その化物が引き起こした、一種の災害のようなものなのか?
 唯一の誤算は、人為的ではないということだ。てっきり魔界から飛んできた悪魔かと考えていたが、単なる深読みだったらしい。
 災害なのは変わらないが、生物が引き起こしたのとそうでないのでは大きく異なる。
 単なる事故ならば、鎮静化を進めていけばいずれ終わる。
 だが、生物が関与している場合、物事はそう簡単には片付かない。
 原因である生物を仕留めなければ、いくら鎮静化を図っても無意味になる。それにいざ戦闘となれば、周りへの被害が出る恐れがある。
 だが言い換えれば、元の原因である化物を倒せば、これ以上被害が出る恐れがないと言える。
 長たらしい葛藤をしてる最中、突然中央広場から、異彩な音が聞こえた。
 何かが歩いてる、足音に似た音は、少しずつ大きくなっている。
 視線を広場へと向ける。そして俺は、今日で何度目かの驚きを見せた。
 広場の向こう側から、遠くでもはっきりと見えるほど、巨大な何かが歩み寄って来る。
 四肢にごつごつと無骨な筋肉が盛り上がり、背中からナイフのように鋭利な形の翼が伸びている。
 そして頭部は、異形としか言いようのない代物だった。湾曲しながら前方に突き出した先端に、円形の口が刻まれている。
 口からは粘着性のある液体がだらだらと滝のように垂れており、丁度真ん中辺りに、何かがぶら下がっている。
 凝視すると、そこには人間がぶら下がっていた。
 苦痛で表情を歪め、腫れて真っ赤に染まった舌を出し、両眼から血涙を流しながら項垂れている。
 異形の化物は俺の存在に気付くと、口に咥えていた人族をこちらに向けて吐き出してきた。
 吐き出された人族は下半身を失っており、先ほどと同じで上半身だけの死体になっている。
「こいつは、一体……?」
 死体から視線を外し、剣に手を添えながら、呟く。
 人界に生息する生物には見えない。となれば魔界に住みつく生物の可能性もあり得る。
 しかし今はそんなことどうでもいい。今自分がやるべきことは、この異形の化物を駆除する他ない。後のことは後に考えればいい。
「お前が何か知らないが、倒させてもらう!」
 異形の化物に切っ先を向けながら叫ぶと、呼応するように、気色悪い奇声を上げた。
「キシャアアアア!!」
 蛇に似た泣き声に驚きながらも、カズヤは前に飛び出た。

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