異世界転生 剣と魔術の世界

小沢アキラ

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第二部・第三章 天界の騎士・セレナ

第十五話

 今でも、ふと思い出す。少年との時間を──。

 観察対象たるカズヤとは、過剰な接触を避けるようにしている。鋭い感性を持つ彼ならば、過度な接触でも私の正体に気付く恐れがあるからだ。

 それも今では、少し後悔している。

 嵐の日、私は学園に向かうカズヤを見かけた。何故、悪天候にもかかわらず学園に向かっているのか疑問に思った私は、一時的に擬態を解除し追跡しようと考えた。
 しかし、それは余計な接触だ。私の任務はただの観察であり、彼の護衛ではない。それに勘の鋭い少年ならば、最悪の事態を事前に回避することぐらい出来るだろう。
 
 そこで私は、大きな誤解をしていた。

 最後に彼を見たのは、天界の騎士──最近召喚された若輩の騎士に連行される時だった。飛竜に力なくぶら下がる姿には、昨日のような覇気はなく、ただ全てを諦めたような悲壮感に見舞われていた。
 あの日、彼の身に何が起きたのか、当時の私には分からなかった。天界の騎士が動くのは、禁書目録を違反した者を連行する時、分断の壁の向こう側に赴く時だけだ。
 中都は壁とは程遠い場所に位置する。ならば、考えられるのは一つ。
 少年が、禁書目録を違反した。
 だが何故だ。少年は奇想天外で時折頭を悩ませる行動に出たりはするが、決して法を破るような真似はしないと断言していい。
 
 昨日、学園で何が起きたのかを知ったのは、教室から響く声によるものだった。
 
 講師に向かって必死に訴える声。詳細は聞き取れなかったが、確実に捉えた単語はあった。
 それは、禁忌魔術。人界の長い歴史の闇に埋もれたはずの魔術の総称は、確かに耳に届いた。
 まさか少年は、禁忌魔術を詠唱……絶対にありえない。
 殺戮を求めるような魔術を、あの少年が詠唱するわけがない。禁忌魔術の危険性を事前に知っているのだからなおさら。
 ならば何故、禁忌魔術なる名が聞こえてきた。それと少年の連行に、何の関係が…………。

 私はそこで、考えるのをやめた。
 
 どんな事情があれ、もう少年は大罪人。如何なる理由があろうとそれは紛れもない真実なのだ。
 全く、困ったものだな。
 呆れてしまい、思わずため息を漏らす。
 
 観察対象から目を離すと、私が主人様に叱られてしまうではないか。
 仕方ない……。
 もう一度ため息を吐くと、その身をムーンラビットから、鳥類に変化させる。何度か両翼を仰いでから、人界の中心──心臓たる中都統制教会に向かって飛び立った。

「そう……失敗してしまったのね」
 優美な振る舞いでカップを置いた創世神──ヒヅキは、眼前に座るカズヤの報告に、至って冷静に返した。
「すいません……俺の考えが甘いばかりに、戴天を……」
「あなたのせいじゃない。今回は、相手の方が一枚上手だったのよ」
 彼の報告では、爆煙竜火山で暗黒騎士二名を退けたが、伏兵と思われるデーモンによって戴天が殺されたと聞いている。他も守護竜も同様に、魔界からの刺客によって全て殺害されたと報告されている。
 楽観視していたわけではないが、まさか行動の先読みまでされていたなんて。このままでは、人界に未来はない。
 ヒヅキは思わず、目の前で自分を責めてる少年と、肩に乗っている幼竜を見つめた。
 幼竜は産まれてすぐに親竜を亡くし、カズヤが保護したらしい。まだ産まれて間もないから小さいが、あと数ヶ月で騎士の駆る飛竜同等のサイズにまで成長する。
 しかし意外だ。幼竜とはいえ、守護竜が人に懐くなんて。常に孤高の存在である守護竜が、カズヤの優しさに惹かれているというのだろうか?
 流石は特異点なだけはある。容易く人界の常識を壊すなんて。
「その子、これからどうするの?」
 肩の幼竜を指差しながら尋ねるも、カズヤは何も答えようとも、反応すら示さなかった。
「カズヤくん? 聞いてる?」
「…………」
「カズヤ……くん?」
 何度呼びかけても、彼の視線はカップに注がれた紅茶にしか捉えていなかった。いや、彼の目には、何も映っていない。
「カズヤくん!」
 このままではまずい。突然大声を上げると、カズヤは全身を強張らせながら、周囲を二回ほど見渡してから、正面に視線を戻した。
「ヒヅキ……さん」
 その声は、無気力だった。
「どうしたの。ボーッとして」
「いや……少し、考え事をしてまして……」
 上の空で答えたカズヤの眼には、様々な感情が入れ混じっていることが読み取れた。後悔・悔恨・悲壮・自責など、負の感情に囚われている。
「……カズヤくん。少し、休みなさい」
「え……?」
「最近、色々とあったでしょ? 今日一日は休みなさい」
 今の彼には、心に余裕がないのかもしれない。だがそれは仕方のないことだ。
 禁書目録の違反、天界の騎士と人界の真実、後に起こる大戦、戴天の死など、ここに来て一気に重圧が押し寄せてきたんだ。
 普通の人間──ましてはまだ学生である彼には、酷すぎる重圧だ。違う世界線で生きてきたから余計に辛いのだろう。
 カズヤはしばらく間を置いてから、少しだけ芯のある声を出して反論した。
「俺に休んでる暇はありません……今すぐにでも、新しい案を考えなきゃ」
「今のあなたでは、まともな案は出ないわ」
 彼の言葉を遮り、物申す。
「休める時に休まなきゃ、いつか体の方が壊れてしまうわ。四十階と三十五階の部屋を開けておくから、自由に行ってきなさい」
「ですが……」
「なら創世神として命令よ。カズヤ中等修剣士は、今日一日を休息日とします……これで、反論出来ないでしょ」
 言い負けたのか、カズヤは反論しようとしたが何も言わず、口をパクパクさせているだけだった。しばらくしてから無言で立ち上がり、一礼してから部屋を出て行った。
「……大丈夫、かしら」
 負の感情に囚われてしまうと、簡単には抜け出すことは出来ない。抜け出すには、負の感情に勝る正の感情──夢や目標、意思が必要になってくる。
 だが、彼の場合はそれすら難しいかもしれない。より深く陥ってしまうと、そこから一人で脱するのは困難を極める。
 となれば、他者の助力が必要になってくる。だがそれも難しい。
 学園ならばまだしも、ここは教会。彼の知り合いはカムイ、キクノ、セレナの三人だけ。うち一人は先の任務での治療に専念するため今日は不在。キクノもまだ意識が戻っていない。
 唯一残されたセレナは、彼が罪人であることを知っている上に、あの性格だ。罪人に救いの手など差し伸べはしない。
 人界への外出許可を出してあげたいが、多分拒否するだろう。責任感や使命感が強い故に、自分の犯した罪に負い目を感じているのだから。
 こうなれば最後は、私しかいない。元々、カズヤに全てを任せてしまっているのだし、危険な任務に同行を許可してしまったのも私だ。
 彼の心と体のケアをしてあげるのは当然の義務だ。ここは、私が一肌脱ぐしかないだろう。
 ……とりあえず、準備だけはしておこう。いつでも出来る様に、入念に。



 孤独というものを、長いこと忘れていたな。
 長い階段を一人で降りながら、カズヤは胸の奥でそう呟いた。
 一年半前、異世界に降り立ってから、常に傍らには誰かが側にいてくれた。セレナ、カムイさん、サヤ、ワタル、そして……ユリ。
 彼等と長く一緒にいたせいで、孤独は自然と消えていた。いつしか、あいつらと一緒に教会に入ることを夢見ていた。
 なのに、俺は一人で教会にいる。大罪人という、最悪の肩書きを背負って。
 側にいた人は全て、カズヤの視界から消えてしまった。セレナは偽の記憶と人格で造られた天界の騎士に、サヤとワタルとは永遠に会えない存在になってしまった。
 気がつけば、俺の側には誰もいなくなっている。
 
「……辛いよ……」 

 呟き、顔を俯く。
 両眼から涙が溢れ返り、頬を伝って落ちていく。
 もう……疲れた。何も考えたくないし、何もしたくない。もう俺には、無理だよ。
 考えてはいけないと分かっていても、考えてしまう。自分の無力を、不甲斐なさを。
 自分がもっと賢ければ、ユーグがユリを巻き込むこともなかったかもしれない。自分がもっと冷静でいれば、法を破らずにユリを救う方法があったかもしれない。自分がもっと強ければ、ユリが死なずに済んだかもしれない。自分がもっと警戒していれば、戴天が死なずに済んだかもしれない。
 元を辿れば、全て俺が悪い。勝手な行動をしているから、全て失っていくんだ。
 俺なんて……この世界に転移してこなければよかったのに。そうすれば、セレナは天界の騎士になることもなく、ユリと戴天は死ぬこともなかった。
 みんなの運命を歪めたのは、俺という異質な存在と出会ったからだ。俺と出会わなければ、彼等は平穏な時間を過ごせていたに違いない……。
「俺は……最低だ……」
 肩を震わせながら、嗚咽気味に呟く。
 カズヤの涙に気付いたのか、肩に乗る戴天は呻き声を鳴らしながら顔を近づけ、頬を伝う涙を必死に舐め取ってくれている。
「……ごめんよ」
 幼竜に感謝し、抱きしめる。柔らかい和毛が皮膚に優しく触れてくる。幼竜の優しさに触れている間だけは、自分自身の存在そのものを忘れてしまった。
 そのまま永遠に、俺という存在が消えればいいのに……

 中都のどこからか届く鐘の音が夜七時を告げると同時に、階段が途切れた。
 神の庭園は五十階。階をひとつ通り過ぎるたびに数えた数字は、ちょうど十。つまり、ここは四十階だ。
 広いホールのどこにも、次の下り階段は見当たらない。北側の壁に、大扉が一つあるだけ。
 ──創世神はここを開けると行っていたが、何があるんだろう。
 そんなことを考えながら、白い扉を強く押し開いた。
 途端に押し寄せてきたのは、明るい光と濃密な白煙、連続的に響く低音だった。
 ──魔術の攻撃!?
 反射的にそう考え、飛びのこうとしたカズヤは、流れ出してくる白い靄が煙ではなく湯気であることに気付いた。触れても手や袖が湿るだけで、痛みはない。渦巻く熱気越しに、内部の様子を確認する。
 そこは、教会一階ぶんの面積を全て費やした大広間だ。無数のランプが据え付けられた天井もかなり高く、恐らくは《神の庭園》とよく似た名前がついているのだろうが、いまは知るすべはない。床近くは湯気に遮られて見通せないが、誰かの気配はしないようだ。
 カズヤは数歩だけ広間に踏み込み、湯気の発生源を探ろうとした。すると、眼ではなく耳で、ちゃぷちゃぷと響く水温に気付く。どこか遠くから届く轟きも、大量の水が勢いよく水面に落ちる音に違いない。
 その時、開いたままの扉から冷たい空気が流れ込み、周囲の湯気を押しのけた。
 カズヤの立つ場所から広間の奥に向けて、幅五メルほどもある大理石の通路がまっすぐ延びている。通路の左右は階段状に低くなり、そこになみなみと湛えられているのは、透明な水──いや、お湯だ。深さは一メル以上とありそうで、仮にこの広間全体を満たしているなら、湯の総量が何リットルに達するのか想像もできない。
「……この部屋、まさか……」
 通路の端にひざまずき、お湯に右手を突っ込む。熱からずぬるからず、「いい湯加減」などと言いたくなる温度。
 つまりこれは、超巨大な、風呂なのだ。
「…………」
 もう言葉も出せず、カズヤは膝立ちになったまま長く息を吐いた。
 学園の寮にある大浴場には度肝を抜かれたが、この風呂は桁違いだ。学園の生徒がいっぺんに入浴してもまだまだ余裕だろう。いや、もちろん、男子と女子の混浴など絶対にありえないが。
 創世神はつまり、風呂に入って気分をリラックスしろと言いたいんだな。
 ようやく分かった意図に納得し、もう一度ため息をついてから、両手を洗い、顔を一度洗ってから立ち上がった。とてもじゃないが、今は風呂に入る気はない。
 大理石の通路を、広間の奥にあるはずの下層階への階段目指して歩き始める。
 これだけデカい風呂を一人占めなんて、恐れ多くて出来ない。と思い込んでいたため、不覚にも気付くのが遅れた。
 通路は、大広間改め大浴場の真ん中で円形に膨らんでいる。そこに近づいた時、カズヤはようやく、前方右側の水面にたなびく湯気の向こうに何者かの影があることを察知した。
「──っ!?」
 反射的に飛び退り、剣の柄に手を掛ける。肩に乗る幼竜も、警戒しているのか低く唸っている。
 湯気に邪魔されてよく見えないが、相当に大柄だ。髪は短く、女性ではあるまい。お湯に肩までつかり、両手両足を伸ばしている。
 何者だ。敵……はまずない。ここは最も安全といえる人界の心臓部。教会にいる人間は騎士・創世神、そして俺だけだ。
 創世神は自室にいて、俺はここにいる。となれば、騎士以外ありえない。しかも、今まで会ったことのない、新しい騎士。
 警戒しながら、愛剣から静かに手を離そうとした、その時。
「悪ぃけど、もう少し待ってくれねぇか。なんせ、先刻まで魔界にいたもんだから、飛竜に乗りっぱなしで全身が強張ってんだ」
 低く錆びているが、よく通る声。教会で遭遇した誰よりもぞんざいな言葉遣いに、思わず唖然とさせられる。騎士というよりもむしろ、農家の夫を思い起こさせる飾り気のなさだ。
 カズヤがどう対応したものか決めかねているうちに、ざぶりという水音が立ち、巨大な浴槽を覆っていた湯気が左右に分かれる。
 声の主が、全身から滝のように水滴を落としながら身を起こしたところだった。カズヤに背を向けたまま、両手を腰に当てて首をぐるぐる回し、ううーむと緊張感のない唸り声を漏らしている。隙だらけとも見えるが、カズヤは剣に手を触れさせたまま一歩たりとも動けなかった。
 なんという偉軀だろうか。膝から下は湯の中だが、それでも男の身長が二メル近いのは明らかだ。俺と同じ黒髪は短く刈り込まれ、驚くほど太い首筋を露わにしている。そして、そこから繋がる肩がまた異様に広い。丸太のような上腕は、いかなる大剣だろうと片腕で容易く振り回すだろう。
 何より眼を引くのは、幾重にもうねる筋肉に覆われた背中だった。アースリアで出会ったジュウオンジも鍛え上げられた肉体だったが、湯船の男は更に一回り以上も逞しい。さして若くはなさそうなのに、腰回りもまったく弛んでいない。
 闘神を思わせる立ち姿に眼を奪われていたため、カズヤは、男の全身に走る無数の古傷にすぐには気づかなかった。改めて直視すると、全て刀傷のようだ。深傷を負っても速やかに治療すれば傷跡は残らないはずなのに、それすら難しいような戦場で長い時間戦い続けてきた、ということか。
 つまりこの男は、今まで会ってきたどの騎士よりも強いということか。
 そんなカズヤの逡巡も気にとめる様子もなく、男は体を解し終えると、湯の中をざぶざぶ北へと歩き始めた。少し先の通路に、衣類を入れてあるらしい籠が置かれている。
 階段状にせり上がる縁を大またに上った男は、籠から下穿きを引っ張り出して脚を通した。次に、薄手の衣をばさりと広げてから羽織る。着物らしく、前で合わせた布地に幅広の帯を巻かながら、男はようやくカズヤに顔を向けた。
「おう、待たせたな」
 深みのある錆び声がよく似合う、剛毅な風貌だ。
 口許に刻まれた鋭い皺は、男が天界の騎士となった時点で四十を越していたであろうことを示しているが、高い鼻梁と削げた頰に緩みはまったくない。しかし、何よりも印象深いのは、立派な眉の下から放たれる眼光だった。
 淡い水色の瞳には殺気らしい殺気など存在しないのに、十五メル以上離れて相対しているだけで強烈な圧力を感じる。
 戴天のものや、暗黒騎士のものとも違う。視線に込められているのは、俺に対する純粋な興味、だろうか。こんな眼で見ることができるのは、己の剣技に絶対的な自信を持っているからだ。
 体の前で帯を結び終えた男は、脱衣籠を右手に向けた。すると、籠の底から一振りの大剣がふわりと浮き上がり、逞しい手に収まった。それを肩に担ぎ、素足でぺたぺたと大理石を踏んで歩き始める。
 カズヤからほんの七メルほど離れた所まで近づくと立ち止まり、短い髭の生えた逞しい顎を撫でながら、男は言った。
「さてと。場所を変えようか」
「……はい?」
「ここで剣を振るわけにはいかんだろ。三十五階に、修練場があるから、そこでお前さんとやりあうんだよ」
 素っ気ない口調に、強張っていた肩が竦んだ。
 俺は剣から手を離し、男の眼を見据えながら言った。
「……分かりました」
 カズヤの答えを聞いた男は、ふうっと太く息を吐き出し、頷いた。
「そう緊張すんな。別に、お前さんの命まではとらねぇからよ」
「な…………」
 再び、言葉を失う。
 俺のことは勝手に侵入した俗物だと認識しているであろう騎士は、余裕たっぷりの発言をしてきた。カムイさんですら強敵を前にここまでの余裕を示したことはない。眼前の大男の、巌の如き自負心の源は恐らく、カズヤが持ち得ないもの──全身にくまなく傷を受けるほどの激戦を勝ち抜いてきたという歴戦か。
 しかしカズヤとて、回数では遠く及ばないにしろ、何度も死線を潜り抜けてきたのだ。
 ありったけの闘志を奮い起こし、カズヤは正面から男を睨んだ。声が揺れないよう、腹に力を込めて言う。
「気に入らないですね」
「ほほう?」
 東洋風の衣の懐に右手を入れたまま、男は面白がるような声を出した。
「何がだい、少年」
「自分でいうのもなんですが、一人の剣士を前にその余裕な態度がです。あなただけじゃない、天界の騎士全員が、まるで努力を積み重ねてきた人を嘲笑うように、本気で戦おうとしないのが……」
「あぁ……そういうことかい」
「俺たちが死に物狂いで身に付けた実力を、軽く見ているところが気に入らないんです」
 思わず、隠し続けた本心を曝け出してしまった。
 男は顔を上向け、左手で握る大剣の柄で、頭の横をごりごりと擦った。
「何つうかな……。そりゃ、俺たち騎士はそれ相応の強さと意志を持ってるから、自然とそういう態度になっちまうんだよ。本当の戦いも知らず、大した強さを持ってないのに、自信だけが一丁前の奴を下に見ちまうのさ」
 にやりと笑ってから、思いついたように付け加える。
「……まあ、セレナの嬢ちゃんぐらいだな。人界の民の努力を認め、一人の剣士として剣を交えるのはよ」
「セレナ……」
 男への反発を一瞬忘れ、カズヤは呟いた。
「なんだ少年。セレナの嬢ちゃんを知ってるのか?」
「……知ってるも何も、友達でしたからね」
「友達だった? 冗談言うなよ、天界の騎士は天界から呼ばれる存在なんだからよ」
 この人は……まだそんなことを信じているのか……。
 天界なんて本当は存在しない。貴方達は、創世神によって作られた、偽りの存在なんだ。
 でもそれを言うことはつまり、彼等の存在を否定することになる。今を生きる騎士全員を、今続いてる平和を否定することになる。
 そんなことを考えていると、大男はにやりと口許を緩ませながら、ふざけた提案をしてきた。
「少年。お前さんが俺に勝てたら、セレナの嬢ちゃんについて教えてやるよ」
 何だと!? 食いつきそうになりながらも、懸命に堪えながら考えを巡らせる。
 何かの罠、それともデタラメを言ってこちらを惑わすつもりか? ここで食いつけば弱味に気付かれてしまい、それを軸に責められる?
 あれこれ逡巡していると、
「で、どうするんだ? やるのか、やらないのか」
 答えを急かす声によって、思考は中断される。
 どうしたらいいんだ……まだ自分の中に迷いがあるうちは、誰とも戦いたくないのに。
 でも……この男に勝てば、セレナの情報が聞けるんだ。彼女が何故、天界の騎士になったのかを聞ければ、少しは迷いも晴れるかもしれない。
「……分かりました」
 今度は何も考えず、直感に従って答えた。
 うだうだ考えるのはもうやめた。真実を知るのに、迷う必要なんてないんだから。
「そうか。なら、早いとこ移動しようや」
 無言で頷き、俺たちは大浴場を後にした。
 何故こうなったのかは分からないが、多分創世神が根回しをしてくれたんだろう、ということにし、深く考えないようにした。

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