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第二部・第三章 天界の騎士・セレナ
第十八話
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「疲れた……」
教会の最上階《神の庭園》へ続く階段を登りながら、カズヤは誰に言うでもなく呟いた。
騎士長──ヒサカゲの提案で弟子になったはいいが、百周から休憩なしの素振り千回、座禅二時間を二セット行うとは思わなかった。騎士長との立ち合いで疲れ切っていたせいで、余計苦しく感じた。
創世神に今日は休むよう言われたのに、全く休めた気がしない。
でも、進展はあった。
降りる時は負の感情に囚われ、ネガティブな思考に陥っていたが、今は全くそんなことはない。むしろ、かなり絶好調な気がする。
体を動かしたからではない。やはり、ヒサカゲの助言のお陰で、迷いを振り切れたからだろう。
余計なものを捨て、自分が信じる正義のために戦う。そう決心したことで、俺は自分という存在を思い出すことが出来た。
しかし、本当に知れば知るほど適当な世界だ。
たった一つ、自分の中で結論を出すだけでここまで変わればなんて。しかも、結論は単純明快にも関わらずに。
この世界は、全てに於いて意思の力が大きく作用している。魔術の質も意思の揺らぎで悪くも良くもなるし、剣に込める想いが純粋で高貴なモノほど、剣技はより鋭くなる。
治癒術だって、主に光素の素因で形成せれた特殊な術なだけあって、負の感情が微かに存在するだけで質は大幅に低下する。清らかな汚れなき想いが有れば、それだけで治癒術の質は大幅に向上する。
といっても、善と悪を持ち合わせた人間が、善なる心のみを主軸に生きるのは難しい。
だから創世神は、絶対政権ともいえる禁書目録を制定した。善なる心を強要することで、人界全土に理想社会を創りあげた。
だがやはり、創世神のやり方を認めるわけにはいかない。
禁書目録なる法などに頼らずとも、創世神がたった一言、他者を尊重せよと唱えるだけで、多くの民はそれに従う筈だ。
しかし創世神はそれを行わず、既に存在する善なる人間から記憶と人格を抜き取り、偽りの存在へと変える愚行に至った。
中都統制教会なる絶対政権とおびただしい量の禁止公文、天界の騎士という絶対なる力を駆使して、創世神は人界全土を事実上支配した。
何故、創世神は力で支配しようと考えたんだ。それでは、魔界となんら変わらない……いや、下手すれば魔界以上に劣悪な世界になっている。
魔界には秩序がない。だから、民は欲望を好きに解放できる。欲望が溜まることがなければ、法を制定する国への反乱など起こらない。
対して人界は、法を遵守するようにされている。善なる心のみを強要した法によって、人々は子孫繁栄すら制限されている。定められた収穫量以上を許さないがために、辺境の村では長男以外は独身のまま一生を終えてしまう。
だから、コドールの村の少子化は進んでいたんだ。土地もない故に、農作物も今以上に増えたりはしない。下手すれば、長男でも結婚できずに終わる時だってある。
ふざけている。絶対の法なんかが存在するから、人々の欲望は少しずつ溜まっていき、法の抜け道を探すような輩が出てくるんだ。
創世神が人界を守りたい思いは確かに分かる。ならばこそ、慎重に選ぶべきだったんだ。ながたらしい禁書目録を制定するか、たった一言を宣言するかのどちらかを選び、後者を選んでおけば。
今のように、焦る必要もなかったんだ。人々が自由に個の実力を伸ばし、来たるべき大戦前の準備が出来たというのに。
何度も思っていたことを考えているうちに、長い階段は終わりを迎えた。
あと五時間ほどで、長く感じた一日が終わる。創世神が与えてくれた唯一の休息日が終わり、明日からまた、人界のために剣を振るうことになる。
でも不思議だ。全く嫌じゃない。
それもそうだ。人界を守ることは、俺の願いが直接叶うのと類似しているんだから。
俺の願い。それは……
「セレナを、守ってみせる」
肩に乗る幼竜を撫でながら、呟く。
天界の騎士となったセレナを守る。それが、一番最初に思い浮かんだ願い。
異世界で初めて出会った友達。今は違う人格だとしても、それで構わない。いつか彼女が戻ってきた時、心の底から「おかえり」と言ってあげるためにも、彼女の身は俺が守る。
だがそれは事実、天界の騎士たるセレナの死を意味する。いや、セレナだけじゃない。今を生きる天界の騎士全員の死でもある。
人界が平和になれば、騎士の存在は意味を為さなくなる。禁書目録を撤廃することが決定してる以上、平和となった世界で人々は本当の善なる心を持ち続けていく。
魔界の民が滅びれば、力は必要なくなる。天界の騎士という存在も自然と消えていき、彼等の本当の人格と記憶が元に戻るはずだ。
酷な話ではあるが、それが本来あるべき姿なのだ。彼等は存在してはいけない存在であり、役目を果たした後は消えるべきなんだ。
非情に徹するんだ。決して、情など持ってはいけない。彼等は、いるべき存在じゃ、ないんだから。
自分は間違っていないと言い聞かせるように念じ続け、神の庭園に続く扉をこじ開けた。
「ヒヅキさん、戻りましたよ」
適当な挨拶を言いながら入ると、何やらベッドで何かをしていたヒヅキ──創世神が慌てながら振り返り、目線を泳がせている。
「お、おおおおかえりなさい。カズヤくん」
見事な慌てっぷりに唖然としながら、部屋の中央に歩み寄ると、
「それ以上近づいちゃ駄目!」
途端に、大声で制された。
思わず足を止めてしまったが、カズヤは首を傾げながら尋ねた。
「ヒヅキさん……何してるんですか?」
ベッドの中で蹲って、近づいたら大声で制してきて、明らかに怪しい。
創世神はこちらの質問に答えず、顔を逸らしながら何やらゴニョゴニョと言っている。だが距離があるため全然聞き取れない。
ますます怪しい。元から何かを隠してる人だとは思っていたが、ここまで明らかなのは今回が初めてだ。
「何か隠してませんか?」
こちらの問いに、創世神は一瞬ビクッと跳ねるも、すぐにいつも通り可憐な表情で言った。
「別に、カズヤくんが気にするような物ではないわ。だからほら、お茶でも飲んでいたら?」
そう言われ机を見ると、山盛りに置かれた肉饅頭とサンドイッチなどが、美味しそうな匂いと湯気を昇らせながら現れていた。
「あ、美味しそうな。じゃあ、遠慮なく……って、話を逸らさないでください! 何隠してるんですか!」
敢えて興味を移したフリをし、油断した隙に一気に詰め寄ると、創世神は警戒を解いてしまっていたのか、心底驚いたような声を上げた。
「駄目よカズヤくん! 貴方にはまだ……」
言い終わるより先に天幕をひっぺがし、創世神に覆いかぶさっている羽毛布団を取り上げた。そして、眼を見張った。
まず最初に眼に入ったのは、昨日まで俺が着ていた、学園の制服。ボロボロになっていたはずなのに、綺麗に縫合されており、ほぼ新品状態だった。
何故制服がここにあるのか不思議に思うと、次に視界に入った物のせいで余計困惑することになった。
わずかに湿っている生地と布団。遠目からでは目視できないが、確かに湿っている。
制服があることも謎だが、それ以上に不思議なのは、何故服と布団が湿っているのかだ。
寝ている際に汗でもかいたのか? でもそれなら、制服がここにある理由がない。それに別に、寝ているだけなら隠す必要も焦る必要もない。
……制服を使って、何かやましい行為をしていたから、慌てていたのか?
湿った箇所と制服から視線を外し、横になってる創世神に顔を向ける。これも遠目からでは見えなかったが、彼女の顔は真っ赤に染まっている。
「……あの、何をしてたんですか?」
素朴な疑問に、創世神は
「なんでもないのよ! カズヤくんが気にするようなことは何もないから、早くそれを返してちょうだい!」
昨日までの可憐な女性とは思えないほどの動揺に呆気に取られながら、言われるがままに制服を手渡す。創世神はそれを奪い取り、二度と渡さないと言わんばかりに抱きしめている。
「カズヤくん! 先に言っとくけど、これは決して卑しい行為に使ったわけじゃないからね! 私はただ……その……そう! 人界の学園の制服はどういった生地を使ってるのか知りたくて、調べてたのよ! ちょうど君の制服があったから、直して調べようと思ったの!」
「そ、そうですか……」
「それだけだからね! それ以外の目的で使ってないから、そこだけは安心してね! 分かった?」
早口と凄まじい気迫に押されてしまい、首を縦に振るしか出来なかった。
頷いた瞬間、創世神は強引にカズヤを押し退け、眼にも止まらぬ速さで天幕を下げてきた。
数秒その場で立ち止まったカズヤは、深く追求せずに机に置かれた肉饅頭を掴み、肩に乗る幼竜にちぎって食べさせた。
「取り乱して……悪かったわね」
幼竜と戯れていると、落ち着いたのか、いつも通りの優美な動作でベッドから降りてきた創世神が、少し息を切らしながら歩み寄ってきた。
「こちらこそ……無礼でした。すいません」
改めて考えたら、こちらも結構悪い。あの制服が何故湿っていたのかは、敢えて聞かないでおこう。
創世神が向かいの席に座り、カズヤをしばらく眺めていると、口許を微かに緩めた。
「……何か、良いことでもあった?」
不意の問いかけに、唖然とする。
「なんでですか?」
「顔が笑ってるからだよ。朝の時とは、大違いなぐらいね」
無意識に笑っていたのか。すぐに表情を引き締め、創世神の顔を見つめる。
「本当の自分を見つけただけです」
芯のある声で言うと、今度は相手が唖然とし、次いでクスッと微笑えんだ。
「余計な心配だったわね」
「……? 何か言いましたか?」
「いえ……なんでもありませんよ」
またもや微笑むと、彼女は少しだけ哀愁感を含ませた悲しげな表情に切り替わった。その表情からは、哀しみだけじゃなく、わずかな焦りすら混じっている。
幼竜を肩から下ろし、膝の上に寝かせてから、俺は口を開いた。
「ヒヅキさん。何か、よくないことでもあったんですか?」
こちらの問いに、彼女は何かを言いかけたが、すぐに口を紡いだ。それから数秒後、苦慮の果てに決断したかのように、言った。
「あなたに、話さなければならないことがあります」
分かる。彼女が今からしようとする話は、決して良い話ではないことが。更に事態が悪くなることだと。
机に置かれたティーカップを手に取り、注がれた紅茶を一口飲んでから、ため息混じりに返した。
「俺に話さなければいけないこととは、なんですか?」
意外にも焦らないことに驚いたのか、創世神は呆けてしまった。
焦ってないわけではないが、今より最悪な事態が逆にあるのかさえ疑問に思っている。既に全滅する可能性がある人界に、今以上の絶望があるのか──不謹慎だが少し興味があるのも事実だ。
要は、焦りよりも好奇心の方が優ってしまったということだ。
そんな意図があるとも知れず、創世神は大きく咳払いしてから、美脚をゆっくりと組み、背もたれに背を預けて、楽な姿勢に入った。
「……カズヤくんは、邪教神について知ってる?」
彼女の台詞にある名に、心覚えのない者はきっと、人界の何処を探しても存在しないだろう。
邪教神。魔界の民に闘争本能を植え込んだことで、人界の民を大量虐殺するように仕向けた張本人でもあり、過去の大戦を引き起こした諸悪の根元。
創世神と同じ天界から降臨した神ではあるが、真逆の存在。ヒヅキが正の感情を司る神ならば、邪教神は負の感情を司る神。悪意・憎悪・怨念といった感情を増幅させる、その名の通りの神。
教会の子供たちも、邪教神と言う名を聞いただけで泣いてしまうほど悍ましく恐ろしい存在。
だがその存在は、過去の大戦の末、創世神の手によって地の獄という場所に封印されたと語り継がれている。あらゆる聖書にも細部は異なるが、全て結末は同じことが記されている。
「それぐらい知ってますよ」
ティーカップを置きながら言うと、創世神は上を仰ぎながら、物思いに呟いた。
「君も知ってる通り、私は過去の大戦で邪教神を封じ込めた。多大な犠牲を払ってね……」
カズヤも釣られて天井を仰ぐと、中央部のみが欠けた絵物語が目に入る。
「封印して以降、魔界側で激しい動きはなかった。恐らく、闘争本能を植え付けた存在が消えたことで、効力が時間をかけて薄れていったのでしょう」
「ですが、奴等は変わらず人界の民を襲ってます。無理に壁を横断してまで」
「そう。それがおかしいのよ。何故ここに来て、魔界の民に不穏な動きが見られるようになったのか。邪教神が封印されてから、かなりの年月が経っているのに、何故今になって彼等は動き始めたのか」
彼女の台詞に、カズヤはある程度の察しがついてきた。そのわずかな反応に気付いたのか、創世神はこくりと頷き、答えるよう促してきた。
「……邪教神が、復活している可能性がある。そう言いたいんですね?」
カズヤの答えに、何も言わず頷き返す。
成る程。それは確かに、今より最悪な事態だ。
ただでさえ強力になっている魔界軍に、更に強力な援軍が来たとなれば、いよいよ人界に未来はない。
だが、少し納得している自分がいる。
先刻の暗黒騎士やデーモンの発言から、何者かに命令された所があった。第一、邪教神の下僕を名乗る騎士が、他の者からの命令を素直に認めるとは到底思えない。
となれば、邪教神は近いうちに復活しており、再び人界へ攻めてくると考えるのが妥当だろう。
ある程度の推測は出来てはいたが、まさかこれほど早く復活するとは思いもしなかった。
「ヒヅキさんは、何故邪教神が復活したと思うんですか?」
「二日ほど前……あなたが連行されたが脱獄したと同時に、魔界で異常な気配が漂い始めた。暗黒騎士や悪魔の類ではない、もっと邪悪で、底の見えない狂気のようなものが、一際強く放たれていた」
俺の脱獄と同時だと?
彼女の発言に於いて、またもやカズヤの行動が指摘された。以前から思っていたが、人界の事態が悪転している時に限って、少なからず俺の行動が干渉している気がする。
単なる偶然? いや、そんな簡単に片付けられる問題ではない。明らかに、何者かの手が関与している感じがする。
俺の転移に於いても、創世神が関与していると踏んでいたと予想していたが、彼女は今の俺が知る必要がないと一蹴した。
そこで思考が脱線してることに遅かれ気付き、無理矢理引き戻した。
「ですが、正確には判明してません。本当に復活したのならば、今すぐにでも人界に攻めてくるはずなのに、魔界では特に不穏な動きがないと報告を受けています」
「慎重になってるかもしれませんよ」
カズヤの指摘を、創世神は真剣な顔で受け止めた。
「守護竜を同時に狙ったのも、侵略で大きな弊害となると考えたからでしょう。事実、過去の大戦では守護竜のお陰で難を逃れたようなものですし。もしかしたら邪教神は、今度こそ確実に人界を支配するために、可能な限りこちらの戦力を削るつもりなのでは?」
「……成る程。その可能性は、あり得ますね」
「守護竜は全て淘汰された……それだけでも人界は痛手なのに、未だ攻めてこない理由…………更に戦力を削るために、次に狙うのは」
「……! 天界の騎士!?」
声を荒げた創世神が、席から乱暴に立ち上がり、先程のベッドの方へ大股で歩いて行く。
ベッド前に立つと、何やら呟きながら手を動かし、呟き終えるとベッドが一瞬で消え、変わりに武器庫にあった鎧と兜が出現した。
「カズヤくん! あなたにお願いがあります」
荒げた声のまま言われ、兜を投げ渡される。
「今すぐにそれに着替えて、分断の壁にいる騎士を救助しに行って!」
「え、えぇ!? 今からって、間に合うんですか?」
「私が転送魔術を使用するから間に合うはずよ! そんなことよりも早く!」
今までのおしとやかな女性が嘘のように荒ぶっているのを見るに、事態はそれだけ切羽詰まっているのだろうか。
俺は言われるがままに席から立ち上がり、創世神が出現させた鎧に身を包む。黒光りする鎧はサイズがピッタリで、全く動き辛くない。腰の金具に焔天剣を繋ぎ止め、兜を深くかぶる。
「準備出来ました」
準備を終えたことを言うと、創世神は焦りを隠さぬ表情のまま魔術構文を詠唱し始めた。途端、足元に謎のサークルが出現し、カズヤを包み込むような帯が伸び出した。
これは、負傷したキクノの時と同じだ。
「今から貴方には、騎士セレナを助けに分断の壁の向こう側、魔界へと行ってもらいます。付近の村の住民には念のため避難勧告を」
「なんだとっ!?」
不意に出てきた名に、今度はこちらが慌ただしく反応してしまった。
セレナだって!? 今、セレナが魔界で戦っているのか!?
そして、もし先の予想が正しいとすれば……今魔界で戦っている者が、狙われる可能性が高くなる。複数の暗黒騎士に、最悪、復活した可能性がある邪教神自らの手によって……。
「ヒヅキさん!! まず俺は、最初に何をすればいいんですか! セレナに群がる魔界の民を皆殺しにすれば、任務完了なんですか!」
やはり、俺はまだ甘さを捨て切れていなかったのか。セレナが関係してると知った途端、冷静な判断が出来なくなっている。
殺してやる! セレナに群がる、薄汚いウジ虫を全員!
荒れ果てた思考を読み取ったのか、創世神は敢えて落ち着いた雰囲気を醸し出しながら、諭すように言い渡した。
「カズヤくん。まずあなたがやるべきことは、騎士セレナの救出。付近の民を避難させたのち、迫りくる魔界の民を食い止めることよ。最初は騎士の救助。つまり戦場に立つことになる」
「なら早くしてください! じゃないとセレナが──」
「落ち着いて。戦場に於いて、冷静さを失うのは一番避けなきゃいけない。まずは落ち着いて、彼女を助けることだけに集中しなさい」
創世神の世迷言などどうでもいい! 早く連れて行け!
そう叫ぼうとしたが、俺は口を紡いだ。
……そうだ。まずは冷静になるんだ。常に冷静な判断をしなければ、取り返しのつかないことになる。
もうこれ以上、大切な人を失わないためにも、今は落ち着かなければ。大丈夫。セレナはきっと、まだ無事に決まっている。
興奮する自分を鎮めるように言い聞かせ、深呼吸を何度も繰り返す。呼吸が正常に戻ると、両瞼をゆっくりと開き、兜の奥から創世神を覗いた。
「……もう、大丈夫です」
落ち着きながら言い、腰の剣に手を添える。
改めて考えれば、焔天剣との出会いは魔界の民との出会いがあったから。最初は訳も分からず剣を振るっていたが、今は違う。
明確な意思──セレナを守りたい思いがある。今の俺は、誰にも負けるつもりはない。
「カズヤくん。これだけは言わせて……。無事に帰ってきて」
創世神の切実な願いに、
「了解です。セレナと二人で、帰ってきます」
二つ返事で頷き返す。
それを見届けた創世神は、不意に体を近づけ、背中に両腕を回し抱擁してきた。鎧のせいで感触は伝わらないが、微かな温もりが首に伝わってくる。
「帰ってきたら、なんでも言うことを聞いてあげるね」
「……分かりました。帰るまでに、考えときます」
「ええ。……楽しみにしてる」
耳元での囁きを最後に、創世神は転送魔術を締め括る構文を詠唱した。カズヤを包んでいたサークルは一際激しく輝き、収まると既にカズヤは姿を消していた。
教会の最上階《神の庭園》へ続く階段を登りながら、カズヤは誰に言うでもなく呟いた。
騎士長──ヒサカゲの提案で弟子になったはいいが、百周から休憩なしの素振り千回、座禅二時間を二セット行うとは思わなかった。騎士長との立ち合いで疲れ切っていたせいで、余計苦しく感じた。
創世神に今日は休むよう言われたのに、全く休めた気がしない。
でも、進展はあった。
降りる時は負の感情に囚われ、ネガティブな思考に陥っていたが、今は全くそんなことはない。むしろ、かなり絶好調な気がする。
体を動かしたからではない。やはり、ヒサカゲの助言のお陰で、迷いを振り切れたからだろう。
余計なものを捨て、自分が信じる正義のために戦う。そう決心したことで、俺は自分という存在を思い出すことが出来た。
しかし、本当に知れば知るほど適当な世界だ。
たった一つ、自分の中で結論を出すだけでここまで変わればなんて。しかも、結論は単純明快にも関わらずに。
この世界は、全てに於いて意思の力が大きく作用している。魔術の質も意思の揺らぎで悪くも良くもなるし、剣に込める想いが純粋で高貴なモノほど、剣技はより鋭くなる。
治癒術だって、主に光素の素因で形成せれた特殊な術なだけあって、負の感情が微かに存在するだけで質は大幅に低下する。清らかな汚れなき想いが有れば、それだけで治癒術の質は大幅に向上する。
といっても、善と悪を持ち合わせた人間が、善なる心のみを主軸に生きるのは難しい。
だから創世神は、絶対政権ともいえる禁書目録を制定した。善なる心を強要することで、人界全土に理想社会を創りあげた。
だがやはり、創世神のやり方を認めるわけにはいかない。
禁書目録なる法などに頼らずとも、創世神がたった一言、他者を尊重せよと唱えるだけで、多くの民はそれに従う筈だ。
しかし創世神はそれを行わず、既に存在する善なる人間から記憶と人格を抜き取り、偽りの存在へと変える愚行に至った。
中都統制教会なる絶対政権とおびただしい量の禁止公文、天界の騎士という絶対なる力を駆使して、創世神は人界全土を事実上支配した。
何故、創世神は力で支配しようと考えたんだ。それでは、魔界となんら変わらない……いや、下手すれば魔界以上に劣悪な世界になっている。
魔界には秩序がない。だから、民は欲望を好きに解放できる。欲望が溜まることがなければ、法を制定する国への反乱など起こらない。
対して人界は、法を遵守するようにされている。善なる心のみを強要した法によって、人々は子孫繁栄すら制限されている。定められた収穫量以上を許さないがために、辺境の村では長男以外は独身のまま一生を終えてしまう。
だから、コドールの村の少子化は進んでいたんだ。土地もない故に、農作物も今以上に増えたりはしない。下手すれば、長男でも結婚できずに終わる時だってある。
ふざけている。絶対の法なんかが存在するから、人々の欲望は少しずつ溜まっていき、法の抜け道を探すような輩が出てくるんだ。
創世神が人界を守りたい思いは確かに分かる。ならばこそ、慎重に選ぶべきだったんだ。ながたらしい禁書目録を制定するか、たった一言を宣言するかのどちらかを選び、後者を選んでおけば。
今のように、焦る必要もなかったんだ。人々が自由に個の実力を伸ばし、来たるべき大戦前の準備が出来たというのに。
何度も思っていたことを考えているうちに、長い階段は終わりを迎えた。
あと五時間ほどで、長く感じた一日が終わる。創世神が与えてくれた唯一の休息日が終わり、明日からまた、人界のために剣を振るうことになる。
でも不思議だ。全く嫌じゃない。
それもそうだ。人界を守ることは、俺の願いが直接叶うのと類似しているんだから。
俺の願い。それは……
「セレナを、守ってみせる」
肩に乗る幼竜を撫でながら、呟く。
天界の騎士となったセレナを守る。それが、一番最初に思い浮かんだ願い。
異世界で初めて出会った友達。今は違う人格だとしても、それで構わない。いつか彼女が戻ってきた時、心の底から「おかえり」と言ってあげるためにも、彼女の身は俺が守る。
だがそれは事実、天界の騎士たるセレナの死を意味する。いや、セレナだけじゃない。今を生きる天界の騎士全員の死でもある。
人界が平和になれば、騎士の存在は意味を為さなくなる。禁書目録を撤廃することが決定してる以上、平和となった世界で人々は本当の善なる心を持ち続けていく。
魔界の民が滅びれば、力は必要なくなる。天界の騎士という存在も自然と消えていき、彼等の本当の人格と記憶が元に戻るはずだ。
酷な話ではあるが、それが本来あるべき姿なのだ。彼等は存在してはいけない存在であり、役目を果たした後は消えるべきなんだ。
非情に徹するんだ。決して、情など持ってはいけない。彼等は、いるべき存在じゃ、ないんだから。
自分は間違っていないと言い聞かせるように念じ続け、神の庭園に続く扉をこじ開けた。
「ヒヅキさん、戻りましたよ」
適当な挨拶を言いながら入ると、何やらベッドで何かをしていたヒヅキ──創世神が慌てながら振り返り、目線を泳がせている。
「お、おおおおかえりなさい。カズヤくん」
見事な慌てっぷりに唖然としながら、部屋の中央に歩み寄ると、
「それ以上近づいちゃ駄目!」
途端に、大声で制された。
思わず足を止めてしまったが、カズヤは首を傾げながら尋ねた。
「ヒヅキさん……何してるんですか?」
ベッドの中で蹲って、近づいたら大声で制してきて、明らかに怪しい。
創世神はこちらの質問に答えず、顔を逸らしながら何やらゴニョゴニョと言っている。だが距離があるため全然聞き取れない。
ますます怪しい。元から何かを隠してる人だとは思っていたが、ここまで明らかなのは今回が初めてだ。
「何か隠してませんか?」
こちらの問いに、創世神は一瞬ビクッと跳ねるも、すぐにいつも通り可憐な表情で言った。
「別に、カズヤくんが気にするような物ではないわ。だからほら、お茶でも飲んでいたら?」
そう言われ机を見ると、山盛りに置かれた肉饅頭とサンドイッチなどが、美味しそうな匂いと湯気を昇らせながら現れていた。
「あ、美味しそうな。じゃあ、遠慮なく……って、話を逸らさないでください! 何隠してるんですか!」
敢えて興味を移したフリをし、油断した隙に一気に詰め寄ると、創世神は警戒を解いてしまっていたのか、心底驚いたような声を上げた。
「駄目よカズヤくん! 貴方にはまだ……」
言い終わるより先に天幕をひっぺがし、創世神に覆いかぶさっている羽毛布団を取り上げた。そして、眼を見張った。
まず最初に眼に入ったのは、昨日まで俺が着ていた、学園の制服。ボロボロになっていたはずなのに、綺麗に縫合されており、ほぼ新品状態だった。
何故制服がここにあるのか不思議に思うと、次に視界に入った物のせいで余計困惑することになった。
わずかに湿っている生地と布団。遠目からでは目視できないが、確かに湿っている。
制服があることも謎だが、それ以上に不思議なのは、何故服と布団が湿っているのかだ。
寝ている際に汗でもかいたのか? でもそれなら、制服がここにある理由がない。それに別に、寝ているだけなら隠す必要も焦る必要もない。
……制服を使って、何かやましい行為をしていたから、慌てていたのか?
湿った箇所と制服から視線を外し、横になってる創世神に顔を向ける。これも遠目からでは見えなかったが、彼女の顔は真っ赤に染まっている。
「……あの、何をしてたんですか?」
素朴な疑問に、創世神は
「なんでもないのよ! カズヤくんが気にするようなことは何もないから、早くそれを返してちょうだい!」
昨日までの可憐な女性とは思えないほどの動揺に呆気に取られながら、言われるがままに制服を手渡す。創世神はそれを奪い取り、二度と渡さないと言わんばかりに抱きしめている。
「カズヤくん! 先に言っとくけど、これは決して卑しい行為に使ったわけじゃないからね! 私はただ……その……そう! 人界の学園の制服はどういった生地を使ってるのか知りたくて、調べてたのよ! ちょうど君の制服があったから、直して調べようと思ったの!」
「そ、そうですか……」
「それだけだからね! それ以外の目的で使ってないから、そこだけは安心してね! 分かった?」
早口と凄まじい気迫に押されてしまい、首を縦に振るしか出来なかった。
頷いた瞬間、創世神は強引にカズヤを押し退け、眼にも止まらぬ速さで天幕を下げてきた。
数秒その場で立ち止まったカズヤは、深く追求せずに机に置かれた肉饅頭を掴み、肩に乗る幼竜にちぎって食べさせた。
「取り乱して……悪かったわね」
幼竜と戯れていると、落ち着いたのか、いつも通りの優美な動作でベッドから降りてきた創世神が、少し息を切らしながら歩み寄ってきた。
「こちらこそ……無礼でした。すいません」
改めて考えたら、こちらも結構悪い。あの制服が何故湿っていたのかは、敢えて聞かないでおこう。
創世神が向かいの席に座り、カズヤをしばらく眺めていると、口許を微かに緩めた。
「……何か、良いことでもあった?」
不意の問いかけに、唖然とする。
「なんでですか?」
「顔が笑ってるからだよ。朝の時とは、大違いなぐらいね」
無意識に笑っていたのか。すぐに表情を引き締め、創世神の顔を見つめる。
「本当の自分を見つけただけです」
芯のある声で言うと、今度は相手が唖然とし、次いでクスッと微笑えんだ。
「余計な心配だったわね」
「……? 何か言いましたか?」
「いえ……なんでもありませんよ」
またもや微笑むと、彼女は少しだけ哀愁感を含ませた悲しげな表情に切り替わった。その表情からは、哀しみだけじゃなく、わずかな焦りすら混じっている。
幼竜を肩から下ろし、膝の上に寝かせてから、俺は口を開いた。
「ヒヅキさん。何か、よくないことでもあったんですか?」
こちらの問いに、彼女は何かを言いかけたが、すぐに口を紡いだ。それから数秒後、苦慮の果てに決断したかのように、言った。
「あなたに、話さなければならないことがあります」
分かる。彼女が今からしようとする話は、決して良い話ではないことが。更に事態が悪くなることだと。
机に置かれたティーカップを手に取り、注がれた紅茶を一口飲んでから、ため息混じりに返した。
「俺に話さなければいけないこととは、なんですか?」
意外にも焦らないことに驚いたのか、創世神は呆けてしまった。
焦ってないわけではないが、今より最悪な事態が逆にあるのかさえ疑問に思っている。既に全滅する可能性がある人界に、今以上の絶望があるのか──不謹慎だが少し興味があるのも事実だ。
要は、焦りよりも好奇心の方が優ってしまったということだ。
そんな意図があるとも知れず、創世神は大きく咳払いしてから、美脚をゆっくりと組み、背もたれに背を預けて、楽な姿勢に入った。
「……カズヤくんは、邪教神について知ってる?」
彼女の台詞にある名に、心覚えのない者はきっと、人界の何処を探しても存在しないだろう。
邪教神。魔界の民に闘争本能を植え込んだことで、人界の民を大量虐殺するように仕向けた張本人でもあり、過去の大戦を引き起こした諸悪の根元。
創世神と同じ天界から降臨した神ではあるが、真逆の存在。ヒヅキが正の感情を司る神ならば、邪教神は負の感情を司る神。悪意・憎悪・怨念といった感情を増幅させる、その名の通りの神。
教会の子供たちも、邪教神と言う名を聞いただけで泣いてしまうほど悍ましく恐ろしい存在。
だがその存在は、過去の大戦の末、創世神の手によって地の獄という場所に封印されたと語り継がれている。あらゆる聖書にも細部は異なるが、全て結末は同じことが記されている。
「それぐらい知ってますよ」
ティーカップを置きながら言うと、創世神は上を仰ぎながら、物思いに呟いた。
「君も知ってる通り、私は過去の大戦で邪教神を封じ込めた。多大な犠牲を払ってね……」
カズヤも釣られて天井を仰ぐと、中央部のみが欠けた絵物語が目に入る。
「封印して以降、魔界側で激しい動きはなかった。恐らく、闘争本能を植え付けた存在が消えたことで、効力が時間をかけて薄れていったのでしょう」
「ですが、奴等は変わらず人界の民を襲ってます。無理に壁を横断してまで」
「そう。それがおかしいのよ。何故ここに来て、魔界の民に不穏な動きが見られるようになったのか。邪教神が封印されてから、かなりの年月が経っているのに、何故今になって彼等は動き始めたのか」
彼女の台詞に、カズヤはある程度の察しがついてきた。そのわずかな反応に気付いたのか、創世神はこくりと頷き、答えるよう促してきた。
「……邪教神が、復活している可能性がある。そう言いたいんですね?」
カズヤの答えに、何も言わず頷き返す。
成る程。それは確かに、今より最悪な事態だ。
ただでさえ強力になっている魔界軍に、更に強力な援軍が来たとなれば、いよいよ人界に未来はない。
だが、少し納得している自分がいる。
先刻の暗黒騎士やデーモンの発言から、何者かに命令された所があった。第一、邪教神の下僕を名乗る騎士が、他の者からの命令を素直に認めるとは到底思えない。
となれば、邪教神は近いうちに復活しており、再び人界へ攻めてくると考えるのが妥当だろう。
ある程度の推測は出来てはいたが、まさかこれほど早く復活するとは思いもしなかった。
「ヒヅキさんは、何故邪教神が復活したと思うんですか?」
「二日ほど前……あなたが連行されたが脱獄したと同時に、魔界で異常な気配が漂い始めた。暗黒騎士や悪魔の類ではない、もっと邪悪で、底の見えない狂気のようなものが、一際強く放たれていた」
俺の脱獄と同時だと?
彼女の発言に於いて、またもやカズヤの行動が指摘された。以前から思っていたが、人界の事態が悪転している時に限って、少なからず俺の行動が干渉している気がする。
単なる偶然? いや、そんな簡単に片付けられる問題ではない。明らかに、何者かの手が関与している感じがする。
俺の転移に於いても、創世神が関与していると踏んでいたと予想していたが、彼女は今の俺が知る必要がないと一蹴した。
そこで思考が脱線してることに遅かれ気付き、無理矢理引き戻した。
「ですが、正確には判明してません。本当に復活したのならば、今すぐにでも人界に攻めてくるはずなのに、魔界では特に不穏な動きがないと報告を受けています」
「慎重になってるかもしれませんよ」
カズヤの指摘を、創世神は真剣な顔で受け止めた。
「守護竜を同時に狙ったのも、侵略で大きな弊害となると考えたからでしょう。事実、過去の大戦では守護竜のお陰で難を逃れたようなものですし。もしかしたら邪教神は、今度こそ確実に人界を支配するために、可能な限りこちらの戦力を削るつもりなのでは?」
「……成る程。その可能性は、あり得ますね」
「守護竜は全て淘汰された……それだけでも人界は痛手なのに、未だ攻めてこない理由…………更に戦力を削るために、次に狙うのは」
「……! 天界の騎士!?」
声を荒げた創世神が、席から乱暴に立ち上がり、先程のベッドの方へ大股で歩いて行く。
ベッド前に立つと、何やら呟きながら手を動かし、呟き終えるとベッドが一瞬で消え、変わりに武器庫にあった鎧と兜が出現した。
「カズヤくん! あなたにお願いがあります」
荒げた声のまま言われ、兜を投げ渡される。
「今すぐにそれに着替えて、分断の壁にいる騎士を救助しに行って!」
「え、えぇ!? 今からって、間に合うんですか?」
「私が転送魔術を使用するから間に合うはずよ! そんなことよりも早く!」
今までのおしとやかな女性が嘘のように荒ぶっているのを見るに、事態はそれだけ切羽詰まっているのだろうか。
俺は言われるがままに席から立ち上がり、創世神が出現させた鎧に身を包む。黒光りする鎧はサイズがピッタリで、全く動き辛くない。腰の金具に焔天剣を繋ぎ止め、兜を深くかぶる。
「準備出来ました」
準備を終えたことを言うと、創世神は焦りを隠さぬ表情のまま魔術構文を詠唱し始めた。途端、足元に謎のサークルが出現し、カズヤを包み込むような帯が伸び出した。
これは、負傷したキクノの時と同じだ。
「今から貴方には、騎士セレナを助けに分断の壁の向こう側、魔界へと行ってもらいます。付近の村の住民には念のため避難勧告を」
「なんだとっ!?」
不意に出てきた名に、今度はこちらが慌ただしく反応してしまった。
セレナだって!? 今、セレナが魔界で戦っているのか!?
そして、もし先の予想が正しいとすれば……今魔界で戦っている者が、狙われる可能性が高くなる。複数の暗黒騎士に、最悪、復活した可能性がある邪教神自らの手によって……。
「ヒヅキさん!! まず俺は、最初に何をすればいいんですか! セレナに群がる魔界の民を皆殺しにすれば、任務完了なんですか!」
やはり、俺はまだ甘さを捨て切れていなかったのか。セレナが関係してると知った途端、冷静な判断が出来なくなっている。
殺してやる! セレナに群がる、薄汚いウジ虫を全員!
荒れ果てた思考を読み取ったのか、創世神は敢えて落ち着いた雰囲気を醸し出しながら、諭すように言い渡した。
「カズヤくん。まずあなたがやるべきことは、騎士セレナの救出。付近の民を避難させたのち、迫りくる魔界の民を食い止めることよ。最初は騎士の救助。つまり戦場に立つことになる」
「なら早くしてください! じゃないとセレナが──」
「落ち着いて。戦場に於いて、冷静さを失うのは一番避けなきゃいけない。まずは落ち着いて、彼女を助けることだけに集中しなさい」
創世神の世迷言などどうでもいい! 早く連れて行け!
そう叫ぼうとしたが、俺は口を紡いだ。
……そうだ。まずは冷静になるんだ。常に冷静な判断をしなければ、取り返しのつかないことになる。
もうこれ以上、大切な人を失わないためにも、今は落ち着かなければ。大丈夫。セレナはきっと、まだ無事に決まっている。
興奮する自分を鎮めるように言い聞かせ、深呼吸を何度も繰り返す。呼吸が正常に戻ると、両瞼をゆっくりと開き、兜の奥から創世神を覗いた。
「……もう、大丈夫です」
落ち着きながら言い、腰の剣に手を添える。
改めて考えれば、焔天剣との出会いは魔界の民との出会いがあったから。最初は訳も分からず剣を振るっていたが、今は違う。
明確な意思──セレナを守りたい思いがある。今の俺は、誰にも負けるつもりはない。
「カズヤくん。これだけは言わせて……。無事に帰ってきて」
創世神の切実な願いに、
「了解です。セレナと二人で、帰ってきます」
二つ返事で頷き返す。
それを見届けた創世神は、不意に体を近づけ、背中に両腕を回し抱擁してきた。鎧のせいで感触は伝わらないが、微かな温もりが首に伝わってくる。
「帰ってきたら、なんでも言うことを聞いてあげるね」
「……分かりました。帰るまでに、考えときます」
「ええ。……楽しみにしてる」
耳元での囁きを最後に、創世神は転送魔術を締め括る構文を詠唱した。カズヤを包んでいたサークルは一際激しく輝き、収まると既にカズヤは姿を消していた。
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