海神別奏【改】:大正乙女緊急指令「九十九人ノ婚約者ヲ攻略セヨ」

百合川八千花

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04「運命の婚約者」

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「お、お前は――!!」

 グランドセントラル駅にて14歳の公爵令嬢と待ち合わせ、二人で作戦本部に向かう予定のはずだった。
 だが、そこにいたのは軍服姿の男ひとり。
 濃紺の上衣に金ボタン、袖口には二条の白線、左肩には琅玕隊の象徴である蓮を模した階級章。
 
(紺色って……旧式軍服じゃないか。こいつ何のつもりなんだ?)

 階級章の色から見て、階級は二等兵曹。なぜ現役の隊服を着ないのか、時代に置いて行かれたような兵曹を怪しげに眺める。
 精悍な瞳、薄い唇を割くような顔の傷、隙のない佇まい――こいつには覚えがある。
  
『海底にいた男!』

 夢の中で私に無礼な態度を取っただろう、という理由もあって思わず日本語で声を荒げてしまった。
 しまった、と思った時にはもう遅い。
 口を突いて出た言葉を回収するすべはなく、私は”ヒステリィを起こした女”という不名誉なレッテルが張られるに違いない。ここまで冷静な女性軍人で通って来たのに、こんな些細なことで下らぬ色眼鏡で見られてしまうなんて、それはあんまりだ。
 
『…………』
 
 私は恐る恐る兵曹の反応を覗ったが、兵曹は私の顔をぼんやりと見つめたまま動かない。
 
『……な、名前くらい名乗ったらどうだ。公爵令嬢はどこだ?』

 兵曹の目線が不躾に投げられて居心地が悪い……何より無礼だ、上官の顔をじろじろ眺めるなんて。
 せかす様に問いかけると、兵曹はすっと顔を上げた。

『夢での話は覚えているな』
 
 夢、という単語に慌てていた心が冷静になる。
 やはり、この兵曹は夢で見た奴だ。そして、この口ぶり……こいつもまた同じ夢を見ていたというのか。

『前回、お前は失敗した。誰も選べず全員と死んだ』

 兵曹の冷たい言葉に背筋がぞくりと冷える。前回――男たちとともに海底に沈んだ記憶がわずかに甦る。
 
『ぐっ……』 

 だが、全てを思い出そうとすると激しい頭痛に襲われる。まるで記憶を掘り起こすことを脳が拒むかのように。

『お前は前回の記憶をだんだんと忘れていく。何が起きたかも、誰と出会ったかも、俺のことも――』

 「俺のこと」兵曹はそう言うと顔を曇らせる。その顔を見て心が痛んだ。そんな顔をしてほしくないと、魂が願っているかのように。

『だから、今これだけは覚えておけ』
 
 だが兵曹の顔が曇ったのは一瞬だけ。
 
『お前はこれから運命の婚約者に出会う』

 すぐに仏頂面に戻ったかと思うと、無礼にも私に指をさして来た。
 上官に対しての態度じゃない、叱咤してやりたいが兵曹の真剣な表情に言葉を飲み込んでしまう。
 
『そしてその運命は――九十九人いる!』
『いかれてるのか!?』
 
 訳のわかないことをつらつらとしゃべり続ける兵曹に突っ込みを入れるが、止まる様子はない。
 
『俺たちの因果は絡み合って解けない。全員を幸せにしないと全員で死ぬ。だから全員を攻略するんだ』
『なに、ちゃっかり自分を入れているんだ!』
『婚約者と会ったときには鈴の音が鳴る。それが合図だ』 

 言いたいことだけを好き勝手に述べる兵曹に、私は一番聞きたいことを聞くことにした。
 
『お前は誰だ』

 その言葉に、兵曹の声が止まる。目線が少し下を向く。それが悲哀の表情だということが、出会って間もない私にも伝わる。
 私は、この兵曹のことを忘れてしまったのだろうか。
 
『お前から1番近くて、遠い人間。俺は――』

 ざわざわ。

 兵曹の絞り出した声は駅の喧騒にかき消された。続きを聞きたかったが、目は自然と騒ぎのほうへ向かってしまう。
 そこには人の波を存在だけでかき消す二人の男がいた。

「ダミアンとシュヴァリエだ」

 ご丁寧にも、誰かが彼らの名をつぶやいてくれた。

 一人は褐色の肌の男。
 黒い瞳と彫りの深い顔立ち、ネイティブアメリカンだろうか。
 赤い長髪は三つ編みにされており、そんな髪色をディープネイビーのスリーピースが上品に引き立てる。
 一歩ごとに漂う威圧と色気に、周囲の空気が自然と張りつめる。

 そして、その後ろにいるのは白人。
 手前の褐色の男も背が高いが、彼はそれよりも長身だ。
 プラチナブロンドの髪、深く吸い込まれそうな青い瞳。
 否が応でも人目を引く華やかな外見をしているのに、一言も発さずに静かに歩く姿は彫刻のようだった。

 ネイティブアメリカンが白人を部下の様に引き連れて歩いている。
 それは異国人の私から見ても、異様な光景だった。

 だが、私はこの男たちを知っている――!!

 息をのむ。彼らは夢で見た、私を海底で捕らえた男たちだ。
 だが、それぞれがどんな人で、どんな過去を持っているかと思いだそうとすると激しい頭痛がする。忘れていく、忘れてしまう。誰かに記憶を塗り替えられたかのように。

「お嬢さん。道を譲ってくれねえかな」
「失礼、レディ。ボスが通ります」

 男たちが声をかけてきて、それぞれと瞳が合う。彼らは私のことを知らないはずなのに、目が合うと少しだけ息をのんだ。

 ちりん、ちりん。

 さわやかな鈴の音がどこからか聞こえてきた。

【婚約者と会ったときには鈴の音が鳴る】
 兵曹はそう言っていた。まさか、本当のことなのか。
 
 というか――
 
『――どっちだ!?』

 運命の婚約者と思わしき男は、突如二人現れた。兵曹に状況を尋ねようと振り返る。

『兵曹?』

 だが、兵曹がいた場所には誰もいない。周りにあるのは、私と男たちを囲むような人が気ばかり。

『あいつ、どこ行った!?』
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