5 / 5
05「人攫い」
しおりを挟む
【婚約者と会ったときには鈴の音が鳴る】
謎の兵曹はそう言った。
ちりん、ちりん。
グランドセントラル駅の喧騒の中、爽やかに2回鈴の音が鳴った。
そして――
「……迷子か? おチビちゃん」
特に何も起きなかった。
「迷子じゃありませんよ。目が悪いようですね」
褐色の男が嗤いながらたずねてくる。私を揶揄っていることはすぐにわかったので、皮肉交じりで答えながら道を譲った。
ぴりっと緊張が走るが、褐色の男は静かに笑うだけだった。
「失礼いたします」
白人の男は私に警戒しながら褐色の男に道を開ける。
まわりの人間の怯えようからして、マフィアのボスとボディーガードと言ったところか。
波のような人ごみも、彼らのためにみな道を開ける。
ほんの一瞬の邂逅だというのに、彼らが去った後には激しい緊張感にどっと疲れが押し寄せてきた。
『あの馬鹿……!』
そんなことよりも、今はあのあほ兵曹の捜索だ。
あの兵曹はずっと無口だったせいで、どのタイミングで離れてしまったのか見当もつかない。
人の波をかき分けるが、軍服姿の男は見当たらない。
目立つ男だ。誰か見ていないだろうか。きょろきょろとあたりを探り、人のよさそうな男に声をかけた。
「失礼。人を探しているのですが」
「ああ、お嬢さん。お困りで?」
30歳ほどの背の高いやせぎすの男だった。
中折れ帽を被り、ロングコートに身を包む姿は紳士的に見える。
さっきマフィアを見たせいか、人のよさそうな紳士にほっと胸を撫でおろしながら兵曹の行方を尋ねた。
「ひとりかな? 家族とはぐれてしまった?」
どうやら私を迷子の観光客と思っているらしい。
実際迷子なのは連れの方なのだが……
「ええ、まあ。日本人の男性を見ませんでしたか? 黒髪で、紺色の服を着ていて……」
「……ああ、日本人。さっき駅のはずれの方に歩いて行ったのを見たよ」
「なんでそんなところに……」
やっぱり迷子になっていた。
迷うにしたってもっとわかりやすいところに移動しろと言ってやりたいが、まずは迎えに行かなければならないだろう。
「案内するよ」
あきれていると、親切な男性が兵曹の元へと案内してくれると言う。
(……ついて行って、いいんだろうか)
ふと、嫌な予感がした。彼は親切な男性だし、身なりもいいから悪人ではないような気がする。
だけど、この手を取ったらよくないことが起こるんじゃないかと、予感めいたものが頭を離れない。
(いや、予感など、ばかばかしい)
私もこの駅に来たのは初めてだし、折角の親切は無下に出来ない。
私は考えを改めて、言われるがまま、男と共に駅の外れへと足を進めた。
◇ ◇ ◇
「日本人か、それなりの値で売れそうだ」
結果、彼は人攫いだった。
(……予感が当たってしまった)
駅裏に誘導されると、黒塗りの車が待機しているだけ。
車の中には運転手と、後部座席にひとりの男が待機していて何やら話している。
ということは、誘導役の後ろの男を含めて3人組か……という思考まで至った時に後ろから銃を突きつけられる。
「動かないで、お嬢さん。商品に傷をつけたくない」
こんな見え透いた手口にまんまと引っかかってしまった。
知らない人には付いていくなとさんざん言われていたのに。
自分の愚かさに頭を抱えている私を見て怯えていると判断したのか、背後の男はへらへらと笑っている。
「いい顔だ。そんなに震えてると、こっちまで楽しくなっちまうな」
弛緩した空気を感じる。動くなら今だろう。不思議と、彼が大した武器を持っていないことは直感で分かった。
「よく回る口だな」
「はぁ……うわっ!?」
肘を後ろにぶつけて銃をはじき、男の手首をつかんで捻る。
銃が落ちる前に拾い、振り向きざまに構えた。
「クソっ! あの馬鹿油断しやがって!」
車の男たちの判断は早かった。
奴らが恐れているのは失敗ではなく、騒ぎが露見することだ。獲物が牙をむいたとわかった瞬間、味方を見捨てて車を走らせ逃走した。
人気のない駅の裏で私と案内役の男一人だけが取り残される。
「手を後ろに組んで、頭を地面に付けろ」
「チッ! ジャップが!」
人攫いをしているだけあってこういう状況にも慣れているのか、男は悪態をつきながらも指示の通りに地面に伏せる。
拘束して警察に突き出すか。あまり目立ちたくはなかったが、仕方ない。
首元に付けていたスカーフを外して男の背に回る。
「これ、高いスカーフなのに、こんな馬鹿に使う羽目になるなんて……」
「そりゃ悪かったな、もっと優しく縛ってくれていいんだぜ……いてて!」
「黙ってろ」
待ち合わせ場所に令嬢は来ないし、代理の兵曹は迷子になるし、自分はこんな馬鹿に引っかかるし……今日は厄日だ。
イライラしながら男をきつめに拘束していると、警官の制服が二人現れた。
「よう、ビルじゃねぇか。何してんだ、こんなところで」
パトカーのライトを背に、警官はあきれたように笑いながら近づいてくる。
ああ、丁度良かった。この男を連れまわす手間が省ける。
(省ける、か……? なんかろくでもない予感しかしない)
またも嫌な予感がする。だが、警察は警察だ。私は両手を挙げて彼に向き直った。
「この男は人攫いで、私を拉致しようとしました。正当防衛で拘束しています。この銃は彼から取り上げたものです。今、地面に置きますね」
警察に誤解されないようにひとつひとつ丁寧に説明を行い、銃口を自分に向けて地面に置いて数歩離れる。
「あはは、いい子だね。お嬢ちゃん」
そつのない動きをしたはずだが、何が面白いのか警官たちは私の姿を見て笑う。
警官の緩み切った空気に、嫌な予感が的中したことがわかった。
「みっともねえな、ビル。このおチビちゃんにやられたのか?」
「ニンジャだったんだよ。なあ、このスカーフほどいてくれ。痛くてしょうがねえ」
「はいはい」
若い警官に銃を拾わせながら、中年の警官は地面に伏せさせた男に近寄り、言われるままに拘束を解く。
「ちょっと! そいつは犯罪者ですよ!」
「はいはい。警察ごっこはそこまでにしときなって、ミス・ニンジャ。あとは俺たちに任せておけばいいから」
「あんたらこいつと癒着してるだろう! 警察ごっこしてるのはどっちだ!?」
あ、言い過ぎた……と思った時にはもう警察の顔色は変わっていた。
中年の警官は大きく舌打ちをした後、いらだちをごまかす様に荒々しく頭を掻いた。
「ああ、ヒステリィか――危険かもしれない。拘束する」
謎の兵曹はそう言った。
ちりん、ちりん。
グランドセントラル駅の喧騒の中、爽やかに2回鈴の音が鳴った。
そして――
「……迷子か? おチビちゃん」
特に何も起きなかった。
「迷子じゃありませんよ。目が悪いようですね」
褐色の男が嗤いながらたずねてくる。私を揶揄っていることはすぐにわかったので、皮肉交じりで答えながら道を譲った。
ぴりっと緊張が走るが、褐色の男は静かに笑うだけだった。
「失礼いたします」
白人の男は私に警戒しながら褐色の男に道を開ける。
まわりの人間の怯えようからして、マフィアのボスとボディーガードと言ったところか。
波のような人ごみも、彼らのためにみな道を開ける。
ほんの一瞬の邂逅だというのに、彼らが去った後には激しい緊張感にどっと疲れが押し寄せてきた。
『あの馬鹿……!』
そんなことよりも、今はあのあほ兵曹の捜索だ。
あの兵曹はずっと無口だったせいで、どのタイミングで離れてしまったのか見当もつかない。
人の波をかき分けるが、軍服姿の男は見当たらない。
目立つ男だ。誰か見ていないだろうか。きょろきょろとあたりを探り、人のよさそうな男に声をかけた。
「失礼。人を探しているのですが」
「ああ、お嬢さん。お困りで?」
30歳ほどの背の高いやせぎすの男だった。
中折れ帽を被り、ロングコートに身を包む姿は紳士的に見える。
さっきマフィアを見たせいか、人のよさそうな紳士にほっと胸を撫でおろしながら兵曹の行方を尋ねた。
「ひとりかな? 家族とはぐれてしまった?」
どうやら私を迷子の観光客と思っているらしい。
実際迷子なのは連れの方なのだが……
「ええ、まあ。日本人の男性を見ませんでしたか? 黒髪で、紺色の服を着ていて……」
「……ああ、日本人。さっき駅のはずれの方に歩いて行ったのを見たよ」
「なんでそんなところに……」
やっぱり迷子になっていた。
迷うにしたってもっとわかりやすいところに移動しろと言ってやりたいが、まずは迎えに行かなければならないだろう。
「案内するよ」
あきれていると、親切な男性が兵曹の元へと案内してくれると言う。
(……ついて行って、いいんだろうか)
ふと、嫌な予感がした。彼は親切な男性だし、身なりもいいから悪人ではないような気がする。
だけど、この手を取ったらよくないことが起こるんじゃないかと、予感めいたものが頭を離れない。
(いや、予感など、ばかばかしい)
私もこの駅に来たのは初めてだし、折角の親切は無下に出来ない。
私は考えを改めて、言われるがまま、男と共に駅の外れへと足を進めた。
◇ ◇ ◇
「日本人か、それなりの値で売れそうだ」
結果、彼は人攫いだった。
(……予感が当たってしまった)
駅裏に誘導されると、黒塗りの車が待機しているだけ。
車の中には運転手と、後部座席にひとりの男が待機していて何やら話している。
ということは、誘導役の後ろの男を含めて3人組か……という思考まで至った時に後ろから銃を突きつけられる。
「動かないで、お嬢さん。商品に傷をつけたくない」
こんな見え透いた手口にまんまと引っかかってしまった。
知らない人には付いていくなとさんざん言われていたのに。
自分の愚かさに頭を抱えている私を見て怯えていると判断したのか、背後の男はへらへらと笑っている。
「いい顔だ。そんなに震えてると、こっちまで楽しくなっちまうな」
弛緩した空気を感じる。動くなら今だろう。不思議と、彼が大した武器を持っていないことは直感で分かった。
「よく回る口だな」
「はぁ……うわっ!?」
肘を後ろにぶつけて銃をはじき、男の手首をつかんで捻る。
銃が落ちる前に拾い、振り向きざまに構えた。
「クソっ! あの馬鹿油断しやがって!」
車の男たちの判断は早かった。
奴らが恐れているのは失敗ではなく、騒ぎが露見することだ。獲物が牙をむいたとわかった瞬間、味方を見捨てて車を走らせ逃走した。
人気のない駅の裏で私と案内役の男一人だけが取り残される。
「手を後ろに組んで、頭を地面に付けろ」
「チッ! ジャップが!」
人攫いをしているだけあってこういう状況にも慣れているのか、男は悪態をつきながらも指示の通りに地面に伏せる。
拘束して警察に突き出すか。あまり目立ちたくはなかったが、仕方ない。
首元に付けていたスカーフを外して男の背に回る。
「これ、高いスカーフなのに、こんな馬鹿に使う羽目になるなんて……」
「そりゃ悪かったな、もっと優しく縛ってくれていいんだぜ……いてて!」
「黙ってろ」
待ち合わせ場所に令嬢は来ないし、代理の兵曹は迷子になるし、自分はこんな馬鹿に引っかかるし……今日は厄日だ。
イライラしながら男をきつめに拘束していると、警官の制服が二人現れた。
「よう、ビルじゃねぇか。何してんだ、こんなところで」
パトカーのライトを背に、警官はあきれたように笑いながら近づいてくる。
ああ、丁度良かった。この男を連れまわす手間が省ける。
(省ける、か……? なんかろくでもない予感しかしない)
またも嫌な予感がする。だが、警察は警察だ。私は両手を挙げて彼に向き直った。
「この男は人攫いで、私を拉致しようとしました。正当防衛で拘束しています。この銃は彼から取り上げたものです。今、地面に置きますね」
警察に誤解されないようにひとつひとつ丁寧に説明を行い、銃口を自分に向けて地面に置いて数歩離れる。
「あはは、いい子だね。お嬢ちゃん」
そつのない動きをしたはずだが、何が面白いのか警官たちは私の姿を見て笑う。
警官の緩み切った空気に、嫌な予感が的中したことがわかった。
「みっともねえな、ビル。このおチビちゃんにやられたのか?」
「ニンジャだったんだよ。なあ、このスカーフほどいてくれ。痛くてしょうがねえ」
「はいはい」
若い警官に銃を拾わせながら、中年の警官は地面に伏せさせた男に近寄り、言われるままに拘束を解く。
「ちょっと! そいつは犯罪者ですよ!」
「はいはい。警察ごっこはそこまでにしときなって、ミス・ニンジャ。あとは俺たちに任せておけばいいから」
「あんたらこいつと癒着してるだろう! 警察ごっこしてるのはどっちだ!?」
あ、言い過ぎた……と思った時にはもう警察の顔色は変わっていた。
中年の警官は大きく舌打ちをした後、いらだちをごまかす様に荒々しく頭を掻いた。
「ああ、ヒステリィか――危険かもしれない。拘束する」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる