30 / 43
30「無遠慮な救済」
しおりを挟む
一瞬、空気が張り詰めた。
馴染みのない日本語の響きに、数人が顔をしかめる。
「カイジンベッソウ?」
「どんな話だ、それは?」
「海底の別荘に住む、美しく孤独な“海の王”と、人間界から訪れる“娘”の物語です。死と生の境界で交わされる、魂の対話。この演目を通し、アメリカ国民に海の神秘を馴染みあるものにしていきましょう」
熱のこもった私の説明に、演出家が興味深げに眉を上げる。
「へえ……“海の王”か。つまり、それが公子役ってわけだ」
「はい。そして……その役を、ダミアン・ヘイダルに務めて欲しい」
静まりかえる室内。そりゃそうだ、ダミアンはこの劇場のオーナーでもある。役者をするわけがない。
だが、どうしてもここは通したかった。
「オーナーが軍に入ったのは聞いてるけど、彼は演劇をするかな?」
「どうしても彼がいいんです!」
「どうして?」
「我々琅玕隊の公演は霊力を持った【歌】による儀式。彼の霊力がどうしても必要なんです」
霊力、という馴染みのない単語に役者たちは戸惑う。彼らはこの公演が軍の極秘任務の元にあることは知っているが、それが日本独自の霊術によるもの、というところまでは飲み込めていないようだ。
しかも、問題はそれだけじゃない。
「インディアンを出すのか? 冗談だろ」
「主演がインディアン、ヒロインは日本人。誰が見るんだ、こんな劇」
「客は白人なんだぞ」
この国に根強く蔓延る差別が、この公演を許してはくれないようだった。
誰かの不用意な言葉は私だけでなく黒人の演奏者もピリつかせ、あたりに嫌な空気が立ち込めた。
(やはり難しいか……)
諦めようとした時、私の肩をそっと叩いてくれた存在がいた。
「あたし観た~い。ふたりともちょーかっけーし、絶対映えるってえ。ねえ? マサル」
「”ばえる”」
C.A.D.が明るく振舞いながら、なんだかよくわかっていない父と共に味方に回ってくれる。
そんな二人の想いにくじけそうだった心が前を向く。
「私は顔がいいので客を呼べます!! やらせてください!」
「すごいね、自分で言うんだ」
私はごり押しで大声を出した。
あまりの勢いに演出家は困ったように笑う。その笑顔が伝染して、皆に笑顔が戻って来た。
「……主役が日本人なのはもう確定なんだろ。なら、日本の曲でもいいんじゃねえか」
「他の劇場じゃ絶対できないしな。唯一の劇になる」
「ポセイドンシアターは全人種を歓迎している、いい宣伝にもなるはずだ」
演者たちの言葉に、演出家はゆっくり頷いた。
「よし、じゃあ琅玕隊紐育支部初公演は『海神別荘』にしよう。主演は織歌、公子役はダミアン。ただし、まだ本人の了承は得ていない。これは、織歌ちゃんが口説いてくれるってことでいいのかな?」
「はい! 必ずやり遂げます!!!」
演出家の言葉に現場の空気が引き締まる。ここでは彼が絶対だと、ダミアンが言っていた。
演出家がすべてを彩り、形作り、私たち俳優を舞台で飾ってくれるのだと。
「ボクは演出家のヨルムンガンド・ハーヴ。ヨルって呼んでね」
演出家は私を認めてくれたのか、おざなりだった挨拶をやり直してくれた。
ヨルは美しい青年で、海のように青い長い髪をひとつにまとめている。にこやかな笑みは周囲を引きつける魅力があり、彼が演出家として人望を集めているのだろうということが、その堂々とした立ち振る舞いでもわかる。
「海神織歌です。よろしくお願いします」
私も改めて自己紹介をする。固く握手を交わすと、ヨルの冷たい手に私の手が包まれる。
ぢりん。
どこか遠くで、鈴が鳴った。
だけどその音はひどく濁っていて、不安をもたらす旋律。なにかぞくりとしたものを感じたが、ヨルは人懐っこい笑顔で笑っている。
(気のせいか……)
私は遠くで聞こえた音を忘れようと、小さく頭を振った。
◇ ◇ ◇
「”ダミアン”」
織歌達が公演の練習に向かった頃、勝は舞台裏にたたずんでいたダミアンに勝は声をかける。
完全に気配を消していたのに、目ざとく自分を見つけた勝にダミアンは驚いた。
他の誰にも気づかれていないのに、叢に潜む狼のように息を殺していたのに――勝はいともたやすくダミアンを見つけ、そして皆が離れたタイミングで話しかけてきたのだ。
「勝……だっけ?」
「”マサル”」
「スピークイージーに殴り込んだ来た奴をぶっ倒したのもアンタだよな」
「”すぴーく?”」
「ふざけるなよ」
殺気を込めて脅しをかけてみたものの、勝はきょとんとしたままだ。
(ちょっとした雑魚なら腰を抜かすし、骨のある奴なら殺気で返してくるもんだが……)
勝はそのどちらとも違う。
ダミアンの殺気など何事もなかったかのようにいなす姿に、毒気を抜かれるとともに、底知れない恐怖も感じさせる。
「”オルカ”」
この男にどういう態度を取ればいいんだろう。そう考えていると、勝が舞台を指さす。
遠くからピアノの旋律と歌が聞こえてくるので、歌の練習が始まったのだろう。
「見ろってことか?」
「”オルカ”」
物をたずねても、勝は名前しか話せないようで会話にならない。脅す気持ちも、喧嘩を売る気持ちもなくなって、ダミアンは勝のいう通りにすることにした。
「こういうのは、見る、っていうんだ。言ってみろ。”見る”」
「”みる”」
オウム返しをする素直な勝の姿に、ダミアンは穏やかな気持ちになる。こうやって少しずつ覚えていけばいい。まともに話せない勝の姿はまるで過去の自分のようで、救ってやりたくてたまらなくなる。
「Beneath the waves, where silence dwells――」
勝が指さした先で、織歌は歌っていた。
その光景に、ダミアンは息を呑む。
「なにっ……」
彼女が歌うたび、あたりが眩く輝く。光の中にいる織歌の声に乗せて、海を漂う無数の海月の幻影が見える。
旋律がもたらす幻影、それが【歌】の力だ――と、勝が説明してくれることはないので、ダミアンはそう思うことにした。
登場人物である「娘」が歌う、すすり泣く声のように悲しい曲。なのに魂が震え、心の奥底にある、封じ込めていた闇に光が差し込もうとしている。
「ぐっ」
美しい旋律の割に、無遠慮な救済をもたらす歌だった。ダミアンは心の闇を暴かれないよう必死に気持ちを納める。
このまま歌を聴いていると、思い出したくない過去を思い出してしまいそうだったから。
「なんだ、これは……」
こんな歌は聞いたことがない。こんなものは見たことがない。
ダミアンは勝に問いかける。
勝はたった一言、呟いた。
「”カイジンベッソウ”」
馴染みのない日本語の響きに、数人が顔をしかめる。
「カイジンベッソウ?」
「どんな話だ、それは?」
「海底の別荘に住む、美しく孤独な“海の王”と、人間界から訪れる“娘”の物語です。死と生の境界で交わされる、魂の対話。この演目を通し、アメリカ国民に海の神秘を馴染みあるものにしていきましょう」
熱のこもった私の説明に、演出家が興味深げに眉を上げる。
「へえ……“海の王”か。つまり、それが公子役ってわけだ」
「はい。そして……その役を、ダミアン・ヘイダルに務めて欲しい」
静まりかえる室内。そりゃそうだ、ダミアンはこの劇場のオーナーでもある。役者をするわけがない。
だが、どうしてもここは通したかった。
「オーナーが軍に入ったのは聞いてるけど、彼は演劇をするかな?」
「どうしても彼がいいんです!」
「どうして?」
「我々琅玕隊の公演は霊力を持った【歌】による儀式。彼の霊力がどうしても必要なんです」
霊力、という馴染みのない単語に役者たちは戸惑う。彼らはこの公演が軍の極秘任務の元にあることは知っているが、それが日本独自の霊術によるもの、というところまでは飲み込めていないようだ。
しかも、問題はそれだけじゃない。
「インディアンを出すのか? 冗談だろ」
「主演がインディアン、ヒロインは日本人。誰が見るんだ、こんな劇」
「客は白人なんだぞ」
この国に根強く蔓延る差別が、この公演を許してはくれないようだった。
誰かの不用意な言葉は私だけでなく黒人の演奏者もピリつかせ、あたりに嫌な空気が立ち込めた。
(やはり難しいか……)
諦めようとした時、私の肩をそっと叩いてくれた存在がいた。
「あたし観た~い。ふたりともちょーかっけーし、絶対映えるってえ。ねえ? マサル」
「”ばえる”」
C.A.D.が明るく振舞いながら、なんだかよくわかっていない父と共に味方に回ってくれる。
そんな二人の想いにくじけそうだった心が前を向く。
「私は顔がいいので客を呼べます!! やらせてください!」
「すごいね、自分で言うんだ」
私はごり押しで大声を出した。
あまりの勢いに演出家は困ったように笑う。その笑顔が伝染して、皆に笑顔が戻って来た。
「……主役が日本人なのはもう確定なんだろ。なら、日本の曲でもいいんじゃねえか」
「他の劇場じゃ絶対できないしな。唯一の劇になる」
「ポセイドンシアターは全人種を歓迎している、いい宣伝にもなるはずだ」
演者たちの言葉に、演出家はゆっくり頷いた。
「よし、じゃあ琅玕隊紐育支部初公演は『海神別荘』にしよう。主演は織歌、公子役はダミアン。ただし、まだ本人の了承は得ていない。これは、織歌ちゃんが口説いてくれるってことでいいのかな?」
「はい! 必ずやり遂げます!!!」
演出家の言葉に現場の空気が引き締まる。ここでは彼が絶対だと、ダミアンが言っていた。
演出家がすべてを彩り、形作り、私たち俳優を舞台で飾ってくれるのだと。
「ボクは演出家のヨルムンガンド・ハーヴ。ヨルって呼んでね」
演出家は私を認めてくれたのか、おざなりだった挨拶をやり直してくれた。
ヨルは美しい青年で、海のように青い長い髪をひとつにまとめている。にこやかな笑みは周囲を引きつける魅力があり、彼が演出家として人望を集めているのだろうということが、その堂々とした立ち振る舞いでもわかる。
「海神織歌です。よろしくお願いします」
私も改めて自己紹介をする。固く握手を交わすと、ヨルの冷たい手に私の手が包まれる。
ぢりん。
どこか遠くで、鈴が鳴った。
だけどその音はひどく濁っていて、不安をもたらす旋律。なにかぞくりとしたものを感じたが、ヨルは人懐っこい笑顔で笑っている。
(気のせいか……)
私は遠くで聞こえた音を忘れようと、小さく頭を振った。
◇ ◇ ◇
「”ダミアン”」
織歌達が公演の練習に向かった頃、勝は舞台裏にたたずんでいたダミアンに勝は声をかける。
完全に気配を消していたのに、目ざとく自分を見つけた勝にダミアンは驚いた。
他の誰にも気づかれていないのに、叢に潜む狼のように息を殺していたのに――勝はいともたやすくダミアンを見つけ、そして皆が離れたタイミングで話しかけてきたのだ。
「勝……だっけ?」
「”マサル”」
「スピークイージーに殴り込んだ来た奴をぶっ倒したのもアンタだよな」
「”すぴーく?”」
「ふざけるなよ」
殺気を込めて脅しをかけてみたものの、勝はきょとんとしたままだ。
(ちょっとした雑魚なら腰を抜かすし、骨のある奴なら殺気で返してくるもんだが……)
勝はそのどちらとも違う。
ダミアンの殺気など何事もなかったかのようにいなす姿に、毒気を抜かれるとともに、底知れない恐怖も感じさせる。
「”オルカ”」
この男にどういう態度を取ればいいんだろう。そう考えていると、勝が舞台を指さす。
遠くからピアノの旋律と歌が聞こえてくるので、歌の練習が始まったのだろう。
「見ろってことか?」
「”オルカ”」
物をたずねても、勝は名前しか話せないようで会話にならない。脅す気持ちも、喧嘩を売る気持ちもなくなって、ダミアンは勝のいう通りにすることにした。
「こういうのは、見る、っていうんだ。言ってみろ。”見る”」
「”みる”」
オウム返しをする素直な勝の姿に、ダミアンは穏やかな気持ちになる。こうやって少しずつ覚えていけばいい。まともに話せない勝の姿はまるで過去の自分のようで、救ってやりたくてたまらなくなる。
「Beneath the waves, where silence dwells――」
勝が指さした先で、織歌は歌っていた。
その光景に、ダミアンは息を呑む。
「なにっ……」
彼女が歌うたび、あたりが眩く輝く。光の中にいる織歌の声に乗せて、海を漂う無数の海月の幻影が見える。
旋律がもたらす幻影、それが【歌】の力だ――と、勝が説明してくれることはないので、ダミアンはそう思うことにした。
登場人物である「娘」が歌う、すすり泣く声のように悲しい曲。なのに魂が震え、心の奥底にある、封じ込めていた闇に光が差し込もうとしている。
「ぐっ」
美しい旋律の割に、無遠慮な救済をもたらす歌だった。ダミアンは心の闇を暴かれないよう必死に気持ちを納める。
このまま歌を聴いていると、思い出したくない過去を思い出してしまいそうだったから。
「なんだ、これは……」
こんな歌は聞いたことがない。こんなものは見たことがない。
ダミアンは勝に問いかける。
勝はたった一言、呟いた。
「”カイジンベッソウ”」
10
あなたにおすすめの小説
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】16わたしも愛人を作ります。
華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、
惨めで生きているのが疲れたマリカ。
第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、
退屈令嬢のフィクサーな日々
ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。
直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。
乙女ゲームに転生した私の婚約者はイベントで必ず死にます
ひなクラゲ
恋愛
「婚約解消してほしい!」
あなたは真剣な顔でそう言う…
「そう…………」
やっぱりストーリーは変えられないのね…
突然ですが私は転生者です
最近この世界が乙女ゲームの世界だと気がついてしまいました…
私はただのモブ
ただし、私の婚約者はなんと!
攻略キャラではないが主人公に惚れて、途中で死んでしまうというある意味、時報の役(ひぐらしでいう所の富竹さん(笑))でした!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
もしもゲーム通りになってたら?
クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが
もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら?
全てがゲーム通りに進んだとしたら?
果たしてヒロインは幸せになれるのか
※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。
※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。
※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。
※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
勇者の婿取り~強面女性騎士と報奨の王子~
小西あまね
恋愛
国王が布告を出した。強大な魔物を倒した勇者に王女を与える--
クレシュは顔に大きな傷がある頑健な強面騎士。魔物討伐は職務を果たしただけだったのに、勇者として思わぬ報奨を得てしまい困惑する。
「……うちに美人がいるんです」
「知ってる。羨ましいな!」
上司にもからかわれる始末。
--クレシュが女性であったために、王女の代わりに王子ヴェルディーンを婿に与えられたのだ。
彼も彼なりに事情があり結婚に前向きで…。
勇猛果敢で生真面目な27歳強面女性騎士と、穏やかだが芯の強い美貌の24歳王子。
政争やら悪者退治やら意外と上手くいっている凸凹夫婦やらの話。
嫉妬や当て馬展開はありません。
戦闘シーンがあるので一応残酷な描写ありタグを付けますが、表現は極力残酷さを抑えた全年齢です。
全18話、予約投稿済みです。
当作品は小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる