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40「出航」
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「今回の海魔は幻惑を得意とし、音の届きやすい漁船などの小型船を狙うとのことだ。全員気を付けるように」
「”小さい?”」
「大きさは人間と同じ程度。逆に言うと人化けが上手いので、あまり放置すると力をつけて厄介な存在になってしまう」
海魔は魂の穢れが具現化したもの。すごくざっくり言ってしまうと妖の一種だ。所によっては海坊主や磯撫でとも呼ばれるそれらの大きさはまちまちで、鯨ほど大きいものもいれば子猫ほどの小ささのものもいる。
だが、注意すべきは――
「一番厄介なのは、人間型だ」
人間型。それが最も厄介だった。
獣の形をしている海魔は意思も薄弱な化け物に過ぎないが、人に化けると人語を話し、人を騙るようになる。
海魔は人を食う化け物だが、人型の海魔は人に成りすますという。人に成りすまし、人を食い、そして人の世界に溶け込むことができれば、海から離れることができる。そうなればもう簡単には見つけられない。
ごくり、と誰かが息を呑む音がする。
エンゼル神父が恐ろしい目でお父さんを睨んでいる。
正直なところ、私もお父さんが人型海魔であることに戸惑っている。だが、彼の言葉に嘘はない、そう信じたい。
彼は味方だ。そう信じているから、任務にも同行させている。
「今回はまだ人語が離せる程度の敵だ。人型になる前に倒してしまおう」
お父さんから話題を逸らすように、私は明るく振舞った。
実際、今回の敵は少し厄介だが、討伐するには今がこれ以上ない好機だ。
沖の船上ともなれば軍の盗聴器であっても機能しない。
軍と何らかの問題を抱えているシュヴァリエの話を聞けるし、確かめたいこともある。
「操縦は私が行いましょうか」
シュヴァリエが目線を操縦席に向ける。そうだ、彼は元海軍将校だった。確かに彼なら操縦は可能だろう。
「いや、私がやる。あなたは元軍人のようだが、機関室の連携は隊長である私に一任されている」
「それは、失礼しました」
「いいんだ、まかせてくれ!」
シュヴァリエは私が操縦できるとは思っていなかったのだろう。
とっさに出た気遣いに静かに頭を下げる。そんな顔をしてほしいわけではなかったので、明るく振舞って場を和ませようとした。
海魔が出没する座標に狙いを定め、船を進める。
”海魔”駆逐艦は波をかき分けて進み、沖へ出発した。
「素晴らしい操縦です」
意外にも、私の操縦に最も興味を持ったのはシュヴァリエだった。
「海軍なら普通だろう。私は卒業したてだからな、訓練で散々やらされたばかりだ」
「……訓練内容はあまり変わらないんですね」
「イギリス式だからな。アメリカも近い部分が多いんじゃないか?」
しばらくは穏やかな航海だ。緊張して逸る心をシュヴァリエが言葉で解きほぐしてくれる。
――というか、ダミアン海が苦手なようでそわそわしているし、父はそんなダミアンにかかりきり。
エンゼル神父はいまだに父を警戒していて喋らないせいで、私と話してくれるのがシュヴァリエだけという状態なだけなのだが。
「女性で士官学校は大変ではなかったですか?」
「そりゃ大変だよ。戦闘訓練なんか毎回ボコボコだ」
「それは……女性に容赦ないですね……」
「でも数字は得意なんだ」
「では経理はお得意でしょう」
「ああ、江田島の金庫番とは私のことだ――」
寡黙な印象に反して、シュヴァリエは会話が上手かった。
聞き上手で気持ちよく私の言葉を引き出し、静かに相槌を打ってくれる。
頷くたびに揺れる長い睫毛の下に透き通るような藍色の瞳、白磁の肌……成人男性の例えとしてはふさわしくないが、フランス人形のような美しさがあった。
――――♪
だが、楽しい会話は長くは続けられない。
しばらく沖に出ると、エンジンの騒音に紛れて歌声が聞こえる。
「全員、戦闘準備!」
それまで弛緩していた空気が、私の声でピンと張りつめる。
「海魔だ!」
「”小さい?”」
「大きさは人間と同じ程度。逆に言うと人化けが上手いので、あまり放置すると力をつけて厄介な存在になってしまう」
海魔は魂の穢れが具現化したもの。すごくざっくり言ってしまうと妖の一種だ。所によっては海坊主や磯撫でとも呼ばれるそれらの大きさはまちまちで、鯨ほど大きいものもいれば子猫ほどの小ささのものもいる。
だが、注意すべきは――
「一番厄介なのは、人間型だ」
人間型。それが最も厄介だった。
獣の形をしている海魔は意思も薄弱な化け物に過ぎないが、人に化けると人語を話し、人を騙るようになる。
海魔は人を食う化け物だが、人型の海魔は人に成りすますという。人に成りすまし、人を食い、そして人の世界に溶け込むことができれば、海から離れることができる。そうなればもう簡単には見つけられない。
ごくり、と誰かが息を呑む音がする。
エンゼル神父が恐ろしい目でお父さんを睨んでいる。
正直なところ、私もお父さんが人型海魔であることに戸惑っている。だが、彼の言葉に嘘はない、そう信じたい。
彼は味方だ。そう信じているから、任務にも同行させている。
「今回はまだ人語が離せる程度の敵だ。人型になる前に倒してしまおう」
お父さんから話題を逸らすように、私は明るく振舞った。
実際、今回の敵は少し厄介だが、討伐するには今がこれ以上ない好機だ。
沖の船上ともなれば軍の盗聴器であっても機能しない。
軍と何らかの問題を抱えているシュヴァリエの話を聞けるし、確かめたいこともある。
「操縦は私が行いましょうか」
シュヴァリエが目線を操縦席に向ける。そうだ、彼は元海軍将校だった。確かに彼なら操縦は可能だろう。
「いや、私がやる。あなたは元軍人のようだが、機関室の連携は隊長である私に一任されている」
「それは、失礼しました」
「いいんだ、まかせてくれ!」
シュヴァリエは私が操縦できるとは思っていなかったのだろう。
とっさに出た気遣いに静かに頭を下げる。そんな顔をしてほしいわけではなかったので、明るく振舞って場を和ませようとした。
海魔が出没する座標に狙いを定め、船を進める。
”海魔”駆逐艦は波をかき分けて進み、沖へ出発した。
「素晴らしい操縦です」
意外にも、私の操縦に最も興味を持ったのはシュヴァリエだった。
「海軍なら普通だろう。私は卒業したてだからな、訓練で散々やらされたばかりだ」
「……訓練内容はあまり変わらないんですね」
「イギリス式だからな。アメリカも近い部分が多いんじゃないか?」
しばらくは穏やかな航海だ。緊張して逸る心をシュヴァリエが言葉で解きほぐしてくれる。
――というか、ダミアン海が苦手なようでそわそわしているし、父はそんなダミアンにかかりきり。
エンゼル神父はいまだに父を警戒していて喋らないせいで、私と話してくれるのがシュヴァリエだけという状態なだけなのだが。
「女性で士官学校は大変ではなかったですか?」
「そりゃ大変だよ。戦闘訓練なんか毎回ボコボコだ」
「それは……女性に容赦ないですね……」
「でも数字は得意なんだ」
「では経理はお得意でしょう」
「ああ、江田島の金庫番とは私のことだ――」
寡黙な印象に反して、シュヴァリエは会話が上手かった。
聞き上手で気持ちよく私の言葉を引き出し、静かに相槌を打ってくれる。
頷くたびに揺れる長い睫毛の下に透き通るような藍色の瞳、白磁の肌……成人男性の例えとしてはふさわしくないが、フランス人形のような美しさがあった。
――――♪
だが、楽しい会話は長くは続けられない。
しばらく沖に出ると、エンジンの騒音に紛れて歌声が聞こえる。
「全員、戦闘準備!」
それまで弛緩していた空気が、私の声でピンと張りつめる。
「海魔だ!」
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