海神別奏:大正乙女緊急指令「九十九人ノ婚約者ヲ攻略セヨ」

百合川八千花

文字の大きさ
41 / 43

41「 「 」 」

しおりを挟む
 海に帰ってきた――シュヴァリエは波風に銀髪の髪を揺らしながらぽつりとつぶやいた。
 
 「海魔かいまだ!」

 織歌の透き通るような声があたりに響く。
 黒瑪瑙のように輝く黒髪と、朝焼けの海のような桃色と水色が融けた瞳……彼女は何も変わらない。
 数年前に見たあどけない少女、物語のヒロインのような姿のまま――
 
 ◇ ◇ ◇

 かつて私は将来を期待された海軍大尉だった。
 
深海教団しんかいきょうだんは知っているね」
 
 最悪のオファーが来たのは4年前の1919年――アメリカ海軍が大きく揺れていた時だ。
 
 世界最強の海軍を目指す軍拡の流れが過渡期を迎え、アメリカ海軍は予算も人員も削るようになっていった。
 世界中の海域にモンスターが出没しているというのに、新たな武器を作ることもままならない。

「ええ、海魔を崇める新興のカルト集団。世間の知名度は高くはないですが、危険性が高く政府にマークされている団体、と」
 
 追い詰められた上層部は海の魔物を信仰するカルト教団と手を組んで、独自の対処法を編み出せるよう動き出した。

「よく勉強している。さすがだ、イス大尉」
 
 マニラの暖かい気候の中で、ベインブリッジ少将の冷たい声が異質に響く。
 夕陽の残滓が、真鍮の窓枠にわずかに赤を残す。
 薄いレースのカーテンが、湿った夜風に静かに揺れていた。
 
 ヒロシマでの日本海軍との共同演習が終わり、駐留しているフィリピン・マニラに戻ってきた私の元を訪れたベインブリッジ少将は、わかりやすく不機嫌だった。
 原因はあれだろう――日本軍との演習で紹介された”女性”士官候補生。
 ただでさえ目障りな日本軍が、時代の先に立つ列強国の風を吹かせて女性将校候補をお披露目してきたことに、ベインブリッジ少将は顔に泥を塗られた気分だったようだ。
 女性士官候補生はまだ16歳。幼ささえ残る顔つきの少女だったが、自信満々でしっかりと人の目を見て話す堂々とした姿が余計に癇に障ったらしい。
 女の癖に、子供のくせに、日本人の癖に……そう言いたい口を必死で抑えている様を、演習中に遠くで見ていた。
 
「深海教団は「海には死を司る神がおり、すべては海へ還る」という教えの元、人種を問わない博愛主義を掲げた組織。しかし、生贄と称して信者を海に沈める過激な私刑が横行していると聞いております」

 ベインブリッジ少将の怒りに触れないよう、従順な軍人を演じることにする。
 つらつらと知っている限りの深海教団について知っている情報を伝える。
 ――人種に優劣なし、この言葉は今のベインブリッジ少将を刺激してしまうだろうが、この情報を濁しても彼の機嫌は直るまい。
 
「だがそんなカルト組織がアメリカで最も「海魔」の秘密を知る存在だ。イス大尉、君には仲介役を任せたい」

 私にカルト教団と軍の後ろ暗い繫がりの手綱を握れというのか。
 最悪のオファーだが命令は絶対だ。
 「わかりました」と言えばこの話は終わる。殺気立ったこの部屋も南国の穏やかな風に吹かれるだろう。

「    」
 
 だがその時の私はどうかしていた。
 「イエス、サー」それだけの言葉がなぜか出てこない。
 
「……日本軍は技術協定を申し込んできておりますが、カルトを頼るのですか?」
  
 イエスの代わりに口答えをする私に、ベインブリッジ少将はイライラしながら叱りつけてくる。

「我々は人間だ。日本の猿に何を教わることがある? 国内の蛆虫の方がまだ役にたつ」
「……閣下、それは…………」
「なんだ、聖人ぶるのか?」
 
 あまりにも酷いベインブリッジ少将の言葉に、ヒロシマ演習で見たあの少女の姿を思い出す。
 屈強な男ばかりの軍の中でも恐れることなく背筋を伸ばしてまっすぐに前を見つめる……さながら東洋のジャンヌ・ダルクのような少女。
 物語のヒロインのような彼女を見た後に、汚い言葉で発せられた命令を聞こうとする自分があまりにも虚しく思えた。

 私の物語はどのように描かれるのだろう。
 
 ミシェル・フランソワ・ローラン・イス――フランス系の裕福な貿易商の長男。
 家に海の利権の恩恵が与えられるよう、父の命令で海軍の道へ進んだ。
 成績は優秀、上からの評価も良く、順調に出世して現在はアジア太平洋艦隊所属の情報将校。
 銀の差す金髪と青い瞳は象徴的な白人で、見目麗しいと称される顔は軍のお飾りには最適。
 ひとたび微笑めば誰の懐にも忍び込め、あらゆる情報が手に入る、優秀なスパイにもなれる。
 
 そしてこの先は、人種差別主義者の上官の命ずるままカルト教団の使い走りをすることになる。
 
「…………お断りいたします」
「自分だけ綺麗なつもりか? 美しいだけのフランス人形が」

 私は断った。
 それはベインブリッジ少将の差別発言に対する義憤などではない。
 ただ、彼の言うことを聞き続ければヒロイックなあの少女と自分を比べてしまいそうで、それがあまりにも苦しかったからだ。
 
「侮辱されては、余計にあなたの言うことを聞けなくなる」
「その可愛い声で他の男は誑かせたのだろうが、私はそうはいかん。自分の立場をわきまえろ」
「今ここにいるのは実力です。そのようなことをした覚えはありません」
「もういい。すべて終わりだ。この話も、君も」

 私は馬鹿だ。
 つまらない意地を張った結果、ベインブリッジ少将の不興を買った。
 その後に与えられる道は当然――失脚だ。
 私を待ち受けていたのははぐれ者の部隊、Hell Sub地獄の予備隊への移動。
 
 そして――
 
「特務E班へようこそ。民間協力をしているエンゼルと申します」

 海魔憎しで武器を持ち、人殺しすらいとわない狂気の聖職者――エンゼル神父との出会いだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】16わたしも愛人を作ります。

華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、 惨めで生きているのが疲れたマリカ。 第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

乙女ゲームに転生した私の婚約者はイベントで必ず死にます

ひなクラゲ
恋愛
「婚約解消してほしい!」  あなたは真剣な顔でそう言う… 「そう…………」   やっぱりストーリーは変えられないのね…  突然ですが私は転生者です  最近この世界が乙女ゲームの世界だと気がついてしまいました…    私はただのモブ  ただし、私の婚約者はなんと!  攻略キャラではないが主人公に惚れて、途中で死んでしまうというある意味、時報の役(ひぐらしでいう所の富竹さん(笑))でした!    

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

もしもゲーム通りになってたら?

クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら? 全てがゲーム通りに進んだとしたら? 果たしてヒロインは幸せになれるのか ※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。 ※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。 ※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。 ※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

勇者の婿取り~強面女性騎士と報奨の王子~

小西あまね
恋愛
国王が布告を出した。強大な魔物を倒した勇者に王女を与える-- クレシュは顔に大きな傷がある頑健な強面騎士。魔物討伐は職務を果たしただけだったのに、勇者として思わぬ報奨を得てしまい困惑する。 「……うちに美人がいるんです」 「知ってる。羨ましいな!」 上司にもからかわれる始末。 --クレシュが女性であったために、王女の代わりに王子ヴェルディーンを婿に与えられたのだ。 彼も彼なりに事情があり結婚に前向きで…。 勇猛果敢で生真面目な27歳強面女性騎士と、穏やかだが芯の強い美貌の24歳王子。 政争やら悪者退治やら意外と上手くいっている凸凹夫婦やらの話。 嫉妬や当て馬展開はありません。 戦闘シーンがあるので一応残酷な描写ありタグを付けますが、表現は極力残酷さを抑えた全年齢です。 全18話、予約投稿済みです。 当作品は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...