婚約破棄された元聖女、魔王の息子に攫われて溺愛されています

百合川八千花

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04「婚約なんてもうこりごり」

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「婚約なんてもうこりごり。私は、一人で生きていきます……!!」

 あれよあれよという間に私は馬車に乗っていた。
 深紅のベルベットソファは体すべてが沈んでしまいそうなほどふかふかだ。
 私はこの馬車がどこに行くのかもわからないまま、脱力してソファに沈みこんでいた。
 だらしない恰好だが、王子の婚約者を降ろされた私を咎めるものはどこにもいない。
 
「せっかく僕が攫ったのに、言うことはそれ?」

 ヴェルグはあきれ顔で私を見つめている。
 銀色の瞳で見つめられると、はだけた服が途端に恥ずかしくなって慌てて飛び起きる。

「馬鹿言わないで。あなたには立場があるでしょう」
「何言ってるの。27歳の独身辺境伯が救国の聖女と婚約なんて、これ以上ない最適解でしょ」
「辺境伯……?」
 
 そういえば、この馬車は妙に豪華な作りだった。檀の木目とダマスク模様の重厚な装飾に、ソファの背もたれには金糸で刺繍された紋章が描かれている。
 花と月を模したその柄には見覚えがあった。かつて魔王に反旗を翻したレジスタンスの紋章。
 
「あなた、アシュフォード帝国に亡命したの?」

 点と点が線でつながる。ヴェルグを見つめると、彼は恥じらうように目尻を赤くして目線を逸らした。
 
「魔王は倒され、魔王に支配されていたアシュフォード帝国は解放された。僕はその功績で爵位を賜ったんだ」
「それは……よかった!!」

 思わずヴェルグに抱き着いてしまう。よかった。ずっと心配していたのだ。
 魔王の息子である彼は、魔王を倒したとしても心無い目にさらされるだろうと。
 そもそも祝賀会だって、彼の居場所を作る為に王に直訴に行った際にサプライズで行われたパーティだった。
 私にとって最悪な結果になってしまったが、彼は私が心配する必要などなく、自分の力で道を開いていた。

「ずっと心配していたの。でも、あなたほどの人を心配するなんておこがましかったわね」
「そんなことない。今の僕があるのは君のおかげだ。君が僕を父から解放してくれた」

 ヴェルグの腕が背中に回る。ぎゅっと抱き合っていると、互いの心臓の鼓動が聞こえた。
 ああ、生きている。
 魔王の心臓を貫いた時の感覚が忘れられない。だけど、同じ血を引く彼は、今も立派に生きていてくれている。

「アルティア……」

 ヴェルグの温かい声が耳に掛かる。

「ずっと君が好きだった。だから、どうか僕と婚約してほしい」

 蕩けてしまいそうなほど、低く甘い声に、心臓が跳ねた。 
 だけど――

「お断りします」
「なんで!?」

 婚約なんてもうこりごりだった。
 ヴェルグは共に戦った戦友であり、その心が美しく清いことはわかっている。
 でも、人の心なんて簡単に変わってしまうもの。そんな曖昧なものを、今更信じることなんてできなかった。

「帰る場所を誰かに作ってもらうのなんて、もう嫌。私はひとりで静かに生きていくわ」
「その暮らしを否定する気は全くないよ。独身で幸せに暮らしている人はいくらでもいる」

 でもね――、とヴェルグは一呼吸置くと、黒檀の引き出しから取り出した手紙をばらばらと車内に舞わせた。
 
「アシュフォード帝国の晩餐会の招待、リエル王国の社交界への招待、これも、これも……ううっ」
「君は英雄なんだ。社交界からは決して離れられない。パートナー候補くらいいたほうが君のためだと思わない?」
「というか、なんであなたが私宛の招待状を持っているのよ!?」
「それは秘密」

 大量の招待状を見て頭を抱える。
 社交界から離れるために無視をすればいいとも思うが、10年の長い間を支援してくれた恩義のある方々からの招待だ。決して無下にすることはできない。
 
「ベルモンド王国のパーティを思い出してよ。独身の女性も父親や友人をパートナーに連れてきてたでしょ? 社交界じゃ、一人では生きていけないんだよ」
「それは、そうだけど……そんなことのために人を縛ったりなんかできないわ」

 それでも、私の心は頑なだった。
 冷静になった頭で考えると、10年もまともに会えないのに婚約など互いのためにならない。早めに解消すべきだった。
 婚約なんて見えない鎖で互いを縛った結果があの悲劇……そう思うとなおさら、婚約などする気にはならなかった。
 私の心が決まっているとわかると、ヴェルグは低い声でつぶやいた。
 
「じゃあ、このまま攫っちゃうね」
「へ?」

 ヴェルグが御者に合図をすると、馬車の速度が速くなる。
 こうなっては飛び降りることもできないとわかると、今さらながら自分は攫われているのだと理解させられた。
 
「勝負しよう、聖女アルティア。僕は必ず君に「はい」と言わせてみせる」
「無駄な努力はやめなさい。私はぜーったい、婚約なんてしないんだから!」
 
 こうして、私たちの勝負は始まったのだった。
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