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13「初授業」
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「まさか、鉄の鎖から逃げ出すとはね……」
屋敷に帰った私には、ヴェルグのお説教が待っていた。
監禁から逃げ出しただけなので、お説教されるいわれは一切ないのだけれど、今はパトロンとプロテジェの関係。逆らうわけにはいかない。
私はベッドの上で、ヴェルグに後ろから抱っこされながら、滾々と垂れ流されるお説教を受け止めていた。
「その上僕以外の男と話すなんて、裏切りだよ。魔獣用の鎖を使えばよかった」
「多分壊せちゃうわよ。私筋力強いから」
「なら、聖なる鎖を使うべきかな。あれから逃れられる人はいない……たとえ聖女でも」
「それはベルモンド王家の秘宝だもの。あなたには使えないわ」
「ああー、盗んでから帰ってくればよかった」
「他国から泥棒する伯爵様なんて、帝国の恥よ」
それなら――、とまだ何か言おうとするヴェルグの口を手で塞ぐ。
ヴェルグは驚いていたけど、私から触れられたことが嬉しそうだった。犬の尻尾があったらちぎれてるんじゃないかってくらいに喜びを露にする様は、少しかわいらしい。
「でも、どんな困難にも負けない君が好きなんだ。だから、協力したいな」
「ありがとう。私が教師をしている限りは、あなたの元にいると約束できるわ」
「……あんまり嬉しくないなあ。雇用関係がなくてもここに居たいって思ってほしい」
そっとヴェルグは私の髪にキスをする。長い長い魔王との戦いの中で、まともにケアもできていない髪は少しパサついている。
そんな髪にヴェルグの美しい唇が重ねられることに罪悪感を感じて、私は慌てて飛びのいた。
「わ、私! 授業の用意をしなくちゃ。教科書はベルモンド王国の寄付品を使うから、翻訳をしないと……」
「僕も手伝うよ」
「いいの! これは私の仕事だから!」
胸がドキドキする。でもこれは絶対に恋なんかじゃない。
「手伝えることがあったら何でも言ってね。アルティア」
美しい男性の隣に、私が見合っていないという劣等感だ。
「はあ……」
ふと鏡を見ると、10年前とは少し変わった自分が映る。
枯れ枝のように細かったあのころとは違う。
筋肉がついた胴はコルセットをはめられないほど逞しくなっている。髪はパサついて、カミーユのような艶めきはない。服だって、流行なんか何も知らない。制服のローブを脱いだ私は、何を斬ればいいのか皆目見当もつかない。
自分の嫌いなところを上げればきりがなかった。
(学校経営を通して、自分を好きになれたらいいな)
淡い期待を込めながら、私は翻訳の仕事に向き合った。
◇ ◇ ◇
環境を整える準備で、あっという間にひと月が経った。
その間、カイルの元に足しげく通って授業計画を立てたり、教科書を整えたり、教会に依頼をしたり、と大忙し。
そんな私の努力を天は見ていてくれたのか、授業初日は私の再出発を祝福するかのような晴天だった。
「ごきげんよう」
「マルグリット様、ごきげんよう!」
ヴェルグ邸の離れの屋敷には、貴族の子女・富裕層・労働層など様々な立場の子供たちが集まっている。
その年齢も様々で、一番小さい子は6歳ほど、一番年上の子は18歳だという。
立場も年齢も、性別も超えて学習の機会を持とうという意欲のある子たちを前に、私の胸は高鳴った。
「……本当に、こんな授業で伯爵様にお近づきになれるんですの?」
「労働者と同じ席に着くなんて……臭いが移らないかしら」
「なあ、昼食が出るってのは本当だろうな?」
「わざわざ仕事休んできたんだ。何もなしじゃ来た意味がねえ」
……思惑は、人それぞれなようだけど。
「それでは、授業を始めたいと思います」
私の登場に生徒たちがざわつく。
「アンタが……先生?」
「ええ」
それもそうだ。なぜなら私は――
「居たのかよ。全然気配がなかったぜ」
「芋臭い女性……こんな人が教師なんて、正気なのかしら」
みんなが集まるずーーっと前からスタンバイしていたのに、誰にも気づかれないほど存在感がなかったからだ。
「ティアと言います。よろしくお願いします」
しーん。と水を打ったようにあたりが静まり返る。
「こんな奴に教師が務まるのか?」だれも声には出さなかったけれど、みんなの目がそう言っていた。
(そうよね。変装もしてるし、聖女の名前も使ってないし……)
わかってはいたけど、残念な反応に心がくじけそうになる。
私が私を好きになるのは、もう少し先のようだった。
屋敷に帰った私には、ヴェルグのお説教が待っていた。
監禁から逃げ出しただけなので、お説教されるいわれは一切ないのだけれど、今はパトロンとプロテジェの関係。逆らうわけにはいかない。
私はベッドの上で、ヴェルグに後ろから抱っこされながら、滾々と垂れ流されるお説教を受け止めていた。
「その上僕以外の男と話すなんて、裏切りだよ。魔獣用の鎖を使えばよかった」
「多分壊せちゃうわよ。私筋力強いから」
「なら、聖なる鎖を使うべきかな。あれから逃れられる人はいない……たとえ聖女でも」
「それはベルモンド王家の秘宝だもの。あなたには使えないわ」
「ああー、盗んでから帰ってくればよかった」
「他国から泥棒する伯爵様なんて、帝国の恥よ」
それなら――、とまだ何か言おうとするヴェルグの口を手で塞ぐ。
ヴェルグは驚いていたけど、私から触れられたことが嬉しそうだった。犬の尻尾があったらちぎれてるんじゃないかってくらいに喜びを露にする様は、少しかわいらしい。
「でも、どんな困難にも負けない君が好きなんだ。だから、協力したいな」
「ありがとう。私が教師をしている限りは、あなたの元にいると約束できるわ」
「……あんまり嬉しくないなあ。雇用関係がなくてもここに居たいって思ってほしい」
そっとヴェルグは私の髪にキスをする。長い長い魔王との戦いの中で、まともにケアもできていない髪は少しパサついている。
そんな髪にヴェルグの美しい唇が重ねられることに罪悪感を感じて、私は慌てて飛びのいた。
「わ、私! 授業の用意をしなくちゃ。教科書はベルモンド王国の寄付品を使うから、翻訳をしないと……」
「僕も手伝うよ」
「いいの! これは私の仕事だから!」
胸がドキドキする。でもこれは絶対に恋なんかじゃない。
「手伝えることがあったら何でも言ってね。アルティア」
美しい男性の隣に、私が見合っていないという劣等感だ。
「はあ……」
ふと鏡を見ると、10年前とは少し変わった自分が映る。
枯れ枝のように細かったあのころとは違う。
筋肉がついた胴はコルセットをはめられないほど逞しくなっている。髪はパサついて、カミーユのような艶めきはない。服だって、流行なんか何も知らない。制服のローブを脱いだ私は、何を斬ればいいのか皆目見当もつかない。
自分の嫌いなところを上げればきりがなかった。
(学校経営を通して、自分を好きになれたらいいな)
淡い期待を込めながら、私は翻訳の仕事に向き合った。
◇ ◇ ◇
環境を整える準備で、あっという間にひと月が経った。
その間、カイルの元に足しげく通って授業計画を立てたり、教科書を整えたり、教会に依頼をしたり、と大忙し。
そんな私の努力を天は見ていてくれたのか、授業初日は私の再出発を祝福するかのような晴天だった。
「ごきげんよう」
「マルグリット様、ごきげんよう!」
ヴェルグ邸の離れの屋敷には、貴族の子女・富裕層・労働層など様々な立場の子供たちが集まっている。
その年齢も様々で、一番小さい子は6歳ほど、一番年上の子は18歳だという。
立場も年齢も、性別も超えて学習の機会を持とうという意欲のある子たちを前に、私の胸は高鳴った。
「……本当に、こんな授業で伯爵様にお近づきになれるんですの?」
「労働者と同じ席に着くなんて……臭いが移らないかしら」
「なあ、昼食が出るってのは本当だろうな?」
「わざわざ仕事休んできたんだ。何もなしじゃ来た意味がねえ」
……思惑は、人それぞれなようだけど。
「それでは、授業を始めたいと思います」
私の登場に生徒たちがざわつく。
「アンタが……先生?」
「ええ」
それもそうだ。なぜなら私は――
「居たのかよ。全然気配がなかったぜ」
「芋臭い女性……こんな人が教師なんて、正気なのかしら」
みんなが集まるずーーっと前からスタンバイしていたのに、誰にも気づかれないほど存在感がなかったからだ。
「ティアと言います。よろしくお願いします」
しーん。と水を打ったようにあたりが静まり返る。
「こんな奴に教師が務まるのか?」だれも声には出さなかったけれど、みんなの目がそう言っていた。
(そうよね。変装もしてるし、聖女の名前も使ってないし……)
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私が私を好きになるのは、もう少し先のようだった。
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