27 / 32
27「空が黒かった」
しおりを挟む
空が、黒かった。
雲ではない。瘴気だ。
渦を巻く闇が空を覆い、雷鳴のような低い唸り声が大地を震わせている。
その中心に立つのは、漆黒の髪をなびかせる一人の男――ヴェルグ。
「……足りないな。もっと集めろ」
低く命じると、地面から瘴気が噴き出した。
黒い霧は形を持ち、牙を持ち、爪を持つ。
狼、蛇、巨人、翼を持つ怪鳥。
無数の魔物が、彼の周囲に跪いた。
かつて魔王ヴィンセントが率いた軍勢に、勝るとも劣らない。
「ベルモンド王国へ進軍する」
その一言で、大地が揺れた。
魔物の群れが雪崩のように国境へ向かう。
砦は踏み潰され、結界は引き裂かれ、兵は悲鳴を上げる間もなく蹂躙された。
ヴェルグはただ、歩く。
目に宿るのは、怒りでも憎悪でもない。
――空洞。
アルティアを失ったその瞬間から、心の中心にぽっかりと開いた穴。
そこにあるのは、ただ一つの思考。
(奪われた。なら、奪い返す)
そのためなら、国ひとつ滅んでも構わない。
「な、なんだと……!? 国境が突破された!?」
ベルモンド王国とアシュフォード帝国国境では、オルフィーは顔面を蒼白にして立ち上がった。
「魔物の数が……数万を超えております! 指揮を執っているのは、ヴェルグ・アシュペー!」
「聞いていない……!」
オルフィーの声が裏返る。
「アルティアを手に入れれば、奴は降伏するはずではなかったのか!? カミーユはそう言った!」
誰も答えない。
窓の外では、黒煙が上がっている。
遠くで轟音。城壁が崩れる音だ。
「殿下、ご決断を!」
「撤退だ! 一時撤退! 城を捨てる!」
その言葉に、側近たちの顔が凍る。
だが、もはや戦況は崩壊寸前だった。
空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
そこから無数の瘴気の槍が降り注ぎ、兵を蹂躙する。これ以上、犠牲を出すわけにはいかない。
そう考えたとき、玉座の間の扉が、轟音とともに吹き飛んだ。
煙の向こうに立つのは、黒衣の男。
「久しぶりだね、オルフィー」
ヴェルグの銀の瞳は、何も映していなかった。
「ひっ……」
瘴気が蛇のように伸び、オルフィーの首に絡みつく。
軽く指を動かすだけで、彼は宙に吊り上げられた。
「アルティアはどこだ」
「わ、私はし、知らない! カミーユが……!」
その名に、ヴェルグの瞳がわずかに揺れた。
「なるほど」
次の瞬間、オルフィーは地面に叩きつけられる。
「生きてる価値があるのは、今だけだよ」
魔物たちが玉座の間を埋め尽くす。
ベルモンド王国の前線は崩壊した。
「……ふふ」
テラスで一報を受けたカミーユは、静かに笑った。
「オルフィー様が人質に取られた? あら、よかったではありませんか」
「奥様……!?」
「殺しなさい、そんな男」
従者は凍りつく。
「どうせ役に立たないわ。あの方は、最初から器ではなかったのよ」
夜風が彼女の髪を揺らす。
「さあ、もっと壊れなさい。世界も、ヴェルグも」
その目は、恍惚としていた。
壊れている。そう思っていても、それを突き付ける勇気があるものはこの場にいなかった。
◇ ◇ ◇
「……ヴェルグ様」
カイルは、黒く染まった戦場を見渡していた。
かつて学校を支え、笑っていた街の青年は、恐れ多くも魔王の息子の前に膝をついていた。
魔王を止めようと何度も進言するも聞き入れられず、それでも諦めない彼は何度だって「止めろ」と伝えに来たのだ。
そんな彼を一蹴せず、話を聞き届ける心は、まだヴェルグにあった。
「アシュフォード帝国は援軍をださないってさ……ふふ。あんなにアルティアを愛しているって言ってたのに」
「もうやめましょう。アシュフォード帝国も、ベルモンド王国も、ともに魔王と戦った盟友ではないですか!」
「その魔王の息子を、奴は怒らせた」
ヴェルグの冷たい瞳には何も宿っていない。
かつては暖かい瞳があった、心があった、愛があったのに……
(もう、ヴェルグを止められるのは、アルティアしかいないというのに)
カイルは拳を握る。
このままでは、世界が終わる。
「申し訳ありません……ヴェルグ様」
小さく呟き、彼は陣を抜け出した。
夜の闇を駆ける。
目指すは、聖女が囚われているという地下牢。ベルモンド王国がほぼ壊滅した今ならたどり着けるはず。
誰よりも早く……ヴェルグよりも早く彼女のもとにたどり着かなければいけない。
「ティア……いや、アルティア。あんたしかいないんだ」
瘴気に覆われた空の下、最後の希望が、静かに走り出していた。
雲ではない。瘴気だ。
渦を巻く闇が空を覆い、雷鳴のような低い唸り声が大地を震わせている。
その中心に立つのは、漆黒の髪をなびかせる一人の男――ヴェルグ。
「……足りないな。もっと集めろ」
低く命じると、地面から瘴気が噴き出した。
黒い霧は形を持ち、牙を持ち、爪を持つ。
狼、蛇、巨人、翼を持つ怪鳥。
無数の魔物が、彼の周囲に跪いた。
かつて魔王ヴィンセントが率いた軍勢に、勝るとも劣らない。
「ベルモンド王国へ進軍する」
その一言で、大地が揺れた。
魔物の群れが雪崩のように国境へ向かう。
砦は踏み潰され、結界は引き裂かれ、兵は悲鳴を上げる間もなく蹂躙された。
ヴェルグはただ、歩く。
目に宿るのは、怒りでも憎悪でもない。
――空洞。
アルティアを失ったその瞬間から、心の中心にぽっかりと開いた穴。
そこにあるのは、ただ一つの思考。
(奪われた。なら、奪い返す)
そのためなら、国ひとつ滅んでも構わない。
「な、なんだと……!? 国境が突破された!?」
ベルモンド王国とアシュフォード帝国国境では、オルフィーは顔面を蒼白にして立ち上がった。
「魔物の数が……数万を超えております! 指揮を執っているのは、ヴェルグ・アシュペー!」
「聞いていない……!」
オルフィーの声が裏返る。
「アルティアを手に入れれば、奴は降伏するはずではなかったのか!? カミーユはそう言った!」
誰も答えない。
窓の外では、黒煙が上がっている。
遠くで轟音。城壁が崩れる音だ。
「殿下、ご決断を!」
「撤退だ! 一時撤退! 城を捨てる!」
その言葉に、側近たちの顔が凍る。
だが、もはや戦況は崩壊寸前だった。
空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
そこから無数の瘴気の槍が降り注ぎ、兵を蹂躙する。これ以上、犠牲を出すわけにはいかない。
そう考えたとき、玉座の間の扉が、轟音とともに吹き飛んだ。
煙の向こうに立つのは、黒衣の男。
「久しぶりだね、オルフィー」
ヴェルグの銀の瞳は、何も映していなかった。
「ひっ……」
瘴気が蛇のように伸び、オルフィーの首に絡みつく。
軽く指を動かすだけで、彼は宙に吊り上げられた。
「アルティアはどこだ」
「わ、私はし、知らない! カミーユが……!」
その名に、ヴェルグの瞳がわずかに揺れた。
「なるほど」
次の瞬間、オルフィーは地面に叩きつけられる。
「生きてる価値があるのは、今だけだよ」
魔物たちが玉座の間を埋め尽くす。
ベルモンド王国の前線は崩壊した。
「……ふふ」
テラスで一報を受けたカミーユは、静かに笑った。
「オルフィー様が人質に取られた? あら、よかったではありませんか」
「奥様……!?」
「殺しなさい、そんな男」
従者は凍りつく。
「どうせ役に立たないわ。あの方は、最初から器ではなかったのよ」
夜風が彼女の髪を揺らす。
「さあ、もっと壊れなさい。世界も、ヴェルグも」
その目は、恍惚としていた。
壊れている。そう思っていても、それを突き付ける勇気があるものはこの場にいなかった。
◇ ◇ ◇
「……ヴェルグ様」
カイルは、黒く染まった戦場を見渡していた。
かつて学校を支え、笑っていた街の青年は、恐れ多くも魔王の息子の前に膝をついていた。
魔王を止めようと何度も進言するも聞き入れられず、それでも諦めない彼は何度だって「止めろ」と伝えに来たのだ。
そんな彼を一蹴せず、話を聞き届ける心は、まだヴェルグにあった。
「アシュフォード帝国は援軍をださないってさ……ふふ。あんなにアルティアを愛しているって言ってたのに」
「もうやめましょう。アシュフォード帝国も、ベルモンド王国も、ともに魔王と戦った盟友ではないですか!」
「その魔王の息子を、奴は怒らせた」
ヴェルグの冷たい瞳には何も宿っていない。
かつては暖かい瞳があった、心があった、愛があったのに……
(もう、ヴェルグを止められるのは、アルティアしかいないというのに)
カイルは拳を握る。
このままでは、世界が終わる。
「申し訳ありません……ヴェルグ様」
小さく呟き、彼は陣を抜け出した。
夜の闇を駆ける。
目指すは、聖女が囚われているという地下牢。ベルモンド王国がほぼ壊滅した今ならたどり着けるはず。
誰よりも早く……ヴェルグよりも早く彼女のもとにたどり着かなければいけない。
「ティア……いや、アルティア。あんたしかいないんだ」
瘴気に覆われた空の下、最後の希望が、静かに走り出していた。
21
あなたにおすすめの小説
「偽聖女」と追放された令嬢は、冷酷な獣人王に溺愛されました~私を捨てた祖国が魔物で滅亡寸前?今更言われても、もう遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢フィーア・エメラインは、地味で効果が現れるのに時間がかかる「大地の浄化」の力を持っていたため、派手な治癒魔法を使う異母妹リシアンの嫉妬により、「偽聖女」として断罪され、魔物汚染が深刻な獣人族の国へ追放される。
絶望的な状況の中、フィーアは「冷酷な牙」と恐れられる最強の獣人王ガゼルと出会い、「国の安寧のために力を提供する」という愛のない契約結婚を結ぶ。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
「神に見捨てられた無能の職業は追放!」隣国で“優秀な女性”だと溺愛される
佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢アンナ・ローレンスはグランベル王国第一王子ダニエル・クロムハートに突然の婚約破棄を言い渡された。
その理由はアンナの職業にあった。職業至上主義の世界でアンナは無能と言われる職業を成人の儀で神に与えられた。その日からアンナは転落人生を歩むことになった。公爵家の家族に使用人はアンナに冷たい態度を取り始める。
アンナにはレイチェルという妹がいた。そのレイチェルの職業は神に選ばれた人しかなれない特別な職業と言われる聖女。アンナとレイチェルは才能を比較された。姉のアンナは能力が劣っていると言われて苦しい日常を送る。
そして幼馴染でもある婚約者のダニエルをレイチェルに取られて最終的には公爵家当主の父ジョセフによって公爵家を追放されてしまった。
貴族から平民に落とされたアンナは旅に出て違う国で新しい生活をスタートする。一方アンナが出て行った公爵家では様々な問題が発生する。実はアンナは一人で公爵家のあらゆる仕事をこなしていた。使用人たちはアンナに無能だからとぞんざいに扱って仕事を押し付けていた。
捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています
h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。
自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。
しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━?
「おかえりなさいませ、皇太子殿下」
「は? 皇太子? 誰が?」
「俺と婚約してほしいんだが」
「はい?」
なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです
天咲リンネ
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。
しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。
契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。
亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。
たとえ問題が起きても解決します!
だって私、四大精霊を従える大聖女なので!
気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。
そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?
「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします
紅城えりす☆VTuber
恋愛
*毎日投稿・完結保証・ハッピーエンド
どこにでも居る普通の令嬢レージュ。
冷気を放つ魔法を使えば、部屋一帯がや雪山に。
風魔法を使えば、山が吹っ飛び。
水魔法を使えば大洪水。
レージュの正体は無尽蔵の魔力を持つ、チート令嬢であり、力の強さゆえに聖女となったのだ。
聖女として国のために魔力を捧げてきたレージュ。しかし、義妹イゼルマの策略により、国からは追放され、婚約者からは「お前みたいな可愛げがないやつと結婚するつもりはない」と婚約者破棄されてしまう。
一人で泥道を歩くレージュの前に一人の男が現れた。
「その命。要らないなら俺にくれないか?」
彼はダーレン。理不尽な理由で魔界から追放された皇子であった。
もうこれ以上、どんな苦難が訪れようとも私はめげない!
ダーレンの助けもあって、自信を取り戻したレージュは、聖女としての最強魔力を駆使しながら薬師としてのセカンドライフを始める。
レージュの噂は隣国までも伝わり、評判はうなぎ登り。
一方、レージュを追放した帝国は……。
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる