『チート作家の異世界執筆録 〜今日も原稿と畑で世界を綴る〜』

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第37話 営業停止!? 味噌玉、まさかの食中毒騒動!

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 ある日の昼下がり。雑貨屋・筆の家は、いつもの活気に満ちていた。淡い光が店内の木製の床を照らし、厨房亭ののれん越しに漏れる焼き魚と味噌の香ばしさが、通りを行き交う人々を誘い込む。フィナとモモは笑顔を崩さず、手際よく棚に新作の「山菜たっぷり ver.」や「冒険者仕様・激辛味」を並べている。
 
「いらっしゃいませー! 本日のおすすめは山菜たっぷり ver.ですよ!」
「冒険者仕様・激辛味も残りわずかです!」
 
 客の列は絶えることなく、誰もが味噌玉を手に取ろうと身を乗り出す。そんな穏やかで幸せな光景が、一瞬にして崩れ去った。
 バンッ!!
 店の扉が豪快に開き、数名の王都衛兵が無言で踏み込んできた。その重々しい甲冑の音が、にぎやかな店内に異様な緊張を走らせる。客たちのざわめきが止み、店内の空気が凍りついた。
 
「……えっ、な、なにごとですか?」
 
 フィナの声が震え、モモは味噌玉を手にしたまま、まるで時間が止まったかのように凍りついた。中央に立つ衛兵が、厳かな訓令書を高らかに掲げる。
 
「王都衛生局の命により、雑貨屋・筆の家および厨房亭に対し、即時営業停止を命ずる!」
 
 重みのあるその言葉が、店内の全員の心に、冷たい氷塊となって突き刺さる。
 
「……は!? 今、なんて言った!?」
 
 モモの瞳が驚きで大きく見開かれた。ルナも厨房亭から飛び出し、その場に立ち尽くす。何が起こっているのか理解できない。
 
「味噌玉を食べたという者数名が、昨日より腹痛・嘔吐を訴え、“筆の家の味噌玉が原因”と証言があった、と衛生局から報告を受けています」
「はぁぁぁ!? ちょ、ちょっと待って、それ本気で言ってるの!? うちの味噌玉で食中毒、あり得んばい……!」
 
 フィナは必死に頭を振り、モモは震える手で味噌玉を抱きしめた。厨房亭のスタッフたちも駆け寄り、店の外の通行人たちが「食中毒!?」「まさか!?」とざわつき始める。疑いの視線が、店全体を包み込んでいく。
 
「なんで……どうして?」
「うち、何も変わったことしてないのに……!」
 
 フィナの唇が震える。いつも優しい笑顔で応対してくれた常連客たちの顔まで、遠慮がちな不安に曇って見えるのが、何よりも辛かった。彼らの疑念が、フィナの心を深く抉る。
 
 その日の夕方。ログハウスに戻ったリュウは、雑貨屋から送られてきた報告書を読みながら、深く深く頭を抱えた。木漏れ日が窓から差し込み、普段は温かいはずの静かな食卓が、今は悲壮感に染まっている。
 
「営業停止って……俺たち、何も悪いことしてないぞ?」
「調査が終わるまでの予防措置、ってこともあるけど……そもそも味噌玉が原因なわけない。どこかで悪意が働いとる」
 
 ルナの言葉にリュウは小さくうなずく。ルナの言う通りだ。味噌は高塩分の発酵食品。適切な管理下なら常温でも長期保存できるはずで、食中毒など滅多に起こるものではない。
 
「ってことは……ウチの味噌玉じゃない“何か”が、どこかで出回ってるってことか?」
「……まさか、“偽物”を売りさばくやつがいるのか!?」
 
 リュウの背筋に冷たい寒気が走った。筆の家の名誉が、そして信頼が、今、地に落ちようとしている。彼は静かに、しかし確かな決意を固めた。
 
「レオに頼む。影の部隊で王都中の裏通りを調べてもらおう。筆の家の名誉を取り戻すために」
 
 名誉を汚された怒りが、リュウの胸でじわじわと煮えたぎっていた。次なる一手は、味噌玉奪還のための影の戦い。その幕開けは、すでに始まっている。
 夜の帳が王都に降りるころ、王宮奥深くの執務室には静謐な緊張感が漂っていた。豪奢な彫刻が施された机に肘をつき、深い墨色のマントを翻すのは、皇太子レオネル・アグナス・ディ・ルミア。彼の鋭い碧眼は、窓外に広がる夜景など目にも留めず、一点を見据えている。
 
「リュウの店が、営業停止処分?」
 
 小さく舌打ちをすると、皇太子の頬に緩やかな月光が落ちた。しかし、その口元には怒りと、そして疑念が深く入り交じっている。リュウをよく知る彼には、味噌玉が原因だとは到底思えなかった。
 
「くだらん。リュウの味噌玉で食中毒が起こるなど、常識で考えてあり得ぬ」
 
 背後の闇から、黒装束の男が音もなく現れ、ひとつの報告書を差し出した。軽やかな足音も、衣擦れの音もせず、その存在はまるで影のようだ。
 
「裏市場にて、“筆の家製”と偽る味噌玉が多数出回っております。見た目は本物そっくりですが、発酵が施されておらず、大豆を潰し塩を混ぜただけの粗悪品です。腐敗が急速に進み、食した者に食中毒を引き起こしているものと思われます」
 
 報告書を受け取り、レオはしばし読み込む。冒頭には客の訴えと衛生局の調査概要が記され、末尾には「製造元の拠点は王都北端」との一文が、まるで断罪のように書かれていた。
 
「製造者は?」
「王都北端の空き屋敷を根城に、民間流通を悪用して“筆の家製”と偽装、安価に売りさばいていたようです。小銭欲しさの無良商人どもです」
 
 レオは歯ぎしりにも似た低い唸りをこらえつつ、筆を取り、柔らかな羊皮紙に王命をしたためる。その一字一句に、怒りと、そして筆の家への信頼が込められていた。
 
「内大臣へ“偽味噌玉製造組織、即時摘発”を命ずる。筆の家への名誉回復を厳にせよ」
 
 筆が走るたび、空気が震える。重々しい命令文を封緘し、影の従者は風のように去って行った。王都の夜は、裏で静かに動き出していた。
 
 一方その頃、ログハウスではリュウたちが早くも動き出していた。焚き火の余熱が残る台所で、ミランダが検査報告書を掲げている。
 
「ほら見て。保存状態も抜群、塩分濃度も適正、当然、雑菌の繁殖すら認められません。味噌玉としては完全合格よ、誇っていいくらい」
 
 リュウは報告書の隅々に目を走らせ、小さくガッツポーズを作る。彼の顔に、ようやく安堵の表情が戻る。
 
「でしょ!? 発酵のチカラって、やっぱりすごいんだ!」
 
 隣でエルドがひょっこり顔を出し、得意げに言った。
 
「リュウくん。今回の真相は“真似できぬ美味への嫉妬”か、“安易な小金稼ぎ”か。どっちに転んでも、人の心を弄ぶには悪質すぎる事件だね」
「まあ、俺は小金目的だったと思うけど……でも、筆の家の名を汚されたのは許せない」
 
 フィナが静かに、しかし強い意志を込めて口を開く。
 
「筆の家の味噌玉を愛してくれた人たちに、安心してまた手に取ってもらいたい」
 
 全員が顔を上げ、互いの目を見て決意を共有した瞬間、木製の扉が軽やかなノックとともに開かれ、一人の伝令兵が書状を差し入れた。
 
「筆の家様宛、内大臣より、王命の書状をお届けに参りました」
 
 リュウが震える手で巻物を開くと、そこには王命がくっきりと記されている。
 
『偽造品製造者を逮捕・投獄。市場に出回った偽味噌玉は全て回収・破棄せよ。以後、味噌玉の製造・販売は筆の家にのみ許可すること。王命』
 
「……やるな、レオ」
 
 リュウは深い安堵の息を吐きながら、仲間たちに笑顔を向けた。筆の家の名誉は、守られたのだ。
 
「さあ、次は再開準備だ。本物の味噌玉が、どれほど安心で美味しいか……みんなに示そう!」
 
 数日後。王都北端の空き屋敷は、衛兵隊と影の部隊によって徹底的に捜索され、偽味噌玉の製造組織は完全に壊滅した。主犯格は即刻投獄され、マーケットから流通した粗悪品はすべて集められ、厳重に焼却処分された。王都中に広がった悪臭は消え失せ、偽りの香りは闇に葬られた。
 そして王都の市場に再び戻りつつあるのは、あの香り。薪火のほのかな燻り香に混ざり、澄んだ発酵の匂いが人々を誘う。それは、本物の味噌玉がもたらす、安心と食欲の香りだ。
 
「さあ、本物の味噌玉の季節だ」
 
 リュウは静かに胸を張り、ログハウスの窓から夜空を仰いだ。その瞳には、新たな決意と、そして筆の家への揺るぎない誇りが揺らめいている。彼のスローライフは、またもや波乱に満ちたものになるだろうが、それでも彼は、この場所で、大切な仲間たちと共に歩んでいくのだ。
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