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追い詰められた捜査
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翌朝、空は一面の灰色に覆われ、都会のビル群を鈍く湿らせている。日高光彦(ひだか みつひこ)は薄曇りの空を見上げながら、警視庁の正面玄関をくぐった。昨夜、フリージャーナリストの古川(ふるかわ)と会った帰り道に再び脅迫めいた接触を受け、さらに幽霊の相棒・平沢真梨子(ひらさわ まりこ)が痛みに耐えられず姿を消したのが気になって仕方がない。
(彼女の死をもたらした闇、そして池内沙織を殺害した犯人。俺が何としてでも突き止めなくては……)
そう胸に刻み込んだ矢先、一課フロアの前で待ち受けていた若手刑事の宮下が小走りに駆け寄る。
「日高さん、大変です。主任が“本部長室”へ呼ばれました。どうも上層部が今回の件で、あれこれと追及しているらしいですよ」
「本部長室……。嫌な予感がするな」
日高はわずかに苦笑しつつ、宮下とともにエレベーターへ向かう。普段の捜査案件であれば、いちいち本部長室に呼ばれることはない。よほど“問題”とされているのかもしれない。
一課フロアに到着すると、入口付近で数名の刑事が口を噤んだまま挙動不審に立っていた。声をかけると、彼らは小声でささやく。
「主任、戻ってくるかな……。どうも“再開発案件”に踏み込みすぎだって苦言を呈されているみたいで」
「そのせいで、捜査方針を変えさせられるかも……」
日高の胸がざわつく。やはり警察上層部は“再開発利権”や政治家絡みの不正を触れられたくないようだ。圧力は強まる一方――となると、この先は正式な捜査命令を得るのがますます難しくなりそうだ。
主任が戻ってくるまでは待機せざるを得ない。とりあえずデスクに向かい、池内沙織(いけうち さおり)の事件の資料を改めて見直す。
(まだ決定打が足りない。真梨子の取材メモや“例の写真”があれば、一気に証拠として押し出せるんだが……)
脳裏に浮かぶのは、真梨子が断片的に思い出した「円形のバッジを付けた人物」。解析されつつあるあの写真が、もし犯人を特定できるほど鮮明になったら、あるいは――。
宮下がそっと近寄り、声を潜める。
「実は……写真解析班の人たちも、上から妙なプレッシャーを感じてるらしいです。作業を急げと言われる一方で、あまり余計なことは公表するなって」
「便利なようで不便だな。公表するなって言いながら、結果だけは早く出せってか」
日高は苦笑し、資料を乱暴に閉じる。そんな筋の通らない圧力を“警察組織”が堂々とやってのけるのだから、胸が痛む。
結局、主任が会議室から戻ってきたのは昼前だった。顔色は悪く、周囲の刑事たちを迂闊に見ようともしない。日高が近づくと、主任は観念したような表情で呟いた。
「本部長室の指示で、池内沙織殺害事件の捜査体制を縮小することになった。人員は半数に減らす、とさ」
「な、なんですって……!」
周囲の刑事たちも息を呑む。殺人事件と断定されて間もないというのに、捜査体制を縮小とは通常ではあり得ない。よほど“都合が悪い”ことが背後にあるとしか思えない。
「さらに、再開発企業や政治家との癒着を疑うような動きは控えろと言われた。まだ証拠不十分というのが理屈らしい……」
主任は書類を机に叩きつける。明らかな不満を隠せていないが、上からの通達を拒否するわけにもいかない。
あたりは沈黙に包まれる。日高が拳を握りしめていると、主任が小さく息をついて続けた。
「……ただ、俺はどうにも納得がいかない。だから、表向きの捜査縮小には従いつつも、お前たちが“自主的に”情報を集めることまでは禁じられていない。今までどおり、動ける範囲で動いてくれ」
この言葉は、主任なりの精一杯の“エール”だった。組織に逆らわず、しかし真実を諦めない――そのバランスを取っているのだろう。日高は力強く頷く。
「わかりました、主任。……俺はまだ、やるべきことがありますから」
午後になると、写真解析班から連絡が入った。
「先ほどのバッジ部分をさらに拡大・強調処理した結果、かすかに『G』か『C』のようなアルファベットが浮かんでいる可能性が出てきました。文字数としては、2~3文字くらいの刻印があるかもしれません」
日高はすぐに端末で共有された画像を確認する。確かに円形の枠に沿うように、小さな英字の一端らしき筋が走っている。
「警備会社の頭文字か、企業ロゴか……。いずれにしても国内企業の場合、アルファベットを使う例は限られる。片っ端から当たってみよう」
日高は宮下に指示を出し、関連リストを洗い出す作業を始めた。
しかし、一時間ほど調べても該当しそうなバッジを使用している企業や団体は見当たらない。警備・開発会社、建設業のロゴを一通りチェックしても一致はゼロだった。
「GかCか、その類似文字……。そもそも国内企業じゃないかもしれませんね」
宮下がファイルを閉じる。日高も唸りつつ、頭を抱える。
(いったい何のバッジだ? もしも三浦総合開発と関係する外資系のパートナー企業があるなら、そのロゴの可能性も……)
頭を抱えたままフロアの隅へ移動すると、そこに薄い空気の歪みが生じた。日高だけが気づく“かすかな風の吹き込み”――真梨子だ。
半透明な姿はいつにも増して輪郭が不安定で、今にも霧散してしまいそうに揺らいでいる。だが彼女は必死に言葉を搾り出す。
「……わたし、多分……そのバッジ、見たことあるの。最初はロゴだと思ってたけど……なんて言えばいいのか……」
「思い出せるか? ゆっくりでいい」
日高が声を潜めるが、真梨子は懸命に首を横に振る。
「なぜだか、脳が拒否しているような痛みがする。……けど、取材に行った先で、そのバッジを付けた人がいたんだ。部屋のドアを開けた瞬間に、光が反射して――」
そこまで言いかけて、急に彼女は頭を押さえ込み、苦痛の呻き声を上げる。
「大丈夫か!」
思わず日高が声を上げると、同僚の刑事たちがぎょっとして振り向く。だが、彼らの目には真梨子の姿が見えない。ただ日高が一人で焦っているようにしか映らないだろう。
「す、すまない。ちょっと具合が悪くて……」
日高は周囲に言い訳をし、逃げるように廊下へ飛び出す。真梨子の姿も、もう半分ほど掻き消えかけていた。
「日高さん……わたし、本当にダメかも……。思い出そうとすると、体が壊れていくような……」
真梨子の声は弱々しく、透ける指先も白い靄のように不安定だ。
「無理をするな。少し休め。君が苦しんでまで記憶を取り戻す必要はない。俺が他の手段でバッジを突き止める」
そう告げても、彼女は怯えた目でこちらを見つめる。
「でも、わたしが記憶を失ったまま消えたら……真相を伝えられない。日高さんがどれだけ頑張っても、肝心な部分が足りないままかもしれない」
「そんなことはない。絶対に抜け道はある。焦るな」
自分でも苦しい励ましだと思いながら、日高は真梨子へ説得するような口調を続ける。彼女の表情は泣きそうなほど痛々しかったが、やがて波が引くようにスッと消えていった。今回も限界が訪れたのだろう。
――まるで息絶える寸前のように、切なげに揺らめく彼女の姿を目の当たりにして、日高は思わず顔を歪める。
(急がないと、真梨子は本当に消えてしまう。その前に、俺が全てを暴くしかない)
日高が廊下で荒い息を整えていると、携帯端末がバイブレーションを鳴らした。ディスプレイを見ると、フリージャーナリスト・古川の名前が表示されている。
「もしもし、日高です」
「古川だ。少し進展があった。例の“取材メモ”に関して、ある人物が動いたらしい」
思わず日高は背筋を伸ばす。
「詳しく教えてください」
「俺の取材仲間が言うには、ある闇ルートで“平沢真梨子”という名のメモが高値で取り引きされてる噂が流れている。企業関係者か政治家か、とにかく“何としても買い取って隠滅したい”連中がいるって話だ」
日高は息を呑む。やはり真梨子のメモは“生きて”いたのだ。それこそが、この事件の核心――。
「それから、写真の話も出ている。池内沙織が撮った“やばい写真”を、どこかに隠し持っている奴がいるらしい。メモと写真を揃えれば、世間を揺るがす巨大スキャンダルになると囁かれている」
「……思った以上にやばい話ですね」
古川が苦い声で続ける。
「お前さんの方こそ、警察内で相当嫌われてるんじゃないのか。あんまり派手に動くと、内部から足をすくわれるかもしれんぞ」
「わかっています。でも、もう後には引けない」
「だろうな。とにかく俺のほうで、そのメモの流れを調べてみる。警察として動けないなら、俺が勝手に嗅ぎ回るだけだ」
古川の申し出は心強い反面、危険も伴う。だが、それを言っていたら何も変わらない。
「ありがとうございます。くれぐれも気をつけてください」
「こっちの台詞だ。じゃあな」
通話が切れた後も、日高の胸は高揚と焦燥に入り混じったまま鼓動を高めていた。
(取材メモと写真がこの世に存在する――。それが証拠になれば、警察上層部の“捜査縮小命令”だって無視できる。少なくとも、マスコミを巻き込んで公に叩きつけられれば……)
フロアに戻ると、主任が日高を呼び止める。
「日高、少しいいか」
重々しい雰囲気に嫌な予感がした。主任は周囲に人がいないのを確認して小声で言う。
「本部長の意向で、お前を“池内沙織事件”の担当から外すという話が出ている。過去にも同じようなことがあったな……。つまり、事実上の更迭だ」
「……俺を外す、ですか」
やはり来たか、と日高は奥歯を噛みしめる。上層部は捜査への“しつこい追及”を警戒し、組織を守るために彼を外そうとしている。
主任は苛立ちと無念を混ぜた表情で、日高の肩に手を置く。
「俺には止めるだけの権限がない。すまん……。ただ、これはまだ“検討段階”だ。正式決定まで、あと数日あるらしい。その間に、もし何かしらの確証を掴めば話は変わるかもしれない」
「わかりました。とにかく、それまでに証拠を見つけてみせます」
日高の決意に、主任もうなずきながら背を向けた。
オフィスの窓の外はいつの間にか夕暮れに染まり、雲間からわずかに光が射している。日高は自席に戻り、頭を抱えるように小さく息を吐いた。
(時間は限られている。真梨子は危うい状態、俺も捜査から外されそう。だけど、ここで終わらせるわけにはいかない……)
そのとき、窓ガラスにかすかな影が映った。振り返ると、霧のように淡い姿の真梨子が外の景色に重なって立っている。
「大丈夫、日高さん。わたしも、まだ消えてはいない。きっと間に合うよ……」
声はか細いが、彼女なりの励ましのつもりだろう。日高は心の中で小さく感謝しながら、荒ぶる胸を落ち着かせる。
(急げ。そして、見つけ出すんだ――取材メモと写真。そうすれば、この手で真実を掴んでみせる)
(彼女の死をもたらした闇、そして池内沙織を殺害した犯人。俺が何としてでも突き止めなくては……)
そう胸に刻み込んだ矢先、一課フロアの前で待ち受けていた若手刑事の宮下が小走りに駆け寄る。
「日高さん、大変です。主任が“本部長室”へ呼ばれました。どうも上層部が今回の件で、あれこれと追及しているらしいですよ」
「本部長室……。嫌な予感がするな」
日高はわずかに苦笑しつつ、宮下とともにエレベーターへ向かう。普段の捜査案件であれば、いちいち本部長室に呼ばれることはない。よほど“問題”とされているのかもしれない。
一課フロアに到着すると、入口付近で数名の刑事が口を噤んだまま挙動不審に立っていた。声をかけると、彼らは小声でささやく。
「主任、戻ってくるかな……。どうも“再開発案件”に踏み込みすぎだって苦言を呈されているみたいで」
「そのせいで、捜査方針を変えさせられるかも……」
日高の胸がざわつく。やはり警察上層部は“再開発利権”や政治家絡みの不正を触れられたくないようだ。圧力は強まる一方――となると、この先は正式な捜査命令を得るのがますます難しくなりそうだ。
主任が戻ってくるまでは待機せざるを得ない。とりあえずデスクに向かい、池内沙織(いけうち さおり)の事件の資料を改めて見直す。
(まだ決定打が足りない。真梨子の取材メモや“例の写真”があれば、一気に証拠として押し出せるんだが……)
脳裏に浮かぶのは、真梨子が断片的に思い出した「円形のバッジを付けた人物」。解析されつつあるあの写真が、もし犯人を特定できるほど鮮明になったら、あるいは――。
宮下がそっと近寄り、声を潜める。
「実は……写真解析班の人たちも、上から妙なプレッシャーを感じてるらしいです。作業を急げと言われる一方で、あまり余計なことは公表するなって」
「便利なようで不便だな。公表するなって言いながら、結果だけは早く出せってか」
日高は苦笑し、資料を乱暴に閉じる。そんな筋の通らない圧力を“警察組織”が堂々とやってのけるのだから、胸が痛む。
結局、主任が会議室から戻ってきたのは昼前だった。顔色は悪く、周囲の刑事たちを迂闊に見ようともしない。日高が近づくと、主任は観念したような表情で呟いた。
「本部長室の指示で、池内沙織殺害事件の捜査体制を縮小することになった。人員は半数に減らす、とさ」
「な、なんですって……!」
周囲の刑事たちも息を呑む。殺人事件と断定されて間もないというのに、捜査体制を縮小とは通常ではあり得ない。よほど“都合が悪い”ことが背後にあるとしか思えない。
「さらに、再開発企業や政治家との癒着を疑うような動きは控えろと言われた。まだ証拠不十分というのが理屈らしい……」
主任は書類を机に叩きつける。明らかな不満を隠せていないが、上からの通達を拒否するわけにもいかない。
あたりは沈黙に包まれる。日高が拳を握りしめていると、主任が小さく息をついて続けた。
「……ただ、俺はどうにも納得がいかない。だから、表向きの捜査縮小には従いつつも、お前たちが“自主的に”情報を集めることまでは禁じられていない。今までどおり、動ける範囲で動いてくれ」
この言葉は、主任なりの精一杯の“エール”だった。組織に逆らわず、しかし真実を諦めない――そのバランスを取っているのだろう。日高は力強く頷く。
「わかりました、主任。……俺はまだ、やるべきことがありますから」
午後になると、写真解析班から連絡が入った。
「先ほどのバッジ部分をさらに拡大・強調処理した結果、かすかに『G』か『C』のようなアルファベットが浮かんでいる可能性が出てきました。文字数としては、2~3文字くらいの刻印があるかもしれません」
日高はすぐに端末で共有された画像を確認する。確かに円形の枠に沿うように、小さな英字の一端らしき筋が走っている。
「警備会社の頭文字か、企業ロゴか……。いずれにしても国内企業の場合、アルファベットを使う例は限られる。片っ端から当たってみよう」
日高は宮下に指示を出し、関連リストを洗い出す作業を始めた。
しかし、一時間ほど調べても該当しそうなバッジを使用している企業や団体は見当たらない。警備・開発会社、建設業のロゴを一通りチェックしても一致はゼロだった。
「GかCか、その類似文字……。そもそも国内企業じゃないかもしれませんね」
宮下がファイルを閉じる。日高も唸りつつ、頭を抱える。
(いったい何のバッジだ? もしも三浦総合開発と関係する外資系のパートナー企業があるなら、そのロゴの可能性も……)
頭を抱えたままフロアの隅へ移動すると、そこに薄い空気の歪みが生じた。日高だけが気づく“かすかな風の吹き込み”――真梨子だ。
半透明な姿はいつにも増して輪郭が不安定で、今にも霧散してしまいそうに揺らいでいる。だが彼女は必死に言葉を搾り出す。
「……わたし、多分……そのバッジ、見たことあるの。最初はロゴだと思ってたけど……なんて言えばいいのか……」
「思い出せるか? ゆっくりでいい」
日高が声を潜めるが、真梨子は懸命に首を横に振る。
「なぜだか、脳が拒否しているような痛みがする。……けど、取材に行った先で、そのバッジを付けた人がいたんだ。部屋のドアを開けた瞬間に、光が反射して――」
そこまで言いかけて、急に彼女は頭を押さえ込み、苦痛の呻き声を上げる。
「大丈夫か!」
思わず日高が声を上げると、同僚の刑事たちがぎょっとして振り向く。だが、彼らの目には真梨子の姿が見えない。ただ日高が一人で焦っているようにしか映らないだろう。
「す、すまない。ちょっと具合が悪くて……」
日高は周囲に言い訳をし、逃げるように廊下へ飛び出す。真梨子の姿も、もう半分ほど掻き消えかけていた。
「日高さん……わたし、本当にダメかも……。思い出そうとすると、体が壊れていくような……」
真梨子の声は弱々しく、透ける指先も白い靄のように不安定だ。
「無理をするな。少し休め。君が苦しんでまで記憶を取り戻す必要はない。俺が他の手段でバッジを突き止める」
そう告げても、彼女は怯えた目でこちらを見つめる。
「でも、わたしが記憶を失ったまま消えたら……真相を伝えられない。日高さんがどれだけ頑張っても、肝心な部分が足りないままかもしれない」
「そんなことはない。絶対に抜け道はある。焦るな」
自分でも苦しい励ましだと思いながら、日高は真梨子へ説得するような口調を続ける。彼女の表情は泣きそうなほど痛々しかったが、やがて波が引くようにスッと消えていった。今回も限界が訪れたのだろう。
――まるで息絶える寸前のように、切なげに揺らめく彼女の姿を目の当たりにして、日高は思わず顔を歪める。
(急がないと、真梨子は本当に消えてしまう。その前に、俺が全てを暴くしかない)
日高が廊下で荒い息を整えていると、携帯端末がバイブレーションを鳴らした。ディスプレイを見ると、フリージャーナリスト・古川の名前が表示されている。
「もしもし、日高です」
「古川だ。少し進展があった。例の“取材メモ”に関して、ある人物が動いたらしい」
思わず日高は背筋を伸ばす。
「詳しく教えてください」
「俺の取材仲間が言うには、ある闇ルートで“平沢真梨子”という名のメモが高値で取り引きされてる噂が流れている。企業関係者か政治家か、とにかく“何としても買い取って隠滅したい”連中がいるって話だ」
日高は息を呑む。やはり真梨子のメモは“生きて”いたのだ。それこそが、この事件の核心――。
「それから、写真の話も出ている。池内沙織が撮った“やばい写真”を、どこかに隠し持っている奴がいるらしい。メモと写真を揃えれば、世間を揺るがす巨大スキャンダルになると囁かれている」
「……思った以上にやばい話ですね」
古川が苦い声で続ける。
「お前さんの方こそ、警察内で相当嫌われてるんじゃないのか。あんまり派手に動くと、内部から足をすくわれるかもしれんぞ」
「わかっています。でも、もう後には引けない」
「だろうな。とにかく俺のほうで、そのメモの流れを調べてみる。警察として動けないなら、俺が勝手に嗅ぎ回るだけだ」
古川の申し出は心強い反面、危険も伴う。だが、それを言っていたら何も変わらない。
「ありがとうございます。くれぐれも気をつけてください」
「こっちの台詞だ。じゃあな」
通話が切れた後も、日高の胸は高揚と焦燥に入り混じったまま鼓動を高めていた。
(取材メモと写真がこの世に存在する――。それが証拠になれば、警察上層部の“捜査縮小命令”だって無視できる。少なくとも、マスコミを巻き込んで公に叩きつけられれば……)
フロアに戻ると、主任が日高を呼び止める。
「日高、少しいいか」
重々しい雰囲気に嫌な予感がした。主任は周囲に人がいないのを確認して小声で言う。
「本部長の意向で、お前を“池内沙織事件”の担当から外すという話が出ている。過去にも同じようなことがあったな……。つまり、事実上の更迭だ」
「……俺を外す、ですか」
やはり来たか、と日高は奥歯を噛みしめる。上層部は捜査への“しつこい追及”を警戒し、組織を守るために彼を外そうとしている。
主任は苛立ちと無念を混ぜた表情で、日高の肩に手を置く。
「俺には止めるだけの権限がない。すまん……。ただ、これはまだ“検討段階”だ。正式決定まで、あと数日あるらしい。その間に、もし何かしらの確証を掴めば話は変わるかもしれない」
「わかりました。とにかく、それまでに証拠を見つけてみせます」
日高の決意に、主任もうなずきながら背を向けた。
オフィスの窓の外はいつの間にか夕暮れに染まり、雲間からわずかに光が射している。日高は自席に戻り、頭を抱えるように小さく息を吐いた。
(時間は限られている。真梨子は危うい状態、俺も捜査から外されそう。だけど、ここで終わらせるわけにはいかない……)
そのとき、窓ガラスにかすかな影が映った。振り返ると、霧のように淡い姿の真梨子が外の景色に重なって立っている。
「大丈夫、日高さん。わたしも、まだ消えてはいない。きっと間に合うよ……」
声はか細いが、彼女なりの励ましのつもりだろう。日高は心の中で小さく感謝しながら、荒ぶる胸を落ち着かせる。
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