8 / 17
痕跡に刻まれた徽章
しおりを挟む
翌朝。捜査一課の会議室はいつになく張り詰めた空気に包まれていた。池内沙織(いけうち さおり)の殺害が他殺と断定され、さらに写真解析から得られた“バッジらしきもの”という手がかりが加わり、捜査は一気に熱を帯びている。
しかし同時に、警察内部の圧力もまた強まっていた。再開発事業と政治の癒着を示唆する情報は、上層部から“慎重に扱え”というお決まりの指示で曖昧にされ、それ以上の追及は阻まれる。正面突破は難しい状況だった。
「この部分を拡大すると、何か円形に見えるんですよ。模様のような線が幾つか走っていて……」
写真解析チームの若い技術職員が、大型モニターに映し出された解析画像を指し示す。その一端が微かにブレているものの、確かに丸い形状の“プレート”のようなものが男の胸元辺りに装着されている。
捜査主任は腕を組みながら唸った。
「円形の徽章かバッジか……。警察の階級章とも違うし、民間のセキュリティ会社のものかもしれない。あるいは企業の記念バッジとか」
「まだはっきり断定はできませんが、ベースの色が金属っぽいですね。周囲に文字が刻まれている可能性があります」
技術職員の言葉に、刑事たちがざわめく。真犯人あるいは重要人物のトレードマークとなり得るそのバッジは、事件の核心を解く鍵になるかもしれない。
日高光彦(ひだか みつひこ)は、会議室の隅でその説明を黙って聞いていた。視線の端で、半透明の平沢真梨子(ひらさわ まりこ)が佇んでいる。もちろん他の刑事たちには見えていないが、日高だけは彼女の表情を確認できる。
(バッジ……。真梨子が生前に取材していた現場で見かけたと言っていた。それが何を意味するのか……)
彼女は何かを思い出そうとしているのか、眉を寄せ、肩を小刻みに震わせていた。だが、声を出すことはない。
――記憶を呼び起こすたび、彼女は強い頭痛に苛まれる。下手をすれば霧散してしまう危うさを、日高はもう知っていた。
会議がいったん散会すると、日高は主任のもとへ足早に向かう。
「主任、俺がこのバッジの線を少し掘り下げてみます。警備会社や関連団体の可能性、企業のロゴ、何でも当たります」
主任は渋い顔でうなずきつつ、声を潜める。
「ただし、上にはくれぐれも慎重に動けと釘を刺された。お前もわかってると思うが、再開発絡みの政治案件に踏み込むと、色々と揉めるからな」
「承知しています。大丈夫です」
歯切れよく答えたものの、日高はその場で舌打ちしたくなる思いだった。捜査を妨げるかのような組織の態度は明白で、下手をすれば捜査情報自体が外部に漏れかねない。
それでも、手がかりを放棄するわけにはいかない。バッジの正体を突き止めれば、写真に映る人物が誰なのか、そして池内沙織がなぜ殺されたのか――“再開発利権”の闇が少しずつ姿を見せるはず。
昼下がり、日高はオフィスに戻り、端末で各種バッジの画像リストを当たり始めた。警備会社の社員証や工事作業員のヘルメットマーク、各種団体の徽章など、類似例は山ほどある。しかし、写真と完全に一致するものは見つからない。
(もっと直接的なルートを探るしかないか……)
唸りながら調べていると、背後で宮下が声をかけてきた。
「日高さん、今ちょっとよろしいですか?」
「なんだ?」
「先日、地方紙の本社に問い合わせた件で“広報担当”が対応を渋っているそうです。上層部からストップがかかっているらしく、情報は出せないと。どうやら警察筋の誰かが圧力をかけた模様で……」
宮下の表情は苛立ちに満ちている。捜査一課という立場でも、組織の都合に左右されることがこれほど多いとは。
「このままやっても埒が明かない。ならば非公式に協力を仰ぐしかないかもしれない」
日高がそう言葉を漏らしたとき、ふと脳裏にある人物の顔が浮かんだ。かつて新聞記者の不正を暴く際、内部告発者とのパイプ役を担った“ジャーナリスト”がいたはずだ。名前は……。
(よし、一度あの人に当たってみよう)
日高は自分のスマートフォンを取り出し、過去の通話履歴やアドレス帳を遡る。すると、該当人物の連絡先がまだ残っていた。
「……まだ繋がればいいが」
呟きつつ、発信ボタンを押す。数回のコール音の後、ようやく相手が出た。
「もしもし、こちら日高と言いますが――」
それから数時間後――。何とか時間を作ってくれたジャーナリストとの面会が夜に設定されたため、日高は日中の捜査をひととおり終え、署を出た。
待ち合わせ場所は都内の小さな喫茶店。カウンター席だけのこぢんまりした店は、平日の夜ともなれば客足もまばらだ。ドアを開けると、左手奥の席に初老の男性が座っているのが見えた。
「お久しぶりです。……古川さん」
日高が遠慮がちに声をかけると、その男性――古川(ふるかわ)は苦笑を浮かべた。やや髪の薄い頭を軽く掻きながら、渋い表情で答える。
「警察とはご縁がないはずだったんだけどな。まあいい、話だけは聞こう」
日高が横に座ると、カウンター越しのマスターがコーヒーを差し出す。古川が先に口を開いた。
「“再開発利権”と“取材メモ”の話。あんたが興味を持ったからには、警視庁内部で相当ややこしい火種が燻ってるんだろう。俺はフリーの立場だから関係ないが……」
「古川さん、もしご存じなら“平沢真梨子”という名前に心当たりはありませんか? 数年前、地方紙で大掛かりな不正を取材していた記者見習いがいたらしいんです」
日高の問いかけに、古川は眉間に皺を寄せる。
「聞いたことがあるような、ないような……。ただ、俺が知っているのは、地方紙の若い記者が“不審死”したという話だ。捜索願いも出なかったし、事故扱いだったが、周囲には“不審点が多い”って噂が流れていた」
「詳しく教えてもらえませんか」
古川は小さく息をつき、視線をテーブルに落とした。
「断片的な話だが、その若い記者は“ある政治家”を追っていたと聞く。地方議会と不動産会社を繋ぐ金の流れ――そこに国政レベルの後ろ盾があったらしい。名前までは俺も掴めなかったが、実は何度か警察が動きかけた形跡もあるとか……」
そこで古川は日高をちらりと見る。
「しかし、その“動き”はすぐに潰された。内務省や警察上層部が絡んでいたかもしれない。結局、記者の死は闇に葬られ、残された取材メモも行方知れず――そんな話だ」
古川が口を閉ざしたままカップを口に運ぶ。苦いコーヒーの香りが漂う沈黙の中、日高は確信を深める。
(やはり真梨子の死には組織的な隠蔽があった。警察内部で圧力をかけられている今の状況とよく似ているじゃないか)
古川との会話を一区切りして、今後の協力を取り付けた後、日高が店を出ようとした瞬間、入り口のドアが開いた。そこに立っていたのは、数日前に“監察に近い仕事”と名乗り、日高を恫喝めいた態度で諫めた男――グレーのスーツ姿の中年だった。
「……あなたは」
思わず身構える日高に、男はニヤリと笑う。
「相変わらず奔走しているようだね。余計なことを嗅ぎ回らないようにと忠告したはずだが」
「それはこちらの勝手です。あなたに従う義務はありません」
男は日高を横目で睨みつつ、ちらりとカウンター席の古川を見る。古川も訝しんで睨み返した。
「なるほど、ジャーナリストに頼るとはね。まったくもって危ない橋を渡る。組織からの支持を失ったら、あなたもただの一刑事に成り下がるんですよ」
嫌味を含んだその低い声に、日高は怒りを抑えきれない。
(やはりこの男は、内部の誰かと繋がっている……それも警察庁や政治家筋の大きな権力と。俺が動くたびに潰しにかかるつもりか)
だが、ここで感情を爆発させても得られるものはない。日高は深く息を吐き、冷静さを保ったまま唇を開く。
「あなたがどんな権力者の手先だとしても、俺は池内沙織の事件を捨てるつもりはありません。必要なら警察手帳を返上してでも、真実を追います」
男は鼻で笑い、ポケットから名刺入れを取り出しかけたが、思い直したように手を引っ込めた。
「そうですか。ならばご自由に。ただ、後悔しても知りませんよ」
そのまま男は踵を返し、店を出て行く。外はにわか雨が降り始めていて、電灯の下を冷たい雫が照らしていた。
やがて日高が夜の街を歩き出すと、しとしとと降り続く雨粒の中に揺らめくものがあった。半透明の人影――真梨子の姿だ。
「大丈夫? あの人、また脅してきたみたいだけど……」
彼女の声は弱々しいが、心配そうに日高を見つめる瞳がどこか凛としている。
「平気だ。あんな脅しに屈するわけにはいかない。……それより、古川さんの話で確信した。君の死はやはり誰かに仕組まれた可能性が高い」
真梨子の目がかすかに揺れる。
「……わたしが何を掴んだのか、早く知りたい。池内さんにもあんな結末を迎えさせてしまって、本当に……」
彼女の姿は雨の中でいっそう淡く、透けて見える。雨に濡れているわけではないはずなのに、その輪郭が滲むように揺れていた。
「日高さん、もしわたしがいなくなったら……あなたは、最後まで真実を追ってくれる?」
不意の問いに、日高は胸が締めつけられるような感覚に襲われた。
「当たり前だ。――だけど、その時まで君も消えずにいてほしい。君が成仏するのは事件解決の先、そこからでも遅くはない」
真梨子はうなずきかけたが、言葉にならない声をあげ、頭を押さえる。再び強い痛みが走ったのか、視界の端で彼女の輪郭が大きく歪む。
「ごめん……急に、頭が……」
「無理をするな!」
思わず手を伸ばす日高だが、もちろん触れられるはずもない。彼女の身体はそのまま雨の闇に溶けるように消えていった。
心臓の鼓動が激しくなる。まるで、自分までその闇の中に引きずり込まれそうだ。
(早く、真相に辿り着かなければ。そうしないと――)
雨粒がコートの襟足を濡らし、じわりと冷たい感覚が背中まで沁み渡る。日高は喉を鳴らし、空を仰いだ。
果たしてこの先、どんな闇が待ち受けているのか。政治家と企業が絡む巨大な利権の構造。その背後を牛耳る権力者たち。警察内部ですら何かを隠そうとしている。
だが、幽霊の相棒と共にここまで来た以上、あとには引けない。たとえ日高一人になってでも――いや、“一人”ではない。彼女がまだ、わずかながらにこの世に留まっているうちに、必ず真実を暴いてみせる。
再び歩き出す足取りは、雨の夜のアスファルトを確かに踏みしめながら、闇の奥へと挑んでいく覚悟を刻んでいた。
しかし同時に、警察内部の圧力もまた強まっていた。再開発事業と政治の癒着を示唆する情報は、上層部から“慎重に扱え”というお決まりの指示で曖昧にされ、それ以上の追及は阻まれる。正面突破は難しい状況だった。
「この部分を拡大すると、何か円形に見えるんですよ。模様のような線が幾つか走っていて……」
写真解析チームの若い技術職員が、大型モニターに映し出された解析画像を指し示す。その一端が微かにブレているものの、確かに丸い形状の“プレート”のようなものが男の胸元辺りに装着されている。
捜査主任は腕を組みながら唸った。
「円形の徽章かバッジか……。警察の階級章とも違うし、民間のセキュリティ会社のものかもしれない。あるいは企業の記念バッジとか」
「まだはっきり断定はできませんが、ベースの色が金属っぽいですね。周囲に文字が刻まれている可能性があります」
技術職員の言葉に、刑事たちがざわめく。真犯人あるいは重要人物のトレードマークとなり得るそのバッジは、事件の核心を解く鍵になるかもしれない。
日高光彦(ひだか みつひこ)は、会議室の隅でその説明を黙って聞いていた。視線の端で、半透明の平沢真梨子(ひらさわ まりこ)が佇んでいる。もちろん他の刑事たちには見えていないが、日高だけは彼女の表情を確認できる。
(バッジ……。真梨子が生前に取材していた現場で見かけたと言っていた。それが何を意味するのか……)
彼女は何かを思い出そうとしているのか、眉を寄せ、肩を小刻みに震わせていた。だが、声を出すことはない。
――記憶を呼び起こすたび、彼女は強い頭痛に苛まれる。下手をすれば霧散してしまう危うさを、日高はもう知っていた。
会議がいったん散会すると、日高は主任のもとへ足早に向かう。
「主任、俺がこのバッジの線を少し掘り下げてみます。警備会社や関連団体の可能性、企業のロゴ、何でも当たります」
主任は渋い顔でうなずきつつ、声を潜める。
「ただし、上にはくれぐれも慎重に動けと釘を刺された。お前もわかってると思うが、再開発絡みの政治案件に踏み込むと、色々と揉めるからな」
「承知しています。大丈夫です」
歯切れよく答えたものの、日高はその場で舌打ちしたくなる思いだった。捜査を妨げるかのような組織の態度は明白で、下手をすれば捜査情報自体が外部に漏れかねない。
それでも、手がかりを放棄するわけにはいかない。バッジの正体を突き止めれば、写真に映る人物が誰なのか、そして池内沙織がなぜ殺されたのか――“再開発利権”の闇が少しずつ姿を見せるはず。
昼下がり、日高はオフィスに戻り、端末で各種バッジの画像リストを当たり始めた。警備会社の社員証や工事作業員のヘルメットマーク、各種団体の徽章など、類似例は山ほどある。しかし、写真と完全に一致するものは見つからない。
(もっと直接的なルートを探るしかないか……)
唸りながら調べていると、背後で宮下が声をかけてきた。
「日高さん、今ちょっとよろしいですか?」
「なんだ?」
「先日、地方紙の本社に問い合わせた件で“広報担当”が対応を渋っているそうです。上層部からストップがかかっているらしく、情報は出せないと。どうやら警察筋の誰かが圧力をかけた模様で……」
宮下の表情は苛立ちに満ちている。捜査一課という立場でも、組織の都合に左右されることがこれほど多いとは。
「このままやっても埒が明かない。ならば非公式に協力を仰ぐしかないかもしれない」
日高がそう言葉を漏らしたとき、ふと脳裏にある人物の顔が浮かんだ。かつて新聞記者の不正を暴く際、内部告発者とのパイプ役を担った“ジャーナリスト”がいたはずだ。名前は……。
(よし、一度あの人に当たってみよう)
日高は自分のスマートフォンを取り出し、過去の通話履歴やアドレス帳を遡る。すると、該当人物の連絡先がまだ残っていた。
「……まだ繋がればいいが」
呟きつつ、発信ボタンを押す。数回のコール音の後、ようやく相手が出た。
「もしもし、こちら日高と言いますが――」
それから数時間後――。何とか時間を作ってくれたジャーナリストとの面会が夜に設定されたため、日高は日中の捜査をひととおり終え、署を出た。
待ち合わせ場所は都内の小さな喫茶店。カウンター席だけのこぢんまりした店は、平日の夜ともなれば客足もまばらだ。ドアを開けると、左手奥の席に初老の男性が座っているのが見えた。
「お久しぶりです。……古川さん」
日高が遠慮がちに声をかけると、その男性――古川(ふるかわ)は苦笑を浮かべた。やや髪の薄い頭を軽く掻きながら、渋い表情で答える。
「警察とはご縁がないはずだったんだけどな。まあいい、話だけは聞こう」
日高が横に座ると、カウンター越しのマスターがコーヒーを差し出す。古川が先に口を開いた。
「“再開発利権”と“取材メモ”の話。あんたが興味を持ったからには、警視庁内部で相当ややこしい火種が燻ってるんだろう。俺はフリーの立場だから関係ないが……」
「古川さん、もしご存じなら“平沢真梨子”という名前に心当たりはありませんか? 数年前、地方紙で大掛かりな不正を取材していた記者見習いがいたらしいんです」
日高の問いかけに、古川は眉間に皺を寄せる。
「聞いたことがあるような、ないような……。ただ、俺が知っているのは、地方紙の若い記者が“不審死”したという話だ。捜索願いも出なかったし、事故扱いだったが、周囲には“不審点が多い”って噂が流れていた」
「詳しく教えてもらえませんか」
古川は小さく息をつき、視線をテーブルに落とした。
「断片的な話だが、その若い記者は“ある政治家”を追っていたと聞く。地方議会と不動産会社を繋ぐ金の流れ――そこに国政レベルの後ろ盾があったらしい。名前までは俺も掴めなかったが、実は何度か警察が動きかけた形跡もあるとか……」
そこで古川は日高をちらりと見る。
「しかし、その“動き”はすぐに潰された。内務省や警察上層部が絡んでいたかもしれない。結局、記者の死は闇に葬られ、残された取材メモも行方知れず――そんな話だ」
古川が口を閉ざしたままカップを口に運ぶ。苦いコーヒーの香りが漂う沈黙の中、日高は確信を深める。
(やはり真梨子の死には組織的な隠蔽があった。警察内部で圧力をかけられている今の状況とよく似ているじゃないか)
古川との会話を一区切りして、今後の協力を取り付けた後、日高が店を出ようとした瞬間、入り口のドアが開いた。そこに立っていたのは、数日前に“監察に近い仕事”と名乗り、日高を恫喝めいた態度で諫めた男――グレーのスーツ姿の中年だった。
「……あなたは」
思わず身構える日高に、男はニヤリと笑う。
「相変わらず奔走しているようだね。余計なことを嗅ぎ回らないようにと忠告したはずだが」
「それはこちらの勝手です。あなたに従う義務はありません」
男は日高を横目で睨みつつ、ちらりとカウンター席の古川を見る。古川も訝しんで睨み返した。
「なるほど、ジャーナリストに頼るとはね。まったくもって危ない橋を渡る。組織からの支持を失ったら、あなたもただの一刑事に成り下がるんですよ」
嫌味を含んだその低い声に、日高は怒りを抑えきれない。
(やはりこの男は、内部の誰かと繋がっている……それも警察庁や政治家筋の大きな権力と。俺が動くたびに潰しにかかるつもりか)
だが、ここで感情を爆発させても得られるものはない。日高は深く息を吐き、冷静さを保ったまま唇を開く。
「あなたがどんな権力者の手先だとしても、俺は池内沙織の事件を捨てるつもりはありません。必要なら警察手帳を返上してでも、真実を追います」
男は鼻で笑い、ポケットから名刺入れを取り出しかけたが、思い直したように手を引っ込めた。
「そうですか。ならばご自由に。ただ、後悔しても知りませんよ」
そのまま男は踵を返し、店を出て行く。外はにわか雨が降り始めていて、電灯の下を冷たい雫が照らしていた。
やがて日高が夜の街を歩き出すと、しとしとと降り続く雨粒の中に揺らめくものがあった。半透明の人影――真梨子の姿だ。
「大丈夫? あの人、また脅してきたみたいだけど……」
彼女の声は弱々しいが、心配そうに日高を見つめる瞳がどこか凛としている。
「平気だ。あんな脅しに屈するわけにはいかない。……それより、古川さんの話で確信した。君の死はやはり誰かに仕組まれた可能性が高い」
真梨子の目がかすかに揺れる。
「……わたしが何を掴んだのか、早く知りたい。池内さんにもあんな結末を迎えさせてしまって、本当に……」
彼女の姿は雨の中でいっそう淡く、透けて見える。雨に濡れているわけではないはずなのに、その輪郭が滲むように揺れていた。
「日高さん、もしわたしがいなくなったら……あなたは、最後まで真実を追ってくれる?」
不意の問いに、日高は胸が締めつけられるような感覚に襲われた。
「当たり前だ。――だけど、その時まで君も消えずにいてほしい。君が成仏するのは事件解決の先、そこからでも遅くはない」
真梨子はうなずきかけたが、言葉にならない声をあげ、頭を押さえる。再び強い痛みが走ったのか、視界の端で彼女の輪郭が大きく歪む。
「ごめん……急に、頭が……」
「無理をするな!」
思わず手を伸ばす日高だが、もちろん触れられるはずもない。彼女の身体はそのまま雨の闇に溶けるように消えていった。
心臓の鼓動が激しくなる。まるで、自分までその闇の中に引きずり込まれそうだ。
(早く、真相に辿り着かなければ。そうしないと――)
雨粒がコートの襟足を濡らし、じわりと冷たい感覚が背中まで沁み渡る。日高は喉を鳴らし、空を仰いだ。
果たしてこの先、どんな闇が待ち受けているのか。政治家と企業が絡む巨大な利権の構造。その背後を牛耳る権力者たち。警察内部ですら何かを隠そうとしている。
だが、幽霊の相棒と共にここまで来た以上、あとには引けない。たとえ日高一人になってでも――いや、“一人”ではない。彼女がまだ、わずかながらにこの世に留まっているうちに、必ず真実を暴いてみせる。
再び歩き出す足取りは、雨の夜のアスファルトを確かに踏みしめながら、闇の奥へと挑んでいく覚悟を刻んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる