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5. 秘めた思い
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5.
ひとりで現場に戻る途中、先刻の七央の表情が頭から消えてくれなかった。
まるで捨てられた子犬のような、寂しさに染まった眼。
あれを向けられた瞬間、このまま一緒に帰ることができたらと、思わずにはいられなかった。
だけど、そうも言っていられない。
「ロイ」
事件現場のアパートに戻ると、私に気付いた石井がこちらに向かって手を挙げる。
昔は私に敬語を使っていたはずなのに、いつからこんなにも慣れ慣れしい態度をとるようになったのか。
追及するのも面倒なので放置しているが。
私たちは人の気配の感じない影に寄り、日傘を閉じる。
「呼び戻して悪いな」
真剣な様子で謝罪をしてくるところに嫌味のひとつでも言ってやりたいところだが、そんな無駄なことに時間を割いている暇はない。
「ロイひとりか」
「七央には知られたくないのでね」
「……まだ、話すつもりはないのか」
石井の言葉に、私はなにも言い返せなかった。
石井が言いたいことはわかっている。
あの事件から十年が経ったが、七央の両親を殺した犯人はまだ見つかっていない。
私とて、ここまで長引くとは思っていなかった。
もっとはやく犯人を見つけ、七央を普通の日常に戻してやることができると思っていた。
だが、それができなかったがために、七央が私の仕事について回るようになった。
七央自身が、復讐をしたいと申し出たからだ。
それなのに、まだ、七央に詳細を話さないつもりか。
石井は、そう言いたいのだろう。
「……殺された男が吸血鬼狩りをしていたというのは、間違いないのかい」
「ああ」
石井は短く答える。
吸血鬼狩りをする、吸血鬼殺し。
文字通り、吸血鬼を殺す人間を指し示している。
今となってはその数は減っているが、吸血鬼が人間にとって危険な存在とされていた時代に多く存在していた。
人間に比べて身体能力の高い吸血鬼を殺そうとする人間。
私も過去に何度かそういった人間に狙われたことがあったが、まあまあ厄介な存在だ。
私ひとりに対して、数人がかりで襲い掛かってくるのだから、面倒以外ないだろう。
しかし吸血鬼の個体数が目に見えて減るようになってから、私たちは息を潜めるように過ごし始めた。
そうしなければ、全滅させられると思ったからだ。
それからは人間と共存するための規則が定められた。
いや、人間が安全に生きるために、我々にとって不利な規則を押し付けられたと言ってもいいかもしれない。
この一連の流れや吸血鬼殺しのことを知れば、七央は怒りそうだ。
あの若い男の態度であれだけ不貞腐れていたのだ。
怒らないわけがない。
だがしかし、吸血鬼殺しの存在を知られるわけにはいかない。
「……七央の両親との関係は?」
私は周りに人がいないというのに、無関係な人間に聞かれてしまわないように声を潜める。
石井は視線を落とした。
「なかった」
「……そうか」
赤江夫妻は、吸血鬼殺しだった。
だからこそ、七央には絶対に知られてはならない。
七央には、話したくない。
自分の両親が私を殺す存在であったと知ってしまったら、七央はどうなるのか。
考えたくもない。
「だが、松田を殺したのは吸血鬼を使って金儲けをしている集団で間違いない」
「……まだ残っていたのか」
私は呆れ、鼻で笑った。
それと同時に、どこか安心した。
まだ消滅していなくてよかった、と。
すっかり立場が弱くなってしまった我々を利用しようとする頭の悪い人間は、一定数存在する。
こちらが大人しく従うしかないのをいいことに、なんでもやらせると噂だ。
中には人間を殺させることもあるとか。
私は、赤江夫妻はそういった悪意に殺されたと考えている。
奴らからしても、吸血鬼殺しの存在は目障りだったに違いない。
吸血鬼殺しを殺せるとしたら、同等の能力を持った人間か、吸血鬼。
赤江夫妻の身体に残っていた傷から、二人は吸血鬼に殺されている。
実際にこの目で見たので、間違いない。
ゆえに、勝手に消滅されては困るのだ。
そんなことがあっては、私は七央との約束を果たせなくなってしまう。
「おい、少しくらい殺意を隠す努力をしろ」
石井が怯えた目を向けている。
隠せと言われて抑えられたら、どれだけ楽か。
しかし隠しておかなければ、私はここにいられない。
ゆっくりと息をして、乱れた心を落ち着かせる。
「お前がそこまで七央に入れ込むとはな」
そんな私を見て、石井は声を殺して笑っている。
昔よりも七央が大切だと思っている自覚はあるが、他者に言われる妙に面白くない。
「血を飲む回数も減らしてると聞いたが? 七央の負担になるから、と」
その目は私を揶揄う算段だと物語っている。
そんなに、私が七央を大事に扱っていることがおかしいのか。
「……今日がその日だったから、七央をゆっくり休ませたかったのだよ。また進展があったら連絡してくれるかい」
「捜査していかないのか」
私が傘を広げると、石井の驚いた声が聞こえた。
「人間の犯罪は専門外なのでね」
「じゃあ電話したら出ろよ? お前がいつも出ないから、七央を通すようになったんだから」
石井の小言を聞きながら、私はその場を離れた。
ひとりで現場に戻る途中、先刻の七央の表情が頭から消えてくれなかった。
まるで捨てられた子犬のような、寂しさに染まった眼。
あれを向けられた瞬間、このまま一緒に帰ることができたらと、思わずにはいられなかった。
だけど、そうも言っていられない。
「ロイ」
事件現場のアパートに戻ると、私に気付いた石井がこちらに向かって手を挙げる。
昔は私に敬語を使っていたはずなのに、いつからこんなにも慣れ慣れしい態度をとるようになったのか。
追及するのも面倒なので放置しているが。
私たちは人の気配の感じない影に寄り、日傘を閉じる。
「呼び戻して悪いな」
真剣な様子で謝罪をしてくるところに嫌味のひとつでも言ってやりたいところだが、そんな無駄なことに時間を割いている暇はない。
「ロイひとりか」
「七央には知られたくないのでね」
「……まだ、話すつもりはないのか」
石井の言葉に、私はなにも言い返せなかった。
石井が言いたいことはわかっている。
あの事件から十年が経ったが、七央の両親を殺した犯人はまだ見つかっていない。
私とて、ここまで長引くとは思っていなかった。
もっとはやく犯人を見つけ、七央を普通の日常に戻してやることができると思っていた。
だが、それができなかったがために、七央が私の仕事について回るようになった。
七央自身が、復讐をしたいと申し出たからだ。
それなのに、まだ、七央に詳細を話さないつもりか。
石井は、そう言いたいのだろう。
「……殺された男が吸血鬼狩りをしていたというのは、間違いないのかい」
「ああ」
石井は短く答える。
吸血鬼狩りをする、吸血鬼殺し。
文字通り、吸血鬼を殺す人間を指し示している。
今となってはその数は減っているが、吸血鬼が人間にとって危険な存在とされていた時代に多く存在していた。
人間に比べて身体能力の高い吸血鬼を殺そうとする人間。
私も過去に何度かそういった人間に狙われたことがあったが、まあまあ厄介な存在だ。
私ひとりに対して、数人がかりで襲い掛かってくるのだから、面倒以外ないだろう。
しかし吸血鬼の個体数が目に見えて減るようになってから、私たちは息を潜めるように過ごし始めた。
そうしなければ、全滅させられると思ったからだ。
それからは人間と共存するための規則が定められた。
いや、人間が安全に生きるために、我々にとって不利な規則を押し付けられたと言ってもいいかもしれない。
この一連の流れや吸血鬼殺しのことを知れば、七央は怒りそうだ。
あの若い男の態度であれだけ不貞腐れていたのだ。
怒らないわけがない。
だがしかし、吸血鬼殺しの存在を知られるわけにはいかない。
「……七央の両親との関係は?」
私は周りに人がいないというのに、無関係な人間に聞かれてしまわないように声を潜める。
石井は視線を落とした。
「なかった」
「……そうか」
赤江夫妻は、吸血鬼殺しだった。
だからこそ、七央には絶対に知られてはならない。
七央には、話したくない。
自分の両親が私を殺す存在であったと知ってしまったら、七央はどうなるのか。
考えたくもない。
「だが、松田を殺したのは吸血鬼を使って金儲けをしている集団で間違いない」
「……まだ残っていたのか」
私は呆れ、鼻で笑った。
それと同時に、どこか安心した。
まだ消滅していなくてよかった、と。
すっかり立場が弱くなってしまった我々を利用しようとする頭の悪い人間は、一定数存在する。
こちらが大人しく従うしかないのをいいことに、なんでもやらせると噂だ。
中には人間を殺させることもあるとか。
私は、赤江夫妻はそういった悪意に殺されたと考えている。
奴らからしても、吸血鬼殺しの存在は目障りだったに違いない。
吸血鬼殺しを殺せるとしたら、同等の能力を持った人間か、吸血鬼。
赤江夫妻の身体に残っていた傷から、二人は吸血鬼に殺されている。
実際にこの目で見たので、間違いない。
ゆえに、勝手に消滅されては困るのだ。
そんなことがあっては、私は七央との約束を果たせなくなってしまう。
「おい、少しくらい殺意を隠す努力をしろ」
石井が怯えた目を向けている。
隠せと言われて抑えられたら、どれだけ楽か。
しかし隠しておかなければ、私はここにいられない。
ゆっくりと息をして、乱れた心を落ち着かせる。
「お前がそこまで七央に入れ込むとはな」
そんな私を見て、石井は声を殺して笑っている。
昔よりも七央が大切だと思っている自覚はあるが、他者に言われる妙に面白くない。
「血を飲む回数も減らしてると聞いたが? 七央の負担になるから、と」
その目は私を揶揄う算段だと物語っている。
そんなに、私が七央を大事に扱っていることがおかしいのか。
「……今日がその日だったから、七央をゆっくり休ませたかったのだよ。また進展があったら連絡してくれるかい」
「捜査していかないのか」
私が傘を広げると、石井の驚いた声が聞こえた。
「人間の犯罪は専門外なのでね」
「じゃあ電話したら出ろよ? お前がいつも出ないから、七央を通すようになったんだから」
石井の小言を聞きながら、私はその場を離れた。
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