正義に鉄槌を

碓氷澪夜

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1-1 木崎里津

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「正義の塊?」

 四月。新しい生活が始まり、僕は捜査一課に配属された。
 相棒として僕と名が並んでいた木崎きさき里津りつさんはどんな人かという質問の答えが、それだった。
 しかし、それを教えてくれた課長は心底遠い目をしている。
 一言で表すなら『正義の塊』なんて、警察官の鏡だろうに、どうしてそんな顔をするのか、僕にはわからない。

「あ、若瀬わかせ!」

 僕の頭の中がハテナで溢れていると、課長は唐突にひとりの男性を呼び止めた。
 偶然近くを通っただけであろう男性は、肩を跳ねさせた。
 だが、僕の顔を見て、なにか納得したような表情をした。

「もしかして新人ですか?」
「ああ。今年度から木崎と組むことになっていてな」
「あー……」

 まただ。また、あの疲れたような目。
 そして若瀬と呼ばれた男は、僕の肩に両手を置いた。

「頑張れよ、新人」

 力強く言われた言葉は、激励には感じなかった。どちらかといえば同情のようで、少し違和感を覚えた。

「それで、木崎と顔合わせをさせたいんだが、木崎がどこにいるかわかるか?」
「いや、なんで俺が知ってると思うんですか」
「お前は同期で手綱を握ってるだろ?」
「まっさか! 手綱を握ってるのは、赤城あかぎさんですよ」

 ふたりの会話のテンポについていけなかったけれど、とりあえず、僕は大変な人と組まされるということだけはわかった。
 希望の部署に配属され、気合を入れてきたというのに、なんだか不安が込み上げてきて仕方ない。

「まあ遅刻気味ってことは、どうせ、どこかで小さな犯罪に出くわしたんじゃないんですか? わかんないすけど」

 若瀬さんが言うと、課長は文字通り頭を抱えた。その様子を見て、若瀬さんは苦笑するだけ。
 本当に大丈夫なのだろうか。僕の刑事人生は。

「そうだ、せっかくなら探しに行ってみる? えっと……」

 若瀬さんが言葉を止めたことで、まだ名乗っていなかったことを思い出した。

「自分、葉宮はみやりょうと申します!」

 しっかりと声を張って挨拶をしたら、基本は褒められるだろう。
 だが、若瀬さんは少し渋い顔をした。
 といっても、それは一瞬のことで、若瀬さんは僕の横に立って背中を叩いた。
 強すぎず、痛すぎない刺激で、僕の背筋が伸びた気がした。
 そして僕はどこに向かうのかわからないまま、若瀬さんの背中を追った。さっきは木崎さんの居場所を知らないと言っていたけれど、心当たりはあるのかもしれない。

「あの……どこに向かっているんですか?」
「事件資料庫だよ」

 その単語に、僕は固まった。
 事件資料庫。かつて発生した事件についての資料がまとめて置かれている場所だ。
 いつか行ってみたいと思っていたけれど、まさかこんなにもはやく訪ねることができるとは。
 自分が思っているよりも心が踊っているのか、口元が緩んでしまう。

「葉宮?」

 若瀬さんには気付かれないように、手の甲で口元を押さえていると、若瀬さんが不思議そうに僕のほうを振り返った。
 僕が急に立ち止まったので、気になったらしい。
 気持ちをリセットするためにも、僕は咳払いをふたつして、「なんでもありません」と答えた。
 若瀬さんは「そう?」と軽く流すと、また歩を進める。あまり深く聞かれなかったことに安堵しながら、僕はその背を追った。

「でも、どうしてそんなところに向かうんですか?」
「そりゃあ、木崎を見つけるためだろ。アイツはあそこに住んでるみたいなもんだからさ。今日もそうかなって思って」

 若瀬さんはどこか呆れた横顔で言う。
 ここまでの反応と課長の『正義の塊』という発言からして、やはり、木崎さんは仕事人間なのだろう。
 それなのに、どうしてこんな反応をされているのだろう。ため息をつかずにはいられないというような。
 普通なら、そんな嫌そうには言わない言葉だろうに。

「あの……若瀬さんから見た木崎さんって、どんな人なんですか?」
「どんな、か……わがままというか、傍若無人? でもまあ、能力は間違いなく、俺より上だな。若手エースって感じ。認めたくない人、何人かいそうだけど」

 期待と不安が交互に襲ってくるような答え。
 僕は、そのどちらを胸に、木崎さんと邂逅すればいいのだろう。
 迷い、心構えができないまま、僕たちは事件資料庫に到着してしまった。

「そんな緊張するような相手じゃないって」

 若瀬さんは笑いながら、ドアを開けた。
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