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第一章
六話
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主君とリザルフの寝室の準備を見届けてから、ウォルカは自室へと戻った。
私服に着替え、月に一度しか開けない金庫の前に跪く。
重い扉を引けば、二十年間貯め続けた金貨が月光を浴びて妖しく輝いた。
護衛騎士として奉仕する日々に、使う暇などほとんどなかった、血と汗の結晶。
指先が金貨の山に触れる。
冷たい金属の感触が、胸の奥で燃え上がる嫉妬と渇望を、より激しく掻き立てた。
「……これで足りるはずだ。いや、構うものか。もっと持っていこう。
今夜は確実に、あいつを競り落としてやる」
金貨を袋に詰めていく手が、震えるほどに力む。
ティーガの逞しい体。義足を晒しながら客を誘う腰振り。汗ばんだ黄金の毛並みに張り付く薄布の下で、脈打っていたあの巨根――。
あの光景が網膜を灼き、胸の奥で嫉妬の炎が爆発的に燃え上がる。
怒りと悲しみが、紅い瞳を熱く濡らした。
(なぜ、あんな下劣な場所で……。あの誇り高い虎が、客どもの汚らわしい視線に穢されるなど)
想像するだけで、殺意にも似た嫉妬が全身を震わせる。
だが同時に、あの肉体を自分ひとりで独占したいという獣の渇望が、下腹部を熱く疼かせていた。
鏡の前に立ち、身なりを整える。白のシャツに黒のスラックス。騎士服でなくとも、その端正な佇いは隠しようもない。
窓の外を見やれば、歓楽街の灯りが誘うように揺れている。
あの日、捨て去った過去が、今夜自分を呼び戻す。
ウォルカはそっと領主邸を抜け出し、冬の夜闇へと溶け込んでいった。
街へ降り、裏路地を抜けて、騒がしい喧噪にまみれた歓楽街へ歩を進める。周囲に溶け込むよう、コートのフードを深く被った。
今の自分は騎士ではない。ただ一頭の、飢えた狼だ。
禍々しい看板を掲げる娼館『セクション』へ。
扉を押し開いた瞬間、爆音の音楽と観客の熱狂が津波のように押し寄せた。
空気は粘つき、汗と酒、獣の体臭が混じり合った、胃を突き上げるような臭いが鼻腔を犯す。
ステージを囲むのは、酒瓶を片手に野獣のような息遣いを上げる男たち。
ウォルカは彼らから距離を置き、カウンターへ近づいた。
「VIP席の空きはあるか。今夜の競りに参加したい」
声を低く抑え、周囲に溶け込むよう、少しばかり乱暴な口調を装う。
店員はウォルカを品定めするように舐め回すが、フードの隙間から覗く気品の良さに、お忍びの貴族とでも勘違いしたのか、卑屈な笑みを浮かべて二階席へと案内した。
「二階のお客さんは、この札を掲げるだけでいいぜ。酒もティッシュも用意してあるからな。
でも…、発射は本番までとっておいてくれよ、旦那」
店員の下卑た説明を鼻で笑い、ウォルカは席に腰を下ろした。手にした値付け札をじっと見つめ、指先で強く握りしめる。
「……これで、あいつを買うのか」
ステージを見下ろす。胸の奥で、嫉妬と渇望が激しく渦巻く。
二十年越しの再会が、まさか買い手と商品という形になろうとは。
照明が落ち、一瞬の静寂の後、お祭り騒ぎのような歓声が爆発した。
薄布一枚を身に纏った娼夫たちが次々とステージに上がる。彼らは腰をくねらせ、客の野次に合わせて指を這わせる。
ウォルカは冷めた目でそれを見下ろしていた。興味などない。ただの肉の塊。
一人、また一人とオークションが進む。そして、ついに会場の熱狂が最高潮に達した。
ティーガだ。
珍しい虎の獣人は、やはりこの店で随一の人気らしい。野太い悲鳴のような歓声が響き渡る。
ティーガはそれを当然のように受け流して笑い、逞しい虎柄の肉体を見せつけた。
黄金の毛並みが照明に妖しく輝き、薄布を翻して腰を突き出す。義足を気にさせぬ堂々とした動きで、自らの乳首を摘み、客の欲情を煽るポーズを取った。
ウォルカの視界が、カッと赤く染まった。
耳が跳ねるように直立し、尾が背後の椅子を叩くほどに激しく震える。値付け札を握りしめる手が、柄を折らんばかりに強張った。
(……お前、そんなところで……何をさせられている……!)
喉の奥から、獣の唸りが漏れる。
あの身体を、客どもに晒すな。あの肌を、自分以外の目に入れるな。
沸き立つ嫉妬が、そのまま暴力的な独占欲へと姿を変え、下腹部を焦がす。
オークションの金額を叫ぶ声が、次々とぶつかり合う。最高額が一段落し、司会者が槌を振り上げようとした、その刹那。
ウォルカは、静かに、しかし確実に値付け札を突き出した。
「……っ、ここに来て出ました、二倍! 過去最高額か!? 今宵もティーガは、二階のVIP様がお買い上げです!!」
金が打ち鳴らされ、一瞬の沈黙の後に、会場を壊すような大歓声が湧き起こった。
当のティーガは目を丸くし、二階席を見上げた。
照明の逆光と深く被ったフードで、ウォルカの顔までは判別できていないようだった。
ウォルカは札を下ろし、紅い瞳をティーガから逸らさぬまま、長く熱い息を吐き出した。
胸の奥で荒れ狂っていた嫉妬が、暗い勝利の恍惚へと変わる。
「……ようやく、俺の番だな。ティーガ」
喉の奥で低く唸る声は、確かな支配の響きを帯びていた。
ステージから引き下ろされるティーガの姿を、獲物を狙う視線で見送りながら、ウォルカはゆっくりと席を立った。
今夜、お前は俺のものだ。誰の手も、もう触れさせはしない。
私服に着替え、月に一度しか開けない金庫の前に跪く。
重い扉を引けば、二十年間貯め続けた金貨が月光を浴びて妖しく輝いた。
護衛騎士として奉仕する日々に、使う暇などほとんどなかった、血と汗の結晶。
指先が金貨の山に触れる。
冷たい金属の感触が、胸の奥で燃え上がる嫉妬と渇望を、より激しく掻き立てた。
「……これで足りるはずだ。いや、構うものか。もっと持っていこう。
今夜は確実に、あいつを競り落としてやる」
金貨を袋に詰めていく手が、震えるほどに力む。
ティーガの逞しい体。義足を晒しながら客を誘う腰振り。汗ばんだ黄金の毛並みに張り付く薄布の下で、脈打っていたあの巨根――。
あの光景が網膜を灼き、胸の奥で嫉妬の炎が爆発的に燃え上がる。
怒りと悲しみが、紅い瞳を熱く濡らした。
(なぜ、あんな下劣な場所で……。あの誇り高い虎が、客どもの汚らわしい視線に穢されるなど)
想像するだけで、殺意にも似た嫉妬が全身を震わせる。
だが同時に、あの肉体を自分ひとりで独占したいという獣の渇望が、下腹部を熱く疼かせていた。
鏡の前に立ち、身なりを整える。白のシャツに黒のスラックス。騎士服でなくとも、その端正な佇いは隠しようもない。
窓の外を見やれば、歓楽街の灯りが誘うように揺れている。
あの日、捨て去った過去が、今夜自分を呼び戻す。
ウォルカはそっと領主邸を抜け出し、冬の夜闇へと溶け込んでいった。
街へ降り、裏路地を抜けて、騒がしい喧噪にまみれた歓楽街へ歩を進める。周囲に溶け込むよう、コートのフードを深く被った。
今の自分は騎士ではない。ただ一頭の、飢えた狼だ。
禍々しい看板を掲げる娼館『セクション』へ。
扉を押し開いた瞬間、爆音の音楽と観客の熱狂が津波のように押し寄せた。
空気は粘つき、汗と酒、獣の体臭が混じり合った、胃を突き上げるような臭いが鼻腔を犯す。
ステージを囲むのは、酒瓶を片手に野獣のような息遣いを上げる男たち。
ウォルカは彼らから距離を置き、カウンターへ近づいた。
「VIP席の空きはあるか。今夜の競りに参加したい」
声を低く抑え、周囲に溶け込むよう、少しばかり乱暴な口調を装う。
店員はウォルカを品定めするように舐め回すが、フードの隙間から覗く気品の良さに、お忍びの貴族とでも勘違いしたのか、卑屈な笑みを浮かべて二階席へと案内した。
「二階のお客さんは、この札を掲げるだけでいいぜ。酒もティッシュも用意してあるからな。
でも…、発射は本番までとっておいてくれよ、旦那」
店員の下卑た説明を鼻で笑い、ウォルカは席に腰を下ろした。手にした値付け札をじっと見つめ、指先で強く握りしめる。
「……これで、あいつを買うのか」
ステージを見下ろす。胸の奥で、嫉妬と渇望が激しく渦巻く。
二十年越しの再会が、まさか買い手と商品という形になろうとは。
照明が落ち、一瞬の静寂の後、お祭り騒ぎのような歓声が爆発した。
薄布一枚を身に纏った娼夫たちが次々とステージに上がる。彼らは腰をくねらせ、客の野次に合わせて指を這わせる。
ウォルカは冷めた目でそれを見下ろしていた。興味などない。ただの肉の塊。
一人、また一人とオークションが進む。そして、ついに会場の熱狂が最高潮に達した。
ティーガだ。
珍しい虎の獣人は、やはりこの店で随一の人気らしい。野太い悲鳴のような歓声が響き渡る。
ティーガはそれを当然のように受け流して笑い、逞しい虎柄の肉体を見せつけた。
黄金の毛並みが照明に妖しく輝き、薄布を翻して腰を突き出す。義足を気にさせぬ堂々とした動きで、自らの乳首を摘み、客の欲情を煽るポーズを取った。
ウォルカの視界が、カッと赤く染まった。
耳が跳ねるように直立し、尾が背後の椅子を叩くほどに激しく震える。値付け札を握りしめる手が、柄を折らんばかりに強張った。
(……お前、そんなところで……何をさせられている……!)
喉の奥から、獣の唸りが漏れる。
あの身体を、客どもに晒すな。あの肌を、自分以外の目に入れるな。
沸き立つ嫉妬が、そのまま暴力的な独占欲へと姿を変え、下腹部を焦がす。
オークションの金額を叫ぶ声が、次々とぶつかり合う。最高額が一段落し、司会者が槌を振り上げようとした、その刹那。
ウォルカは、静かに、しかし確実に値付け札を突き出した。
「……っ、ここに来て出ました、二倍! 過去最高額か!? 今宵もティーガは、二階のVIP様がお買い上げです!!」
金が打ち鳴らされ、一瞬の沈黙の後に、会場を壊すような大歓声が湧き起こった。
当のティーガは目を丸くし、二階席を見上げた。
照明の逆光と深く被ったフードで、ウォルカの顔までは判別できていないようだった。
ウォルカは札を下ろし、紅い瞳をティーガから逸らさぬまま、長く熱い息を吐き出した。
胸の奥で荒れ狂っていた嫉妬が、暗い勝利の恍惚へと変わる。
「……ようやく、俺の番だな。ティーガ」
喉の奥で低く唸る声は、確かな支配の響きを帯びていた。
ステージから引き下ろされるティーガの姿を、獲物を狙う視線で見送りながら、ウォルカはゆっくりと席を立った。
今夜、お前は俺のものだ。誰の手も、もう触れさせはしない。
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