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王宮のキューレター誕生
プロローグ
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王宮にはにピンクと白を基調にした部屋がある。通称『乙女の間』と呼ばれるその部屋で、アマーリアはほうっと感嘆のため息をついた。
テラス窓から差し込む淡くやさしい木漏れ日がキラキラと部屋を満たし、外の庭園を見れば淡いパステルカラーの花々が私を見て!と言わんばかりに我さきにと咲き誇り、伸び盛りの新緑の生命力溢れる力強さは私たちの目を楽しませてくれている。
閉ざされたテラス窓を開ければ、花の芳しい匂いが、新緑の爽やかな匂いがすぐにでもこの部屋いっぱいに満たすだろうけど、残念ながら風はまだまだ日差しほどは暖かくなくてそれは叶わなそうだ。
中央のグランドピアノから美しい旋律が奏でられていたのはほんの数十分前。
今は演奏家を交えて歓談に移り、美しく華やかに競うように、着飾ったうら若き令嬢たちが賑やかに話に花を咲かせている。
そんな彼女たちの様子を、アマーリアは同席しながらも心は一歩も二歩も離れた場所から眺めていた。
そして冒頭の感嘆のため息をついたのだ。完璧だわっと。
寒い季節から朗らかな季節へ向かうのにこの部屋の模様替えを王妃より頼まれたアマーリアは、カーテンを、茶器を、ソファーを、それぞれ重厚な趣きのあるものから軽やかなものに替えた。
特にこだわったのは壁の絵画だ。王宮の装飾庫で見つけた名もなき画家の絵。
花畑で少女たちが花輪を作りながら微笑んでいる、なんということもない絵。とりたてて華やかでも地味でもない変哲もない絵だけど、なぜか印象に残る。きらきらと光って見えて心惹かれた。
いつか人々の目に触れる場所に飾りたい。そんなふうに思ったのだ。初めて目にした絵だというのに。
念願が叶いこの部屋に絵を飾れて満足したけど、どうせならこの部屋にふさわしい来賓を迎えた時を見てみたい……という欲望が沸き起こった。
そんなときに耳にしたのが王家の寵愛深い宮廷音楽家がサロンでピアノの独奏会を開催するという話。
まだ若く美丈夫な彼の演奏会には若い令嬢のファンが多い。
しかも演奏会の会場は乙女の間だという。あの絵画の前に美しき令嬢が集う。それこそアマーリアが描いた華やかで美しい、あの絵画にふさわしい来賓ではないか。
演奏会の末席に滑り込んでみれば、アマーリアの想像通り春らしく色とりどりどりの淡いドレスを着ている令嬢たちはまるでお花畑にいるようで、それはそれは華やかで。
惜しむらくは絵画の少女たちより現実の彼女たちのが容姿が劣ること。いや、現実の彼女たちだってタイプの違いはあれど十分麗しい。だがいかんせん絵画の少女たちが美しすぎるのだ。同レベルの容姿を要求するとなると、おそらく国でもいちにを争う美少女を集めなくてはならないだろう。
だけどアマーリアの目の前にいる少女たちには絵画にはない精彩がある。躍動感がある。動きのある彼女たちのなんと魅力的なことか。
歓談……というにはいささか熱量が多いような気がしなくもないが、その可愛らしい口は閉じている暇がないくらいに話題は尽きることなく次から次へと、蝶々のようにひらひらとあっちへ飛びこっちに飛んでいく。
興味津々の彼女たちは瞳をらんらんと輝かせ、笑い声は鈴を転がすように可愛らしいのだが、話の内容はお世話にも品がいいとは言えない。
なるたけ内容は聞かないようにしながら、アマーリアはそろそろ退出するつもりで時期を見計らっていると、突如自分の名前が耳に飛び込んできた。
「お聞きになりました?幻の公爵令嬢アマーリアさまのお話?」
(アマーリア……幻の公爵令嬢?……もしかしてわたくしのことかしら?)
「ええっ。聞きましたわ。第二王子殿下と婚約破棄するそうですわね?」
(第二王子殿下と婚約破棄……わたくし王子と婚約してましたの?いつの間に?)
「これでやっと真実の愛のアメリアさまと一緒になれますわね?」
(アメリアって……異母妹のこと?)
「ええ。おかわいそうにずっとアマーリアさまに虐められていたようですわ」
(わたくしが異母妹を虐めてる……?)
「先日のお茶会で聞きましたわ。熱い紅茶を腕にかけられたとかで、火傷の跡が……おいたわしかったですわ」
(お茶をかけた?……)
「王子殿下からの贈り物を取り上げられたとか……瞳に涙を溜めながら話す姿が忘れられませんわ」
(贈り物を取り上げる……?)
「それはもう涙ながらに語られていましたわ。金でできたバラの髪飾りだったそうよ。それは繊細な細工だったとか。アメリアさまの茶色に近い金髪にはさぞお似合いでしょうに」
(…………?)
末席も末席にアマーリアは座っていた。絵画と令嬢たちを見渡せる位置で、言葉も発することなく常に穏やかな微笑みをたたえて。
アマーリアのまったく身に覚えのない話が始まったときも頭の中は乱されていたが、穏やかな微笑みは絶やさずにいた。多少はひきつっていたかもしれないが。
だから外見に大きな変化はなかった。けれど心の乱れが雰囲気を微妙に変化させたのかもしれない。
一人の令嬢がアマーリアの存在に気づいて、じっとアマーリアに視線を向けると、それに気づいた他の令嬢たちも彼女の視線を追いその先にいたアマーリアにたどり着いた。
見たことのない令嬢。彼女の身なりやしぐさから判断するなら高位貴族の令嬢に違いない。でも令嬢たちの誰も彼女が誰なのか分からない。困惑気味にうろうろと目線を彷徨わせていた彼女たちは、意を決したように小さく頷き合うと、令嬢たちを代表した令嬢が口を開いた。
「あの……初めてお会いしましたかしら?初めましてですわよね?」
恐るおそるといった体でアマーリアを見つめたまま問いかけると、他の令嬢も一斉にアマーリアへと視線を向けた。
かよわき令嬢たちではあるが、さすがにこれだけ多くの視線が一斉に注がれれば、動じないアマーリアも内心たじろいだが即座に体制を立て直すと、
「ご機嫌よう皆さま、アマーリア・フルールと申します。どうぞお見知りおきを」
それはもう鮮やかに艶やかに微笑み――そして
「わたくし、婚約破棄されますのね」
と言って令嬢たちを凍りつかせたのだった。
テラス窓から差し込む淡くやさしい木漏れ日がキラキラと部屋を満たし、外の庭園を見れば淡いパステルカラーの花々が私を見て!と言わんばかりに我さきにと咲き誇り、伸び盛りの新緑の生命力溢れる力強さは私たちの目を楽しませてくれている。
閉ざされたテラス窓を開ければ、花の芳しい匂いが、新緑の爽やかな匂いがすぐにでもこの部屋いっぱいに満たすだろうけど、残念ながら風はまだまだ日差しほどは暖かくなくてそれは叶わなそうだ。
中央のグランドピアノから美しい旋律が奏でられていたのはほんの数十分前。
今は演奏家を交えて歓談に移り、美しく華やかに競うように、着飾ったうら若き令嬢たちが賑やかに話に花を咲かせている。
そんな彼女たちの様子を、アマーリアは同席しながらも心は一歩も二歩も離れた場所から眺めていた。
そして冒頭の感嘆のため息をついたのだ。完璧だわっと。
寒い季節から朗らかな季節へ向かうのにこの部屋の模様替えを王妃より頼まれたアマーリアは、カーテンを、茶器を、ソファーを、それぞれ重厚な趣きのあるものから軽やかなものに替えた。
特にこだわったのは壁の絵画だ。王宮の装飾庫で見つけた名もなき画家の絵。
花畑で少女たちが花輪を作りながら微笑んでいる、なんということもない絵。とりたてて華やかでも地味でもない変哲もない絵だけど、なぜか印象に残る。きらきらと光って見えて心惹かれた。
いつか人々の目に触れる場所に飾りたい。そんなふうに思ったのだ。初めて目にした絵だというのに。
念願が叶いこの部屋に絵を飾れて満足したけど、どうせならこの部屋にふさわしい来賓を迎えた時を見てみたい……という欲望が沸き起こった。
そんなときに耳にしたのが王家の寵愛深い宮廷音楽家がサロンでピアノの独奏会を開催するという話。
まだ若く美丈夫な彼の演奏会には若い令嬢のファンが多い。
しかも演奏会の会場は乙女の間だという。あの絵画の前に美しき令嬢が集う。それこそアマーリアが描いた華やかで美しい、あの絵画にふさわしい来賓ではないか。
演奏会の末席に滑り込んでみれば、アマーリアの想像通り春らしく色とりどりどりの淡いドレスを着ている令嬢たちはまるでお花畑にいるようで、それはそれは華やかで。
惜しむらくは絵画の少女たちより現実の彼女たちのが容姿が劣ること。いや、現実の彼女たちだってタイプの違いはあれど十分麗しい。だがいかんせん絵画の少女たちが美しすぎるのだ。同レベルの容姿を要求するとなると、おそらく国でもいちにを争う美少女を集めなくてはならないだろう。
だけどアマーリアの目の前にいる少女たちには絵画にはない精彩がある。躍動感がある。動きのある彼女たちのなんと魅力的なことか。
歓談……というにはいささか熱量が多いような気がしなくもないが、その可愛らしい口は閉じている暇がないくらいに話題は尽きることなく次から次へと、蝶々のようにひらひらとあっちへ飛びこっちに飛んでいく。
興味津々の彼女たちは瞳をらんらんと輝かせ、笑い声は鈴を転がすように可愛らしいのだが、話の内容はお世話にも品がいいとは言えない。
なるたけ内容は聞かないようにしながら、アマーリアはそろそろ退出するつもりで時期を見計らっていると、突如自分の名前が耳に飛び込んできた。
「お聞きになりました?幻の公爵令嬢アマーリアさまのお話?」
(アマーリア……幻の公爵令嬢?……もしかしてわたくしのことかしら?)
「ええっ。聞きましたわ。第二王子殿下と婚約破棄するそうですわね?」
(第二王子殿下と婚約破棄……わたくし王子と婚約してましたの?いつの間に?)
「これでやっと真実の愛のアメリアさまと一緒になれますわね?」
(アメリアって……異母妹のこと?)
「ええ。おかわいそうにずっとアマーリアさまに虐められていたようですわ」
(わたくしが異母妹を虐めてる……?)
「先日のお茶会で聞きましたわ。熱い紅茶を腕にかけられたとかで、火傷の跡が……おいたわしかったですわ」
(お茶をかけた?……)
「王子殿下からの贈り物を取り上げられたとか……瞳に涙を溜めながら話す姿が忘れられませんわ」
(贈り物を取り上げる……?)
「それはもう涙ながらに語られていましたわ。金でできたバラの髪飾りだったそうよ。それは繊細な細工だったとか。アメリアさまの茶色に近い金髪にはさぞお似合いでしょうに」
(…………?)
末席も末席にアマーリアは座っていた。絵画と令嬢たちを見渡せる位置で、言葉も発することなく常に穏やかな微笑みをたたえて。
アマーリアのまったく身に覚えのない話が始まったときも頭の中は乱されていたが、穏やかな微笑みは絶やさずにいた。多少はひきつっていたかもしれないが。
だから外見に大きな変化はなかった。けれど心の乱れが雰囲気を微妙に変化させたのかもしれない。
一人の令嬢がアマーリアの存在に気づいて、じっとアマーリアに視線を向けると、それに気づいた他の令嬢たちも彼女の視線を追いその先にいたアマーリアにたどり着いた。
見たことのない令嬢。彼女の身なりやしぐさから判断するなら高位貴族の令嬢に違いない。でも令嬢たちの誰も彼女が誰なのか分からない。困惑気味にうろうろと目線を彷徨わせていた彼女たちは、意を決したように小さく頷き合うと、令嬢たちを代表した令嬢が口を開いた。
「あの……初めてお会いしましたかしら?初めましてですわよね?」
恐るおそるといった体でアマーリアを見つめたまま問いかけると、他の令嬢も一斉にアマーリアへと視線を向けた。
かよわき令嬢たちではあるが、さすがにこれだけ多くの視線が一斉に注がれれば、動じないアマーリアも内心たじろいだが即座に体制を立て直すと、
「ご機嫌よう皆さま、アマーリア・フルールと申します。どうぞお見知りおきを」
それはもう鮮やかに艶やかに微笑み――そして
「わたくし、婚約破棄されますのね」
と言って令嬢たちを凍りつかせたのだった。
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