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王宮のキューレター誕生
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フルール公爵家の歴史は浅い。遠い先祖は海賊で、その中で少しばかり商いがうまかったのがフルールの先祖だとアマーリアは祖父から聞いている。
どの国にも属していなかった海賊の町がこの王国に属することが決まった時に当時町の町長を務めていたアマーリアの先祖が叙爵され伯爵位を賜った。祖父から数えて二代前の話。縦横無尽に海を駆け抜けていた祖父が隣国の姫と恋に落ちたのをきっかけに、それまでの数々の功績が評価され伯爵から公爵へと陞爵された。ずっと断っていた叙爵だったが、姫を嫁にもらうなら陞爵を受け入れるべきだと言われ断れなかったと祖父は言っていた。
王女が降嫁する前までは貴族というより商人のような生活だったと笑って語る祖父は洗練された所作をもつ風格のある人だ。商人のような生活と言われてもアマーリアにはピンとこなかったが、現在の貴族らしい生活は祖母の降嫁で加速したのは分かる気がした。
亡くなった祖母の優雅さや気品、その誇り高さは真似ようとして真似られるものではない。本人の資質なのか、何代も続く青い血のなせるわざなのか、そんな祖母の影響を使用人たちが受けるのは当然で、祖母と一緒に海を渡ってきた侍女の指導のもと使用人たちも歴史のある高位貴族家に使える使用人なみに洗練されていった。上品な微笑みを絶やすことのなかった祖母は、今でもアマーリアの憧れの人だ。
そんな祖父と祖母から生まれた一人息子――アマーリアの父親オークリーは悪い意味で貴族的な人間へと成長してしまった。とは祖父の談。
普段祖父とアマーリア、生前は母イザベラと領地のフルールの港町で暮らしているが、オークリーは田舎だと領地を嫌い、華やかな王都を好み社交に明け暮れる。執務を家令まかせにするのは当然だとばかりに顧みることもない。
彼からしたら祖父や祖母の真似なのだろうけど、祖父や祖母がオークリーにはそう見えていたのなら、上部だけしか見ない残念な人としか言えない。
確かに祖父も祖母も広いフルールの領地の全てを自分たちで管理してはいなかったが、その替わりに優秀な家令を育てあげた。勿論最終的に書類のチェックをしていたのは祖父と祖母だ。
祖父も祖母もかなり忙しくしていたはずなのに、きっとオークリーには目に入らなかったのだろう。
そんなオークリーがことさら貴族らしくこだわる理由はフルール公爵家の歴史が浅いが故に海賊公爵だの、成金公爵だの、王女を誑かして陞爵された公爵などと吹聴され嘲笑われているのが我慢ならないのだ。過分にそれが彼らの嫉妬でもあるのに。
アマーリアは第二王子殿下の婚約の話を祖父からはされていない。祖父自身も知らないのであれば父オークリーの独断で結ばれたものと考えられる。
どんなやりとりが王家とオークリーの間にあったのかは分からないが、オークリーはこの婚約婚姻が陰で嘲笑う貴族たちを見返す好機ととらえ、無鉄砲にも誰にも相談せずに決めてしまったのかもしれない。
王室と縁をもつことは確かに誉れかもしれない。だけどこの場合は結局王子を唆した……と言われて、祖父のときと同様に陰で嘲笑われる可能性のが高い。
浅はかすぎる父オークリーの思考にアマーリアはめまいを覚えた。
王妃の好意で王宮の客室に滞在中のアマーリアは、ノックの音で我にかえり扉へ視線を向ければ、現れたのは王宮侍女に案内されたフルール公爵家の家令クーパーだった。
「お久しぶりでございます。アマーリアお嬢様」
にこりと微笑んだクーパーにアマーリアの心が踊った。祖父が心より信頼するクーパーは、アマーリアにとっても第二の祖父といっても過言ではない存在だ。
『お嬢様のおしめも替えたのですよ』
とクーパーが言えばアマーリアの頬が羞恥で赤く染まるのを見て、目を細めて口角をあげるクーパーの愛情をアマーリアは疑わない。
「久しぶり。王都の屋敷の方はかわりない?」
ローテーブルを挟んで向き合って座り、王都滞在中のいつもの会話をする。
「はい。かわらず」
変化がないのはいいことのはずなのに、クーパーの顔が少し歪む。長い付き合いがなければ分からない程度に。
「そう。それはなにより……と言っていいのか分からないけど」
クーパーがそう言うのであれば、社交三昧、散財三昧なのだろう。それしかしない生活に飽きないのがアマーリアには不思議でならない。
「お嬢さまの方はいかがです?……旦那さまはどちらに?」
キョロキョロと周囲を見渡すクーパーにアマーリアは笑をこぼす。クーパーにとって『旦那さま』はいつまでたっても祖父で、オークリーはいつまでたっても『坊っちゃま』なのだ。
「骨董品を見に行ってしまわれたわ。帰還は……未定ね。お爺さまのことだから気に入ったらしばらく逗留しそうだわ」
美術品や骨董品に目がない祖父は、王宮の宝物庫が見れるぞ、素晴らしいぞ……などとアマーリアを煽り、好奇心に負けたアマーリアは初めて登城し、センスがないのよ……と困り果てていた王妃の代わりに王宮の模様替えを手伝った。わざわざ通って来るのも大変だろうからと言われ、この客室に滞在している。祖父にしばらく王宮に滞在することになったと伝えたら、祖父は王宮で邂逅した人と意気投合し、その人の屋敷に骨董品を見に行ってしまった。
王都に残るアマーリアに謎かけとお願いをして。
置いていかれたアマーリアは『祖父のお願い』のオークションにかけられたローリー伯爵邸の内覧に行くつもりだ。
「左様ですか。公爵邸へもお顔をお出し願えたらとお願いするつもりでしたが、難しいようですね」
クーパーに言われて気づいたが、そういえばもう数年は王都の公爵邸へは行っていない。クーパーからは王都を訪れた際は、使用人の士気にかかわるから一日だけでも滞在してくださいと口を酸っぱくして言われていたのに。
アマーリアの母が亡くなり父オークリーが学生時代からの恋人。オークリー曰く『真実の愛』『運命の恋』の相手であるポーラを後妻に迎えたのは母の喪が明けぬうちだった。
しかもアマーリアと数ヶ月しか違わない連れ子を伴って。
喪が明けぬうちに後妻を娶るオークリーの行為にアマーリアは心底呆れたが、同時に色々と理解もした。
義母や異母妹が嫌いだとか婚姻に反対とかではないが、広いとはいえ同じ屋敷に滞在していれば、お互いに気をつかう。それが煩わしくて、領地から王都へ来るとホテルへ滞在していたのだ。
クーパーのショボンとした顔を見て後ろめたい気持ちになったアマーリアは次こそはお祖父さまを説得して王都の公爵邸へ……と例によって意気込むが、行動が追いついていないのはクーパーの表情が物語っている。
そうよ!そうだわ!……とアマーリアは閃いたと言いたげな顔をすると、クーパーを改めて見つめた。
クーパーは祖父の腹心なのに領地の屋敷ではなく王都の屋敷で使えているのは、屋敷を任せているのとオークリーのお目付役でもあるからだ。
オークリーの行動は逐一、クーパーから祖父へと報告される。なら、今回の婚約の件も知っているのではないか?
「クーパー、聞きたいことがあるのだけど」
とアマーリアが言葉を発するのとほぼ同時に扉をリズミカルに三回ノックする音が聞こえた。
どの国にも属していなかった海賊の町がこの王国に属することが決まった時に当時町の町長を務めていたアマーリアの先祖が叙爵され伯爵位を賜った。祖父から数えて二代前の話。縦横無尽に海を駆け抜けていた祖父が隣国の姫と恋に落ちたのをきっかけに、それまでの数々の功績が評価され伯爵から公爵へと陞爵された。ずっと断っていた叙爵だったが、姫を嫁にもらうなら陞爵を受け入れるべきだと言われ断れなかったと祖父は言っていた。
王女が降嫁する前までは貴族というより商人のような生活だったと笑って語る祖父は洗練された所作をもつ風格のある人だ。商人のような生活と言われてもアマーリアにはピンとこなかったが、現在の貴族らしい生活は祖母の降嫁で加速したのは分かる気がした。
亡くなった祖母の優雅さや気品、その誇り高さは真似ようとして真似られるものではない。本人の資質なのか、何代も続く青い血のなせるわざなのか、そんな祖母の影響を使用人たちが受けるのは当然で、祖母と一緒に海を渡ってきた侍女の指導のもと使用人たちも歴史のある高位貴族家に使える使用人なみに洗練されていった。上品な微笑みを絶やすことのなかった祖母は、今でもアマーリアの憧れの人だ。
そんな祖父と祖母から生まれた一人息子――アマーリアの父親オークリーは悪い意味で貴族的な人間へと成長してしまった。とは祖父の談。
普段祖父とアマーリア、生前は母イザベラと領地のフルールの港町で暮らしているが、オークリーは田舎だと領地を嫌い、華やかな王都を好み社交に明け暮れる。執務を家令まかせにするのは当然だとばかりに顧みることもない。
彼からしたら祖父や祖母の真似なのだろうけど、祖父や祖母がオークリーにはそう見えていたのなら、上部だけしか見ない残念な人としか言えない。
確かに祖父も祖母も広いフルールの領地の全てを自分たちで管理してはいなかったが、その替わりに優秀な家令を育てあげた。勿論最終的に書類のチェックをしていたのは祖父と祖母だ。
祖父も祖母もかなり忙しくしていたはずなのに、きっとオークリーには目に入らなかったのだろう。
そんなオークリーがことさら貴族らしくこだわる理由はフルール公爵家の歴史が浅いが故に海賊公爵だの、成金公爵だの、王女を誑かして陞爵された公爵などと吹聴され嘲笑われているのが我慢ならないのだ。過分にそれが彼らの嫉妬でもあるのに。
アマーリアは第二王子殿下の婚約の話を祖父からはされていない。祖父自身も知らないのであれば父オークリーの独断で結ばれたものと考えられる。
どんなやりとりが王家とオークリーの間にあったのかは分からないが、オークリーはこの婚約婚姻が陰で嘲笑う貴族たちを見返す好機ととらえ、無鉄砲にも誰にも相談せずに決めてしまったのかもしれない。
王室と縁をもつことは確かに誉れかもしれない。だけどこの場合は結局王子を唆した……と言われて、祖父のときと同様に陰で嘲笑われる可能性のが高い。
浅はかすぎる父オークリーの思考にアマーリアはめまいを覚えた。
王妃の好意で王宮の客室に滞在中のアマーリアは、ノックの音で我にかえり扉へ視線を向ければ、現れたのは王宮侍女に案内されたフルール公爵家の家令クーパーだった。
「お久しぶりでございます。アマーリアお嬢様」
にこりと微笑んだクーパーにアマーリアの心が踊った。祖父が心より信頼するクーパーは、アマーリアにとっても第二の祖父といっても過言ではない存在だ。
『お嬢様のおしめも替えたのですよ』
とクーパーが言えばアマーリアの頬が羞恥で赤く染まるのを見て、目を細めて口角をあげるクーパーの愛情をアマーリアは疑わない。
「久しぶり。王都の屋敷の方はかわりない?」
ローテーブルを挟んで向き合って座り、王都滞在中のいつもの会話をする。
「はい。かわらず」
変化がないのはいいことのはずなのに、クーパーの顔が少し歪む。長い付き合いがなければ分からない程度に。
「そう。それはなにより……と言っていいのか分からないけど」
クーパーがそう言うのであれば、社交三昧、散財三昧なのだろう。それしかしない生活に飽きないのがアマーリアには不思議でならない。
「お嬢さまの方はいかがです?……旦那さまはどちらに?」
キョロキョロと周囲を見渡すクーパーにアマーリアは笑をこぼす。クーパーにとって『旦那さま』はいつまでたっても祖父で、オークリーはいつまでたっても『坊っちゃま』なのだ。
「骨董品を見に行ってしまわれたわ。帰還は……未定ね。お爺さまのことだから気に入ったらしばらく逗留しそうだわ」
美術品や骨董品に目がない祖父は、王宮の宝物庫が見れるぞ、素晴らしいぞ……などとアマーリアを煽り、好奇心に負けたアマーリアは初めて登城し、センスがないのよ……と困り果てていた王妃の代わりに王宮の模様替えを手伝った。わざわざ通って来るのも大変だろうからと言われ、この客室に滞在している。祖父にしばらく王宮に滞在することになったと伝えたら、祖父は王宮で邂逅した人と意気投合し、その人の屋敷に骨董品を見に行ってしまった。
王都に残るアマーリアに謎かけとお願いをして。
置いていかれたアマーリアは『祖父のお願い』のオークションにかけられたローリー伯爵邸の内覧に行くつもりだ。
「左様ですか。公爵邸へもお顔をお出し願えたらとお願いするつもりでしたが、難しいようですね」
クーパーに言われて気づいたが、そういえばもう数年は王都の公爵邸へは行っていない。クーパーからは王都を訪れた際は、使用人の士気にかかわるから一日だけでも滞在してくださいと口を酸っぱくして言われていたのに。
アマーリアの母が亡くなり父オークリーが学生時代からの恋人。オークリー曰く『真実の愛』『運命の恋』の相手であるポーラを後妻に迎えたのは母の喪が明けぬうちだった。
しかもアマーリアと数ヶ月しか違わない連れ子を伴って。
喪が明けぬうちに後妻を娶るオークリーの行為にアマーリアは心底呆れたが、同時に色々と理解もした。
義母や異母妹が嫌いだとか婚姻に反対とかではないが、広いとはいえ同じ屋敷に滞在していれば、お互いに気をつかう。それが煩わしくて、領地から王都へ来るとホテルへ滞在していたのだ。
クーパーのショボンとした顔を見て後ろめたい気持ちになったアマーリアは次こそはお祖父さまを説得して王都の公爵邸へ……と例によって意気込むが、行動が追いついていないのはクーパーの表情が物語っている。
そうよ!そうだわ!……とアマーリアは閃いたと言いたげな顔をすると、クーパーを改めて見つめた。
クーパーは祖父の腹心なのに領地の屋敷ではなく王都の屋敷で使えているのは、屋敷を任せているのとオークリーのお目付役でもあるからだ。
オークリーの行動は逐一、クーパーから祖父へと報告される。なら、今回の婚約の件も知っているのではないか?
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