ソコロと王太子の婚約解消事情

らいむぽとす

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中編1

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ソコロの誕生日が終わり、いく日か過ぎた頃に王宮での舞踏会が開催される。国王陛下主催の大きな夜会だ。
 
 スチュアートがあちこちの夜会で、ジョイを頻繁に連れ歩いているのは、ソコロの耳にも入っていた。ジョイが夜会に表れるたびに男爵令嬢として分不相応な豪華なドレスと宝石を身につけているとの噂と共に。二人の仲睦まじい姿は社交会では知らない者がいないほど有名な話になっていて、その分ソコロが辱められているわけだが、あの二人はきっと自分達には関係ないと思っているだろう。ソコロはそれが少し腹立たしかった。

 そんなスチュアートとジョイだが、まだ分別はあるようだ。流石に王宮の舞踏会ではスチュアートはソコロをエスコートする気があるらしい。その旨を記した手紙が公爵邸に届いたが、贈り物はない。

 朝から侍女が総出でと言っても過言ではないほどソコロは磨き上げられて輝くように美しかった。スチュアートと一緒に夜会に出席するときはお互いの色を一つ身につけていた。スチュアートはカフスボタンやピアスで、ソコロはドレスの色だったり装飾品だったり……。だけど今日はあえて避けた。金色の物も青い物も。それくらいの反抗は許されるはず。

 スチュアートは迎えには来るつもりはないらしいので、ソコロの兄と一緒の馬車で王宮へと向かう。スチュアートに避けられているソコロには久しぶりの夜会で、ひそひそと囁かれると覚悟はしても、やはり緊張してしまう。ぷるっと武者振るいすれば、兄が髪を崩さないよう気遣いながらそっとソコロの頭を撫でてくれた。

 王宮へつき王族用控室へ向かいスチュアートの側へ行く。しかし二人には会話はなく無言が続く、ちらっとソコロはスチュアートのカフスボタンに目をやった。――ピンクのダイアモンド。ジョイの色。

 この場にいる国王も王妃もそんな二人を訝しげに見つめていたのだが、スチュアートとこんなに近い距離は久しぶりで、緊張していたソコロは国王と王妃の視線に気付かなかった。
 
 国王と王妃が二人を見てなにを思っていたかは分からないが、良いことではないのは確かだ。実際、国王も王妃も冴えない顔をしていた。

 王族専用通路から舞踏会会場へ場所を移せば、会場には大勢の貴族達が集まり国王の入場を今か今かと待ちながら談笑する賑やかな声が国王陛下登場と共にぴたりと止む。
 会場より一段高い場所で国王の開会の挨拶が始まる。ソコロは隣にいるスチュアートを見上げ、スチュアートの視線を追うと、視線の先にはジョイがいた。

 ジョイは瞳を揺らし潤ませてふるふると震え、両手を胸の前で組み一心にスチュアートを見上げている。そのジョイの側には側近候補達の姿が。それぞれの婚約者の姿は見られない。

 ソコロもジョイを見つめながら、ああそうなのねと思う。王宮でスチュアートと会ってから今まで、スチュアートの心がここにはない気がソコロはしていた。だが見つけた。スチュアートの心はジョイのもとにあるのだ。

 会場に集まる貴族達も気付き始めたようで、視線が国王ではなくジョイへと向いている者がちらほらといる。

 ――スチュアートはそんなにもジョイが好きなのか

 もう一度、隣にいるスチュアートをソコロは見上げた。控室で会ってから今までずっとスチュアートは一度もソコロを見ることがない。まるでソコロなどこの世に存在していないかのよう。きっとジョイだけを見つめるスチュアートにはこの世に存在するのはジョイだけなのかもしれない。ソコロの胸は虚しさに染まる。

 開会の挨拶が終わりファーストダンスをスチュアートと踊る。会話もない視線すら合わないダンス。ソコロの心の疲労は増した。ダンスが終われば義務は果たしたとばかりに、ジョイの元へ向かうスチュアート。ソコロはその後ろ姿を目で追うことしかできなかった。

 ジョイは真っ直ぐに自分へと向かってくるスチュアートに喜びで見開かれた瞳で満面の笑みを浮かべる。そしてスチュアートの背後のソコロにちらりと視線を投げた。その顔その瞳その口元に勝利に勝ち誇る色を足して。ソコロは思わず顔を背むけ、きっとジョイのあの弧を描く真っ赤な唇を一生忘れられないだろうと、心の内を騒めかしながらも、必死に淑女の仮面を被りなにごともない振りをした。

 スチュアートの行動はあからさま過ぎて会場にいる人の視線が痛い。同情、嘲笑、蔑み、好奇な目にさらされ、鉄壁の微笑みを顔に張り付けても今日ばかりは負けそうになる。ソコロは逃げるように王宮の庭園へと足を運んだ。

 庭園の一角に王族専用の休憩所が設けられている。厳重に警備されている休憩所は不埒な輩が入り込む心配がなく、昔から夜会時の避難所としてソコロは利用していた。ここでは滅多に他者と会わないのに、運悪く今日は先客がいるようだった。しかも――スチュアートとジョイだ。

 咄嗟にソコロは身を隠した。逃げてきた先でこれか……と己の不運を嘆きながら。
 
 音を立てないようにそっとスチュアートとジョイを覗き見れば、ソコロからはスチュアートの表情は見れるが、ジョイは後ろ姿と時々横顔しか見えなかった。

 顧みればこの二人と会えば逃げるばかりだったソコロは、こんな身近で二人の様子を伺うのは初めてだ。

 スチュアートを見れば、スチュアートの瞳は熱を帯びていて、細められた目からはジョイへの愛情が溢れている。ああ、そうなのですねと、ソコロは酷く冷めた気持ちでスチュアートの表情を眺め、そして胸に渦巻くなにかを痛みと共に認める。

 口元を緩めてスチュアートがジョイに笑う。ぴきんとソコロの胸が軋む。

 ジョイがなにごとかを言ったのか、スチュアートが口を尖らせる。ソコロはあまり表情を崩さないスチュアートが口を尖らせている姿に心臓が一瞬だけ止まる。二人の砕けたやり取りにソコロは寂しさを感じるけど、もう痛む胸はないようだ。

 そして、スチュアートとジョイが重なり、唇をついばむ音がここまで聞こえた。ソコロはその瞬間を瞬き一つできずに見ていた。見開いてしまった瞳が凍りつきもとに戻せず固まったまま、ただ二人を見つめていた。

 はっと我に返り瞳を瞬かせれば、二人はいつの間にか立ち上がり休憩所のガゼボから会場の方へと、スチュアートはジョイの腰へ腕を回し大事そうに抱えながら、ジョイの歩幅に合わせて歩いて行くのが見えた。

 ソコロは二人の姿が視界から完全に消えたのを確認し、ふらふらと休憩所内の椅子に力が抜けたように座り込み虚な目をして佇むと、ソコロの意志ではないのに、ここまでの出来事が頭に溢れて止まらない。

 ショックだった。生徒会室の一件より、はるかに二人が重なったほうのがソコロには遥かに衝撃的だった。

 口付けをしていた……それ以外の秘事をしているのをソコロは知っているのに、口付けをしていた方が衝撃が大きいなど可笑しな話ね。ソコロは苦く笑う。

 そっと自分の人差し指で唇に触れ、口付けの感触を想像してみる。ふわふわする、柔らかいの。味は甘い、苦いの。心地よい、痛いの。

 ぽろりと涙がソコロの頬を伝いドレスに落ちて染みを作る。

 スチュアートがソコロを女として見ていないのには、ソコロも薄々は気付いていた。だけどそんな事実には気付きたくなくて知らぬふりをしていた。ソコロがスチュアートからもらった口付け……無意識にソコロはスチュアートの唇が触れた自分の頬に触れる。

 スチュアート王太子はソコロを女として愛していない。

 スチュアートとソコロは王命の政略結婚だ。そこに二人の意思はなく愛もなく結ばれた絆である。

 スチュアートとソコロも余程のことがない限りは、こんな状況であっても予定通りに結婚式を挙げるだろう。愛があろうが、なかろうがスチュアートに真に愛する人がいたとしても、ソコロを愛してなくても。

 貴族らしくこの婚姻に感情はいらないというのであれば、うっかり愛が生まれて育ってしまったら、その気持ちはどうしたらいいのだろうか。捨て去ることは可能なのだろうか。

 ソコロはスチュアートを愛する気持ちに初めて捨て去るという選択肢があるのに気付く。だが捨てられるのだろうか。

 ソコロは王太子の為に生きてきて、王太子の為に存在しているのに……。


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