ソコロと王太子の婚約解消事情

らいむぽとす

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後編1

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『ジョイ譲の教科書が破られたそうだ。犯人は……』
『ジョイ譲が池に突き落とされたそうだ。嫉妬でそこまでするとは……』

 そんな噂話がソコロの耳に入ったときにはすでに遅く、ソコロにはまったく身に覚えがなかったが、ソコロがジョイを虐めていると誠しなやかに学園中で囁かれるようになっていた。

 ソコロも魅了の力を調べるのに集中していて、これらの噂に気付くのが遅れたのも学園中にあっという間に広がった原因ではあるが、それにしてもこの噂が広がるのが速すぎて、ソコロは顔の見えない相手の悪意を疑う。

 噂の出どころを探りながら様子を伺っていたが、流行風邪みたいに次から次へと新たな噂が登場しどんどんと感染していき、あまりの速さにソコロの火消しが間に合わず猛威を振るい続けて、ソコロはまずい立場へと追い詰められていった。

 廊下を歩けば遠巻きにひそひそと囁かれ、教室にいればソコロの一挙一投足に冷ややかな注目が集まる。誰も表立っては非難はしないのは学園では平等と謳ってはいても、王家の次に力のある公爵家に楯突く気はさらさらないからだ。針の筵に立たされたソコロは、歯を食いしばって俯きそうになるのを耐えた。耐えられたのは公爵令嬢としての矜持。凛としていなければ――その気持ちだけがソコロを支えた。

 もちろん、全面的にソコロの冤罪を信じてくれる友人達も多くいて、その存在にも助けられた。学園内では一人にならないようにと、友人達の手を借り必ず二~三人での行動を心がけた。実はソコロには警護を兼ねた王家の影がついているので、冤罪を晴らすのみだったら簡単にできたが、噂とは怖いもので王家の影という絶対的な証人がいても広まった噂のが力があった。彼らからしたら、見えない王家の影よりも隣にいる人が吐く噂話のが信憑性があるのだろう。小さな学園という集落では所詮、噂話も娯楽の一つでしかないのだ。

 友人達の協力で助かったのは、それまでほぼ没交渉だったジョイからソコロはなにかと絡まれ始めたのだ。勢いよくソコロにぶつかって転んでみたり、突然ソコロの目前で自分の頬を叩いて騒ぎ立ててみたり。『ひどい……』と不意に泣きだしてみたり……。ジョイは謀計のつもりなのだろう。現にソコロにジョイが絡む度に側近候補達がジョイを助けに飛んできて、ソコロを睨みつけ罵倒するが、こちらも友人が一緒だし、人目のない場所へも行かないように用心していたので、ジョイが絡むときは他者の目もあった。友人の反論にジョイの行動をつぶさに見ていた第三者の目。極め付けがソコロが側近候補の耳元で囁く『お疑いなら国王か王妃へ、わたくしには王家の影がついてますのよ』に側近候補達は顔色を変えた。それでも懲りもせずにジョイはソコロに絡むので、側近候補達はジョイにソコロに王家の影がついているのは話していないのかもしれない。か、ジョイは聞いても、王家の影の意味を理解できなかったか。ソコロはどちらも可能性があるわね。とふわりと笑う。

 しばらくジョイを泳がせておいたら、第三者の目――たまたま通りかかった生徒達がジョイの奇行を面白可笑しく噂にしてくれたお陰でソコロの噂もたちまち影を潜めることになり、針の筵だったソコロの学園生活は穏やかさを取り戻す。しかし用心は怠らず常に誰かと一緒に行動するのを続けた。

 ジョイの奇行。これのお陰でソコロは助かったのだが、ジョイの行動の意図はソコロには読めなかった。謀計であるのは分かる。目的はソコロがジョイを虐めているかのように呈したかったのだろう。それは分かるけど、あれだけ人の目がある中であのように行動すればまず成功しないのは顕著に分かるはずである。それを実行に移すのだからあの状況でも成功させる自信があったということか。

 実際ジョイは奢っていた。多くの上位貴族に傅かれこの国の王太子をもあと一歩で手に入れられる。自分で教科書を破り、池に落ちてソコロにされたと言って、スチュアートや側近候補達に泣きついた。スチュアートの反応が今いちなのは気になったが、他のものは憤り憤慨してくれた。ジョイがソコロに虐められていると噂を流せば瞬く間に広がる。ジョイは笑いが止まらなかった。いつも淑女ずらして微笑むソコロが、ジョイが体をスチュアートに寄せれば顔を歪める。スチュアートがジョイを見つめればソコロは悲しそうな顔をする。最高だった。学園一の淑女が貴族になってたった数年しか経っていない女に負けているのだ、こんな愉快な話をジョイは聞いたことがない。ソコロのもっともっと悲しい顔が見たい、醜い顔が見たい。学園の女王のようなソコロ。王太子の婚約者という座を奪うついでに学園の女王の座も奪ってみせる。ジョイはどちらも簡単に奪えるとたかを括っていた。自分は誰からも好かれているし魅了の力もある、と。

 だから多少第三者の目があってもジョイに都合のいい証言をしてもらえると信じて疑わなかった。もしこの学園が男子校でジョイの魅了の力が恥知らずな王太子妃のように結界型であれば可能だったかもしれない。だがこの学園は共学でジョイの魅了の力は触れた相手に対して発揮するものだった。一番魅了の力の効果があるのは肌を合わせること。だからジョイは積極的に閨を共にする。閨を共にすればするほど相手を魅了の力で縛れるからだ。

 だがここでジョイに誤算が生じる。ジョイを庇ってくれると思っていた第三者にジョイのソコロへの行いが『奇行』扱いさられたのだ。当然だ、学園の半数近くは女子生徒なのだから。ジョイ自身は男子を唆すのに忙しく気付いてないが、婚約者がいる男子生徒でも平気で媚びを売るジョイは、女子生徒からは嫌われていた。次に唆されるのは自分の婚約者かもしれないと怯えている女子生徒もいた。そんな彼女達はジョイの奇行の噂を嬉々として広めた。それにジョイは学園の全男子生徒に媚びを売ったのではない。見目のいい男子にだけだ。ジョイが歯牙にもかけなかった男子生徒にはジョイの魅力は通じないので、ジョイの都合のいい作り話などに付き合うはずもない。見事にジョイの目論見は外れて廊下を歩けば、教室に入ればひそひそと遠巻きに冷ややかにソコロのときとは違いわざとジョイに聞こえるように噂話をする。ジョイは顔を真っ赤にし俯くしかなかった。

 ジョイは噂話に傷ついたとすべてはソコロの謀りごとなのだと、スチュアートや側近候補達に泣きついてみたものの、もとから反応の薄かったスチュアートは兎も角、側近候補達の様子もおかしかった。以前はあんなに憤慨してくれたのに今回は及び腰の彼らをジョイは訝しげに見つめた。

 彼らからしたら王家の影がソコロについていると知った時点で、ソコロは手を出せない存在になっていた。それよりも今までの行いも、王家に報告されている可能性に彼らは焦っていた。間違ったことはしていない、ジョイを虐めるソコロが悪い……本当に?ジョイに魅了されているとはいえ、まだ分別のある彼らはここにきて公爵令嬢ソコロという彼女の立場を思い出したのだ。名実共にモルガン公爵家はこの国の筆頭貴族で、そのモルガン公爵令嬢ソコロに喧嘩を売ったともとれるこの状況は、自分達の立場もだが自分達の家すらも危うい立場に追い込む可能性がある。王家の影がついているのなら学園内で起きたこと、とは笑って済まされない可能性に彼らは気付き、顔色を青くする。貴族にとって一番大切なのは家だ。いくらジョイが大切でも家と天秤にかけるわけにはいかない。彼らは黙りを決め込んだ。

 ジョイは爪を噛むと『どうして……』と呟いた。今まですべてうまくいってたのに、あと少しで目的が達成されるのに。

 ジョイの目的は卒業パーティーでスチュアートにソコロと婚約破棄をさせ、そしてジョイを新たな婚約者として宣言させること。ジョイは卒業パーティーでスチュアートに腰を抱かれジョイを婚約者にすると宣言する彼を想像しうっとりし、涙を溜めて悔しそうにジョイを睨みつけるソコロを想像し、にやりと笑う。

 卒業パーティーを盛り上げるスパイスとして断罪も必要と、ソコロに虐められているふりをするのに、おこなった行動がまさか『奇行』と捉えられるなど思わず、ジョイの取り巻き達が尻込みするとも思わず、実質的にこの計画が頓挫したのをジョイは認めざるを得なかった。

 しかし……噂とは怖いもので、頓挫したこの計画はどこから漏れたのか、人から人へと形を変えながら囁かれていく。

 そしてたどり着いた先の少女に、一つの波乱を呼ぶ決断をさせるのだった。


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