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嵐を呼ぶウエディングドレス I

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 その日、ハーディング伯爵邸に居候中のソコロにドレスの入っていると思わしき箱が届いた。同封されていたカードの署名はナイルズ・エルトニアになっている。

 ハーディング伯爵邸は元王太子だったスチュアートの家でハーディングはスチュアートの母親方の名を賜ったもの。

 ソコロがスチュアートを追いかけて結ばれた――までは良かったが、ソコロの父、公爵はコトの成り行きに烈火の如く怒り、ソコロの顔も見たくないとソコロを追い出した。

 その日からソコロはハーディング伯爵家の居候となり、スチュアートのモルガン公爵邸にソコロとの婚姻の許可を貰いに通い、門前払いされる日々が始まった。今も継続中である。一応客間までたどり着き、公爵夫人と歓談ができるまでにはなれた。ソコロの兄と父にはまだ会えてない。

 貧乏伯爵邸には満足に使用人もおけず、万年人手不足で、ソコロも普段の身支度は自分一人でテキパキとできるようになった。一人で身支度ができるように、は王妃教育で教えられたこと。

 雨漏りのする伯爵邸を修理する楽しさ、料理人に習いながら料理を作り、使用人達と一緒に和気藹々と食べる。

 王家に嫁いでも、公爵邸にいてもできないことをソコロは楽しんでいた。

 そんなソコロが一番嬉しいのは、朝起きて隣にスチュアートがいること。彼の長いまつ毛が朝の光でキラキラ輝くのが好きだったし、まつ毛がゆっくり上がり青い瞳が現れてそこに自分の姿が映っているのに、ソコロは泣きたくなるくらいの幸せを感じるのだ。

 そんな伯爵邸に届いた箱。その日はドゥリー伯爵夫妻がたまたま訪れていた。

 ハーディング伯爵邸の応接室の机の上に箱を置き、四人はその箱を凝視している。

「たぶん……ドレスですね。しかも普通のドレスではないですよね、このタイミングだと」

 アンバーはそっけなく『着てくれ』と書かれたカードと箱を交互に見ながら言った。

「アンバーの仮説が正しければ、何故?エルトニアの第三皇子がソコロに……」

 デイブの訝しむ視線がソコロを突き刺す。そしてデイブは宰相候補として、エルトニアの第三皇子とソコロの婚姻がなされなかったのを少しだけ惜しむ。

「さぁ、ナイ様ですので悪戯かしら?あの方わりとそんなところがありますのよ」

 くすくすとソコロは笑う。話し方といい、くすくす笑いといいソコロとナイルズの関係が良好だったのが伺える。それにいち早く反応したのはスチュアートだった。

「第三皇子と仲が良かったんだ」

 スチュアートとソコロはアンバー伯爵夫妻を前にしていても、隣同士で近い距離で座っており、隙あらばスチュアートがソコロに口付けを落とす。今もソコロの長い髪を弄び、恥ずかしげもなく髪に口付けを何度も落としていた。

「仲良かったですわよ。エルトニア国では勅令で私の面倒をみて下さいましたし」

 すまし顔のソコロ、憮然とするスチュアート。

 ……すまし顔のソコロ――ちょっと黒い気がするのはアンバーだけか。ソコロ、プチ復讐中。

「ちょっと怖いですけど、開けてみましょうよ」
「そうですわね。箱を眺めていても埒外があきませんわね」

 ソコロは身を乗りだして箱に手をかけると、スチュアートが弄んでいた髪もするりとスチュアートの手から逃げた。あっと小さな声を上げ、名残惜しそうにソコロの髪をスチュアートは見つめる。

 アンバー、お茶をこくんと飲み、スチュアートよ何故その態度を、王太子婚約時代にソコロにしなかったのですか……と心の中で毒を吐く。それができてればジョイに引っかからなかったかもなのに。しかし、もし二人が王太子と王太子妃になっていたらこんな身近な付き合いはできなかったから、アンバーからしたらよかったのかもしれない。いや、人の不幸を喜ぶようでなんだけど。

 ぱかっと開いた箱には想像通りにウエディングドレスが納められていた。しかも一面に小さなダイヤモンドが散りばめられていて見ただけで最高級品と分かるものだった。
 
 アンバーもソコロもぽかーんと口を開けてドレスを見入る。デイブは宰相候補らしく、ナイルズの思考を推測する。スチュアートは再び憮然。

「凄いドレスですね……触れてもいいですか?」

 ソコロが頷いたのでアンバーは恐るおそるウエディングドレスに触れた。プリンセスラインの白いドレス。肩から腕にかけてはレースが使われており美しい百合の紋様が上品に配置されている。スカート部分にはオーガンジーを重ねボリュームをだしていて繊細な百合の刺繍が銀の糸でされているが、金の糸は使用されていない……。

「まぁ……百合ですわね……ナイ様の百合ですわ」

 ぴくっとスチュアートがソコロの言葉に反応するすると、ややソコロに体を近づけてまた一房ソコロの髪を手に取った。

「……どうするんだこのウエディングドレス……」
「どうすると言われましても、わたくしにはストゥーが用意してくださったドレスがありますわ」

 デイブの質問に迷うことなくソコロはきっぱりと答え、はにかみながら髪を弄ぶスチュアートへ顔を向ければ、すぐにスチュアートの目は細められ愛しそうにソコロを自分の方へ寄せると、ソコロの頭に口付けを落とす。

 そんな二人をドゥリー伯爵夫妻はやや呆れながらも微笑ましく見守っていた。

 スチュアートが用意したドレスは貴族としてはウエディングドレスとは決して言えないドレスで、平民であれば贅沢なものかもしれないが、貴族からすると貧相なドレス。飾り気も刺繍もない白い麻のワンピースだった。

 既製品にはなるが普通のウエディングドレスをと提案するスチュアートに首を横に振ったのはソコロだった。そして二人で選んだのがシンプルな白い麻のドレス。ソコロはドレスに自分で刺繍を入れている。それを見たアンバーは時間を見つけてはソコロの刺繍の手伝いに駆けつけていた。
 
 他愛ない話をしながらソコロとアンバーはドレスに針を刺す。ソコロは形容し難いほど美しかった。全身から幸せが溢れていて輝いている。遠回りの末にたどり着いたスチュアートとソコロの幸せ。それを知っているからこそ、アンバーは輝いているソコロを見るのが嬉しかったし好きだった。

 そんなスチュアートが贈った未完のドレスと、ナイルズに贈られた豪華なウエディングドレス。

 ソコロがナイルズの贈ったウエディングドレスを着ている姿を見たい気持ちもあるが、ソコロが迷うことなくスチュアートのドレスを選んだことがアンバーは何故かとても嬉しかった。

 しかしこのナイルズの豪華なウエディングドレスはデイブのうっかりした一言により揉めに揉める結婚式へとつながるのだった。

 それは王宮内国王の執務室での出来事。宰相の補助役として働くデイブは国王に呼び出され対峙していた。もちろん仕事の件もあるのだが、それよりも国王が気になるのは息子スチュアートのことだった。モルガン公爵令嬢と一緒にいるとは聞いているし、その件でモルガン公爵が烈火の如く怒っている話も国王の耳には入っている。王家とモルガン公爵家との古くからの軋轢は解消されないままの状態でスチュアートの元にソコロがいるのは非常にまずいのだが、それでも息子の息災が気になった。国王も人の親ということだ。

「元気になさってましたよ。ソコロ嬢とも仲が良さそうでした」

 二人はところ構わずベタベタしてましたよ、とは言えないので言葉を濁す。

「そうか――ならば良かった」

 臣籍降下させ、与えた領地の状況も国王は分かっている。ジョイへ貢いだ国庫へ返済もさせている。金銭的に余裕がないだろう貧乏伯爵になったスチュアートだけに国王は気になるのだ。いやスチュアートの能力を信じているから現状からの回復を疑ってはいないが、現状が厳しい状況なのは国王が一番分かっていた。もっと身軽な身分なら会いにいけるが、それもままならないのが歯痒い。

「あ!そう言えば、エルトニア帝国第三皇子からウエディングドレスがソコロ嬢に届いてましたよ。それでもスチュアートが贈ったドレ……ス……を……陛下?」

 デイブの目前にいる国王の表情と顔色があからさまに可笑しくなる。

「デイブよ――今、なんと言った」

 国王の目つきが鋭くなった。先ほどまでの好々爺とした雰囲気とはガラリと変わる。

「エルトニア帝国の第三皇子からソコロ嬢にドレスが――」
「そのドレスをどうすると?モルガン公爵令嬢は言っているのだ?」
「…………結婚式ではスチュアートが贈ったドレスを着ると言ってました」

 デイブは焦っていた。国王の好々爺ぶりに騙され余計な話をしてしまったと気付いたが後の祭り。国王のぴりぴりした雰囲気にデイブもつられてぴりぴりする。

「それは……まずいぞ、デイブ。モルガン公爵令嬢には是非にもエルトニアの皇子が贈ったというドレスを着てもらわねば」
「しかし陛下、個人的な贈り物です。そこはソコロ嬢が決め……て……も……」

 デイブは国王の険しい眼差しに最後まで言葉を続けられない。

「エルトニア帝国の第三皇子は次期国王になると言われている。個人的な贈り物でもそうしてもらわねば。――これは王命である」

 鋭い眼差しに表情筋がないのではないかと錯覚する無表情な国王にデイブは背筋を凍らせた。

 かくしてデイブは王命を受けて、ソコロに結婚式でナイルズの贈ったウエディングドレスを着るよう説得に、ハーディング伯爵邸へと向かうことになってしまう。

 …………自業自得である。

 だが頑固ソコロ、臍を曲げたときの強情さをよくしってるデイブの足取りは重かった。

 さてはてどうなることやら。






♦︎♢♦︎♢♦︎♢

 長くなったので後半へ続きますm(_ _)m


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