ソコロと王太子の婚約解消事情

らいむぽとす

文字の大きさ
8 / 14

嵐を呼ぶウエディングドレス II

しおりを挟む
「い や で す 例え王命でも」

 ぷくっと頬を膨らましてぷいっとソコロは横を向く。
 デイブは背中に汗をかきながら、やはりなと想像通りのソコロの態度に納得した。こうなるとソコロは手強い。

 ソコロはアンバーと一緒にドレスに刺繍をしていた。もう結婚式まで時間がない。急がなくてはならない。

「そう言わず……ソコロ、頼むよ」

 デイブの必死の頼み。だがソコロはふんっと鼻を鳴らすだけでデイブを一瞥すらせず黙々と針を動かす。アンバーはあらあらと心中で呟きながら、巻き込まれないように息を殺す。絶対に面倒なことになる。アンバー、我関せずを貫く。

 デイブは我関せずと涼しい顔をしているアンバーに気付き、アンバーにも後押しを頼むつもりで問いかけた。

「アンバーからもソコロにお願いしてくれ!」
「お断りします!ソコロがストゥー様からのドレスを即答で選んだとき、私は感動したの。今さらあちらの豪華なウエディングドレスだなんて……個人的に納得できません」

 アンバーも即答で答えソコロの真似をしてぷくっと膨れてぷいっと横を向いた。そんなアンバーの膨れっ面がハリセンボンのようで、デイブは悶絶しそうになるのをいかんいかん、悶絶してる場合ではないと自分を戒める。

「いやいや、王命だぞ二人共。拒否はまずいだろ」
「し ら な い デイブが悪い。国王の前でそんなことうっかり口にするから」
「そんなことを言わずに……頼むよソコロ」

 デイブの低姿勢な態度とソコロがツンツンしているのがアンバーにはどちらも見慣れない振る舞いで目をぱしぱし瞬かせて、二人の気のおけないやり取りに笑いながらもドレスに針を刺す。

 そんな三人のやり取りを部屋の外から少し開いていた扉の陰から、日課のモルガン公爵邸訪問より帰宅したスチュアートはそっと覗いていたが、三人のいる部屋には入らずそのまま着替えに自室へと足を運んだ。

 自室で着替えながらスチュアートはナイルズから贈られてきたウエディングドレスを思い浮かべていた。

 素晴らしいドレスだった。ソコロが王太子妃として王太子の自分に嫁いだとしても、あれ程のドレスは用意できたか分からないほど。スチュアートは自国と帝国の国力の違いを肌で感じた。

 巨大な国力をもつ帝国の第三皇子は次期皇帝になると聞いている。そしてソコロに求婚した相手。

 贈られたドレスには百合の紋様が。ソコロは第三皇子の紋章だと言っていた。スチュアートにはナイルズがドレスを贈ってきたことがスチュアートに対しての戦線布告に思えてならなかった。

 いつでもソコロを奪いに行くぞ……という。

 スチュアートは脱いだ服を乱暴に長椅子に投げつけた。

 もしスチュアートが今でも王子だったとしても、同じ皇子のナイルズには敵わない。現実はさらに厳しくスチュアートは貧乏伯爵だ。ソコロに不便ばかりかけている自覚はある、なのにいつもソコロは笑ってくれている。スチュアートはそんなソコロが愛しくて仕方がないのだが、帝国の第三皇子ナイルズならソコロに不便な思いなどさせないだろう。

 あの日、ソコロを自分が幸せにすると決めた。その決意に嘘はないが、あんなウエディングドレスを見せられると果たしてソコロを幸せにできるのかと、あの日の決意がぐらぐらと揺らぐ。

「ちくしょう…………」

 自分では用意できなかったウエディングドレス。ソコロに気まで遣わせてしまった。それがスチュアートは悔しくて仕方がなかった。

 実際のところソコロはドレスのことはちっとも気にしていなくて、スチュアートと結婚式が挙げられるなら着るものなどなんでもよかった。なんなら今着ているナイトドレスでも構わないくらいだ。

 夜も更けてきてスチュアートとソコロは寝室の長椅子に腰掛け寛ぎながら、ソコロはあと一息で完成するドレスの刺繍を黙々としていて、スチュアートは真剣な眼差しで針を刺すソコロを、こちらも真剣な眼差しで眺めていた。

 いくら眺めても見飽きないソコロの姿に刺繍の邪魔をしてはいけないと、ソコロに触れないようにしていたスチュアートだったが、我慢できなくなりソコロを後ろから抱きしめてスチュアートの両腕にソコロを閉じ込めると、ソコロの首にスチュアートは顔を埋めた。

「ちょっ……ストゥー、危ないですわ」

 くすくす笑いながらソコロはスチュアートに文句を言って首を少し動かせば、ソコロの頬にスチュアートが軽く口付けを落とし、ぎっとスチュアートの両腕に力が入った。ソコロはいつもとは違うスチュアートを感じて小首を傾げた。

「……どうかなさいましたの?」
「うん?どうもしない。ただソコロを感じていたいだけだ」

 スチュアートはソコロの首に顔を埋めたままソコロを見ることなく答えた。

「モルガン公爵邸でなにか母に言われまして?」

 スチュアートはナイルズが贈ってきたウエディングドレスが原因でこのような態度になっているのだが、ソコロは知らないので日課のモルガン公爵邸通いで、なにかあったのかと訝しげに尋ね顔を曇らせた。

「いや、今日は公爵夫人は留守だった」

 未だにソコロの父、公爵にソコロとの結婚の許可を貰えていない。それどころか会えさえしない。だが、公爵令嬢がいつまでも婚約者でもない男と同じ屋敷で過ごすのはソコロの醜聞になる。そこで貴族としては褒められる行動ではないが、婚約を飛ばして婚姻をすることにしたのはソコロの母、公爵夫人の提案だった。ころころと鈴を転がすように笑いながら、そうしたら夫も諦めますわ、と。それにいい加減わたくしもソコロに会いたいですし、と言われたスチュアートは申し訳なさで身を縮こませるしかなかった。

 強行突破の結婚式。本来ならソコロの両親と兄にも出席して欲しいが、現段階では難しそうで、だがソコロの為にはどうにかしたいとスチュアートは思っている。

「ではどうなさりましたの?」

 スチュアートの様子が可笑しい原因がモルガン公爵邸くらいしか思い当たらないソコロはやさしくスチュアートに問いかけた。

「…………ウエディングドレス……デイブと話していたろ」

 嘘ではないが本当でもない。まさかナイルズに嫉妬してとはソコロに言えないスチュアートは、咄嗟にそう言って誤魔化した。

「あぁ聞いてましたのね。いくらストゥーのお父様のご命令でもこればかりは聞けませんわ」

 ソコロは刺繍をしていたドレスを机に置き、緩んだスチュアートの腕の中で体の位置を変え、そっとスチュアートの胸に自分の頭を預けた。すぐにスチュアートの手が伸びてきてソコロの頭を優しく撫でる。

「だが王命だぞ。ソコロの夫となる身としては悔しいが、陛下の気持ちも分かるだけに……」
「い や で す わ」

 ソコロはスチュアートが話終わらないうちに言葉を被せて、預けていた頭を元に戻すと真っ直ぐにスチュアートを見た。

「わたくしはストゥーが贈ってくれたドレスがいいのです!愛する方が贈ってくれたドレスですのよ、それを結婚式で着たいのは可笑しなことでしょうか?」
「いや……可笑しくない。とっ当然のことだ」

 ソコロの迫力に負けたスチュアートは、怒っているのか泣きたいのか分からない顔をしているソコロの頬に手を当てた。

 「……ソコロ、愛しているよ」

 凪いだ海のようにスチュアートの声は穏やかで深い愛情に満ち溢れていた。ぽろっとソコロの瞳から涙が溢れる。その悲しみの涙ではない喜びの涙はとても美しかった。

 その涙をスチュアートは指ですくい、慈しむようにソコロの唇に口付けした。

 顔を見合わせて二人はくすりと笑い。また口付けをする。回数を重ねるごとに深くなる口付けをすればすっかり夜の帳が下りていて、そのままソコロはスチュアートに身を任せるのだった。

 一方、臍曲げソコロにめためたにやり込められたデイブは寝室の長椅子に座り項垂れていた。アンバーはそんなデイブを冷めた目で見ながら、寝る前のハーブティーを飲んでいる。普段なら妻の観察を怠らずに冷ややかな顔のアンバーにデイブは悶え狂うのだが、流石に今日はその余裕はないようだ。

 基本的にはアンバーはデイブの味方だが、今回の一件は全面的にアンバーはソコロの味方である。
 
 嬉しそうに飾り気のない麻の白いドレスをスチュアートが買ってくれたのとソコロは無邪気に喜んでいたのだ。結婚式当日はホラーハウスドゥリー伯爵邸の温室から白い薔薇を摘んでもっていく予定にしていた。花冠とソコロの胸元は生花で飾ろうと刺繍をしながらアンバーとソコロで話し合っていたのに、ナイルズ皇子から素晴らしいウエディングドレスが届いたからそれを着ろと、しかも命令だなんてあんまりだ。とアンバー、かなりご立腹。

 頭を抱え項垂れるデイブは、猛スピードで頭を働かせていた。国王陛下よりの王命をいやですで退けられた……が陛下にソコロに嫌だと言われましたなどと報告できるわけがない。デイブの脳裏に無表情の国王の顔が浮かび、ふるっと震える。

 ソコロのナイルズ第三皇子からのウエディングドレスを着るのが嫌と国王からの王命、着せろを両立させるにはどうしたらいいのか……。

 はっとデイブは閃いた……閃いたがそれを実行に移すにはデイブはかなり手間暇苦労を、下手したら苦痛も強いられるかもしれない。だがそれしか方法は思いつかなかった。

「アンバー――――――だったらソコロがナイルズ皇子からのドレスを着ても許されるだろ?」

 アンバーは目をぱちくり瞬かせて、デイブの提案を頭の中で噛み砕き一度整理してみる。確かにすべてが丸くは収まる提案ではあるが、でもめちゃくちゃ大変なのでは?主にデイブが――だけど。

「そうですね。実行できればナイルズ皇子のドレスを着るのは可能ですね。実行できればですけど」

 デイブは髪の毛を両手でわしゃわしゃとかき乱し、少し血走った目をして溜め息を吐く。

「仕方がない。これも国王の前で口を滑らせた私が招いたことだ。後始末もしないと」
「えっ、実行するのですか?」
「しょうがない。ソコロへの罪滅ぼしだ」

 デイブはすごく嫌そうな顔でそう言って溜め息を吐いた。アンバーはふふっと笑ってデイブを見た。なんだかんだ言っても人のいいデイブ。アンバーはそんなデイブが大好きだった。

「もちろんアンバーは手伝ってくれるよね」

 デイブは背後からどす黒いものを垂れ流しながらアンバーの腕をがしっと掴み、目をキランと光らせた。暗に逃がさないとでも言いたげに……。

「えっ……」

 逃げ遅れたとアンバーは悟り、それでも何処かに逃げ道はないかと探し目を泳がせるが、デイブに隙のない包囲網を敷かれていて見つけられなかった。

 必死に作り笑いをするアンバーの唇にデイブは口付けを落とすと、仄暗い微笑みを浮かべアンバーをがっちりと抱きしめたのだった。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢

 一話完結のつもりが……続きますm(_ _)m
 

 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

【完結】大好きなあなたのために…?

月樹《つき》
恋愛
私には子供の頃から仲の良い大好きな幼馴染がいた。 2人でよく読んだ冒険のお話の中では、最後に魔物を倒し立派な騎士となった男の子と、それを支えてきた聖女の女の子が結ばれる。 『俺もこの物語の主人公みたいに立派な騎士になるから』と言って、真っ赤な顔で花畑で摘んだ花束をくれた彼。あの時から彼を信じて支えてきたのに… いつの間にか彼の隣には、お姫様のように可憐な女の子がいた…。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」 ――それは私を縛る呪いの言葉だった。 家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。 痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。 そんな私、私じゃない!! ―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、偽りの愛に縋る彼らに、私は告げるだろう。 「私の人生に、おかえりなさい。」

側妃の愛

まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。 王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。 力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。 Copyright©︎2025-まるねこ

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...