ソコロと王太子の婚約解消事情

らいむぽとす

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裏の状況から説明しよう ③

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 デイブのまさかの残業にあり得ない浮気をアンバーに疑われた数日後、公爵夫人より連絡があった。

 今日、あの人が登城しますわ、とそっけないものだったが、デイブにはその文字だけで悪魔の微笑みを天使の微笑みの如く偽る公爵夫人の姿が容易に想像できた。……貴婦人怖い。

 隠れるように王宮にきたスチュアートは、モルガン公爵家の私室と同じ棟にあるルイス侯爵家の私室に閉じこもった。それに付き合っているデイブはスチュアートが落ち着きなくそわそわとしている姿につい笑いが溢れてしまう。

「はははっ、ストゥーの落ち着きのない姿は見慣れないせいか……笑えるな」

 にやにやと笑うデイブにスチュアートは笑いたければ笑えばいいとやや投げやりな態度をとる。

 座っていても落ち着かないなら立っていればいいかと、スチュアートが立ち上がれば、一ヶ所に留まるなど無理な話でうろうろと檻に入れたれた動物のように部屋中を歩き回る。さすがにこれにはデイブも笑えない。

「ストゥー、ちょっとは落ち着け。うろうろされるとこっちも落ち着かない」
「悪い、だが手持ち無沙汰で……」

 スチュアートは一旦座ってみたものの、組んだ腕の上で人差し指をとんとんと動かしている。

「気持ちは分からなくもないが……な。今からそんなに緊張していたら公爵と会ったときにもたないぞ」
「確かに。だがどうにも気持ちがぞわぞわするんだ。デイブはどうだったんだ?アンバーの義父殿と会ったときは」
「私のときは……」

 とデイブが話しだしたときに扉をノックする音が二人の耳に届いた。許可をだして入ってきた者は二人に告げた。

 モルガン公爵がいらっしゃいました。

 デイブとスチュアートは顔を見合わせ頷き、ご苦労と声をかけると、一礼し公爵の来訪を告げた者は去っていった。

 デイブとスチュアートは去って行った者を追うかのように、立ち上がり扉の前まで行くと気配を消して廊下の様子を伺う。

 デイブがイアリングを公爵の私室に持ち込んだ日はやけに人の往来が多かったが、幸いにも今日は閑散としている。廊下には赤い絨毯がひきつめられてはいるが、部屋内の扉前でも公爵が歩いてくれば分かるだろう。

 スチュアートは閉じている扉前で武者振るいをすると、廊下へ意識を集中した。好機はこの一度きりかもしれない。失敗は許されない。

 微かにだが廊下を誰かが通る気配がある。厚い絨毯に吸収されて神経を集中させていなければ気付けない規則正しい足音が止まると、ガチャっという鍵を開ける音が廊下に木霊する。間違いないモルガン公爵だ。

「ストゥー、じゃあな行ってこい!頑張ってこいよ」

 スチュアートはにこやかにスチュアートを送りだそうとするデイブの肩をがしっと組むと、目を細めて口角を上げた。その瞳には『ついて来てくれるよな』という文字が浮かんでいる(ようにデイブには見える)。デイブは目を見開き『い や だ』と反抗する。スチュアートのデイブの肩を掴む指に力が入る『逃がさない』。デイブは、なんとかスチュアートの指を剥がそうとする『に げ る』。

 幼馴染故か無言で虚しいやり取りを笑顔でしていたが、公爵は既に私室の中だ。時間がない。

 仕方なくデイブはスチュアートが公爵の私室へ向かう背後から従者のようにつき従う。

 私室の扉の前でスチュアートは深呼吸をし、振り返りるとデイブとしっかり目を合わさせて、自分の勇気を信じるかのように頷いた。そして扉をノックする。

「入りたまえ」

 公爵の低音で厳しい声が響く。

 かちゃり。スチュアートもデイブもやけにドアを開ける音が大きな音に感じた。心理的なものなのだろうか。

 扉を開けた先にはソコロの父、モルガン公爵が背筋を伸ばした姿で立っていた。一瞬眉間に皺を寄せただけで、スチュアートを見ても驚く様子もなく表情は変わらない。

 スチュアートは深く腰を下り挨拶すると、真っ直ぐに公爵を見つめた。逃げ遅れたデイブは不本意ではあるが扉を閉め室内に入り、同じく公爵に挨拶すると、部外者を装う。

 公爵に座るように促され、ソファーに座る。

 押し潰されそうな重厚感の中で、公爵もスチュアートも無言になる。いや公爵の腹の中は読めないが、スチュアートは一声を探しているようにデイブには見えた。

「本日は会っていただいて、ありがとうございます」

 スチュアートは深々と頭を下げるが、公爵は無表情のまま感心なさそうにスチュアートを眺めている。
 
「ソコロ公爵令嬢とは長い婚約期間だったにも関わらず、私の落ち度で婚約を解消することになり申し訳ありませんでした」

 さらに深々とスチュアートは公爵に頭を下げ襟を正す。

「今さら私が言うのは烏滸がましいのは重々承知してます。ですが私はソコロ公爵令嬢を愛しています。どうか結婚をお許しください」

 スチュアートは深々と公爵に頭を下げるとそのまま上げることはなかった。公爵は微動だにせず、じっとスチュアートをすべてを見通せるような深い眼差しで見つめている。

 ごくり……スチュアートの横で二人の様子を見ているデイブは緊張のあまり唾を飲み込む。重苦しい雰囲気の濃度が増したような気がして、デイブは息苦しささえ感じ第三者的位置で事の成り行きを見守っているだけなのに、精神力がゴリゴリ削られていく感覚に疲労感が増す。

 スチュアートがどれくらいそうしていただろうか、公爵は身じろぐとスチュアートに声をかけた。

「頭を上げてください」

 スチュアートは入室時よりは若干は柔らかな公爵の声で頭を上げて、決意に満ちた顔でまっすぐに視線を公爵へ向ける。もうこの部屋へ足を踏み入れる前の公爵に怯えていた面影はない。

「その殿下の……あ、すいません。今は伯爵でしたな。私が伯爵の言葉を信じられるとでも?」

 公爵は眼光鋭くスチュアートを睨みながら口元は侮蔑の形に歪んでいる。スチュアートは一瞬眉を顰めたが、公爵が自分を信じられないのは当然だと思い直し、ソコロを通しソコロとの婚約期間と同じ時間をかけて築き上げてきた公爵との信頼関係も、なくなるのはあっという間なのだなと、自嘲の笑いがでそうなのをスチュアートは堪えた。

 この場でどんなに言葉を尽くしても、なにを言っても公爵がスチュアートを信用することはないだろうとスチュアートは悟り、むしろ自分も一度の面会で許されるとは思ってなかったのだから、それも仕方がないと自分に言い聞かす。

 だがソコロとの結婚式に公爵に出席を頷いて貰わなければ。結婚式の日程は決まっていて変えようがない。夫婦になってから公爵からの婚姻の許しを得るのは可能だけど、結婚式への公爵の参加はこのときを逃したら永遠に実現できなくなってしまう。スチュアートは婚姻の許可よりも結婚式への出席に焦点を絞ることにした。
 
「公爵が私を信じられないのは最もな話です。これから態度で示していくつもりでいます。身勝手な願いですが公爵にはそんな私を見て判断して欲しいと思ってます。そして一生かかっても公爵に認めてもらう所存でいます」

 スチュアートはきっぱりと公爵に言い切った。デイブはこの瞬間にスチュアートにひと回り大きくなったような感覚を覚えた。優れた人間と真剣に対峙すると人は急成長するのだな……とデイブは感嘆したかったが押し留める。

 公爵は納得するように小さく頷いた。

「分かった。君のその誓いをこれから見せてもらうよ」

 許されてはいないが許される為の努力をするのは認めてもらえ、スチュアートは少しほっとして気が抜ける。だがこれからが本番だ。改めて気を引き締める。

「私ごとですが、ソコロと結婚式を挙げます。――公爵に是非出席して頂きたく……ソコロの為にもどうぞお願いします」

 スチュアートはソコロに喜んで欲しい一心で深くふかく腰を折りを頭を下げた。

 わずかに公爵の眉が下がったか、デイブにはそう見えた。公爵はなんと答えるだろうか。デイブは手に汗を握り行方を見守る。

「――――よかろう。日時は妻の方へ連絡するように」

 公爵はそれだけ言い残すと、静かに立ち上がり、スチュアートもデイブも見ることなく扉の方向へ歩いて行くと部屋をあとにした。

 公爵の気配が消えると、スチュアートもデイブも崩れ落ち、酸欠だったかのように息を吸い込む。

「濃厚な時間だったな」
「……そうだな。もう二度と経験したくないがそうはいかないと思うと気が滅入るな」

 スチュアートとデイブは仲良く苦笑いする。

「まぁ試練だと思うしかないな」
「そう思うことにしよう」

 はははと二人で笑い合い、全部は解決してないが、目の前にあった大切な問題が一つだけ解決した安堵感からか、先ほどの重厚感のあった雰囲気が一転して穏やかなものに変わった。

「ストゥーに一つ提案があるんだが」
「なんだ?」
「公爵が結婚式に参加するのをソコロには内緒にしよう」

 デイブはどす黒い笑みを浮かべた。ちょっとしたソコロへの意趣返し。大体ソコロが臍を曲げなければ、デイブはこんなに苦労しなくてすんだのだ。スチュアートはきょとんとした顔でデイブを見る。

「まぁ、驚かせてやろう。私達からの贈り物として」
「なるほど、それはいい案かもしれないな」

 スチュアートも納得し、こうして公爵が結婚式に参加することはソコロには秘せられることになる。

 モルガン公爵の私室を退出しながら、デイブは二人の天使の微笑みを偽る悪魔を思い出し、今回のお礼に王都で流行りの菓子でも贈ろうと考えながらスチュアートと別れ、閑散としている廊下を歩くが、ついぞあの日は人の往来が激しかったのかを疑問にもつことなく自分の執務室へ上機嫌で向かうのだった。

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