ソコロと王太子の婚約解消事情

らいむぽとす

文字の大きさ
14 / 14

嵐を呼んだウエディングドレス

しおりを挟む
 執務室の窓からは美しい下弦の月明かりが差し込んでいるが、執務室の主であるエルトニア帝国第三皇子のナイルズは月見をするほどの余裕はなかった。

 皇帝である父が体調を崩し父の仕事の代行を肩代わりした分、以前より三倍になった書類に目を通しながら男の報告を聞いていた。

「そうか二度結婚式を……」

 くつくつとナイルズは笑った。

 ソコロにウエディングドレスを贈ったのは、ちょっとした思いつきと気紛れと好奇心からだった。

 エルトニア帝国の近々立太子の噂のある第三皇子ナイルズから贈られたウエディングドレスを国としてどう処理するか、ソコロはどう思うかソコロの夫はどう対処するかに興味があった。

 結果はほぼナイルズの予想通りで意外性がなかったのは残念だが、ソコロが幸せそうだったと聞くと喜ばしい気持ちの陰に少しばかりの口惜しくもあるのだが、そこは気付かないふりをナイルズはしてる。

 下弦の月も大分傾いてきた頃に執事が執務室にやって来た。

「旦那さま、そろそろお休みになっては」

 そう言って彼は琥珀色の飲み物をナイルズの前に置いた。

 細かい文字を見ていたからかナイルズは鼻根を軽く親指と人差し指で揉みながら、執事に礼をいい飲み物を手に取って椅子を回すと下弦の月を見上げた。

 ソコロの結婚式の日は満月だったなと、ナイルズは欠けた月に時間の経過を教えられる。

 ナイルズがグラスを軽く振ると、カランとグラスの中の氷が鳴いた。

「今日はいつもと雰囲気が違いますね。なにかございましたか?」

 この執事は子供の頃からナイルズの世話をするナイルズが信用する人間の一人で、ちょっとした変化も見逃さない優秀な人物でもあった。だから今の自分の姿を見られるのはナイルズにはばつが悪くもある。

「昔、迷子の女の子に会って、その娘の手を引いてあげたことがあるんだ。ずっと手を引いてあげたかったんだが、気付いたらその娘は私の手を振り払い、一人で立ち上がり道を見つけて何処かへ行ってしまった。――――何故か今日はその娘が思い出されてね」

 ナイルズがグラスを口元に運べばカランと氷が鳴る。

「左様でございますか。それは良い思い出とも悪い思い出ともいえますね」

 執事は軽く机の上を整理しながらそう言って、主人を見る。月を見上げる主人の後ろ姿に、哀愁の色が漂うのは見間違いではないのを確認して主人の次の言葉を待った。

「そうだな、どっちにもとれるな」

 くっくっとナイルズは笑う。

「ですが坊っちゃまにはいい思い出だったのでしょう」

 ナイルズを坊っちゃまと呼ぶ執事は、ナイルズが女性に淡白すぎるのを心配していた。そして決してナイルズは口にはしないが、女性に淡白なのは事故死したレイチェルが原因ではないかと執事は思っている。
 
「いい思い出……か」

 ナイルズの姿勢が月から目を離し俯いたように背後にいる執事には見えた。 

「迷子の女の子はソコロ様ですね。手を離されたことを後悔なさってるのですか?」
「じぃには隠しごとはできないな。」

 余計なことは言わない癖に、その口から言葉を紡ぐと確信を突いてくる。まったくやり難い相手だと、ナイルズは僅かに口角を上げる。

 忙しい皇帝と皇妃に代わり親代わりに、ナイルズの面倒を見てくれたのが執事だった。子供の頃からナイルズをよく見ている執事には隠しごとができない。隠しても何故か執事にはばれてしまうのだ。きっとナイルズには伝えてないだけで、執事にはナイルズ隠している他のことも分かっているのだろう。

「あちらの公爵家に正式に婚約の申し込みをなされば宜しかったのでは?」

 執事の言葉に目を伏せ声を出さずにナイルズは笑った。

「私はソコロという器が欲しかったんじゃない。心が欲しかった」

 だからあえて正式な申し込みはしなかった。今でもそれにナイルズの後悔はない。

「……左様ですか」

 レイチェルが亡くなってから女性に見向きもしなかったナイルズが気に入ったソコロは、執事の目からしても皇妃になるのに十分な品格の持ち主に映った。ソコロが滞在していた当時には極秘ではあったが、ほぼナイルズが立太子するのは決まっていて、女性に淡白なナイルズがさらに淡白になっている時期で、そんな折に会ったソコロへナイルズが感心を示したのには執事のが驚いた。ナイルズとソコロは内々の見合いのようなものだったが、レイチェルの不審な事故以来、元々慎重だったナイルズはさらに慎重になっていて、ソコロが婚約者候補だと内外の貴族に知られるのを嫌がった。それ故に一年様子を見ることになったのだが……今考えるとそれが良くなかったのかもしれない。さっさと婚約までしていれば、違った未来が見れたかもしれないと執事はナイルズの横で微笑むソコロを想像して惜しいことをしたと悔やむ。

「ですが意外でした。坊っちゃまはレイチェル様に似た人を次も選ぶと思っておりました」

 また鋭いことを言うとナイルズは苦笑いする。

「第三皇子という気軽な立場ならレイチェルで問題はないが、皇太子という立場ではレイチェルは選べない。なにより彼女は皇妃は荷が重すぎるし、なったとしても幸せにはなれなかったろう」

 ナイルズの冷静な判断に執事も舌を巻く。あんなにも愛されていたレイチェルをばっさりと切り捨てるとは。

「皇太子ならソコロ様が良い、ということでしょうか?」

 成程とも執事は思う。レイチェル様は一人では立ってられないかのような方だった。愛らしく嫋やかではあったが、強さはなかった。生まれが伯爵家で少々爵位が低いのも皇帝や皇妃がナイルズとの婚約を渋った原因の一つではあるが、一番問題にしていたのはその性格だったのを執事は知っていた。ナイルズの言い方では、彼自身も気付いていたのかもしれない。

「……そうはっきりと言われると、身勝手な男のように聞こえるな。だがあながち間違ってない。一人でしなやかに立てる女がいい」

 皇帝になるのであれば、半歩下がってついてくるのではなく、隣で一緒に歩いてくれる女が理想だ。ソコロはそう考えているナイルズの理想通りだったし、たぶんソコロにナイルズは一目で惹かれもしたのだろう。愛し愛されたレイチェルとはソコロは真逆の女だったが、強かなくせに脆そうで実はナイルズが予想していたより真っ直ぐで意思の強い女だった。

 するりとナイルズの手から逃げて行った女……。ナイルズはじっと自分の手の平を見つめた。

 ソコロの選んだ男は今は貧乏伯爵だと報告を受け、もしソコロが自分でした選択を誤ったと後悔しているようなら攫いに行くつもりだった。だが、使用人と楽しそうにトンカチ持って家の補修をされたりして幸せそうでしたよ。―――などと聞いたら、ナイルズはうっすら笑うしかない。

「またソコロ様のような方とめぐり逢えればよろしいですね」

 執事の言葉にはっとナイルズは我に返ると背後の執事へと椅子を回し向き合った。

「そうだな出逢えるといいな……」
「出逢えますとも!このじいが補償します」

 執事は胸を張るとナイルズを慈しむかのように見つめて言葉を続けた。

「というより、出逢ってもらわねば困ります。なにしろじいは坊っちゃまのお子様を見るのが夢ですからな」

 と言うとこほんと咳払いをした。

「そうだったな。じいをまだまだ待たせそうだが、頑張るよ」

 ナイルズはふっと笑い目を細めると、琥珀色の液体が入ったグラスを持ったまま立ち上がり、窓際に寄るとまた月を眺めた。

 まぁしばらくの間は満月を見るたびに、迷子の少女の笑顔を想像してしまいそうだが。

 からん……ナイルズの持つグラスに氷がぶつかりが鳴く。

 ソコロ、いつまでも幸せに。

 ナイルズは下弦の月を眺めながら、執事に気付かれないよう心の中でそっと呟き、誤魔化すように琥珀色の液体をごくりと飲むのだった。

 
しおりを挟む
感想 4

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

朱里 麗華(reika2854)

ナイルズも切ないですね…。
前の婚約者のドレスなんじゃないの、なんて言いましたが、ナイルズもソコロに本気だったんですね😢

ソコロのお父さんが結婚式に来た時も、今日も読んだのは病院の待ち時間でした。
な、涙が…ってところで診察室に呼ばれました(笑)
そういう巡り合わせみたいです(笑)

解除
朱里 麗華(reika2854)

うーん、「そのウェディングドレス、ナイルズの亡くなった婚約者のために作ったものじゃないの?!」って思ってしまう私は汚れているのでしょうか…

2021.07.03 らいむぽとす

 ソコロちゃん用にナイルズが用意したものてますよ〜。ナイルズのスチュアートに対してのちょっとした意地悪です。あとプレッシャー。

 幸せにしないならいつでも奪いに行くよ!という、ナイルズ流の。d( ̄  ̄)

 ソコロちゃんは果たしてどっちのドレスを選ぶのでしょうか?乞うご期待( ̄+ー ̄)

解除
朱里 麗華(reika2854)

タイトルを読んで、辛そうな話っぽいと思いましたが、やっぱり辛い話でした(ノェ・、`)
2人がラブラブになった後の話を…(願)

2021.07.01 らいむぽとす

 おまけ一話(長くて前後編になりました)だけですが、スチュアートとソコロが仲良く貧乏暮らし(笑)してますよ。読んで頂く方に満足してもらえるか分かりませんが、らぶらぶしてるトコも書きますので楽しみにしててくださいね(//∇//)

解除

あなたにおすすめの小説

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

【完結】大好きなあなたのために…?

月樹《つき》
恋愛
私には子供の頃から仲の良い大好きな幼馴染がいた。 2人でよく読んだ冒険のお話の中では、最後に魔物を倒し立派な騎士となった男の子と、それを支えてきた聖女の女の子が結ばれる。 『俺もこの物語の主人公みたいに立派な騎士になるから』と言って、真っ赤な顔で花畑で摘んだ花束をくれた彼。あの時から彼を信じて支えてきたのに… いつの間にか彼の隣には、お姫様のように可憐な女の子がいた…。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」 ――それは私を縛る呪いの言葉だった。 家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。 痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。 そんな私、私じゃない!! ―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、偽りの愛に縋る彼らに、私は告げるだろう。 「私の人生に、おかえりなさい。」

側妃の愛

まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。 王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。 力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。 Copyright©︎2025-まるねこ

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。