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タイムスリップ
時空を超える条件
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しばらく三人で話し込んでいたが、レラに呼ばれて春樹が立ち上がったとき、チパパが春樹の方を見ながら「ジュンジ……話がある」と耳打ちした。
「どうした? イルファの話か?」とジュンジがチパパの隣で身をかがめる。
「ジュンジ……。イルファの洞窟でこの時代を離れたとしても、元の場所、元の時代に戻れるとは限らない……」
チパパはあご髭を撫でながら自分の考えを話した。
「なぜだ? 俺は未来の洞窟からイルファに誘われてここへ来たんだ。この時代から未来へ戻れるなら同じ場所だろう?」
ジュンジは、イルファの洞窟を通じて未来の同じ洞窟に戻れるはずと信じていた。
「実は、わしは北海道の人間じゃない」
「北海道じゃない?」
ジュンジは、少し驚いた顔をした。チパパが未来から来たことはわかっていたが、北海道以外の地域から時空を超えたとは聞いていない。
「わしのように、他の地域から来た人間もいる……。はっきりとは言えんが、タイムスリップは同じ場所で時間だけが変化するとは限らんのじゃないか? だから、この時代から時空を超えても、同じ場所、同じ時代に戻れない場合も考えられる――」
チパパは下を向いて黙り込んだ。
「じゃあ、春樹が確実に、元の時代の北海道に戻れるとは……限らないのか?」
「うむ、そうなるかもしれん……」
ジュンジは下を向いて考えこんだ。
「「じゃあ……。レラは? レラも北海道の人間じゃないのか?」
「そのことじゃが……」チパパが下を向いて考えながらジュンジの顔を見上げた。
「さっきの話で生贄にされた『イルシカ』の子は斬りつけられたと言ったな」
「ああ、致命傷にはならなかったらしいが……」
「亡骸は見つかっていないと……」
「そうだ」
「ジュンジは知らないと思うが、レラの脚には刀傷がある」
「なんだと?」
チパパは盃を傾けて回しながらゆっくりとした口調で話を続けた。
「左脚の太腿から内股にかけての傷じゃ。見えにくい所だから知らないのも無理はない。今まで、何の傷かと不思議に思っていたが、さっきのジュンジの話を聞いて……」
そこまで言うとチパパは口を閉じた。
「イルシカの子が斬りつけられたときの……」ジュンジがつぶやくと、チパパは首を縦に振って真顔になる。
「それじゃあ……レラは……」
「そうじゃ、レラはイルシカが命乞いをした子かもしれん。イルシカは死ぬ間際に我が娘をこの世界に来させた。強い母親の念がそうさせたとしたら……」
「考えられるな……。後にイルファと呼ばれるようになったイルシカは俺たちも呼び寄せた」
「そうじゃ。わしらはレラを育てるために、この時代に呼ばれたんじゃないか……」
「――レラを育てるため……か」
「レラがわしと一緒にイルファの洞窟で見つかったことは前に言ったが、わしはレラも他の時代から来たんじゃいかと常々考えていた」
「じゃあ、レラの脚の傷と人身御供の話が繋がれば……」
「うむ、イルシカの娘がレラだとするとイルファの目論見も見えてくる。わしの記憶では時を超えてきた女はレラだけじゃ」
「確かに、そう考えると筋がとおるな……」
「ただ……」
「どうしたチパパ? 何か気になることでもあるのか?」
チパパは過去を変えることで未来が変化してしまうことを恐れていた。
亡くなるべき人間が生きていることを歴史が許すのか、が気になっている。
ジュンジは、チパパの話を聞いて、本来斬られて死んでしまうはずのレラの命を歴史が奪ってしまうのではないか、という恐怖を感じた。
チパパは話を終えると奥のレラに向かって「少し疲れたから横になる」と言った。
ジュンジと春樹は外に出た。
沙流川は、早春の陽光に照らされて静かに流れている。ジュンジは眼下に巨大な川を望む高台へ春樹を連れて行った。
「よく、ここでお前や母さんのことを考えていた」目はまっすぐ川面を見ている。
「父さんも最初はびっくりしたかい?」
春樹はジュンジの横に腰を下ろした。
「そりゃ、驚いたさ。見るものが何もかも古代の絵のようだった」
ジュンジは自分がここに来たころのことを話し始めた。
「もう、ずいぶん前のことだから、よく覚えてないところもあるんだが──」
この世界に迷い込んだジュンジを見つけたのは、同じく未来から迷い込んだチパパだった。奈津美や春樹のことばかり考え、一刻も早く元の時代へ戻りたかったと言う。
「実は、チパパも別の名前があるようなんだが隠している。身の危険を感じて正体は明かさなかったらしい」
「ふうん、じゃチパパって名前は?」
「どうやら、レラが初めてしゃべった言葉が『チパパ』だったらしい。本当は『パパ』だったのかもな」とジュンジが苦笑いをした。
「当時は、チパパと二人で、毎日のように川の上流や山に行って調べたよ。俺は仕事でこの辺の地形を良く知っていたから、ここが二風谷だということはすぐに理解できた」
「ところでレラの親はどうしてるんだ? まさかチパパが父親じゃないだろう。父さんも
知らないの?」
春樹の問いにジュンジは「父親のことはわからない」首を横に振る。
「だが、母親は……」ジュンジはそこまで話して口を閉ざした。
「母親は?」春樹は黙ってジュンジの目を見た。
「いや、はっきりとはわからん」ジュンジは川面を見ながら黙り込んだ。
一呼吸ついて春樹が奈津美との話を持ち出した。
「父さん、俺もアイヌの血を引いてるんだろ? 母さんが言ってた」
「そうだ。母さんは自分が『アイヌ』だってことを気にしていた」
ジュンジは話しながら顔を上げて沙流川の流れを見つめる。
「俺たちは、アイヌが住むこの美しい自然を破壊してダムを建設してしまった──」
「二風谷ダムのことか?」
「よく知ってるな」
ジュンジは、ダム建設と引き換えに、雄大な自然とアイヌの文化を犠牲にしたことを後悔していた。
「ところで、春樹の話を聞いてなかったな。お前も北海道に来てたのか?」
春樹は奈津美の顔を思い浮かべながら切り出した。
「俺は、母さんから、父さんが失踪したままだと聞いて北海道で暮らすことを決意したんだ。父さんに会って、なぜ母さんを残していなくなったのかを確認するためにね」
「そうか……」
「母さんはずっとひとりで頑張ってきた。父さんが生きていることを信じて疑わなかったんだ。俺も父さんのことを必死で捜したさ――」
こうして父に会えたことで、行方不明の理由も父の想いも知ることができた。
「奈津美やお前には苦労をかけたな……」ジュンジが目を閉じてしきりに頷いている。
「それとね、父さん──」真顔でジュンジの目を見つめる。
「なんだ?」
春樹は少し迷って「里沙のことなんだけど?」と話を切り出した。
「里沙? 誰のことだ?」ジュンジが首を傾げた。
「ああ、そうか……父さんは里沙という名前は知らないんだな」
「名前を知らない? 何を言ってるんだ?」
ジュンジは自分がいない間に大きな家族の問題が起こったのではないかと心配した。
「父さんがいなくなってしばらくして、女の子が平取町で見つかってね……。その子の首に父さんの結婚指輪がかけてあったんだ。だから、父さんはその子を絶対知ってるはずだよ」
ジュンジは笑いながら自分の指から指輪を抜いて春樹に見せた。
「指輪って、これのことか?」
「ああ、そうなんだが……。俺が小さいころから見てたのは、半分に折れてた――」
ジュンジは春樹から指輪を受け取って再び指にはめた。
「おかしなことを言うやつだな。何でこれが半分に折れるんだ?」と大きな声で笑う。
春樹が首を傾げて「おかしいなあ」とつぶやいた。
「でもね、父さん。その女の子が指輪を持っているのを見て、母さんは『父さんが生きてる』って信じ続けたんだ……。二十年以上も――」
春樹は、奈津美が真剣に悩んで自分に打ち明けた日のことを思い出した。母の後ろ姿が目に浮かび泣きそうになる。どんな思いで里沙を育ててきたか……。
――母さんの苦労に報いるために、ただ里沙の真実が知りたい。
「そうか……」ジュンジが真剣な顔になる。里沙という娘のことはわからないが奈津美の苦労は想像を絶するものだったのだろう、と改めて家族に対する申し訳ない気持ちが胸を占めた。
「本当に父さんは知らないの? その女の子のこと……。最初は、父さんが他の女に産ませたんじゃないかって……疑ってた」
「何を言ってるんだ、そんなことあるはずがない!」とジュンジが目を向いて否定した。
「まあ、そうだけど――」
急にジュンジが「あっ!」と声を上げた。
「父さん?」春樹がジュンジの表情の変化に反応する。
ジュンジのポケットの中で何かが弾ける音がした。おもむろに手を入れて取り出すと、松前から持ち帰ったアイヌ文様の小さな木片が真っ二つに割れている。
ジュンジが眉間にしわを寄せた。
――嫌な予感がする。
そのとき、背後からレラの悲痛な叫び声が聞こえた。
「どうした? イルファの話か?」とジュンジがチパパの隣で身をかがめる。
「ジュンジ……。イルファの洞窟でこの時代を離れたとしても、元の場所、元の時代に戻れるとは限らない……」
チパパはあご髭を撫でながら自分の考えを話した。
「なぜだ? 俺は未来の洞窟からイルファに誘われてここへ来たんだ。この時代から未来へ戻れるなら同じ場所だろう?」
ジュンジは、イルファの洞窟を通じて未来の同じ洞窟に戻れるはずと信じていた。
「実は、わしは北海道の人間じゃない」
「北海道じゃない?」
ジュンジは、少し驚いた顔をした。チパパが未来から来たことはわかっていたが、北海道以外の地域から時空を超えたとは聞いていない。
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「じゃあ、春樹が確実に、元の時代の北海道に戻れるとは……限らないのか?」
「うむ、そうなるかもしれん……」
ジュンジは下を向いて考えこんだ。
「「じゃあ……。レラは? レラも北海道の人間じゃないのか?」
「そのことじゃが……」チパパが下を向いて考えながらジュンジの顔を見上げた。
「さっきの話で生贄にされた『イルシカ』の子は斬りつけられたと言ったな」
「ああ、致命傷にはならなかったらしいが……」
「亡骸は見つかっていないと……」
「そうだ」
「ジュンジは知らないと思うが、レラの脚には刀傷がある」
「なんだと?」
チパパは盃を傾けて回しながらゆっくりとした口調で話を続けた。
「左脚の太腿から内股にかけての傷じゃ。見えにくい所だから知らないのも無理はない。今まで、何の傷かと不思議に思っていたが、さっきのジュンジの話を聞いて……」
そこまで言うとチパパは口を閉じた。
「イルシカの子が斬りつけられたときの……」ジュンジがつぶやくと、チパパは首を縦に振って真顔になる。
「それじゃあ……レラは……」
「そうじゃ、レラはイルシカが命乞いをした子かもしれん。イルシカは死ぬ間際に我が娘をこの世界に来させた。強い母親の念がそうさせたとしたら……」
「考えられるな……。後にイルファと呼ばれるようになったイルシカは俺たちも呼び寄せた」
「そうじゃ。わしらはレラを育てるために、この時代に呼ばれたんじゃないか……」
「――レラを育てるため……か」
「レラがわしと一緒にイルファの洞窟で見つかったことは前に言ったが、わしはレラも他の時代から来たんじゃいかと常々考えていた」
「じゃあ、レラの脚の傷と人身御供の話が繋がれば……」
「うむ、イルシカの娘がレラだとするとイルファの目論見も見えてくる。わしの記憶では時を超えてきた女はレラだけじゃ」
「確かに、そう考えると筋がとおるな……」
「ただ……」
「どうしたチパパ? 何か気になることでもあるのか?」
チパパは過去を変えることで未来が変化してしまうことを恐れていた。
亡くなるべき人間が生きていることを歴史が許すのか、が気になっている。
ジュンジは、チパパの話を聞いて、本来斬られて死んでしまうはずのレラの命を歴史が奪ってしまうのではないか、という恐怖を感じた。
チパパは話を終えると奥のレラに向かって「少し疲れたから横になる」と言った。
ジュンジと春樹は外に出た。
沙流川は、早春の陽光に照らされて静かに流れている。ジュンジは眼下に巨大な川を望む高台へ春樹を連れて行った。
「よく、ここでお前や母さんのことを考えていた」目はまっすぐ川面を見ている。
「父さんも最初はびっくりしたかい?」
春樹はジュンジの横に腰を下ろした。
「そりゃ、驚いたさ。見るものが何もかも古代の絵のようだった」
ジュンジは自分がここに来たころのことを話し始めた。
「もう、ずいぶん前のことだから、よく覚えてないところもあるんだが──」
この世界に迷い込んだジュンジを見つけたのは、同じく未来から迷い込んだチパパだった。奈津美や春樹のことばかり考え、一刻も早く元の時代へ戻りたかったと言う。
「実は、チパパも別の名前があるようなんだが隠している。身の危険を感じて正体は明かさなかったらしい」
「ふうん、じゃチパパって名前は?」
「どうやら、レラが初めてしゃべった言葉が『チパパ』だったらしい。本当は『パパ』だったのかもな」とジュンジが苦笑いをした。
「当時は、チパパと二人で、毎日のように川の上流や山に行って調べたよ。俺は仕事でこの辺の地形を良く知っていたから、ここが二風谷だということはすぐに理解できた」
「ところでレラの親はどうしてるんだ? まさかチパパが父親じゃないだろう。父さんも
知らないの?」
春樹の問いにジュンジは「父親のことはわからない」首を横に振る。
「だが、母親は……」ジュンジはそこまで話して口を閉ざした。
「母親は?」春樹は黙ってジュンジの目を見た。
「いや、はっきりとはわからん」ジュンジは川面を見ながら黙り込んだ。
一呼吸ついて春樹が奈津美との話を持ち出した。
「父さん、俺もアイヌの血を引いてるんだろ? 母さんが言ってた」
「そうだ。母さんは自分が『アイヌ』だってことを気にしていた」
ジュンジは話しながら顔を上げて沙流川の流れを見つめる。
「俺たちは、アイヌが住むこの美しい自然を破壊してダムを建設してしまった──」
「二風谷ダムのことか?」
「よく知ってるな」
ジュンジは、ダム建設と引き換えに、雄大な自然とアイヌの文化を犠牲にしたことを後悔していた。
「ところで、春樹の話を聞いてなかったな。お前も北海道に来てたのか?」
春樹は奈津美の顔を思い浮かべながら切り出した。
「俺は、母さんから、父さんが失踪したままだと聞いて北海道で暮らすことを決意したんだ。父さんに会って、なぜ母さんを残していなくなったのかを確認するためにね」
「そうか……」
「母さんはずっとひとりで頑張ってきた。父さんが生きていることを信じて疑わなかったんだ。俺も父さんのことを必死で捜したさ――」
こうして父に会えたことで、行方不明の理由も父の想いも知ることができた。
「奈津美やお前には苦労をかけたな……」ジュンジが目を閉じてしきりに頷いている。
「それとね、父さん──」真顔でジュンジの目を見つめる。
「なんだ?」
春樹は少し迷って「里沙のことなんだけど?」と話を切り出した。
「里沙? 誰のことだ?」ジュンジが首を傾げた。
「ああ、そうか……父さんは里沙という名前は知らないんだな」
「名前を知らない? 何を言ってるんだ?」
ジュンジは自分がいない間に大きな家族の問題が起こったのではないかと心配した。
「父さんがいなくなってしばらくして、女の子が平取町で見つかってね……。その子の首に父さんの結婚指輪がかけてあったんだ。だから、父さんはその子を絶対知ってるはずだよ」
ジュンジは笑いながら自分の指から指輪を抜いて春樹に見せた。
「指輪って、これのことか?」
「ああ、そうなんだが……。俺が小さいころから見てたのは、半分に折れてた――」
ジュンジは春樹から指輪を受け取って再び指にはめた。
「おかしなことを言うやつだな。何でこれが半分に折れるんだ?」と大きな声で笑う。
春樹が首を傾げて「おかしいなあ」とつぶやいた。
「でもね、父さん。その女の子が指輪を持っているのを見て、母さんは『父さんが生きてる』って信じ続けたんだ……。二十年以上も――」
春樹は、奈津美が真剣に悩んで自分に打ち明けた日のことを思い出した。母の後ろ姿が目に浮かび泣きそうになる。どんな思いで里沙を育ててきたか……。
――母さんの苦労に報いるために、ただ里沙の真実が知りたい。
「そうか……」ジュンジが真剣な顔になる。里沙という娘のことはわからないが奈津美の苦労は想像を絶するものだったのだろう、と改めて家族に対する申し訳ない気持ちが胸を占めた。
「本当に父さんは知らないの? その女の子のこと……。最初は、父さんが他の女に産ませたんじゃないかって……疑ってた」
「何を言ってるんだ、そんなことあるはずがない!」とジュンジが目を向いて否定した。
「まあ、そうだけど――」
急にジュンジが「あっ!」と声を上げた。
「父さん?」春樹がジュンジの表情の変化に反応する。
ジュンジのポケットの中で何かが弾ける音がした。おもむろに手を入れて取り出すと、松前から持ち帰ったアイヌ文様の小さな木片が真っ二つに割れている。
ジュンジが眉間にしわを寄せた。
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