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そして・・・再び
家族の絆
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一花は、ヘッドライトに浮かぶセンターラインが後方に流れていくのを見ながら、注意深くハンドルを操作していた。
「ねえ、里沙。あたしは明日の便で帰ろうと思う。春樹も見つかったし……。あとは家族でいろいろ話したら? 退院したら、親子でのんびり札幌観光でもしたらどう?」
「ええっ、いいよ、そういう気遣いいはいらない。一花が帰るなら私も一緒に帰るよ」
「なぜ? 家族水入らずっていうでしょ?」
「だって、私は本当の家族じゃないのよ。それに百年以上も前の人間なの……。今は、兄さんや母さんと距離を取っていたいのよ」
一花はしばらく黙って運転した。もともと車のとおりの少ない道なので、ほとんど対向車と出会うことはない。静寂が車を包んでいた。
「あのね、あたし思うんだけど……家族の絆って血の繋がりがすべてじゃないよ。なんていうか……一緒に過ごした時間が大事なんじゃない?」
一花はハンドルを握りながら自分の考えを話した。
「たとえばさ? キャンプとかで一晩一緒に過ごしただけで、他人同士なのに何となく離れ難い情が生まれるじゃない。それが何年も一緒なら、ますます絆が強くなる気がするのよ」
「そうね」里沙は一花の話に相槌を打った。
「里沙の場合もずっとおばさんや春樹と過ごしてきたわけでしょ? お互いの愛情って理屈じゃ割り切れないもの、あると思うわぁ」
「そうか、血の繋がりって、あんまり考えなくてもいいのかな」
「そうよ、それに里沙は、レラさんが命をかけて産んだ子なのよ! それってすごいことだと思わない?」
「イルファやレラの、子を思う気持ちって強くて激しいものなんだね」
一花は、里沙の声にうなずいてハンドルを操作した。車は静かな国道をまっすぐ苫小牧方面へ走っている。奈津美の待つ駅はもうすぐだ。
「春樹!」
病室に入るなり奈津美は、叫びに似た大きな声を出して春樹の元へ駆け寄った。大粒の
涙を目にためながら春樹の手を取り、しきりに首を縦に振っている。
「よかった! 生きててよかった!」
「母さん……。心配かけてごめんね」
「ううん。とにかくあなたが元気でいることが私の願い。他には何もいらないわ」
春樹も目に涙をためた。
病室の角には、純二のアットゥシがハンガーにかかっている。
「母さん、落ち着いて聞いて。俺は何年も昔のアイヌ集落に紛れ込んだんだ。そこで父さんに会ったんだよ」
母は、涙にまみれた顔を上げた。すぐには春樹の話が理解できない。
「昔のアイヌ集落? あの人に会った?」
春樹が大きくうなずいて、百年以上前のアイヌ集落での暮らしや純二のことを伝えた。
「信じて良かった。あの人も生きてたのね──」奈津美はほっとした表情を見せた。
「ああ、母さんのことを気にかけていたよ。いつも左手の指輪を見てた」
春樹がポケットから半分に割れた指輪を取り出した。
「これ、母さんが持ってるやつと繋げると一つになるんじゃない?」
奈津美は、春樹の手のひらを注意深く眺めながた自分のバックに手を入れた。長財布の
中には、半輪(はんりん)の指輪が入っている。
遅れて里沙と一花が病室に入ってきた。手にはジュースのパックを四つ持っている。
「母さん、椅子に座ってゆっくりしたら」
里沙がパックのジュースを一つ奈津美に渡した。
一花はなぜか人の気配を感じて病室を見回していた。
春樹が、奈津美から半輪の指輪を受け取って、自分が持っている半円の金属とつなぎ合わせた。二つの欠片が一つの環状の指輪になって目の前に現れる。
そのとき、四人の間を暖かい風が横切った。淡い光が病室を包むと何ともいえない幸せな気配が四人の間に漂った。
「あっ!」春樹が声を出した。奈津美は、目を閉じて「純二さん……」と呟(つぶや)く。
「!」一花が息を呑んだ。
一花の視界が緑色の膜に覆われた。
顔を上げて天井の隅に目を向けると緑色の膜を背景に一人の男の顔が見えた。
白いあご髭を撫でながら優しそうに笑っている。
里沙は、自分の二の腕に、暖かく優しい人肌のぬくもりを感じていた。
「お父さんの気配がする。なんか喜んでいるみたい」と言う里沙の肩を一花が叩く。
「二つの欠片が一つになって新しいものが生まれたんだよ」
一花の言葉に里沙の心は安堵の想いで満ちた。
「母さん、里沙、俺は大学には戻らない。福岡に帰るよ」
「春樹は……それでいいの?」と奈津美が細い声を出した。
「うん。父さんのこともわかったし、俺には他にやれることがあるんじゃないかって思い始めたんだ」
春樹は、アイヌの文化や生活を世間に広めるための事業を始めようと考えていた。自分が体験した「アイヌ文化」のすばらしさを全世界に発信したい気落ちがある。
「兄さん……」
里沙は、春樹が今まで以上に頼もしく見えた。横で一花がにっこり笑う。
「でも、兄さん? 今回のことは結局『イルファ』の強い愛情が巻き起こした奇跡なんでしょう?」
「ああ、そうだな」
「その『イルファ』の願いって、これでかなったのかなあ?」
里沙は、春樹が話した「イルファの伝説」が気になっていた。
一花が横から口を出す。
「里沙、あなたがイルファの血統を継いでるんじゃない。里沙が幸せになることがイルファやレラの願いなのよ!」
「私が?」
「そう」
病室の中に和やかな笑い声が起こった。奈津美が一人首を傾げている。
「ねえ、里沙。あたしは明日の便で帰ろうと思う。春樹も見つかったし……。あとは家族でいろいろ話したら? 退院したら、親子でのんびり札幌観光でもしたらどう?」
「ええっ、いいよ、そういう気遣いいはいらない。一花が帰るなら私も一緒に帰るよ」
「なぜ? 家族水入らずっていうでしょ?」
「だって、私は本当の家族じゃないのよ。それに百年以上も前の人間なの……。今は、兄さんや母さんと距離を取っていたいのよ」
一花はしばらく黙って運転した。もともと車のとおりの少ない道なので、ほとんど対向車と出会うことはない。静寂が車を包んでいた。
「あのね、あたし思うんだけど……家族の絆って血の繋がりがすべてじゃないよ。なんていうか……一緒に過ごした時間が大事なんじゃない?」
一花はハンドルを握りながら自分の考えを話した。
「たとえばさ? キャンプとかで一晩一緒に過ごしただけで、他人同士なのに何となく離れ難い情が生まれるじゃない。それが何年も一緒なら、ますます絆が強くなる気がするのよ」
「そうね」里沙は一花の話に相槌を打った。
「里沙の場合もずっとおばさんや春樹と過ごしてきたわけでしょ? お互いの愛情って理屈じゃ割り切れないもの、あると思うわぁ」
「そうか、血の繋がりって、あんまり考えなくてもいいのかな」
「そうよ、それに里沙は、レラさんが命をかけて産んだ子なのよ! それってすごいことだと思わない?」
「イルファやレラの、子を思う気持ちって強くて激しいものなんだね」
一花は、里沙の声にうなずいてハンドルを操作した。車は静かな国道をまっすぐ苫小牧方面へ走っている。奈津美の待つ駅はもうすぐだ。
「春樹!」
病室に入るなり奈津美は、叫びに似た大きな声を出して春樹の元へ駆け寄った。大粒の
涙を目にためながら春樹の手を取り、しきりに首を縦に振っている。
「よかった! 生きててよかった!」
「母さん……。心配かけてごめんね」
「ううん。とにかくあなたが元気でいることが私の願い。他には何もいらないわ」
春樹も目に涙をためた。
病室の角には、純二のアットゥシがハンガーにかかっている。
「母さん、落ち着いて聞いて。俺は何年も昔のアイヌ集落に紛れ込んだんだ。そこで父さんに会ったんだよ」
母は、涙にまみれた顔を上げた。すぐには春樹の話が理解できない。
「昔のアイヌ集落? あの人に会った?」
春樹が大きくうなずいて、百年以上前のアイヌ集落での暮らしや純二のことを伝えた。
「信じて良かった。あの人も生きてたのね──」奈津美はほっとした表情を見せた。
「ああ、母さんのことを気にかけていたよ。いつも左手の指輪を見てた」
春樹がポケットから半分に割れた指輪を取り出した。
「これ、母さんが持ってるやつと繋げると一つになるんじゃない?」
奈津美は、春樹の手のひらを注意深く眺めながた自分のバックに手を入れた。長財布の
中には、半輪(はんりん)の指輪が入っている。
遅れて里沙と一花が病室に入ってきた。手にはジュースのパックを四つ持っている。
「母さん、椅子に座ってゆっくりしたら」
里沙がパックのジュースを一つ奈津美に渡した。
一花はなぜか人の気配を感じて病室を見回していた。
春樹が、奈津美から半輪の指輪を受け取って、自分が持っている半円の金属とつなぎ合わせた。二つの欠片が一つの環状の指輪になって目の前に現れる。
そのとき、四人の間を暖かい風が横切った。淡い光が病室を包むと何ともいえない幸せな気配が四人の間に漂った。
「あっ!」春樹が声を出した。奈津美は、目を閉じて「純二さん……」と呟(つぶや)く。
「!」一花が息を呑んだ。
一花の視界が緑色の膜に覆われた。
顔を上げて天井の隅に目を向けると緑色の膜を背景に一人の男の顔が見えた。
白いあご髭を撫でながら優しそうに笑っている。
里沙は、自分の二の腕に、暖かく優しい人肌のぬくもりを感じていた。
「お父さんの気配がする。なんか喜んでいるみたい」と言う里沙の肩を一花が叩く。
「二つの欠片が一つになって新しいものが生まれたんだよ」
一花の言葉に里沙の心は安堵の想いで満ちた。
「母さん、里沙、俺は大学には戻らない。福岡に帰るよ」
「春樹は……それでいいの?」と奈津美が細い声を出した。
「うん。父さんのこともわかったし、俺には他にやれることがあるんじゃないかって思い始めたんだ」
春樹は、アイヌの文化や生活を世間に広めるための事業を始めようと考えていた。自分が体験した「アイヌ文化」のすばらしさを全世界に発信したい気落ちがある。
「兄さん……」
里沙は、春樹が今まで以上に頼もしく見えた。横で一花がにっこり笑う。
「でも、兄さん? 今回のことは結局『イルファ』の強い愛情が巻き起こした奇跡なんでしょう?」
「ああ、そうだな」
「その『イルファ』の願いって、これでかなったのかなあ?」
里沙は、春樹が話した「イルファの伝説」が気になっていた。
一花が横から口を出す。
「里沙、あなたがイルファの血統を継いでるんじゃない。里沙が幸せになることがイルファやレラの願いなのよ!」
「私が?」
「そう」
病室の中に和やかな笑い声が起こった。奈津美が一人首を傾げている。
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