ここタマ! ~ここは府立珠河高等学校~

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~臨海学校二日目 午後~

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 穏やかな夏の昼下がり、強い日差しに照らされて海の水面はキラキラと輝いていた。
 打ち寄せる波は穏やかで、美しい砂浜には海水浴客の姿は少ない海岸の片隅に学校の文字が入った白いテントが設置されている。
 午後になって気温もピークを迎えつつあるのか、日陰であるテントの下に居ても照り返しで暑さを感じるようになっていた。
「では午後からの遠泳をはじめる。名前を呼ばれた者は順番に並ぶ事」
 テントの下で待機していた生徒たちに教師はそう言うと、生徒たちの名前を読み上げ始める。
「浜から岬の方へ行って、反対側の岬に向かって泳いで戻って来るコースになるんや」
「結構距離ありますね…」
 古谷に遠泳のコースの説明を受けた渉は岬の場所に視線を向け、不安そうに感想を口にする。
「泳ぐペースはそんなに早くないし、傍に先生が乗ったボートもあるから、緊急時どうしても泳げないってなったらボートに引き上げてもらえるから大丈夫や」
「なるほど、保険みたいなものですね」
 いざとなったら助けてもらえると聞いて渉は少し安堵の表情を浮かべていると、出発の指示が出て、それに従って一列に並んで順番に海に入って行く。
 水深の浅い場所からなだらかな砂の斜面を数メートル進むと突然足が付かない深さになり、そこからゆっくりと列を作って泳ぐこととなる。遠泳をする生徒たちの間に数名の教師たちが入り、生徒たちの様子を観察しながら一緒に泳いでいた。
 コースは古谷が言っていたように左手にある岬に向かって泳ぎ、浜の様子が見えなくなった辺りから反対側の岬に向かって方向を変える。時々泳ぐ者たちに一緒に泳いでいる教師からペース調整の指示が出て、適度な間隔を保って列が崩れないようになっていた。
「…こういうところはちゃんとしてるんだ」
 遊びに来ている宣言を出していた教師たちだったが、事故を起こさないようにという配慮はきちんとしていたので、渉は少し教師たちを見直す。
「ん? 鏡何か言ったか?」
 渉の呟きが耳に入ったのか、渉の前を泳いでいた奥野が振り返る。
「先生たち、ちゃんと仕事してるなぁって思ったもんで」
 昨夜、一緒に遊んでかなり仲良くなったので、渉は奥野に素直な感想を口にする。
「当たり前だ。事故が起きたら楽しい旅行が台無しになるからな」と言って奥野が笑う。
「明るく楽しくが一番だからな――じゃあ、そろそろ恒例のあれ始めるか…」
 大声で奥野は周囲に聞こえる様にそう言うと「え~んやこら」と節をつけて歌い始めた。それを聞いた周囲の者たちもそれに合わせて「え~んやこら」と声をそろえる。
「⁇」
 何が始まったのか解らず渉は疑問符を飛ばす。その間にも奥野は歌を続けていた。
「もひとつこ~ら」
「もひとつこ~ら」
 全員で声を揃えて歌っている所をみると、どうやら遠泳の時の掛け声になっているようである。
「と~ちゃんの為なら」
「え~んやこら」
「か~ちゃんの為なら」
「え~んやこら」
「もひとつ」
「こ~ら」
「こ~か」
「こ~ら」
 みんなが大声で歌っているので反響して、入り江中にその声が響き渡っていた。
――何だこりゃ⁈
 浜にいる一般の海水浴客にも聞かれていると思うと、かなり恥ずかしいと渉は思う。
「先生の為なら…」
「…」
 調子に乗った奥野がそう歌うとそれに合わせる生徒は誰一人おらず、奇妙な沈黙がそれに応えた。その瞬間「俺達の為には頑張ってくれないのか~」と奥野が抗議の声を上げる。それを聞いた生徒たちから「当たり前だ!」という声や笑い声が起きた。
「お前たち冷たいなぁ」
 奥野もそう言いながらも笑いながら泳いでいるので、ふざけて歌ったというのは間違いないようだった。
 無言で黙々と泳ぐのにも飽きた頃合いだったので、その笑いがきっかけで一気に全体の雰囲気が和んだ。そんな中、泳いでいる者たちにボートが近ずいて先頭から順番にボートに乗っている教師が何かを口に投げ入れ始める。
「はい、あーん」
 渉の順番になり、言われるまま渉も口を開ける。その口に教師が入れたのは氷砂糖だった。
「氷砂糖?」
 その意図が解らず渉が不思議そうにしていると、それに気が付いた教師が「エネルギー補給よ」と笑いながら説明をした。
「水泳って結構エネルギーを消費するから、距離を泳ぐ遠泳の時は途中でエネルギー補給をしないと泳げなくなっちゃうのよ」
「なるほど…」
 説明を聞いて渉は納得顔になっていると「鯉の餌付けみたいで楽しいのよね」と教師が笑う。
 確かに遠泳をしている者たちはみんな鯉の様に口をパクパクさせて氷砂糖を口に投げ込んでもらうので、その姿は餌付けに似ているかもしれないが、それは思っても口に出してはいけないのでは? と思う渉であった。

 海から戻ると民宿では夕食の用意が既にされていて、メインの料理以外にもサザエのつぼ焼きやアワビの刺身なども並んでいた。
「サザエとアワビは素潜り班が集めたので、彼らに拍手」
 教師の言葉に食堂に拍手が鳴り響き、その後、頂きますの合図の後食事が始まる。
「毎日こんな新鮮な魚介類が食べられるなんて天国よね」
 料理上手でグルメでもある香奈子が料理を食べてそう言いながら笑顔を浮かべた。
「漁師町に嫁いだらええんとちゃう?」
 古谷が香奈子にそんな事を言っていると、優子が「漁師町ならイルカを食べる事出来るかもよ」と笑う。
「イルカ? 食べられるんですか?」
 イルカを食べるなんて想像もしなかった渉が目を丸くする。
「食べられるみたいよ。昭和時代にはクジラ肉も普通に食べられていたみたいだし」
「え…クジラも⁈」
 あおいもその話は初めて耳にしたらしく驚き顔になる。
「クジラは今でもクジラの大和煮の缶詰め売っているから、うちたまに食卓に並ぶわよ」
「あ、それなら知ってる」
 優子の説明を聞いて香奈子が声を上げた。
「生姜が効いた醤油ベースの甘しょっぱいやつよね? ごはんと一緒に食べるの私好き」
「クジラはお刺身やハリハリ鍋、竜田揚げとかも美味しいわよ」
「なんかおいしそうですね」
 食いしん坊のあおいが目を輝かせる。
「クジラ肉はたまにスーパーなんかでもみかけるけど、イルカは都会で流通してるって話は聞かないわね――漁師町のスーパーや魚屋さんなんかだと、イルカ肉ありますとか入荷したら張り紙があったりするらしいけど」
「どんな味かしら?」
 香奈子もイルカの味が想像つかないらしく首を傾げる。
「食べた人の話によるとクジラ肉に近い味で低脂肪高蛋白質の良質なお肉なんだって」
 優子の言葉に渉は自分は食べる勇気が無いと肩を竦めた。
「まあ、今では食べ物は豊富にあるんだから無理に食べる必要はないんじゃない? 昔は流通状態が悪かったから身近にある生き物を食料とするしかなかっただけだし」
「…ですよねぇ」
 優子の言葉に渉は頷く。
 そんな会話をしている間にも食事が進み、そろそろ食べ終わろうかとしていた時、古谷の前に残された料理を見てあおいが口を開いた。
「あれ? 古谷先輩、サザエ食べないんですか?」
「僕、サザエの内臓苦いから苦手やねん」
「…って事は、さんまの内臓も苦手なタイプ?」
 あおいの質問に古谷は苦笑いを浮かべながら頷く。
「口がお子様なんですね…要らないなら下さい」
 手を出したあおいに古谷は笑いながらサザエのつぼ焼きが乗った皿を手渡す。
「わぁい、ありがとうございます」
 あおいは礼を言った後、周囲のテーブルに向かって、「サザエが苦手な人いたら私に下さい」と呼びかける。すると古谷以外にも苦手な者がいたのか、あっという間にあおいの前にサザエのつぼ焼きが集まって来た。それを見た教師がビールが入ったグラスを手に「俺にもちょっと分けてくれ」と数名集まって来る。
「サザエだけじゃなく先生も集まってきちゃった」
 そう言ってあおいは笑う。
「ほな、僕、部屋に戻りますね」
 教師たちが加わりあおいの周りに教師たちが集まったので、食事を終えた古谷がそう言って席を立つと、教師たちが思い出したように「後で肝試しやるから、19時半には部屋にいるように」と声をかけた。
「毎年恒例のやつやね…了解です」
 古谷は笑いながらそう言うと食堂から出て行った。
「肝試しって?」
 今回初参加の渉の質問に教師たちが「近くのお寺の墓地でやっている恒例行事」だと教えてくれる。
「土葬されたお墓もあるから楽しいぞ」
 意味ありげにヒヒヒ…と笑う教師たちの言葉に不安を覚える渉であった。

 教師の予告通り19時半に民宿前に集められた一行は、浜家から徒歩5分ほどにある古いお寺の境内に居た。
「今から回すあみだくじでペアになった者と一緒にここから墓地に入り、一番奥にあるお堂の前に番号札を置いてくること。ルートは一方通行で、途中に設置しているルート指示に従って進む事」
 教師からルールの説明があり、あみだくじの紙が回された。その紙に自分の名前を記入してしばらくするとその結果が発表され、ペアの相手と一緒に順番に並ぶ。その後、番号札と懐中電灯が手渡された。
 渉がペアになったのは知らない女子生徒だった。お互い挨拶をした後、自分たちが出発するまで少し言葉を交わす事になった。
「君、はかせの所の一年生だよね?」
 挨拶もそこそこにペアの女子が最初に口にしたのはそんな言葉だった。
「…あ、はい」
 初めて会ったのに、この女子生徒は何故自分の事を知っているのだろうか? と渉が怪訝そうな表情を浮かべた事に気が付いたのか女子生徒は言葉を続ける。
「私、玉田詩織と言います。今二年生で春の新入生のクラブ勧誘の時、クラブ棟に私もいたの」
 その説明を聞いて渉はああ、という顔になる。
「私はバレー部なんだけど、君、はかせに唾つけられちゃっていたから」
 そう言って詩織は笑う。
「玉田さんも僕に声をかけようと思っていたんですか?」
 そんな渉の言葉に詩織は笑いながら頷く。
「どこのクラブもそうだけど部員の確保は重要だから…部員数や実績によってクラブ予算の配分が変わってくるのよ」
「そうなんですか? なんか大変そうですね」
 クラブ予算など考えた事もなかった渉は少し驚く。
「私も部長になって知ったんだけど、生物部って生徒会関係者多いじゃない?」
「へ?」
 詩織が何を言っているのか解らず渉はきょとんとなる。
「あ、一年生だし知らなかった? 3年生の女子は元生徒会長いるし、だぶりの2年生は元生徒会書記、もう一人二年の男子は一年生の時、前期の学年代表よ」
「ええ⁈」
 誰の事を言っているのか理解して渉は驚きの声を上げた。
「君からみんなすぐに手を引いた理由よ。生徒会関係者たちって引退しても結びつきが強いから、変にもめて睨まれるのみんな嫌だもの」
 優子が校内でも有名な変な生徒だからからかと思っていたら、他にも理由があった事を知り渉は衝撃を受ける。
「それに…」
「まだあるんですか?」
「まあね、はかせ自身も生徒会長に立候補した事があるんだけど、候補者演説で立候補した時の生徒会を徹底批判したのよね…結果、対抗馬の今の生徒会長が当選したんだけど」
「そりゃあそうでしょうねぇ…」
 高校の生徒会の立候補挨拶なんて挨拶と投票のお願いぐらいではないかと思っていた渉にすれば、そこで批判演説など想像も出来なかった。
「3年生の前会長が引退した後、全くそれまでの関係者とは縁が無い人間が生徒会長になっちゃって、生徒会運営がそれまでと違って怠慢だし独善的で今までの生徒会関係者からの不満がすごかったのよ…はかせはそんな元生徒会OB達に推されたって訳」
「へぇ…」
 渉が入学する前の話なので詩織の話はかなり興味深いものだった。
「だから、はかせって私たちの想像もつかない事を実行しちゃうから、得体のしれない怖さがあるのよ」
「…何となくわかる様な気がします」
 ここ数カ月、渉自身優子の言動を見てきたが、詩織の発言を強く否定できないのも事実である。複雑な表情を渉が浮かべていると、噂の優子はペアの男子と肝試しを終えてゲラゲラ笑いながら境内に戻って来たところだった。
 何故彼らが爆笑しているのか理解できずに渉と詩織が顔を見合わせていると、優子が渉を見つけて歩み寄って来る。
「渉君は肝試しこれから?」
「…はい。先輩、楽しそうですね」
「ちょっとね」
 そう言いながら優子はペアの男子と意味ありげに視線を交わして、クスクス笑う。
「ヒントは先生…じゃ、肝試し楽しんでね」
 優子は楽しそうにそれだけ言うと民宿へ戻って行った。
「——何があったんだろう?」
 首を傾げる渉に詩織が「ヒント先生ねぇ…」と少し考え込む。
「この恒例肝試しって、先生たちが脅かし役でいるんだけど、爆笑する理由がよくわかんないわね」
 詩織の言葉を聞いて渉は「行けば解るんじゃないですか?」と言う事しか出来なかった。

「はい、12番。この番号札を置いてきてね」
 そう言って教師から手渡された白いプラスチックの番号札を手に渉と詩織は肝試しをする為に、夜の墓場に入って行く。
 さびれた田舎の墓場で街灯などの照明器具は一切ないし新月なのか月明かりもないので、番号札と一緒に手渡された懐中電灯が彼らの行く手を照らす唯一の明かりだった。
「懐中電灯がなければ真っ暗なんでしょうね…」
 闇に対する本能的な恐怖の様なものを感じたのか、先ほどまで元気におしゃべりをしていた詩織も今は声をひそめ、懐中電灯を持つ渉の腕にしがみついていた。
「玉田さん、去年もここで肝試しやったんでしょ?」
 足元を照らしながら渉が詩織に尋ねる。
「…うん。去年はペアの相手が脅かし役の先生に驚いてパニックを起こして逃げたんで、私ひとり置いていかれたのよね…」
「うぁ…」
 あり得る話ではあるが、女の子ひとり夜の墓場に置き去りにするとは酷い話である。
「怖くて動けなくなっていたら、先生が心配して迎えに来てくれたの――迎えに来てくれた先生、墓場に潜んでいた先生に脅かされて悲鳴上げてたけど」
 そう言って詩織は小さく笑う。
「脅かし役かぁ…」
 この墓地自体古すぎていつ建てられたのか解らない墓石と半分朽ちかかったような卒塔婆が立ち並んでいるせいか、今にも何か出そうと思わせる雰囲気たっぷりのロケーションでだった。
「そういや、土葬の墓があるって言ってたな…」
 食堂での教師の言葉を思い出し、渉はゆっくりと懐中電灯で周囲を照らす。
「土葬ですって?」
 渉の呟きが聞こえたのか詩織は懐中電灯の光によって浮かび上がったお墓を不安そうに視線を走らせた。
「…とにかく先に進みましょう」
 不安なのは渉も同じであったが、不安そうな女子をさらに不安にさせたくないのもあって、詩織を連れて目的地である墓場の奥にゆっくりと進む。
 真っ暗な墓場をしばらく歩いていると、懐中電灯の明かりの中に白い影が浮かび上がり、それがスッと消えた。
「…!!」
 それを見た渉と詩織は息を飲み、歩みを止める。そんな二人の背後から「…もし…」とか細い声が聞こえた。
「!」
 恐る恐る振り返ると髪が長く白装束ののっぺら坊がいつの間にやら彼らの背後に立っていた。
「でたっ!」
 悲鳴に近い声を渉は小さく上げる。
 脅かされるのはわかっていたが、実際仕掛けられるとドキッとするのは不思議なものだった。
 のっぺらぼうはそれ以上何かする訳でもなくその場に立っているだけなので、渉たちは先に進む事にする。
「もうすぐお堂があると思うんだけど…」
 墓地自体はそれほど広くなかったはずと、去年の記憶を頼りに詩織が言う。そこから少し進むと詩織の言葉通りに古びたお堂があった。
「このお盆の上に番号札を置いたらいいんだよね?」
 お堂の前に置かれた小さな台の上のお盆を見付け、渉がそう言いながら番号札を置いた。
「後は戻るだけ…先生の人数を考えたら後1~2人ぐらいだと思うけど…」
 とりあえずのミッションクリアとなったので、少しホッとした表情を詩織は浮かべる。
「…戻ろう」
 渉はそう言うと、詩織と共にルート指示の目印を頼りに歩き出した。
 お堂から少し歩いたところで「…出た…出たよ…」とささやきに近い小声が聞こえてくる。
「…何か聞こえるよね?」
 空耳かもと思うような小さな声だったので、詩織に問いかけると「たぶん」とあいまいな返事が戻って来た。
「何だろう?」
 怪訝そうに渉は詩織と共に慎重に懐中電灯で進路を照らしながら歩いていると、大きな灯篭の下にうずくまる人物の姿が光の中に浮かび上がった。
「…先生?」
「ひっ…」
 うずくまっていたのはやはり体育教師で、渉が声をかけると一瞬びくっとした後、恐る恐る渉たちの方を見る。その目はおびえていて、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「下村先生…どこか悪いんですか?」
 詩織が声をかけるとようやく教師——下村は少し安堵の表情を浮かべ「…人魂…もう無いよね?」と訊いてきた。
「人魂?」
 渉と詩織は顔を見合わせる。
「そう、さっき出たんだ…緑っぽい炎の人魂が」
 下村の話によれば肝試しの生徒を脅かそうと灯篭の影に潜んでいたところ、近ずいてくる人の気配を感じてそちらを見ると、複数の緑っぽい炎が飛んでいたのだという。
「この辺は土葬の墓地エリアだし…お墓で肝試しをした祟りだ…」
 そう言って下村は気味悪そうに周囲を見回す。
「さっきって、俺達が来る前?」
「5分前ぐらい…」
 人魂を見た下村は怖くなって動けなくなり、誰かが来るのを待っていたのだという。
「5分前くらいって私たちの前だから、ここを通ったのはかせ達のペアよね?」
 詩織の言葉に渉は頷く。
「俺達の前、肝試しの優子先輩たちが通ったはずなんですが、脅かしました?」
 そんな渉の問いに下村は横に首を振る。
「君たちの前の肝試しペアは10分前ぐらいに通ったっきりで、志麻たちは見てないよ」
「あ~なるほど」
 下村の説明を聞いて渉は何かピンとくるものがあったのか納得した表情を浮かべた。
「肝試しペアはあと2組だけですけど…一緒に戻ります?」
 渉の提案に下村は激しく頷いて「こんなおっかない所、ひとりで歩くの無理」という返答だったので、肝試しが終わる迄一人ここに置き去りにするのも可哀そうなので、一緒にお寺の境内に戻る事となった。

 肝試しを終えて民宿に戻った渉はすぐに優子の姿を探し始めた――人魂事件の犯人は優子たちではないかと思ったからである。
 民宿の部屋を覗いて回ると、優子は女子の部屋で香奈子たちと楽し気に談笑している所だった。
「優子先輩…ちょっと」
 部屋の入り口から渉が優子に手招きすると、素直に優子が部屋から出てきた。
「何?」
「人魂事件…先輩が犯人でしょ?」
 開口一番渉がそう言うと、優子は「正解。よく分かったわね」と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「どんなトリックを使ったんですか?」
 直感的に優子が犯人だろうと思ったが、どうやったかまでは解らなかったので渉が素朴な疑問を口にする。
「炎色反応よ。薬品によって炎の色って違うの知ってる?」
 優子の言葉に渉は首を振る。
「普段よく使うアルコールランプに使うエタノールなら黄色の炎になるけど、マグネシウムなら白、カルシウムならオレンジ、ナトリウムなら黄色、カリウムなら紫、ヨウ素なら緑の炎になるのよ――それを利用したのが花火のいろんな色」
 花火の色と言われ、化学の知識が乏しい渉の脳裏になんとなくイメージが浮かんだ。
「薬品が炎になった時の色を炎色反応って言うのよ」
 優子の用語説明に渉は黙って頷く。
「肝試しで私達ばっかり脅かされるのなんか癪だから、こっちも脅かし返そうと思ってなんちゃって人魂で先生に悪戯したって訳」
 そう言って優子はにやりと笑う。
「炎色反応はわかったけど…どうやって?」
 渉の質問に優子が材料はアルミ箔カップの中にヨウ素を入れ、着火したアルコール綿をそれに入れただけだと言う。
「人魂っぽく見せる為に薬品が入ったアルミ箔はワイヤーで吊るしたけど」と笑い、一人だと大変なのでペアの男子に手伝ってもらったらしかった。
 種明かしをされればなんて事はないが、夜の古い土葬墓地というロケーションを考えたら、これほど心理的に効果的かつ悪質な悪戯はないであろう。
「…可哀想に。先生、トラウマになるんじゃないですか?」
 同情する渉に優子は「ちょっとした人生のスパイスみたいなものよ」とすまし顔で答える。
「人生のスパイスって…」
「平凡な毎日ばかりじゃ面白くないじゃない?」
 楽しそうな優子の言葉を聞きながら、この人が生徒会長になっていたら今頃学校はどうなっていたのだろう? と思わずにはいられない渉であった。
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