ここタマ! ~ここは府立珠河高等学校~

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~臨海学校三日目~

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 朝食後、浜辺に設置していた学校のテントを教師たちが撤収している横で生徒たちはビーチボールで遊んだり、浮き輪を持って海に入ったりと、普通の海水浴を楽しんでいた。
「あっという間だったよね」
 浮き輪につかまって波に揺られていた香奈子が優子に言う。
「お昼過ぎに帰りのバスが来るから、それまで自由行動って言われても…ねぇ」
 この浜はお店と言っても海の家と小さな商店ぐらいしかなく土産物屋もないので、時間まで民宿でごろごろしているか海で遊ぶかの二拓しかなかった。
「帰ったら夏の課題やっつけなあかんな」
 一緒にいた古谷がそう言うと、その場に居た生物部一行は一斉に大きなため息を吐く。
「先輩、まだ夏休みは始まったとこですよぉ。そんな急に現実に引き戻さないで、のんびり行きましょうよぉ」
 あおいが古谷に抗議の声を上げる。
「あおいちゃんなにゆうてんねん。来年は大学受験を控えた三年生やし、この夏休みは塾の夏季集中講座に模試で僕のスケジュールはいっぱいや」
 それを聞いた優子が嫌そうな表情を浮かべた。
「古谷君はどこの大学志望なの?」
 そんな香奈子の質問に古谷は「第一志望は京大」と即答する。
「さすが。古谷君はいつも学年トップの成績だもんねぇ」
 香奈子が感心した様に言っていると、優子が「東大は官僚を育てるところ。京大は変人を育てる所」と言って笑った。
「何ですかそれ?」
 初めて耳にする言葉に渉が訊くと、昔から言われている大学の評価の一つの言葉という答えが返って来た。
「まあ、それは間違いないかもな…変人やから、普通では思いつかない発想で研究を進めるから、京大を卒業した研究者にノーベル賞受賞者が多いんやし」と古谷も一緒になって笑う。
「え? 東大を卒業した人でノーベル賞を受賞した人っていないんですか?」
 あおいもその話は初耳だったらしい。
「京大は物理、生理・医学、化学部門の受賞者だけで20人以上受賞してるで」
「あと、川端康成は文学賞で受賞してるわね」
 それを聞いてあおいと渉は目を丸くする。
「じゃあ、古谷君もノーベル賞目指すの?」
 香奈子の問いに古谷は「僕研究したいのは爬虫類やから、人類に貢献とかにはならんやろうからたぶん無理やな」と苦笑いする。
「新しい発見とかだったら何でもいい訳じゃないんですか…?」
 ノーベル賞の選考基準がわからないあおいが疑問を口にすると「そんな基準だったらノーベル賞の授賞者だらけになるわね」と優子が笑った。
「そうですね、そういうのなら私だって運が良ければ…あ…海坊主発見」
 話の途中であおいは何かを見つけたのか海面を指し示す。その指の先には黒いスイミングキャップを被り、水中眼鏡をした奥野だった。
「先生~」
 そう言いながらあおいが奥野に泳ぎ寄ろうとすると、「今はこっちくるな!」と返事が返って来た。
「?」
 意味が解らずきょとんとしていると、奥野の方から泳ぎ寄ってきた。
「先生?」
「あの辺は拡散するまで行かない方がいいぞ」
 疑問符を飛ばしていたあおいに奥野はそう言ったのを聞いて、その場に居た者たちは来るなと言った理由を察する。
「…まあ、プールだったら問題ですが、ここは海ですからねぇ」
 敢えて海での生理現象の処理について具体的な事は口にせず、優子は苦笑いを浮かべる。
「先生、何持って泳いでいるんですか?」
 奥野の手に巻き付いている物体に気が付いて渉が訊いた。
「これか? タコだよ。泳いでるのを見つけたから捕ったんだ」
 得意げにそう言って奥野はタコの足が巻き付いた左手を見せた。
「なんか頭の部分が変ですけど…」
 足は確かにタコの足なのだが、頭の部分が見慣れたタコ頭ではなかった。
「あ、これは頭をひっくり返してるんだ…こうしておくと吸盤の力が少し弱くなるんだよ」
「…って事は、この白い皮みたいなのにぶら下がっているのは…」
「目玉」
 それを聞いた瞬間、あおいが一言「ぎゃ!」と声を上げる。
「目玉いるならやるぞ」
「目は勘弁してください~」
 魚介類の目が苦手なあおいが泣き声になった。
「…もう帰るだけなのに、タコどうするんですか?」
 涙目のあおいを横目で見て笑いながら香奈子が訊ねると、民宿でさばいてもらって帰りのバスで飲むビールのアテにするのだという。
「まだ飲む気だよ…このおっさん」
 そう言って呆れ顔になった生徒たちに奥野は「解散するまでが旅行だから、学校に着くまで楽しもうぜ」と笑う。
 教師の方が生徒たちよりも旅行を満喫しているのでは? と思わずにはいられない生物部一同であった。

「すげ~、シャンデリアが付いてる」
 帰路の観光バスは初日に乗車した観光バスよりもグレードが高いのか、豪華な内装に席に着いた生徒たちは驚きの声を上げていた。
「このバス、座席少し広いし柔らかくない?」
 座り心地を確かめながら生徒たちがそんな事を言っていると、前の方の座席にいた教師がマイクを手に取った。
「臨海学校お疲れさまでした。事故なく全員で元気に帰れることを嬉しく思います。たくさん騒いで泳いで疲れただろうし、帰りは道路渋滞も予想されるので学校までくつろげるようにバスをグレードアップしました」
 それを聞いた瞬間「お~」という声と自然発生的に生徒たちから拍手が起きる。
「では、快適なバスで楽しく帰りましょう」
 そんなアナウンスとほぼ同時にバスが動き出した。
「臨海学校初参加の感想は?」
 早速かばんの中からスナック菓子を取り出し食べ始めたあおいに優子が訊く。
「すごく楽しかったので、来年も絶対参加します」
 そう言いながら満面の笑顔を見せたあおいに香奈子が「お腹いっぱいサザエを食べる機会なんてなかなかないもんね」と笑った。
「渉君は?」
「…いろいろと興味深かったですね」
「たとえば?」
 学校ではまず見る事がない教師たちの素顔だったり、自分が素潜り出来ないという事を知った――臨海学校に参加しなければ、ずっと知らないままでいたかもしれないと思うと、確かに有意義な旅行だったと思える渉である。
「冬のスキー旅行も違った面白さがあるからおすすめよ」
 そう言って優子が意味ありげに笑う。
 そんな会話をしていると、車内の照明が落とされ、モニターには映画が流れ始めた。
「…何で仁義なき戦い?」
 導入シーンの後、テーマ曲とタイトルが流れ始めた瞬間、生徒たちから一斉に声が上がる。
「面白いんだからいいじゃないか」
 前方の座席に陣取った教師からそんな声が聞こえて来た。よく見ると既に教師たちはビールを片手に映画鑑賞モードに入っている。
「バスのグレードを上げたの、自分たちがくつろいで飲みながら映画鑑賞したかっただけじゃねぇの?」
「普通、映画を流すなら生徒好みの洋画とかアニメだよな…」
「任侠映画なんて、完全に先生の趣味じゃん」
 そんなささやきが生徒たちの間で交わされていると、生徒たち全員にジュースとお菓子の詰め合わせが添乗員によって配られた。
「…しゃあねぇなぁ」
 このおやつセットは恐らく生徒たちに対する教師たちからの心配りという事を察して、生徒たちは苦笑いを浮かべ不満を口にするのを止める。
「学校が始まって真面目に戻った先生たちをどんな顔をしてみればいいのやら…」
 それを考えると複雑な心境になる生徒たちであった。

 出発してから一時間半経った頃、任侠映画がクライマックスシーンに入ったところで突然画面が真っ暗になり、音も途切れた。
「…あれ? 停電?」
 車内が暗くなった事もあり、旅の疲れが出たのか寝る者が多くなったので、彼らを起こさないようにと成り行きで映画を観ていた生徒たちから怪訝そうな声が上がる。
 添乗員がしきりに運転手席傍の機材が収納されたキャビネットを触っていたが、数分経っても映画が再開する事はなかった。
 添乗員と教師たちで何やら会話が交わされた後、車内の照明が明るくされ、教師がマイクを手に立ち上がる。
「映画、一番いい所でしたが、機材が故障したみたいなので、今からカラオケ大会に切り替えたいと思います。曲のリクエスト端末を回すので、歌いたい奴は端末に曲番号を入力してください」
 そんなアナウンスがあって前列からリクエスト用端末が回された。
 生徒たちが端末に入力を始めた頃、車内スピーカーから賑やかなメロディと共に「アーユーレディ?」という元気いっぱいな教師の声が大音響で響き渡り始めた。
「…学園天国かよ」
 曲の導入を聞いて誰かが呟きを漏らす。そのベタすぎる選曲に失笑を漏らす者もいたが、リズムに乗って手拍子をする者もいる。
 カラオケの大音響に寝ていた生徒も目を覚まし、何事かといった表情を浮かべていた。
 生徒たちと教師たちでは年齢層が違うので、歌う曲も最新のヒット曲から懐メロ、アニソンとバリエーションに富んだカラオケ大会となり、たまに教師が最新のヒット曲を歌うと、生徒たちから「意外~」と言われ、逆に生徒が演歌や民謡を歌うと驚かれ、有名なヒット曲になると大合唱になったりして、レクリエーションとしては映画鑑賞よりは楽しい時間となった。

「あ…ここまで戻って来たのか」
 窓の外を眺めていた生徒が、バスが見慣れた地元の幹線道路を走っている事に気が付いて呟きを漏らした。
「学校まで、あと15分ぐらいかしら?」
 夕暮れ時となった外の風景を見ながら香奈子も呟く。
「この先、渋滞に巻き込まれなきゃそんなもんじゃない?」
「高速道路、すごく渋滞してたもんね」
 渋滞に巻き込まれた為、バスは到着予定時刻よりかなり遅れていた。
「…私、お腹すきました」
 おやつを食べつくしてから時間が経っていたせいか、あおいが空腹を訴える。
「夏休みに入ってるから学食閉まってるし、帰りに買い食いするしかないんじゃない?」
「うう…」
 空きっ腹をさすりながらあおいがうめいていると、古谷が「なんか蒸し暑くない?」と言い出した。
「言われてみれば…確かに」
 不審に思って渉が天井の空調の吹き出し口に手を当てる。
「エアコンの風、止まってます」
 それを聞いて優子も吹き出し口に手を伸ばした。
「ありゃ、本当だわ――先生、冷房の風出てません!」
 手を上げて優子が異常を申告すると、他の座席の者たちもそれを確かめてざわめき始める。添乗員が再びキャビネットの部分をいろいろ触るがエアコンの風は復活しない。
 そうしている間に、今度は照明が消え、シャンデリアからも光が失われた。
「…?」
 どうやら何か異常が発生しているらしく、添乗員は困惑顔で運転手と少し話し込むと、マイクを手にして事情説明を始めた。
「現在の状況をお知らせします。この停電の原因はおそらくバッテリーの充電が無くなったからだと思われます。冷房が使えませんで恐れ入りますが窓を開けて風を取り込んでくれるようお願いいたします」
「…マジかよ」
 予想もしなかった事態に戸惑いながら、手近な場所の窓を開けてゆく。
 バッテリーが弱っていた上に、長時間の大渋滞に巻き込まれたのでバッテリーに電力がチャージされなかったのではないかと古谷が推測を口にする。
「このバス、電力消費凄そうだもんね」
 車内照明は普通の照明だけではなく複数のシャンデリアがあるし、映画を流していた大型モニター、教師たちがいる先方には乗客用のポータブルの冷蔵庫も設置されていた。
「豪華観光バスの落とし穴ってやつかもね」
 そう言って優子は苦笑いを浮かべる。
「不幸中の幸いは、学校まで後少しの場所まで戻って来てるって事ですね」
「ほんと、渋滞中の高速道路の時だったら、何時間もサウナ中にいるみたいになっていたでしょうね」
 渉の言葉に香奈子が大きく頷く。
 そんなこんなでトラブルを抱えながらも、観光バスはなんとか学校の校門前に到着した。
 手荷物を持ち、降りる準備をしていたのだが、一向に観光バスの扉が開かないので、再び車内がざわつく。そんな中、再び車内アナウンスがスピーカーから流れ始めた。
「——運転手です。ご迷惑をおかけしています。電源が限界でドアの開閉システムが作動しない為、現在手動でドアを開けていますので、もうしばらくお待ちください」
 それを聞いた者たちはお互いの顔を見合わせ一言「…あかんやん」。
 その声は添乗員や運転手の耳にも入ったのか、乗客が下車する際、彼らはただ深々と頭を下げていた。

「最後のバスのバッテリー切れには驚いたけど…ま、これもめったにない経験だと思えばいい思い出になったわよね」
「先輩、トラブルは楽しむタイプですもんね」
 バスから下車した後、校門前でスポーツバックを手にした優子とあおいがそんな話をしながら笑っていると、「なんかバス、動けなくなったみたいや」と観光バスの様子を見ていた古谷が言い出した。
「ほんとだ、エンジン止まってるし、添乗員さん何処かに電話してるわねぇ」
 数人の教師も心配そうに観光バスの様子をみていたので、恐らく自力ではどうする事も出来なくなっているのだろう。
「先輩がバスを降りたから動かなくなったのかもです」
 そう言ってあおいが笑う。
「どういうことですか?」
 あおいの言葉に意味が解らず渉が訊く。
「はかせ先輩の周りにいるといろんなトラブルが発生するんですけど、先輩自身に被害がほとんど及ばないんですよ」
「…悪運強いんですね」
 優子自身がトラブルを招き寄せている、もしくは発生源である気もするが、本人はほぼ無傷というのは悪運が強いのだろう。
「日頃の行いがいいからね~」
 そう言い残すと、優子は「じゃあ帰るね」と言って香奈子やあおいと共に駅の方に歩き出した。そんな彼女たちの後ろ姿を見送りながら古谷が「優子ちゃんに被害が及んだら、トラブルの神様はそれを優子ちゃんから倍返しされそうやから、怖くてできへんのとちゃうか」と呟く。
「——確か先輩ならやりそうですね…」
 渉はそう答えると古谷と二人で小さく笑いあった。

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