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~年末恒例 夜間行軍~

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 12月31日大晦日の夜。
 府立珠河高等学校生物部には、先輩たちから受け継がれている毎年恒例の伝統行事があった。
 『夜間行軍』と聞くと何やら物々しい印象を受けるが、実際の所は大みそかの夜に京都の寺社仏閣をまわり、2年参りを兼ねた屋台を一晩中食べ歩くのが目的のイベントであった。
 大阪から京都へ電車で向かうには、JR、阪急、京阪があるが、運賃が安いという理由で集合場所は京阪電車の京橋駅前のコンコースになった。
 京橋駅前のコンコースはJR環状線と京阪電車の京橋駅の間にあり、京橋の待ち合わせ場所と言えばこのコンコースという場所である。
コンコースには大きなからくり時計があり、定時になると作動するからくり時計を楽しみにしている者も多い。そんな場所に渉が到着したのは、待ち合わせ時間の21時半より少し前であった。
「さすが大晦日…みんな京都に行くのかな?」
 普段は乗換えなどの乗降客が多く行きかう場所でもあったが、今日は大みそかという事もあり、遅い時間にも関わらず普段より待ち合わせをする人たちが多く、渉はそんな事を呟きながら生物部のメンバーの姿を探し始める。
「あ…いた」
 コンコースの中ほどの位置の隅の方に藤木と岡部、優子がいるのを発見した渉は、彼らと合流した。
「少年、集合時間より余裕を持って来るとは感心、感心」
 合流した渉に藤木がそう言って笑顔を見せる。
 久しぶりに会う藤木であったが相変わらずの様子だったので、渉は思わず笑いをかみ殺した。
「他の人たちはまだですか?」
「うん。集合時間までまだ15分はあるしね…」
 環状線の駅から出てくる人たちの波を見ながら優子が答える。
 自分の到着はかなり早いかと思ったが、それよりも早く着ていた先輩たちに少し驚きながら渉も優子の視線の先を追う。
「…なるほど、ここからだと環状線からこっちに出てくる人達がよく見えますね」
「渉君の姿は人が多いから見落としたけど…」
 そう言って優子は笑う。
「この時間なのに普段より人が多いですもんね」
「大晦日だからねぇ…あ、あおい発見」
 優子はそう言うと、環状線の駅から出てきて周囲を見回しているあおいの方へ向かった。
「こんばんは! お待たせしました~」
 優子に声をかけられ連れてこられたあおいは、合流一番元気にそう言って笑顔を見せる。大晦日の京都は初めてだから楽しみだと言うあおいの話の途中で華と古谷が合流してきた。
「…後は、香奈子さんと静香?」
 集まっている面子を確認した華が訊ねる。
「今回は洋司先輩も参加できるそうです」
「あら珍しい――今年は日本にいるんだ」
 例年、家族で新年は海外で過ごすのがパターンで、毎年、夜間行軍は不参加の洋司なので、華はちょっと意外というような表情を浮かべた。
「噂をすれば…」
 そう言いながら優子が人ごみの中に洋司と静香、香奈子の姿を見つけて、そちらに向かって大きく手を振った。それに気が付いた静香が洋司と香奈子に何やら言葉をかけた後、一緒にこちらに向かってきた。
「まだ時間があるのに、全員揃っているなんて真面目ね」
 合流するなり静香はそう言って笑った。そんな静香を見た藤木が驚いたように声を上げる。
「今夜は夜間行軍だぞ? その格好と靴ってお前わかっているのか⁈」
「何よ、どんな格好しようと私の勝手でしょ」
 そういう静香の服装は黒のニットのワンピースの上にフェイクファーのコート、ピンヒールといった水商売系のお姉さんといった風情ではあるが、特に変という格好という訳ではなかった。
「静香先輩の格好の何が悪いって言うんですか?」
 不思議に思ったのかあおいが尋ねると、藤木は「夜間行軍なんだから、動きやすい服装、歩きやすい靴が鉄則!」と即答した。
「まぁ~た始まった」
 うんざりした様に華はそう言いながら藤木を横目で見てため息を吐く。
「自分の価値観を人に押し付けるのいい加減やめたら?」
「何を言っているんだ! 今夜は八坂神社から平安神宮に行って、そこから北野天満宮に向かい、北野天満宮から南下して京都駅へ行って、湖西線で琵琶湖へ行って琵琶湖大橋で初日の出を見る予定なんだぞ!」
「…は⁈」
 藤木の行動計画を聞いた女性陣が即座に疑問符がついた声を上げる。
「八坂神社から平安神宮はいつものパターンだから問題ないけど…どうしてそこから北野天満宮へ行って、北野天満宮から京都駅、京都駅から琵琶湖大橋なんて話になるの⁈」
「我々三年生の中には大学受験を控えている者がいるので、学問の神様を祀る北野天満宮で合格祈願をしようではないか!」
 拳を作って主張する藤木に優子が疑問を口にする。
「深夜だからバスなんて走ってないし、私達、タクシーを利用するお金なんてないんだから、基本、京都での移動は徒歩ですよね? 先輩…そのプランの移動距離、どれだけあるかわかってます?」
「おう、ちゃんと地図帳で確認したぞ! すごく近い場所なんだから大丈夫!」
「地図帳ってまさか…」
 嫌な予感を覚える華や優子に藤木は笑顔で背負っていたリックから授業の補助教材として使っている地図帳を出してきた。京都の市街地図のページにしおりが挟んであり、そのページを開いて見せながら得意げに「ほら、地図によると、たったこれだけの距離しかないだろ?」と言って心配ないと笑った。その次の瞬間、華と静香が同時に藤木の後頭部を張り飛ばす。
「いてっ! 何をするんだ!」
「縮尺を全く考えてないでしょ!」
「縮尺? 何お話だよそれ?」
 何を言われているのか全く分からないといった様子の藤木の言葉を聞いて、それまで黙っていた男性陣も一斉に「あほか!」と声を上げた。
「皆で何だよ…地図が嘘をついているって言うのかよ」
 何故自分が非難されているのか解らず藤木が抗議の声を上げる。
「——あのさ…こっちのページの地図だと大阪から東京まで5㎝無いぐらいの近くに表示されてるわよね? 藤木の解釈をそのまま適応すると、これもめちゃくちゃ近所だからちょっと歩けば行ける距離になっちゃうわよね?」
「あ…」
 華の説明でようやく藤木は自分の間違いに気がついたのか、小さく言葉を漏らした後、絶句した。
 京都に行く直前に無茶苦茶な夜間行軍プランが発覚した為、大みそかから元旦にかけて京都市内を徒歩で縦断する事態は回避できた様だが、まだ何か起こるのでは? と思わずにはいられない渉であった。

 京阪電車の祇園四条で下車すると、駅周辺は既に大混雑になっていた。
 八坂神社の最寄り駅である京阪祇園四条駅と阪急河原町駅からは列車が到着する度に、駅から多くの参拝客が吐き出され、警察によって交通規制が敷かれている付近の道路では人でごった返していた。
「大晦日の京都って初めて来たけど、すごい人だね…」
 週末のキタやミナミの繁華街以上の人出に驚き、物珍しそうに周囲の様子を見て回りながら洋司が感想を口にする。
「毎年、大みそかはこんな感じよ…八坂さんの境内に入ったらもっとすごい人で押し合いへしあいになるから、迷子にならないように気をつけてね」
 洋司の横を歩いていた静香がそう言って笑う。
「…火の点いた縄を回しながら歩いてる人いるけど、あれは何?」
 八坂神社のある方向から火の点いた縄を手にして火が点いた縄先を小さく回しながら歩く人が何人も歩いて来ているのが不思議なのか洋司が訊く。
「あれは八坂神社のおけら詣りよ。神事で起こした火に願い事を書いた護摩木みたいなのを焼いて、その火を吉兆縄に移して家に持ち帰って帰るの。持って帰った火を竈の火種にして雑煮を作ったり、火伏のお守りにしたり、無病息災を願う縁起物みたいなものね」
 洋司の前を歩いていた華が詳しい解説をする。
「…へぇ、そうなのか」
 感心した様に洋司はそう言った後、先ほど駅の改札口にも縄を手にした人間が何人もいたことを思い出して「火を点いたままの縄を持って電車に乗るのはさすがにマズくない?」と疑問を口にする。
「ああ…改札付近に消火用水桶とか用意してあるから」という華の説明を加えた。
「なるほど」
 それを聞いて少し安心したような表情を洋司は浮かべる。
 八坂神社前の交差点付近に到着すると、信号待ちをする知恩院や八坂神社に行く参拝客に向かってキリスト教の信者なのか「悔い改めよ!」と書かれたプラカードを手にした人間が聖書の一説を朗読する音声をスピーカーから大音響で流していて、毎年恒例の光景ではあったのだが初めてそれを目にした洋司やあおい、渉の目が点になる。
「何ですか? あれ…」
 あおいが優子の袖を引っ張り尋ねる。
「見ての通りよ――キリスト教やイスラム教なんかは一神教だからね、自分たちの神様以外は悪魔だから、そこにお参りする人たちは悪魔の崇拝者で間違っているから、最後の審判で地獄に落ちる前に間違っている事に気がつかせてあげようって思って、ああしているみたいよ」
「はぁ…」
 クリスマスぐらいしかキリスト教には馴染みがないあおいが困惑の表情を浮かべる。
「熱心な一神教であるキリスト教徒やユダヤ教、イスラム教徒が多い海外の人から見れば、日本ってかなり変な国だからね」
 あおいと優子のやり取りを聞いていた洋司は苦笑いをする。
「お正月は神社に初詣して、聖バレンタインの日にはチョコが飛び交うし、お彼岸やお盆は仏教のお墓や仏壇に手を合わせて、ハロウィンで悪魔崇拝のバカ騒ぎして、クリスマスを祝って、大みそかは除夜の鐘」
 一年だとそんな流れで、一生だと、生まれてから神社へお宮参りに行き、七五三をして、結婚式は教会で行う事が多く、死ねば仏教の方法で葬式を行いお寺の墓に入る…様々な宗教行事が入り乱れそれをまったくおかしいと思わない日本人はかなり変な文化を持つ民族と思われているという。
「変かなぁ…?」
 今迄、それが普通の事だと思っていたあおいは首を傾げる。
「まあ、日本は八百万の神が住まう国っていうぐらいだから、他の神様に対して寛容なんやろうけどな」
 あおいの横にいた古谷がそう言って笑う。
「確かに多神教の方が他の宗教に関しては寛容かもしれないね」
 海外の様々と交流する機会が多いせいか、実際にそう思う事が多い洋司である。
 八坂神社の境内に入り、人の密集度が上がったのを感じながら洋司は「一番信用されないのは無神論無宗教の人間だけどね」と言う。
「え~私、信じる神様なんていないし、宗教なんてもっと信じてませんよ~」
 小さな体が人ごみで押しつぶされそうになりながらあおいが洋司にそう言って笑う。
「でも、神社やお墓に会釈をしたり、手を合わしたりするでしょ?」
「うん」
「本当の無神論者は、神社やお墓はタダの『モノ』だからそんな事しないから」
 そう言って洋司は苦笑いを浮かべた。
「みんなついて来てるか?」
 先頭を歩いていた藤木が後ろを振り返り、仲間たちに声をかける。
「…たぶん。こんな状態じゃわかんないって」
 本殿に続く境内の参道は既に通勤時間の満員電車のような状態で、人の流れに身を任せるしか出来ない状態になっていた。人波に乗って参道をしばらく歩くと、本殿前の開けた場所に出て、人の密集度が少しマシになった。
「みんな大丈夫?」
 人の流れから少しそれた場所で足を止めた華が、参道から流されてきた仲間たちを集めて気遣うと、「私、誰かの足踏んじゃった」と静香がそう言ってテヘ笑いを浮かべる。
「ピンヒールで踏まれた人、お気の毒」
 そう言って香奈子や古谷が笑う。
「私、圧死するかと思いましたぁ~」
 小柄で華奢なあおいがブツブツ言ってはいるが、まだまだ元気そうである。
「よし、全員いるな! 本殿にお詣りや、おみくじを引いたりしたい者もいるだろうから、ここでいったん解散。集合はここに0030(まるまるさんまる)に集合な!」
 自分の時計を確認しながら藤木が声を上げる。
 地図の縮尺勘違い事件で面目を失い凹んでいた藤木であったが、既にそのダメージからは復活したようであった。
「うわ~本殿前、お詣りの行列が出来てる…」
 渉が本殿前の人だかりを見て驚きの声を漏らす。
「おみくじを引く前に先にお詣りしないとね」
 優子がそう言って本殿前へ歩き出したので、他のメンバーも優子の後に続く。
「どこかから梵鐘の音がするね…」
 お詣りの列に並びながら洋司が首を傾げる。
「お隣の知恩院の除夜の鐘の音ですわ」
 古谷の説明に渉が「え? 知恩院ってそんなに近いんですか?」と尋ねる。
「この辺…東山は有名な寺社仏閣が集まってるから、社会の授業とかで習った名前がいっぱいあるで」と古谷が笑う。
「今回は行かなかったけど、去年は清水寺から三年坂を下ってここでお詣りして、その後知恩院の敷地を抜けて平安神宮に行くってルートだったわよ」
 優子が去年の夜間行軍のルート説明を渉にする。
「ええっ…清水寺って、京都でももっと遠い場所にあるのかと…」
「子供の頃、遠足とかでしか来た事が無い場所だから、道とか位置関係わかんないわよねぇ」
 香奈子も以前は自分もそう思っていたと笑う。
「京都や奈良は大阪から近いんだから、休みの日に日帰りでぶらぶら有名な場所を散策してみると、教科書には載っていない発見がいろいろあって面白いわよ」
 寺社仏閣周りが趣味の華が後輩たちにそんなアドバイスをする。
「寺社仏閣巡りって渋いなぁ…」
 それほど歴史に興味がある訳でもない渉が呟きを漏らしていると、後頭部に小さな硬い何かが当たった。
「いてっ」
 不意の痛みに驚いて渉は振り返るが背後にはお詣りを待つ人たちがいるだけで、何が当たったのかがよくわからない。
「?」
 首を傾げながら渉はお詣りの列に向き直る。列が前に進むうちに渉の後頭部に直撃したものの正体が判明した。
「あ~、お賽銭か…」
 行列の後ろの方から、賽銭箱に硬貨を投げる者がいるらしく、それが行列の前の方の人間を直撃していた。その数は本殿に近ずくにつれ増えていた。
「フード付きの服を着てたら、お賽銭集まるわね」
 背後から飛んでいくお賽銭を見て静香がそう言って笑う。
「お賽銭の横領はバチが当たるんじゃないか?」
 静香の言葉に岡部がそう言って笑っているうちにも列は前に進んでいく。背後から飛んでくる硬貨の雨の中、順番が回って来た参拝者は本殿に拝礼を済ませると、すばやく脇の方に退避する。生物部のメンバー達もその例に習うようにそれぞれのお詣りを済ませると、本殿の前から離れた。

 おみくじの方は増設コーナーが設置されていた事もあり、さほど待つことなく全員の手に各自が引いたおみくじの紙があった。
「やった大吉!」
 静香がおみくじを開いて喜びの声を上げる。
「いいなぁ…私、小吉」
「俺、中吉」
 お互いのおみくじを見せ合いワイワイと言い合うのはお約束。
 そんな中、藤木が自分のおみくじを開いて中を見た次の瞬間、再びおみくじを閉じたのを静香は見逃さなかった。
「あんた凶だったんでしょ?」
「な…何でもいいじゃないか」
 狼狽える藤木に静香は「ちょっと見せなさいよ」とおみくじを奪い取った。
「ほら、やっぱり~」
 藤木が引いたおみくじに予想通りの文字が書かれていて静香が嗤う。
「これ以上落ちる事が無いんだから、これからは上り調子になるんだよ!」
 藤木が少し拗ねた様な口調で静香に言い返していると、静香の手から藤木のおみくじを受け取りそれを読んだ優子が「あら?」と少し驚いた様な声を上げる。
「どうしたの?」
 華が優子に驚きの理由を尋ねると「このおみくじ、藤木先輩が言うように、これから良くなるってお告げが書いてあるわよ」と優子が答える。
「凶なのに?」
 不思議そうに訊く華に優子がおみくじで大切なのは吉凶の是非ではなく、肝心なのは書かれている和歌が大切なのだと言う。
「ここに書かれている和歌だと、風雪に耐えてきたけれど、それが報われて花が咲く喜びを謳っていて、解説にも、常に感謝の心を忘れなければこれから良くなるって書いてあるでしょ? みんな吉凶とか待ち人がどうこうとかしか読まなくて、肝心の神様からのメッセージを全然読んでいないのよね」
「おみくじの読み方って本当はそうなんだ…」
 初めて知るおみくじの読み方を知って、他のメンバーも和歌に目を通す。
「…なんか、難しくて意味が解らないです」
 自分のおみくじを読んでいたあおいがそう言って悲しそうに優子を見る。
「歌が解らなくても、歌の説明が書いてあるでしょ?」
「…あ、ありました」
 歌の説明文は理解しやすいのか、あおいは「頑張れば、必ずいい事があるって書いてありました」と笑顔を見せた。
「これからおみくじを読むときは他の部分もお忘れなく」
 そう言って笑う優子に藤木がそっと「ありがとうな」と囁くように礼を口にする。
「…あ、先輩。謙虚さを忘れず、慢心すべからずって忠告も書いてありますからお気を付けくださいね」
 藤木のおみくじを返しながら優子がそう付け加える。
「…はい」
素直に返事をしながら苦笑する藤木であった。

 大混雑の八坂神社のお詣りを済ました一行は丸山公園を抜けて平安神宮に向かって移動を開始した。
「あ…揚げ餅だぁ」
 八坂神社の境内にも様々な露店が立ち並んでいたが、あまりにも人が多すぎて気になってはいても買うタイミングがなかったので、あおいは嬉しそうに揚げ餅のキッチンカーへ走って行く。
「あ、いい匂い…私も食べる」
 揚げ餅の甘く芳ばしい香りにつられ静香と香奈子もキッチンカーに吸い寄せられていった。
「平安神宮に行けばいろんな露店があるから、ここで食べ過ぎんなよ」
 岡部が揚げ餅を買いに並ぶ女子たちに忠告の声をかける。そんな岡部の心配をよそに、食いしん坊女子たちのスイッチが入ったのか、深夜の買い食いのが始まった。
 揚げ餅の次に見つけたのは焼き芋。女子たちは戦利品を歩きながら頬張り、至福の表情を浮かべる。
 平安神宮に到着すると大鳥居の周辺には様々な屋台が立ち並び、食欲を刺激する匂いや音が参拝客を誘っていた。
 それまで買い食いはしなかったメンバーも、深夜となって小腹が空いてきたのか屋台でおいしそうなものを見つけては、買い食いを始める。
「あ、焼きそばも美味しそうね…」
回転焼きを食べていた華が渉が食べていた焼きそばを見ながら笑う。
「あっちに焼き鳥屋さんがあるんですけど、煙が美味しい匂いなんです」
「煙が美味しい匂いって…日本語としては変だけど解るなぁ」
 華がそう言って笑っていると、たい焼きを手にした優子が戻って来た。
「たい焼きかぁ…私と好みが似てるわね」
 そういって食べかけの回転焼きを見せる華に優子が「これベーコンエッグたい焼きなんです」と笑う。
「ベーコンエッグ⁈」
 予想外の食材に華と渉が驚きの声を上げる。
「他にも伸びるチーズの入ったスナックとか、トルネードポテトとかいうスクリュー型のジャガイモとか、面白いのがいろいろありましたよ~」
 優子は一応、周辺に立ち並ぶ屋台のチェックを一通りしたらしい。
「静香たちは?」
「静香先輩なら、さっきは洋司先輩とジャンボたこ焼きの屋台に並んでました」
 渉が焼きそばを買うときに、隣の屋台で並ぶ二人を見掛けたのを思い出して華に報告する。
「あの子もよく食べるわよねぇ」
 静香もあおいや香奈子と一緒に、揚げ餅、焼き芋を既に食べているので、それなりにお腹が膨れているはずである。
 そんな話をしていると、焼き鳥串と焼きトウモロコシを手にしたあおいが戻って来た。
「大量ですぅ」
 嬉しそうなあおいを見た渉が「うわぁ…」と何とも言えない顔で声を上げる。
「ん? どうしたんですか?」
「大きな焼き鳥串…何本乗ってるんだよ?」
「ジャンボ焼き鳥三本です。ネギま串とつくね、それにももで~す♪」
「それに焼きトウモロコシ…」
 あおいがチビで痩せの大食いなのは知ってはいるが、改めて小さな体にこれだけの食材が消えていくのを目の当たりにすると驚きのあまり言葉を失う。
「あおいちゃんはフードファイターになれるわね」
 そう言って華が笑う。
「私、早食いが出来ないから無理ですぅ」
 焼き鳥にかぶりつきながらあおいが首を振った。
「そういや、香奈子さんと藤木先輩、岡部先輩を誰か見た?」
 ベーコンエッグたい焼きを平らげた優子が立ち並ぶ屋台の方を見ながら訊く。
「んと…香奈子先輩はベビーカステラを買ってるのは見ました。藤木先輩たちはおでんの屋台の暖簾をくぐってましたよぉ」
「おでんの屋台ねぇ…まあ、あいつらは飲酒する様なタイプじゃないから心配ないか」
 そう言って華は回転焼きの残りを口に放り込んだ。
「信用あるんだか無いんだかよくわからないですね…」
 藤木たちの華の評価に渉が苦笑いを浮かべる。
「藤木がクソ真面目ってのだけは間違いないもの」と華は笑うと、優子と次に食べるものを探して屋台の方へ歩いていった。
「…あ、雪」
 水銀灯の光に照らされてきらめく雪に気が付いて渉が呟く。
「底冷えするなぁ…と思ったけど、ここは京都だもんな」
 雪を見上げてぶつぶつ言っている渉の横であおいが「美味しかった~」と嬉しそうな声を上げた。
「…え、もう食べちゃった?」
 驚いて見ると、あおいはジャンボ焼き鳥の串を三本と焼きトウモロコシも既に完食していた。
「じゃ、次の食料調達してきま~す♪」
 元気よくそう宣言して屋台の方に走っていくあおいの背中を見送りながら渉が呆れ顔を浮かべる。
「あおいちゃんの彼氏とか旦那さんになる人、色んな意味で大変だろうなぁ…」
 自分には絶対無理だと思う渉であった。

 平安神宮で様々な屋台飯を堪能した一行は大みそかから元旦にかけて終夜運転をしている私鉄に乗って大阪に向かっていた。
 明け方近い時間という事もあって車内はさほど混んではいなかった。
「幸せそうな顔をして寝てるなぁ」
 座席で眠りこけている静香と香奈子、あおいの三人を見下ろしながら岡部が呟きを漏らす。
「そりゃ、あれだけ食べたんだから幸せでしょうよ」
 華がそう言いながら小さく笑う。
「なんだかんだ言って結構歩きましたしね」
 あおいの横に座っていた渉がスマホの万歩計を確認して、一万歩以上の歩数がカウントされていた事を告げた。
「純粋な駅とか神社間の移動距離より、平安神宮ってだだっ広い場所に立ち並んでいた屋台の往復しての食べ歩きの歩数の方が多かったんとちゃう?」と古谷が笑う。
「…って事は、一番食べていたこの三人が一番歩いたって事になりますね」
 この三人は平安神宮に滞在していた三時間近くずっと何かを食べ続けていた。
「こいつら全種類制覇したかもな」
 そう言いながら藤木も笑う。
「見事な食べっぷりだったから、見ていて気持ちが良かったけどね」
「え~、私、見てるだけで気持ちが悪くなってきたわよ」
 洋司の言葉に反論する華の言葉を聞いて起きている一同から笑いが起こる。
「ピンヒールで一万歩以上歩き回ったのに、足が痛いとか言わない静香ってすごいわよねぇ」
 優子は大食い以上に、ピンヒールで歩き回った静香に驚いたようであった。
「ヒールの靴って歩きにくいってのはよく聞くけど…」
「普通の男子には解らないでしょうけど、高さのあるヒールって、ずっとつま先立ちしているようなものだから、長時間長距離を歩く靴じゃないの」と華と優子が口を揃える。
「一万歩でだいたい移動距離7㎞ぐらいだから、それをずっとつま先立ちって…」
 そう言った後、渉は「根性の人だ…」と呟いて絶句する。
「おしゃれな女子はいろいろ大変なんだから、一緒にいる男子はそんな女の子を気遣ってあげなきゃダメよ」
 少しお説教めいた口調で華が男子たちにそんな話をしていると、もうすぐ京橋駅に到着との車内案内のアナウンスが流れた。それを聞いて寝ていた三人を近くにいたメンバーが揺り起こす。
「…ん…なに?」
 寝ぼけまなこの三人にもうすぐ到着だと説明すると、まだ眠たい表情のまま小さく頷く。
「放っておいたらまた寝てまいそうやな」
 古谷が食いしん坊三人娘を見て笑う。
「今から帰宅すれば、朝食前にちょっと寝れるんじゃない?」
 優子が時計を確認してそう言うと、朝食という単語に反応したのかあおいの目がパッチリと開いた。
「朝ごはん!」
「まだ5時前なんだから、帰ってもすぐに朝ごはんって訳じゃないでしょ?」
 食べ物に関する単語でしっかり目を覚ましたあおいに呆れながら優子が笑う。
「元旦ってうち、朝が遅いから10時くらいからになるんですよね…」
 あおいがそんな事を呟いていると、電車は京橋駅に到着した。
 前日の集合場所であった京橋駅前のコンコースに移動すると、そこでいったん足を止め藤木が夜間行軍の終了宣言を合図に全員で「お疲れさまでした」の挨拶を交わす。
「夜間行軍…初めて参加したけど、いろいろ面白かったよ」と洋司が楽し気に静香たちに感想を口にしていると、環状線に乗り換えるはずのあおいが「私はここで」と言って方向違いの方へ歩き出した。
まだ寝ぼけているのかと優子が慌てて「そっちじゃない」とあおいを呼び止める。
その声に足を止め振り返ったあおいは「ちょっと牛丼屋で朝定食食べて帰りま~す」と答えた。
「え⁈」
 あおいの言葉に驚く優子の横で、香奈子と静香が「私も!」と言って駆け出す。
「…マジかよ」
 今から牛丼屋で朝定食を食べに行くという食いしん坊三人娘に、さすがに男性陣の目が点になった。
「さっきまで寝てたのによく食べられるわね…」
 呆れる華の言葉を聞きながら、渉は――妖怪食っちゃ寝——と心の中で呟く。
 夜明け前の元旦の朝。
 妖怪食っちゃ寝三人娘は楽しそうに京橋の街へ姿を消す。

 新年早々、今年もいろいろありそうな予感がする渉であった。
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