ここタマ! ~ここは府立珠河高等学校~

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~卒業!~

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春の柔らかい日差しを渉は眩しそうに見上げていた。
「すいぶん温かくなったもんだよなぁ」
 感慨深そうな表情を浮かべ渉は一人呟く。
 季節が巡るのは早く、気が付いたらいつの間にか渉も学校を卒業する季節を迎えていた。
「俺が入学した頃にはまだ本校舎はプレハブが並んでいる状態で、校内を工事用の車両が走り回っていたのにな…」
 今はそのプレハブ校舎は撤去され面影一つ残ってはいなかった。今は新しい本校舎と特殊教室棟は渡り廊下で連結され、L字校舎は珠河高等学校の新しいシンボルとして生徒たちに認識されている。そんな校舎の特殊教室棟の階段を渉は昇り始めた。
 渉の目的地はたくさんの思い出が詰まった生物実験室。卒業式が始まる前に訪れておきたかったのである。
 生物実験室がある四階に着くと、渉は誰もいない廊下を抜けて生物実験室の扉を開けた。
無人の実験室の様子を記憶に刻み付ける様に無言でしばらく見つめた後、渉は生物準備室に入っていった。
 アフリカツメガエルたちがいる水槽のエアレーションの音が響く生物準備室の奥に進むと、大きなケージの中でグリーンイグアナのラッキーが紫外線ランプで日光浴をしながら気持ちよさそうにまどろんでいた。
「…よう、ラッキー。気持ちよさそうにしてるな」
 ケージの前にしゃがみ込んだ渉が小声でラッキーに声をかけると、目をつむっていたラッキーが気だるそうに渉の顔を見る。
「今日、俺、卒業する事になったんだ――今までありがとうな」
 生物部に入部して初めて覚えたのがラッキーの世話だったので思い入れも強い。卒業する前に、そのラッキーに別れのあいさつをどうしてもしておきたかった渉であった。
「信頼できる後輩がたくさん出来たし、お前のお世話の心配をしなくて済んで良かったよ…これからもみんなに大切にしてもらえ…な…」
 そんな語りかけをラッキーにしているうちに様々な想いが込みあがてきたのか、渉は無言になってラッキーを見詰める事しか出来なくなった。
 しばし沈黙した後、渉は覚悟を決めた様に「よし」と自分を励ますように声を出すと立ち上がる。
「じゃあ、俺、行くな…」
 渉の言葉を意味が解っているのか解っていないのか、ラッキーは別れのあいさつに来た渉を片目で見送ると、静かに目を閉じた。

 卒業式の前、卒業生の胸に在校生たちが生花のコサージュをつける為、体育館の入り口では順番待ちの人たちでごった返している。そんな中、コサージュを付ける係をしていたユウが渉の姿を見つけて駆け寄って来た。
「渉先輩、ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
「コサージュ付けるんで、ちょっとじっとしておいてください」
 ユウはそう言うと、手慣れた様子で渉の制服の胸にコサージュをピンで留めた。
「これでよし…自分のクラスエリア内なら席順は自由だそうです」
「わかった…ありがとう」
 片手を軽く上げて歩き出した渉をユウは思い出したように呼び止める。
「…なに?」
「卒業式の後、部室に寄って下さいって、丸先輩からの伝言です」
「部室に? …了解」
 渉は短くそう答えると体育館の中へ入り、自分のクラスのエリアスペースに向かうと、適当な空いている席に腰を下ろした。
――卒業式が終わってから部室に寄って欲しいって…何だろう?
 文化祭で助っ人参加した以来、渉自身の受験などもあったので生物部後輩たちとも疎遠になっていた事もあり渉は首を傾げる。
――丸ちゃんと高橋君以外の新しい部員たちとは顔見知り程度だしなぁ
 そんな事を考えているうちにも着々と周囲の席が埋まっていっていた。
 卒業式開始時間の10時。それまで体育館の中に流れていたクラッシックのBGMの音が消え、放送部の司会進行役が舞台下右側に置いてあったマイクスタンドのマイクのスイッチを入れた。
「ただいまより大阪府立珠河高等学校の卒業式を始めます――」
 しんと静まり返った体育館内にそんなアナウンスが流れると同時に、自然発生的に保護者席から拍手が起きる。
――いよいよ卒業か…。
 厳かに始まった卒業式の間中、長いようであっという間だった三年間を振り返る渉であった。

 珠高の卒業式は厳かではあるが非常にシンプルな式次第で、卒業証書授与式は簡略化されて各クラスの代表がまとめて受け取るという形式だったので、式自体の時間は短いものであったった為、比較的早い時間に式から解放された卒業生たちであった。
 卒業式の後、体育館や校門前では卒業式を終えた者たちが集まり記念撮影をしたり、これからどこかに行こうかといった相談をしている中、卒業証書を手に渉は再び生物室に足を向けた。
 今度こそこれで最後だと思いながら生物室の扉を渉は開ける。躊躇する事無く実験室に入った渉を出迎えたのは多数のクラッカーの音と紙テープであった。
「…びっくりしたぁ」
 今日は卒業式関係で用事がある生徒以外は登校してきていない為、このようなサプライズが用意されているとは思いもよらず、渉は紙テープまみれになりながら驚きのあまり立ち尽くす。
 生物室の中では渉の後輩にあたる部員たちが全員集まっていて、朝来た時には何もなかった実験台の上にはお茶会の用意がされていた。
「…ささ渉先輩、こちらの席にどうぞ」
 丸山に促されるまま渉は真ん中の席に座った。
「——ええっと、俺に用ってもしかして…」
「渉先輩の卒業を祝しての追い出し会っす」
 戸惑う渉に高橋が笑いながら説明をする。
「追い出し会って…」
 苦笑いをする渉を挟む様に横の席に順子と律子が座ると「今日は先輩が主役なんで、私達は両手に花って事で」とにっこりと微笑んだ。
「…どういう事⁈」
「在学中、先輩って女っ気が全くなかったみたいなんで、今日ぐらいはハーレム気分を味わってもらおうかと」
 丸山の説明に渉は「悪かったな」と言うがその目は笑っている。
「はいは~い、これはみんなからのお祝いだよぉ」
 あおいがそう言いながら大きな花束を渉に押し付けた。
 こんな大きな花束をプレゼントとしてもらうのは初めてだった渉は、受け取った花束を手に複雑な表情を浮かべる。
「こんな気を使わなくて良かったのに…」
「私、ダブっちゃったから、渉くん一人にいろいろ責任を負わしてたしぃ、それでもこのクラブを守ってくれてありがとう」
 思わぬあおいの感謝の言葉に渉は驚く。
「このクラブはみんなで守って行くから安心してね」
 そう言ってウインクするあおいに順子が「あおいちゃんが言っても説得力無いけど」とツッコミを入れた為、一同から失笑に似た笑いが起きた。
「…あ、ありがとう」
 思わぬサプライズに感極まった様子の渉に丸山が笑顔を見せる。
「最後の生物部のお茶会、楽しんでください」
 丸山の言葉に不覚にも渉の目が潤む。
――いろいろあったけど、俺、生物部に入って良かった!
 心の中で叫ばずにはいられない渉であった。

<FIN>
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