旅するコロボックル

NKS

文字の大きさ
上 下
4 / 9

~episode3 巨人の都~

しおりを挟む
 巨人たちの都は、今までピリカ達が目にした巨人の建物とは比較が出来ないほど巨大で、そこを行きかう巨人の数も桁違いに多かった。
 アオが持つ籠バックの網目の隙間から外の様子を伺っていたピリカとエルは、ただ驚くばかりである。
 巨人たちの建物が森の様に立ち並び、空に届かんばかりにそびえる様子は異様な光景としか思えない。見渡す限り自然な状態の森は見当たらず、巨人たちの手で植えられた木々が整然と並ぶ様子もピリカ達からすれば違和感を覚える風景だった。
「…なんか、いろいろすごい所だね」
 巨人の都の異様な光景と雰囲気に飲まれたのか、ピリカが上手く言葉が出てこない様子で、驚きのあまり言葉を失っているエルに話しかける。
 強い光の点滅や聞きなれない電子音、車が出す騒音がずっと鳴り響いていて、木々のささやきや鳥たちのおしゃべりなど、馴染みがある音が一切聞こえてこないのもまた奇妙な印象だった。
「巨人たちはうるさくないのかな?」
 エルは様々な光や音が溢れるこの場所に何故かいら立ちの様なものを覚えていた。
「うるさくないから平気な顔してるんじゃない?」
 ピリカもこの街に馴染めないのか不愉快そうに答える。
「…この場所は自然の精霊の力がほとんど感じられない」
 ピリカが不安そうにつぶやく。この黄昏の国に来てからもピリカの友人であるさまざまな精霊たちに気配があったのだが、この巨人の都に近ずくにつれその気配は希薄になっていた。こんな事は初めてだったのでピリカは戸惑いを隠せないようであった。
「それに…死臭?」
 エルの鼻がわずかではあるが大地から漂ってくる悪臭を捉える。心が落ち着かないのは騒音だけではなくこの悪臭のせいもあるのかも…と思い始めていた時、アオが突然進む方向を変えた為、籠バックが振り回される形になったのでピリカとエルはバックの底にひっくり返る。
「アオ…どうしたの?」
 緊張が走ったアオの顔を見上げ、ピリカが問いかける。
「…すまん、ここは予想外に邪気が強く魑魅魍魎ばかりじゃ。いったん場所を変えて体制を立て直す」
 一歩的にそう宣言すると、アオは何かから逃げるように速度を上げて移動し始めた。走っている訳ではないのだが、ピリカ達の耳に風を切る音が聞こえ始める。
「景色が流れていく…」
 籠の隙間から見える風景が流れるように変わってゆくほど、アオは急いでいるようであった。
「…ここはまだ大丈夫のようじゃの」
 巨人の都の中心部にほど近い深い森に到着すると、アオはようやく足を止めて深く息をついた。
「何があったの?」
 事態が把握できていないピリカが珍しく動揺した様子のアオに尋ねた。
「ぬかったわ…この街の邪気がこれほど満ちておるとは…。お前たちに悪い影響があってはならぬ故、とりあえずこの地に避難させてもろた」
「?」
「ここは大昔、我らとまだ友好な関係であった頃の巨人の王が眠っている場所で、森の結界がある為、邪気の影響を受ける事が無い神聖な場所じゃ」
 アオが言うように、巨人の都の中であるにも関わらず、ここには様々な精霊たちの気配も感じられる場所だった。
「お前たちにはあの場所を跋扈する魑魅魍魎の姿は見えたかえ?」
「見なかったけれど…死臭がしてて…」
 不快なにおいを思い出してエルが嫌な表情を浮かべる。
「魑魅魍魎が出す臭いであろう…多くの巨人たちに憑りついておったな」
 不愉快そうにアオはそう言うと、森の奥へゆっくりと歩き出す。
「立派な木がいっぱい…」
「ここは巨人同士の戦いの時、災いの火を発する兵器が使われ、他の場所は火の海になったのだが、ここは聖なる力が強いので災いの火の難すら退けた場所であるからのう…木々達も無事だったのじゃ」
「巨人は大きな火を使うんだ…」
 ピリカ達の小さな火は使う事はあるが、大きな火は災いをもたらし、良い事などなにも無いのは周知の事実である。同族どうしの争いに他の生き物を巻き込む事など自然と共に生きる妖精にとっては信じがたい事であった。
「我らと共に生きていた頃は、巨人達も他の生き物たちの事を考える者たちだったんだがの…」
 残念そうにアオがため息を漏らす。
「どうして変わっちゃったの?」
「巨人たちに入れ知恵をした奴がおるんじゃ」
 ピリカの質問にアオは嫌悪感をあらわにする。
「巨人達こそがこの世界の支配者であり、それ以外の生き物は巨人達より劣っているので自由に支配して自由に搾取して構わないのだとそそのかした」
「支配して搾取…」
 ピリカとエルは困惑した表情を浮かべる。妖精族も動物たちも群れの中で優れた者が統率を取る事はあるが、それは支配とは違う。あくまで群れとしての機能維持の為の行為であり、助け合いの延長であった。同族だけではなく他の種をないがしろにすれば、必ず調和を乱すものとして排除され存在できなくなるのが世の常である。それなのに巨人たちにその災いが降りかからないのがピリカ達には不思議でならなかった。
「——そうして巨人たちは優越感に酔いしれ欲に忠実な僕になった…他の動物たちを殺して食べ、その食われた者たちの悲しみや苦しみ、呪いを受けた結果、巨人たちの霊性が落ちて魑魅魍魎に近い存在になった故、それに憑りつかれる者も多くなった」
「多くなったって事は、まともな巨人さんもいるんでしょ?」
「少しはな…ただ邪気が満ちた中で暮らしておれば、汚染されてその者たちも同じようになる」
 そう言うと、アオはあの場所にいてイライラしたり心が平穏で無くなったりはしていなかったか? とピリカ達に尋ねる。
「そう言えば…不愉快っていうか、イライラして心がささくれ立つと言うか…」
 この場所にアオが移動するまでピリカと巨人の街の感想を話していた時の気持ちを思い出してエルが呟く。
「それじゃよ…邪気が与える影響は。不愉快な気持ちはいら立ちに変わり、不調和を生み出し争いを生む」
「巨人さんたちは平気なの?」
 ピリカの問いにアオはこの世界は点と波で出来ていると告げる。
「?」
 何を言っているのか全く分からないと言った様子でピリカ達は顔を見合わせた。
「お前たちに理解するように説明するのは難しいのう…巨人たちならラジオみたいなものと言えば理解しやすいんじゃが」
 そう言ってアオは苦笑いを浮かべる。周波数によって電波が飛ぶ距離や音質が変わり、そこに流れている内容も違う。類は友を呼ぶという言葉があるが、これは自分の魂と同じ周波数を持つ者が集まる傾向がある事から出来た言葉であった。
 不平不満、苦しみ、悲しみといった心で暮らす者は似たような波長を持つものが集まり、常に心穏やかで愛や感謝といった者もまた、自分と同じような波長を持つ者と集まる。——ちなみにではあるが、アオなど神に近いものほど高波長である傾向があった。
 波長そのものに良い悪いは無いのではあるが、いわゆる負の感情とも評される低波長の世界を魑魅魍魎が好んでそこに属する為、高波長の世界に住む者からは地獄的不愉快な世界に感じるのも仕方がない事である。
 それぞれが好む環境…いわばそれぞれの天国なので、住み分けが出来ているなら問題はないのだが、困った事に強力な波は他の波へ干渉して影響をあたえる性質がある。光や音も世界を構成する波の一つでそれは魂へも影響を与える。その為、魑魅魍魎たちが好む波の力が強く、ピリカ達に影響を与え始めていたのに気が付いたアオは、慌ててこの高周波な場所に移動したのだった。
「朱に交われば赤くなる…まともだった巨人たちも邪気が強い場所にとどまり続ければ、邪気の影響を受け同じ波長になり、影響を受けなかった者たちは自分が心地よいと感じる場所に引っ越すことになる」
 それが巨人たちがいう天国と地獄の真相だとアオは言う。
「よくわかんないけど、私達には落ち着かない場所でも、巨人さんたちにとっては快適なんだね」
「そういう事じゃな」
 ピリカはアオの言葉を聞いて複雑な表情を浮かべる。
「巨人さんに入れ知恵をした存在って…何がしたかったの?」
「巨人たちに多くの不調和を作り出させてそれを喰らい自分のエネルギーとする奴らじゃ」
「それって…」
 エルが何かに気が付いたのか、思わず声を漏らす。
「まるで悪魔…」
「そうとも言うのう」
 アオがあっさりとエルの考えを肯定する。
「ピリカは巨人達が悪い子になった原因があるかもと言っておったの…その原因が悪魔である事も理解できたと思うが」
――それを知ったお前はどうするのだ?
 ピリカを見るアオの目はそう問いかけていた。

「俺達、見られてない?」
 巨人たちの昔の王が眠るという森の奥。聖なる力が宿るという巨石の前でエルが視線の様なものを感じてアオに小声で問いかけた。
「何か感じるか?」
「視線を…それも多い」
 場所までは特定できないが、多くの視線の感じ取ったエルが落ち着かない様子で周囲を見回す。その視線に敵意の様なものは感じられないが、こちらの様子をじっと監視しているようなそんな感覚がずっと続いていた。
「さすがじゃな…大自然の中を生き抜いてきただけはある」
 自然の中でのエルは野ネズミである故、危険を察知する能力が低ければ蛇や狐などに襲われ食べられてしまう。野ネズミとしては青年期のエルが生き残ってきたのは伊達ではない。五感はもちろんの事、第六感が働かなければとっくの昔に死んでたであろう。
「なんだろう? 気持ち悪いなぁ」
 正体不明のしかも複数から一切の挙動を監視されていると思うと、落ち着かない気分になるエルだった。
「我らが何をしに来たのか気になるのであろう」
 アオは視線を気にする事なく涼し気な様子でそう言うと、巨石の傍に広がる池のほとりで立ち止まった。
「大きくてキレイなお魚さんがいっぱい」
 池の中を泳ぐ赤や黒、金色の模様が入った魚を見つけたピリカが嬉しそうに声を上げる。
「錦鯉という魚じゃ…泳ぐ宝石と呼ばれておる」
「へぇ」
 初めて目にする錦鯉を興味深そうにピリカが見ていると、アオが笑う。
「そんなに身を乗り出して池に落ちたら、丸呑みにされるぞ」
「ピリカ美味しくないもん」
 そう言いながら、ピリカは慌ててアオのピアスにしがみつく。実際、ここの錦鯉の体長は1m近く、小さな妖精なら難なく飲み込めそうだった。
「ここで何を?」
 エルがアオに問いかける。邪気からの緊急避難としてこの森に来たとアオは言っていたが、わざわざ森の奥まで移動した理由があるのではないかと思ったからだった。
「この都の邪気から護る為に、ちょっとしたおまじないを施そうと思っての」
「まじない…」
「まあ、見ておれ」
 アオは楽し気にそう言うと、右手の人差し指をちょいと池から何かを引っ掻ける等に空に向かって曲げた。その瞬間、池の水がしぶきとなって噴き上がり、小さな水滴がアオの周囲にフワフワと舞い始めた。
「わぁ」
 水滴は太陽の光でキラキラと輝きを放ち、ピリカが歓声を上げる。
――パチン。
 アオが指を鳴らした瞬間に水滴は舞う力を失い、ピリカとエルを肩に乗せたままのアオに降り注ぐ。それにピリカは再び歓声を上げる。そんなピリカにエルは微笑みかけると、エルに「これで邪気の影響は減るし、あちらから我の姿は見えなくなるはずじゃ」と告げた。
「…まだ監視されているようですが」
 先程から感じている視線をエルはまだ感じていた。それをきいたアオが「そっちじゃない」と笑う。
「?」
「我の気は邪気が満ちた場所では目立って奴から丸見えだから、ここの聖水でカモフラージュじゃ」
「奴?」
「むやみにその名は口にしてはならん。奴を呼ぶことになるのでな」
「あ…」
 エルに言霊という概念の知識は無かったが、アオのニュアンスからそれが先程話に出ていた悪魔の存在である事を察し黙り込む。その時不意に背後から話しかける者がいた。
「…あの」
 アオは特に驚いた様子も無くゆっくりと声の方に向き直ると、そこに大きなネズミがアオに向かって平伏していた。
「我に用か?」
「どちらの大いなるお方か存じ上げませんが、突然声をおかけして申し訳ありません…」
 そう言って大ネズミは話を始めた。
 大ネズミはオロといい、この森に住むネズミ族の長なのだという。元々は巨人族の都にいたのだが、邪気が酷くなった為、正気を失わなかった者たちを引き連れこの森に避難してきたのだという。
「正気を失わなかった者という事は…そうでなかった者がいると?」
 エルが問いかけると、オロは深く頷いた。
「おかしくなった奴らは皆考える事を止め、理性も心も無くなり…あれはもう同族とは思えない有様で…」
 思い出すのも辛いといった苦悩の表情をオロは浮かべる。
「それで?」
 眉ひとつ動かすことなくアオはオロを見て、話の続きを促す。
「——この森の木を沢山切って、巨人達が使う電気というものを生み出す機械というものを置くという話を聞きました。この森の木を切ればこの森の聖なる力は失われ、我らだけではなく、この森に住む者たちが安心して暮らせる場所が無くなってしまいます」
「何と愚かな…」
 アオの表情が曇る。そんなアオにオロはそれを止めて欲しいと話した。
「出来ぬな」
「そこをどうか…」
 無碍なく断るアオにオロが食い下がっていると、茂みの中から数十匹のネズミたちが出てきて口々に助けて欲しいと懇願を始めた。
――複数の視線はこいつらだったのか…。
 エルは気になっていた複数の視線の正体を悟る。
「何故、我にそんな事を頼むのじゃ」
「普通の巨人とは違うお力をお持ちの様ですし、お連れには我らの同族もいて、何やら話をしているのを拝見していましたので、力を貸していただけるのではないかと…」
 藁にもすがる気持ちなのだろう。オロは思い詰めた様な目で「我らの願いをかなえて頂けるなら、お望みの物を捧げます」と言うと再び平伏する。そんなネズミたちにアオは「そんなもの要らぬわ」と吐き捨てるように言う。
「アオ、冷たいよ。みんながこんなにお願いしてるのに…」
 つれないアオにピリカが抗議の声を上げた。
「決まり故、我は巨人達がする事に介入する訳にはいかんのじゃ」
 そう言うとアオはそれに…と言葉を続ける。
「願いの対価を求めるのは悪魔の常とう手段——いつまで騙されておるつもりじゃ」
 オロにそう言うとアオはもう話すことは無いといった様子で歩き出した。
「…ネズミさんたち可哀想」
 失望した様子のネズミたちを振り返り、ピリカが呟く。
「彼らにどうしたら良いのか、知恵だけでも与える事はダメだったんですか?」
 同族たちの行く末が気になるらしくエルがアオに尋ねた。
「同情する気持ちはわかるがの。そもそも我はここにいるはずがない存在。最後まで面倒を見る訳でもないのに変に知恵を与えるなど無責任な事をする訳にいかぬであろう」
「それはそうですが…」
「案ずるな…この地に眠る古き巨人の王がそれを望まなければ、巨人たちの計画は頓挫するであろうしな」
「とっくの昔に死んじゃっている王様が邪魔するの?」
 ピリカが不思議そうな顔になる。
「肉体はとうの昔に土に還っておるが、魂はこの地にとどまっている故、王の魂の波長と合わない物がこの地に入って来れば当然その影響をうける事になる。言ったであろう、この世界は波で出来ておると」
 そう言ってアオは笑う。
 巨人達が多く使う電気もまた周波数というものを持っている。古き巨人の王の魂や森自体が形成した強力な周波数を持つ場に入れば、当然それらも場の周波数の干渉を受ける。
「まあ、考えられるのは機械が動かなくなる事かの」
 巨人たちが使う道具の多くは機械化が進んでいる為、計画が実行に移されたとしても道具が動かなくなるだけでも大幅な工期の遅れが生じる事は間違いが無かった。
「ここ以外にもこの都には清浄な場所は何か所かある」
 例えこの森が失われたとしても、その間に彼らはその地へ逃げる事は出来るだろう。無用な争いはしない、させない。それがアオの考えだった様である。
 神の化身と言われているのだから、もっと弱き者の為にその力を使うのだろうと思っていたピリカやエルは、あまりにもそれとはかけ離れているアオの事が理解できずにいた。
 アオが特殊なのか、神様とはみんなそういうものなのか、アオの横顔を見ながらピリカはよく分からないといった様子でそっと首を振った。

「ここがこの国を統べる巨人たちの長たちが集う場所じゃ」
 広大な土地にそびえたつ巨人の建物を前に、ピリカ達にアオはそう説明をする。
 目の前の建物はピリカ達が今まで目にした巨人たちの建物の様式とはまた違って、奇妙かつ独特の形をしていた。
「変な場所だね…ここ」
 ピリカが籠バックの網目の間から外の様子を伺いながら首を傾げた。
「何が変なんだ?」
 エルが訊ねるとピリカは「精霊さんとは違う変な気配がする」と首を傾げる。
「んとね…気持ち悪いって言えばいいのかな?…なんだろ?」
 それはピリカが今まで感じたことがない、ムズムズするような落ち着かない奇妙な雰囲気だった。
「建物の中を見たいか?」
 アオの話によると長たちの会議をする部屋は会議中でなければ見る事が出来るらしい。それを聞いたピリカは珍しく悩む様子を見せる。
「見てみたいけど…この変な気配が嫌…」
 いつものピリカなら興味を持てば何も考えずに見たがるはずなのだが、それをしない所をみると、よほど先程から感じている奇妙な気配が嫌であるらしかった。
「そうか…では、都を一望できる塔にでも行くか」
 そう言うとアオは歩き出す。ピリカが感じていた奇妙な気配は先程の場所から離れるにつれ、少しずつ弱くなっていった。完全にそれを感じられなくなると、ピリカはホッとした様子でそのまま座り込む。
「大丈夫か?」
 エルが心配そうに声を掛けると、ピリカは小さく頷いた。
「大丈夫…変な気配しなくなったし」
 エルは視線や殺気といった気配を察知する能力はたけているが、ピリカがいう自然のお友達だという精霊など、いわゆる物質でない者の気配を察知をしたり見る能力は持ち合わせていない。その為、この妖精が何を感じ取っていたのかはわからなかった。
「アオって怒る事あるのかな?」
 ピリカがアオの顔を見上げて小さく呟く。それを耳にしたエルは「どうだろう?」と首を傾げた。
 アオはピリカ達には出会ってからずっと優しくいろいろと気を使ってくれている。だが聖なる森で出会ったネズミたちに対する態度を見ていると非情な顔を持つ人物である事も間違いはないようであった。まだアオが感情をあらわにして怒るところは見た事は無かったが、怒らせたら恐ろしそうだとエルは想像してそっと身を震わせる。
「アオはどうしてピリカ達の案内をしてくれる気になったのかな?」
「面白そう、暇つぶしだからって言ってたけど…」
 そう答えながらエルも腑に落ちない何かを感じていた。
「ユキちゃんのところに行ってから…うまく説明できないけど何か変わったよね?」
「ピリカもそう思う?」
「…うん。アオ楽しそうにしている時も目が笑ってないの」
 この小さな相棒は普段無邪気でぽやっとしているようで、アオの変化を見逃してはいなかったようである。
「アオさ、巨人さん達のこといろいろ悪く言ってたけど、本当は好きで仕方がないんじゃないかな?」
「どうして?」
「…なんとなく、そんな気がしただけ」
 ピリカはそう言うと、再び外の様子を伺う。
 アオは電車に乗ったらしく、おなじみの轟音と定期的な振動が感じられた。
「巨人さん達、悪い子には見えないのにね」
 黄昏の国についてから目にした巨人達は、体こそ大きくてピリカ達からすればそれだけで脅威ではあったが、今のところ悪意や殺気を発している者の姿は確認していない。ただ白狐のユキの件や聖なる森の件を考えると、いろいろな問題の原因となっているのは間違いは無いようだった。
「この黄昏の国…想像していたのと全然違うし…」
 祖父の話で聞いていた黄昏の国や巨人たちの様子がかなり違う事もピリカは気になってはいた。
 祖父の話では巨人たちの乗り物は馬や牛と聞いていたし、今乗っている電車の事や電子音、点滅する強い光についての話は一言も出ていなかった。夜でも明るい天井もこの国に来て初めて知ったぐらいである。
「おじいちゃんが旅した国と本当に同じ?」
 自問してみるが、アオはおじいちゃんの事を知っていたし、おじいちゃんもまたアオの事は話していたのだから、違う国に辿り着いた訳ではないのも理解はできる。憧れでもあった黄昏の国——その地を旅するようになってピリカが理解したのは、「百聞は一見に如かず」という言葉に間違いは無かった事である。
「アオがいたら確かに安全だし移動も楽、寝る所や食べるものにも困らないけど…」
 本当にそれでいいのだろうか? ピリカの中にそんな思いも浮かんでくる。そんな相棒のわずかな表情の変化を感じ取ったのか、エルが「お前、なんか不穏な事考えてない?」とピリカの顔を覗き込んだ。
「何も考えてないよ? エルとの二人旅に戻ろうかだなんて」
「お前なぁ…そんな事、こんな所でそんな事したら何日生き延びれるかすらわからなくなるぞ」
「やだなぁ、ちょびっとそう思っただけだしぃ」
 あきれ顔になったエルにピリカはへらへらと笑ってみせる。
「巨人たちの都には自然に俺達が食べられるようなものが生えてる訳じゃないし、その前に絶対、巨人か車とかいうやつに踏まれる可能性が高い」
「だよねぇ」
 本当に解っているのかこいつという目でエルはピリカを見た後深いため息を吐く。
 ピリカがそんな事を考えていた事を知ればエルは悲しむのだろうか? それとも怒るのだろうか? おそらくアオはピリカが本心で望むのなら何も言わず見送ってくれるという気もするが、この国は自然の中で生活する小さな生き物にとっては過酷すぎるという事判ってきたので、あえてそんな無謀な事をしたいとも思わない。
 ピリカとは長い付き合いではあるが、たまに突拍子のない事を始める小さな妖精なので油断は出来ないと、エルは無邪気に外の世界を眺めているピリカの横顔を見ながら再び不快ため息を吐くのだった。

 巨人の都が一望できるという塔の上に到着したのは夕暮れ時だった。街は赤く染まった街は次第に夕闇に包まれ、家々に明かりが灯って大小さまざまな光がきらめき始める。それはまるで地上の星空のようだった。
「…キレイ」
 初めて見る巨人たちの都の夜景にピリカはその美しさに目を奪われた。
 塔の上からは見渡す限り光の海が広がっており、所々小さな光が列を作って動く様子は光の川のようである。
「この光は?」
 エルが自然界では有り得ない夜の輝きに驚きながらアオを見る。
「電気というもので作った光じゃ。これのおかげで夜も明るく過ごせる為に昼夜を問わず巨人達は活動を続けておる」
「巨人さん達寝ないの?」
 寝ないと聞いてピリカは目を丸くする。
「巨人達は全く寝ない訳ではないが、昼間働く者は夜眠るし、夜中に働く者は昼間寝るので、常に誰かが起きて活動しておるのでそう見えるだけじゃがな」と言ってアオは笑った。
「…彼らは一体何を?」
 街で見た巨人達は皆忙しそうにしており、何もせずにぼんやりしている巨人の姿を見る事がほとんどない気がずっとしていたエルは、その疑問をぶつける。
「——まあ、いろいろじゃな。お前たちと違って奴らは生きていくのに「金」というものが必要なので、それを得る為に働いておる」
 当然のことながら「金」という概念は自然界に住むピリカ達には無い。アオが様々な場所で金というものを巨人達に渡しているのを見て初めてその存在を知ったぐらいである。
「変なの」
 金というものの存在を知り、それ自体は食べられないが、それをめぐって諍いや殺し合いが起こると聞いたピリカが最初に漏らした感想である。
 食べる事は生きる事。ピリカにとってそれが一番大切な事で、衣服や寝床など生活回りのものに関しても自然界で調達できる。それらをめぐっての縄張り争いはエル達でもあるが、殺し合い迄発展する事は極めて稀だった。
 自然界では何でもタダである。そのタダであるありとあらゆるものが何故「金」なるものと交換でないと手に入らないという事自体、巨人たちの風習はピリカやエルの目からすれば極めて奇異に映った。
「…まさか息をしたり水も金がいるの?」
 恐々訊いたピリカにアオは「空気はただじゃが、水はこの街では金がいる」と苦笑する。
「え⁈」
 まさかの言葉にピリカとエルは顔を見合わせた。
「元々はタダなんじゃが、巨人達は様々なものを汚してしもうたので、汚れを取った水を飲むには金がいるようになったんじゃ――土や緑の浄化能力を超えてしまうほどひどい汚し方をしてしもうたのでな」
 巨人達が困るだけなら自業自得なので構わないが、生きる為に水が必要な他の動物達にも迷惑をかけているのだから質が悪いとアオはぼやく。
「この光も偽物。食べ物も天地の恵みの力で出来ていない偽物が多い。今の巨人の生活すべてがまがい物ばかりじゃ」
 それを聞いたピリカは眼下の街に視線を向ける。
「偽物ばかりに囲まれているうちに、それを本物だと思い込む様になった」
 アオはそう言うと、心の目が曇ってしまったので、今では偽物の神も見分けられられなくなったと小さく呟く。その呟きは小さな妖精達の耳には入ることは無かった。
「巨人の都は偽りの街…」
 ピリカは複雑な表情を浮かべ、美しく輝く巨人達の都を見下ろした。
しおりを挟む

処理中です...