猫足ルート

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オマツリさん

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「ただいまー」
「ん、お帰り」
家には巫女装束であぐらをかいてヤキソバを掻き込んでいるお姉ちゃんが居た。
我が姉ながらまるでおっさんだ。
「あ、アンタまた狐のお面買ってるし。毎年毎年、これで何個目よ。こんな気味悪いお面、なんで集めてるの?」
手土産を目ざとく見つけたお姉ちゃんが文句を言う。
「いいじゃない別に。妹の趣味に口出さないでよ」
「まあ別にいいけどね。おっ、出目金ゲットしてる」
私はリビングの水槽にビニール巾着の中身を注ぎ込みながら応える。
この水槽、もうこれ以上金魚入らないかも。
大きめの水槽だとは言え、一見水が赤く染まっているように見えるほどたくさん居るし。
「うん。あの人が取ってくれた」
「……あの人か。今年はどんな…」
「遥香、綾香、いるか?」
玄関から声が聞こえる。
お父さんの声だ。
私とお姉ちゃんは玄関に向かう。
玄関先では、お父さんがかき氷を二つ持って立っていた。
「イチゴとレモンどっちがいい?」
「レモン!」
お姉ちゃん、そんなに素早く取らなくても、私はイチゴを選ぶから大丈夫だよ。
「あと、金魚屋の原さんが、金魚五十匹位余ったから今年もあげようかって言ってきたけど、お前達、どうする?」
金魚掬いって、破れるハラハラ感を味わいつつ金魚を数匹掬うから楽しいのだと思う。
裏ルートから大量仕入れしても世話が大変なだけだ。
「もう要らない。屋台用だから一匹一匹は小さくても、もう水槽いっぱいだし。って事で原さんにはやんわりと断っておいて」
「それよりお父さん、バイト代頂戴」
「はいはい」
お父さんが姉に千円札を渡す。
「あー、いいなー」
「何言ってるの。若い子の方がいいからって婦人会のおばさん達におだてられて、まんまと一日受け付けさせられた身にもなってみなさいよ。しかも、うちの神社の巫女装束って重いし暑いの。妥当な報酬よ。もっと貰ってもいいぐらい」
お父さんが苦笑いする。
「かき氷で勘弁してくれよ」
 

うちのお父さんは澄川神社の神主だ。と言ってもお賽銭や行事の収入だけでは暮らしていけないので、昼間は普通のサラリーマンをやっている。
でも澄川祭の主催なわけで。
この時期はとても忙しい。
それこそ短期の巫女バイトが必要なくらい。
私は、巫女装束ってもっと厳かな儀式の時だけ着るものだと思っていたけれど、婦人会のおばさん達によると「せっかく神主さんのところに若い娘さんがいるんだから出し惜しみはもったいない」らしい。

「父さんは今から、商工会の反省と改善点を考察する会、母さんも婦人会の慰労会だから、二人で留守番していてくれるか?話し合いが長引いて、帰るのは深夜になるかもしれないけど」
『つまり、二人とも飲み会でしょ?』
お姉ちゃんと完全に被った。
お父さんは苦笑い。
「と、いう事だ。じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
「二日酔いになるまで飲まないでよね」
わかってるわかってると言いながら、お父さんは堅苦しい名前の飲み会に出掛けてゆく。
「わかってるって言って、毎年毎年、翌朝呻いてるのはどこのどいつだか」
「ねー」
お姉ちゃんと二人で、かき氷をサクサク食べつつリビングに戻る。
赤くて甘い。
リビングの水槽では赤くていっぱいの小さい金魚に混じって、一匹の黒い大きな出目金が悠々と泳いでいる。
ちらっとそれを見たお姉ちゃんが、さっきの質問を続ける。
「で、オマツリさんはどんな感じだった?」
「んー、いつもと変わらなかった。覚えて無いし、思い出せてもないと思う」
「そっか。今年も進展無し、か」
 

オマツリさんは、澄川祭の二日目に現れる。
夕方、薄闇のベールが辺りを覆う頃、ふいに境内に現れる。
今日も、どんな風に現れるのか絶対突き止めてやろうと思って見張っていた。
でも、気がついたら、いた。
まるでさっきからそこに居たように……なんてありきたりだけど、正にその表現がぴったり。
そしてふらふらと屋台の行列に向かって歩いてゆく。
去年と同じように。
いや、去年だけじゃない。
お父さんが子供の頃から、ずっと同じ顔で見た目で中身で。
いや、もしかしたらもっと昔からなのかもしれない。
ただ一つ分かるのは、ヒトではないって事だけだ。
初めて私の一家がオマツリさん(勝手に私達が呼んでいるだけだが)に関わったのは、お父さんが子供の頃らしい。
その時、お父さんはお父さんのお母さん、つまり私のおばあちゃんとお祭りを回るはずだった。
でも、おじいちゃんだけでは人手が足りず、おばあちゃんもお祭の手伝いに借り出されたから、仕方なく一人でいたらしい。
半ベソになりながら境内にいたら、そいつが声をかけて来た。
「お前、迷子なのか?」って。
で、なんだかんだで一緒に回ったらしい。今思うと不用心だけど、ソイツは悪いヤツじゃないから良かった。
いいヒトではないけれど。
そして、花火を見終わってから。
お父さんが「もう帰るね」って言った途端。
ソイツは様子がおかしくなった。
そう、今日、私がついあんな事を言ってしまった後のように。
そして、今日のように、神社と駅の丁度真ん中辺りにある橋から、飛び込んだ。
ソイツの後を追いかけて橋まで行ったお父さんは、人が欄干から落ちるのを見て相当ショックを受けたらしい。
それはそうだろう。それに、人が身投げしたと言うのに、周りの人間――祭が終わり、神社から駅へ向かう人達――は素知らぬふりだった。
お父さんは水面を覗き込んだけれど、暗くて何も見えなかった。
そして気が動転していたお父さんはそのまま家に帰った。

次の年。
お父さんはおじいちゃん達の手伝いで境内にいた。
そして辺りが薄暗くなった頃。
お父さんは、見つけた。
去年一緒にお祭りを楽しんだお兄ちゃんが賽銭箱の前にいるのを。
去年のは事故で、結局無事だったんだ、と思ったお父さんは声をかけた。
「お兄ちゃん、覚えてる?去年もここで会ったよね」
そいつの反応はこうだった。
「お前……誰?
去年って、……え?
去年?
……イツ、ドコで……
アレ……そもそも……、オレ、ハ……」
そして、橋の方へ駆けていったという。
お父さんは怖くて怖くて、泣きながらおじいちゃんに全部話した。
去年の事、そして今さっきの事。
そしたらおじいちゃんは笑ってこう言ったって。
「祭の夜だからなあ。ヒトじゃないモノだって沢山いるさ。そんなモノの中には、自分が何なのかわかってなくて苦しんでいる奴もいる。祭の間は思い出さずに楽しめているのだったら、精一杯楽しませてあげなさい。覚えていないのなら、初対面のように振る舞いなさい。誰もが楽しめるようにうちが祭を開催しているのだから」
おじいちゃんの言葉を聞いた途端、すうっと恐怖が消え、逆に、自分がダレなのか分からないなんて可哀相、とお父さんは思ったそう。
その年はもう会えなかったけれど、その次の年。
そのまた次の年も。
お父さんは、密かにオマツリさんと名付けたソレに会い、一緒に祭を楽しんだ。
でも楽しい祭にも必ず終わりはある。
祭が終わると、帰る人の流れに混じってオマツリさんは、迷う。
自分がどこに帰るのかを。
そもそも自分は何なのかを。
お父さんは一度だけ、祭が終わってもすぐに別れずにオマツリさんに問い詰めたことがあるらしい。
「お兄ちゃん、何処に住んでるの?」
「…………」
「お兄ちゃん、何歳?」
「…………」
「お兄ちゃん、名前は?」
「…………」
オマツリさんは目を見開いて、カタカタと震えていた。
何も答えられずに。……答えが分からずに。
そして、何も言わずに走り出して、お父さんが後を追っていったら、数年前と同じ光景が目に入ったって。
「お兄ちゃん!」呼び止める声なんか、全く聞こえていないみたいだった。
そしてまた、暗い水面。
波紋さえ立たずに、静かすぎる水面。
飛び込んだのは確実なのに、その後と跡がない。
何にもない。
なのにまた次の年にはぼんやりと賽銭箱の前に立っている。
お父さんは、オマツリさんの「過去」と「未来」を考えるのを止めて、祭りの間の「現在」を一緒に楽しむことにした。
なんだかんだ言って、オマツリさんといるのは楽しかったからだ。
だけど、それも小学生のうちで、中学生になってからの澄川祭は、友達と回ったり、おじいちゃん達の手伝いをしたり。
大学生になってからは地元を離れて大学に通っていたので、そもそも澄川祭自体行っていなかった。
そして、神社を継ぐということでここに戻り、お母さんに出会って結婚し、お姉ちゃんが生まれた。
お姉ちゃんが六歳の時、お母さんがお姉ちゃんをお祭に連れて行く約束をしていたけれど、用ができどうしても行けなくなってしまった。
六歳の女の子を、一人であんな祭の人混みの中に紛れさせるわけにはいかない。
その時、お父さんは思い出した。
オマツリさんの事を。
お母さんとお姉ちゃんにオマツリさんについて手短に説明し、もしかしたらいるかもしれないと、夕方、賽銭箱の前に行ってみた。
案の定、オマツリさんは居て、屋台が並ぶ通りに向かおうとしている所だった。
オマツリさんは相変わらずで、もう二十年は経っているのに、見た目は初めて会った時と全く同じだった。
お父さんはオマツリさんを引き止めて、お姉ちゃんを連れて回ってくれないかと頼んだらしい。
「見ず知らずの他人にお子さんを預けていいんですか」と言っていたが、事情を話して、初対面だが信頼できそうだから、と言ったら苦笑しながらも引き受けてくれたという。
子守賃としてお金を渡そうとしたら、断ったらしい。「どうせ連れなんかいなかったので、構いませんよ」って。
お母さんは見ず知らずの、しかもヒトじゃないかもしれないモノに子供を預けるのに猛反対していたけど、オマツリさんを見たら、何故か大丈夫だという気になったらしい。
勿論、お姉ちゃんには、もし何かあってオマツリさんと別れたら、お父さんが受付をやっている、澄川祭本部の所まで来なさいと言い含めた。
 
残念ながら、花火が上がる前にお姉ちゃんは本部に来てしまった。
子供ながらの無邪気さから「お兄ちゃん、名前、何て言うの?」と聞いてしまったらしい。
結局、お姉ちゃんがオマツリさんと二人で澄川祭に行ったのはその一回だけだった。
私が生まれ、歩けるようになるとお姉ちゃんが私の手を引いて、二人でお祭りに行くようになったからだ。
そして、お姉ちゃんは勿論、私も物心ついた頃にお父さんがオマツリさんについて今までの経緯を話してくれた。
それを聞いて、私もオマツリさんに会いたくなって、去年から澄川祭が始まると賽銭箱の前に向かうようになった。
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