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蛇と苺とクリスマス

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「なあ」
「何だ?」
「今日って何の日か知ってるか?」
「もちろん。恋人達が聖夜を共に過ごす日だろ。まあ、俺達には関係ない話だ。あれ、デジャヴ?」
「なあ、なんで俺らには関係ないんだろ。あれ、デジャヴ?」
「そりゃあ、去年同様に恋人がいないからじゃないか」
「なんで去年同様に恋人がいないんだろ」
「それを考えたら負けだと思わないか」
「今の俺の考えを言おうと思う」
「じゃあ俺も言ってやる」

「「 飽きた (激しくデジャヴ) 」」

今日は言わずもがなクリスマスイブ。だが俺と圭には関係ない。
去年同様、男二人で冬休みの課題に四苦八苦中だ。
「去年はクリスマスケーキ作ったよな」
「しっちゃかめっちゃかで結局失敗した挙句、姉ちゃんの材料を勝手に使ったせいで大分怒られたけどな」

去年は俺の家で勉強会を実施し、今と同じように課題に飽きた結果、不器用男子高校生二人でクリスマスケーキ作りという無謀な挑戦をしたのだった。

「まあ、あの後広斗の姉ちゃんが余った材料で小さいケーキ作ってくれたから良かったけどさ。あれはうまかった。」
「お前はいちごが乗ってたら何でもいいんだろ」
去年、失敗作なクリスマスケーキを作りながら学んだのは圭が大変なストロベリー星人であることくらいだ。
「いやそういうわけじゃないけどさ」
そう言いながら圭が寝転ぶ。

ちなみに今年の冬休み課題粛清会は圭の家で行われている。
もう少し細かく言うとコタツで並びながら。
俺の家にはコタツがないのでこの温かさはとても羨ましい。
俺も圭の隣でごろんと寝転ぶ。
思わず欠伸が出る。
よく圭が、学校から帰ってコタツで勉強しようと思って気がついたら朝だった上に風邪を引いたなんて言っていたけれど、その気持ちがよく分かる。
課題をしていた時間は僅かだったけれども、数学とうまく向き合えない俺は一問だけでも肩が凝ってしまうな。
伸びをしたくなって目一杯腕を伸ばす。

腕を伸ばしきった時、指先が何かに触れてカサッと音を立てた。
「ん?」
つるつるとしたビニールの感触。指先で捉え、目線をやるとどうやらハガキのようだった。
「あー、それ、年賀状。書かなきゃなー」
俺がつまみあげたそれを圭が指に挟む。
無地の年賀ハガキ五枚セット。
「俺、小学生以降、年賀状なんて書いたことないや」
「まあ、今時みんなSNSで済ますもんな」
コタツでごろんとしたまま、うだうだ会話を続ける。
「俺、じいちゃんばあちゃんには小さい頃から年賀状送ってて。未だに、圭くんからの年賀状届いたよって喜んで貰えるからなんとなく続けてるんだよね」
「へえ~。祖父母孝行だな」
「文字だけだと埋まらないから干支の動物とか一応描いてるんだけどさ」
圭は意外にもちょっとしたイラストを描くのがうまい。
「来年は……巳、だから蛇か」
「そうそう。ニシキヘビと、ガラガラヘビと、ハブと、マムシの描き分けが上手くできなくて……」
「いや別にその必要性はないだろ」
蛇マニアか?
「ていうか、蛇ばっかり描いてて思ったんだけど、蛇ってシンプルすぎね?」
コタツ、あったけぇ。
「いや、シンプルなのが蛇だろ。シンプルでも毒あったりするし」
「手とか足とかあってもいいじゃん。翼が生えてたり、火を吹いたりしてもいいじゃん」
「ドラゴンは今年の干支だったはずだ」
もはやそれは蛇じゃないぞ。
「あー、いちご食いてえ」
「圭がいちご大好き人間なのは知ってるけど、あまりに唐突すぎるだろ」
「いや、蛇の話してたら蛇苺の味を思い出して」
蛇苺って毒があるんじゃなかったっけか。
「そういえば母さんが昨日買ってたな。広斗、ちょっと一階行って取ってきてくれない?冷蔵庫の中にあると思う」
自分で行けよ。
「勝手に食べるとマズイんじゃないの。去年のクリスマスケーキの材料みたいにさ」
「大丈夫だって。この家にいちごがあったとしてそれを俺が食べてはいけないわけがない!」
この家のいちごは俺のもの宣言。
「あーはいはい。ぶっちゃけ、コタツから出たくないんですが」
おそとさむい。
「俺もに決まってんだろ。だから広斗に頼んでるんだよ」
「自分で取ってこい!」


圭が持ってきたのは大皿に山盛りのいちごと。
「ロールケーキ?」
「うん。食べていいって母さんのメモがあった。食おうぜ」
二人で分けるには少し長いくらいのロールケーキが一本。
「そういえばさ、クリスマスの、ロールケーキのお菓子あったよな。何だったっけ?」
早速いちごを頬張りながら圭が言う。
「あー、ブッシュドノエルだっけ?切り株のやつ」
「それそれ。俺、前にそれ作るのテレビで見て、フォークで木目の模様を付けるのに感動してさー」
「ふーん。で、何が言いたいんだ?」
「生クリーム塗るだけだったら俺達でもできるんじゃないかな」
またか。去年も、置いてあった姉ちゃんのレシピ本を圭が見つけて、いけそうな気がするなんて言い出したんだった。
できないくせにお菓子作りは好きなのか。
でもまあ、生クリームを買ってきて塗るだけだったらいけそうな気がしなくもない。
俺も実はやってみたいんだ、フォークで木目つけるやつ。


圭の家から徒歩三分のスーパー。
生クリームを探していると、もう泡立て済みのあとは絞るだけというものを発見した。
「圭!」
ふらふらとお菓子コーナーに立ち寄っていた圭を呼び寄せる。
「泡立てなくていいしこれでいいんじゃね?」
「うん、それにしよう。それとさ、これ」
圭が差し出したのは某きのことたけのこのお菓子。
「どっちがいい?」
「どっちって?」
「上にいちご以外にも何か乗っけたほうが豪華に見えるだろ」
いちごは乗せる前提だったのか。
「じゃあ、きのこ」
「えっ」
「え?」
何故驚く。
「広斗がきのこ派だったなんて……。たけのこを選ぶと思ってたけどあえて試したのに……」
日常に潜む意外な試練。
俺は試されてたのか。
「いや知らないし。俺きのこ派だし」
この後、きのこを買うかたけのこを買うかで少し圭と揉めたのだが、結局、両方買うことにした。


「あ」
圭の家に帰り、買ってきた生クリームを絞り出そうとした寸前、圭の動きが止まった。
「どうした」
「いや、切り株だから、茶色いクリームじゃないといけないんじゃないかなと思って」
確かにそうだ。
「ココアか何か混ぜようか」
「うん、ココア取ってくる」
圭が粉末ココアを取ってきた。
俺は混ぜられるように生クリームの袋を開けて待っていた。
「どのくらい入れればいい?」
「茶色くなる程度に、適当でいいんじゃね」

どばぁ。

こいつに入れさせたのが間違いだった。
濃い茶色にはなったが、混ぜても混ぜても妙に粉っぽい。
「馬鹿じゃねーの。圭の馬鹿。どうすんだよコレ」
「大丈夫だ問題ない」
圭は俺の手から絞り袋を奪い取ると、ロールケーキに塗りたくり始めた。
「綺麗に塗れない……」
「上からいちごときのこ乗せるから大丈夫だろ。味はともかく」
ロールケーキにココアパウダーをまぶしたみたいになっている。
なんとか圭がクリームを塗り終わった。
「さて、いよいよここだ」
圭が、クリームに木目をつけようとフォークを手に構える。
「いくぞ」
「わかったから早くやれって」

ぐちゃあ。

こいつにさせた俺が間違いだった。
「馬鹿じゃねーの。中のロールケーキまで削れてるだろが。もっと優しくやれよ」
木目どころか大規模な虫食い穴になっている。
「俺がやる」
「広斗だってやりたかったんじゃん」
「圭にはもう任せられない」
圭からフォークをひったくって慎重にクリームに跡をつけていく。
圭よりは大分マシにできた。
後はトッピングを乗せるだけだ。
「俺いちご乗せる!」
「あーはいはい、わかったって」
圭はいちご、俺はきのことたけのこを切り株状ロールケーキに盛り付けていく。

数分後、ロールケーキは2箱分のチョコ菓子といちごにびっしりと覆い尽くされていた。
もはや土台が見えない。
生命力に溢れすぎている切り株だ。
「よっしゃ完成!」
「食べるか」
「おう!」
俺と圭はそれぞれ端からフォークを突き刺してケーキを口に運ぶ。
味もまあ、悪くない。
よく考えたら市販のロールケーキに生クリームを塗っただけで味に関係する作業はしていないのだから当たり前だ。
少し粉っぽいけど。


これはこれで楽しいクリスマスイブなんじゃないか。
あれ、デジャヴ。そうだ、去年も思ったんだ。
いや、でも来年こそは恋人と……。
あれ、今、俺と圭は高二。ということは来年は受験生じゃないか。
と、いうことはクリスマスなんて存在しないわけで。
一瞬気が重くなったが、深いため息は甘い甘いブッシュドノエルで打ち消した。

「いちご!うまい!いちご!うまい!」
俺の分も残しておけよ、いちご星人め。

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