【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

文字の大きさ
17 / 136
幕末動乱篇4 暗中飛躍

暗中飛躍(3)

しおりを挟む
 聞多は翌日から動き出した。
 晋作や桂と話をつけること。
 そして、エゲレスに行くための道筋を掴むこと。

 まず高杉に世子様の言葉を告げ、都に行くことの確約を取らねばならない。その後は桂に会いいくつかの約束をしてもらう。
 これが数日の間にできなくては、異国に行くことはできないかもしれない。頭を下げまくるか、それくらいしかできそうなことは浮かんでこなかった。

「高杉、いるか」
 聞多は声をかけると、高杉の部屋に入っていった。
「来たな。京から誰がくるかと待っていたら聞多とはな」
 愉快そうに晋作が笑っていた。聞多はその笑顔にムカついていた。
「わしでは不満か」
 どうにも腹の虫が治まらないでいた。
「まぁ予想の範囲だな。久坂は離れられんだろうし、他のもので、僕を言いくるめる事ができそうなのは、君ぐらいだろうってことだ」
 何でこんなに楽しそうにしているのか、晋作の頭の中を、かち割ってみたくなっていた。
「ふん、その久坂の言葉だ。これからは京が中心で動く、将軍の上洛も決まっている。京に来てやるべきことを一緒にやってほしい。とのことだ」
 遊んでいるのはお前くらいだと怒鳴りたくなるのを、どうにか抑えていた。そんな聞多の気持ちを知ってか知らずか、つまらなさそうに言っていた。

「ふん、それで面白いことでもやれるとでも言うのか」
「いいじゃないか。京も色々面白いぞ。わしは一緒できんのが残念じゃ」
 晋作はあれっという顔をしていた。確認するように尋ねていた。
「聞多も一緒に京に上るのだろう」

 晋作の顔を正面から見て、聞多は言った。表情の変化を見逃さないように。
「確かに京には共に上る。その後多分、亡命扱いでお役目から外れるはずじゃ」
 聞多は姿勢を正し、手をついて頭を下げた。
「すまぬ。わしを盟約から外してほしい。わしだけじゃない、俊輔と山尾の3人じゃ。どうしてもエゲレスへ行く。勉強をしに行きたいのだ」

 少し間をおいて高杉が答えた。
「ふむ、それも一つの攘夷に違いない」
 あっけなく終わった。
「わかってくれるのか」
 今までの鬱憤はどこに行ったのか、と思うくらい明るい声がでて己でも驚くくらいだった。
「聞多の宿志実現か。エゲレスに行って形にして来い」
 こんなに心強い言葉今まであったのか。気安いといえばそれまでだろう。晋作が応援してくれることが、こんなにも心強かったんだ。
「ありがたいのう。海軍と言えばエゲレスじゃ。きっと我が物にしてくる」

 聞多は頭を上げて続けて言った。心からそう思えた。晋作の笑顔が、道筋を照らす光にも思えた。これで、一歩進んだ。

「それはともかく、3日後には出発するので、準備するのを忘れんでくれ」
「あーわかった。京には行ってやる」

 高杉との打てば響く感じが、聞多にはかけがえのないものに思えた。但しこれから色々話さなくてはいけない人達とも、上手く行けるかは別問題だと気持ちを引き締めた。

「わしはまだやらねばいけん事があるんじゃ。己のことはやっちょいてくれよ」

 高杉にそう言い残して、聞多は去っていった。後ろ姿を見ながら高杉は、この男の行動する姿が羨ましかった。自分の中の正解を形にする事が難しいのは、この男だって同じだろう。なのに自分は、ただもがいているしか、出来ていない気がしていた。なにか形になるものが、できたことがあったかと。

 聞多は次は桂と会わなくてはと考えていた。その前に今回の旅費を会計方にもらっておこう。高杉との旅だ、きっと面倒がいっぱいありそうだ。余分に貰っておかないときっとやってられん。
 そうして交渉で銀百匁手に入れた。足りなくなったら追加できるよう桂さんに取り計らってもらおう。それも重要な事案だ。

 桂に面会を求めるとすんなり通された。
「俊輔から話を聞いたぞ。エゲレスに行くことを考えているそうだな」
「そうです。わしら攘夷を働く為にも、異国を知るべきだと考えました」
「なるほど、確かにそういう考えもあるの。村田蔵六がここの者は洋学が身につかんと、嘆いておったから良いことだと思うだろう」
 村田蔵六、たしか晋作が火吹き達磨と言っていた、あの。
「村田蔵六様ですか」
 鍵になる人物かもしれないと頭に残すため、聞き直すふりをした。
「私が口説いて招いた学者だ。きちんと挨拶しておいたほうが良いぞ」
 桂が笑いながら言った。これは間違いなく会うべき人物だと、聞多は思った。
「実際行けたら面白いだろうな。私も行きたいくらいだ」
 思いもがけない言葉に、聞多はどう反応したら良いかわからなかった。
「いずれ行くことができるようになるでしょう。その時はぜひご一緒に」
 そう答えるのでいっぱいだった。続けて言った。
「高杉との上京の件ですが、費用の事よろしくおねがいします。とりあえず銀百匁頂きましたが、高杉には七十とするつもりなので、口裏合わせおねがいします。その上追加できるよう取り計らって下さい」
「あぁわかった、好きにしろ」
「ありがとうございます」
 聞多が立ち上がろうとすると、桂が話しかけてきた。
「俊輔を連れて行ってくれよ」
「当然です」
 聞多は笑いながら答えて出ていった。

 これで一通りの事は済んだ。気になったのは村田蔵六の事だった。気難しそうな蘭学者で兵学者、江戸留守居役でもあったかな。こういう流れで桂が口にしたのだから、間違いなく関係者の一人か。覚えておくべきだと聞多は考えた。

 後は俊輔の役目がどうなっているか、確認してから江戸を立ちたいものだ。遠藤謹助の事は、山尾に任せてある。大丈夫だろう。山尾は京にいるんだけどな。

 翌日俊輔は聞多を訪ねてきた。
「よかった。まだおったんですね」
「こっちこそ、話をせなと思うちょった」
 あまり元気のない俊輔を気遣っていった。
「俊輔、役目の方はどうじゃ。一緒に京に上ろうと言いたいところじゃが、無理せんでええ。どうせ江戸に戻ってくるんじゃから」
「そうですね。なかなかうまく行ってないので。皆が江戸に集まるのを待ちます」
 俊輔のがっかりする顔を見て、聞多は笑った。
「大丈夫じゃ、異国は逃げん。一緒に行こうなぁ」
「そうじゃ。一緒に行きましょう」
 まだやり残した事があり、時間が惜しいと聞多が言ったので、俊輔は早々に立ち去っていった。

 なんとなく俊輔は高杉とも、話をしておきたいと思った。高杉の部屋に行くと手荷物を整えていたところだった。

「よかったです。まだ部屋においでで」

 高杉と話ができる安心感があった。聞多の熱とは違う熱があるこの人と。

「俊輔。君も聞多と密航するそうだね」
「あぁ聞多さんが話をしたのですね。是非にもと思ってます」
「その聞多のことだが」
「聞多さんがどうかしたのですか」
「危ういやつだとおもわないか」
 俊輔は高杉の言葉に吹き出しそうになった。
「このご時世、前に出る人で危うくない人なんていないですよ。高杉さんあなたもです」

 そう、高杉晋作、あなたこそ危ない人ではないですか。

「いや先立って失敗した襲撃事件のとき、聞多がここで腹でも斬るか、と言った姿が忘れられん」
「お詫びで腹をってよく言うではないですか」
 そう、上士身分の人はよくそう言う。
「詫びではなかった。怒りを己に向けるんだ。しかも本気だ」
 そういつも聞多さんは本気だ。だから‥‥。エッ‥‥。
「それでは、ままならぬことに出会ったら」

 頭の中が白くなりそうな気がしてきた。聞多さんがいなくなるなんて。

「聞多は簡単に自死しかねんということだ」
 高杉が俊輔に頭を下げるかのようにして続けた。
「もし状況が逼迫するようなことがあったら、聞多からは目を離さないでくれ。これだけは頼みたい」

 そんなこと、この僕がいて、させるわけないじゃないですか、高杉さん。心のなかで、約束をしていた。

「大丈夫です。頼まれなくても僕は付いていくつもりですから」

 高杉はからかいながらもこの二人がつながりを深めていくのを見ていると、羨ましかったのかと今更ながら気付かされた。

「ええのう」
 晋作はそうとしか言えなかった。
「なにがですか」
「異国だ」
「高杉さんだって、上海に行ったじゃないですか」
「あんなの行った内に入らん。君たちは数年というじゃないか」
「帰ってきたらきっと大きく変わっているんでしょうね」
「ああ、大きく変えてやる。驚かせてやる」
 強い高杉の言葉に、安心していた。さっきの憂いはもう大丈夫。
「楽しみしてます」
 俊輔は高杉の部屋を下がり、自分の前途が大きく変わる気分を楽しんでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...