【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

文字の大きさ
78 / 136
明治維新編5 廃藩置県

廃藩置県(1)

しおりを挟む
  内々には決まっていた聞多の大蔵少輔への就任だったが、思わぬところから拒絶されるところだった。
 大久保利通が、聞多が造幣寮の仕事を嫌になったので、転任を希望したと思っていたらしい。そんな誤解も解けて、博文の米国渡航に合わせて聞多は上京することになった。

 武子も一時的に大阪に呼び、山口の母を迎えに行くことにした。二人は大阪から船に乗り、三田尻で降りて陸路山口を目指すことにしていた。海風に当たりながら、聞多は武子と甲板に出ていた。
「武さん、これも新婚旅行っちゅうものかの」
「初めて二人きりということになりましたね」
「大隈の屋敷じゃ人が多すぎじゃ」
「でも、楽しゅうございました」
 武子の笑い顔に、聞多は見とれていた。
「それでの、わしは今度の東京行きに合わせて名乗りを変えよう思うんじゃ」
「それは、どのように」

「馨じゃ。井上馨」
 名前を書き付けた紙を武子に見せた。

「ずいぶん画数の多い文字ですね。『かおり』というだけではないのでございましょう」
 武子は聞多の差し出した紙を見ていた。政府からも名字と名の形式で名乗りを決め、登録するように定められていた。聞多は殿から頂いた名ではあったが、その殿に仕えることができなくなり、改名をすることに決めていた。
「良い評判や感化という意味もある。何かを変えたいのじゃ。まだ曖昧なままじゃが」
「良き名でございます。名前に負けぬようなされませ」
「武さんは厳しいの」
 聞多は苦笑いをした。しかし武子のこの気性が支えになることは、間違いのないことに思えた。

 山口の湯田の屋敷につくと、聞多の姉妹が待っていて、久々に一家が揃った。
 宴の準備も整っていたので、まず席についた。
「これは皆が揃ってなど珍しいことじゃな。妻の武子を連れて参った」
 聞多が挨拶をすると、武子も応えた。
「はじめまして、武子と申します。ふつつかものですがよろしくお願いいたします」
「まぁ、そねいにかしこまらんで。気楽にやってください。私は姉の常子じゃ。こちらが母上。そちらが妹の孝子と厚子じゃ」
「武子さん、私こそ色々お願いせにゃならん。私だけでなく勝之助や勇吉もつれていくことになるのじゃ。面倒をかけますがよろしくお願いしますじゃ」
「まぁ、母上様そのようなご挨拶。かたじけのうございます。お気遣いなど無用でございます」
 武子は聞多の母婦佐子の前に行き、手を取って語りかけていた。その様子を見て聞多は少し安心していた。

 聞多も家族団らんという時間が、こうしてできるのかと少し感慨深かった。実家での時間は貴重なものになった。
 問題の家と田畑については暫くの間、吉富に管理してもらうことにした。また、山口の藩庁に行き、財務についての相談を受けたりもしていた。

 形ができつつあった家族を連れて、聞多は東京に向かった。新居は三井の三野村の斡旋で、三井の持っていた海運橋の屋敷を先ず借りて、暮らすことにしていた。

 新生活も落ち着いてきた頃、除隊騒動の残党が九州の久留米にいるとの報を受けて、河野敏鎌を派遣し取締と追捕を行うことになった。
 また日田では暴徒が発生し、不穏な状況になっていた。その鎮圧のため、元の知事の松方正義を始めとして派遣していた。次いで木戸も追補のため赴くことになった。このような暴動が全国各所で発生するにいたり、京や東京でも不審者が現れるようになり、広沢真臣は取締を強化しようとしていた。そんな時広沢真臣が就寝中に襲われて殺された。

 その報を聞いて、井上聞多改め馨は、木戸に文を送った。

 東京に戻ることの要請と、暴徒に対する強硬策を伝えていた。しかし、日田とその周辺の暴徒の鎮圧は、なかなかうまくいかなかった。

 久留米に対しても、山口の騒動の首謀者を匿っていることは、明らかであると巡察使を派遣した。巡察使は藩知事に謹慎を命じ、大参事などを捕らえた。これ以上は匿い切れないと思った久留米藩士は、首謀者とされていた大楽源太郎を殺害した。これによって一応の落ち着きを得ることになった。

 世間的には騒がしい中、造幣寮は開業の日を迎えていた。しかし馨は諸事に追われていて、大阪に行くことができなかった。しかし、三条実美や岩倉具視も出席する盛大な式を行っていた。派手に上げた花火で周辺の家が火事になるという事件も起こしていた。

 同じ頃アメリカで財政を調査している伊藤から、通貨の基軸を金とすべきとした金本位制や、紙幣発行の業務も行うナショナル・バンクを設置するべきという提言が送られてきた。

 馨は渋沢栄一に図らい、通貨に関する定めを準備することにした。
「渋沢、伊藤からの提言じゃ。通貨の基軸を定める件、バンクの創設についてしたためられとる」
「金を本位にするということですか」
「それじゃが、伊藤は金と言っておるが、現在の実際は銀のほうが多かろう。バンクについても、伊藤の言うアメリカのナショナルバンクと、イギリスのバンクと考えが違うものがあるの。その辺りの意見をまとめておいてくれないか。状況によってわしはまた山口に行くことになりそうじゃ」
「木戸さんがまだ山口におられるのでしたね」
「そういうことじゃ」
 金本位制などを含む新貨条例はこうして発布された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...