【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

文字の大きさ
100 / 136
明治維新編8 対立の間で

対立の間で(6)

しおりを挟む
 馨と渋沢は、大蔵省の執務室へと戻ってきた。
「それで、司法省以外ですとどこが問題に」
「一番は工部省じゃ。なにしろ鉄道の金がかかりすぎる」
 馨は率直に自分の考えを渋沢にぶつけようと考えた。
「市中に金を求めるんはどうじゃと思うちょる」
「カンパニーですか」
「そうじゃ、会社を立て、資本を民から求める。その資本をもとに鉄道を作り、開業後は利益を分配・投資するんじゃ」
「こうすることで、国庫からは支援金程度に収めることができると、言うのですな」
「運賃を担保にするんなら、このほうが自由度が高いと思うんじゃが」
「それを工部省側が理解できるでしょうか」
「工部省はあくまでも官でと言うてくるな」
「文部省はなるべく認めたいところですが」
「あぁ、教育は基本じゃ。誰もが学べねば、身を立てる機会すら無うなる。これからの時代学問はすべてのものに必要じゃ」
「学問は束縛から放たれるためのものですね」
「そうじゃな。しかし無い袖は振れぬ。辛いところじゃ」

 あぁそうだったというように、声を潜めて渋沢は馨に言った。
「そう言えば山縣さんの噂お聞きになりましたか」
「何じゃ」
「陸軍省では出入りの業者に金を融通しておると。その中心に山縣有朋さんがおるという話です」
「なんと、それが事実なら公金流用は」
 さすがの馨も、考えてもいない自体に素直に驚いていた。
「間違いなく問題になります」
「ただ司法省の連中がポリスなどを動かし、山縣さんの周辺を探っているとも。そうなると真の標的は井上さんではないですか。江藤さんもなかなかですが、周辺の取巻きはもっと厄介かもしれないです」
「はぁ、わしがか。茶屋で騒ぐくらいじゃが」
「その費用の出処でございましょう」
「なんとも世知辛いのう」
「御身お気をつけください」
 そう言うと、渋沢は馨の部屋から出ていった。

 江藤が気にしているのは、地方の行政部分か。治安対策はポリス·警察と軍とそれを指揮する県令。県令のもとにあれば、大蔵省の管轄となる。そこを取りたいのだろうと思い当たった。

 それにしても遊ぶなと言われるとは。よけいに茶屋が恋しくなってしまった。

 定額問題はかなりこじれていった。文部省に関して右院が調停し決めたのが、300万円の希望のところ200万円だった。大蔵省はこれに異議を唱えた。100万に抑えるべきだと主張した。それを受けて正院は130万で決着をつけようとした。

 どんどん拗れていく事態に、三条太政大臣が調停をしようとしていた。
「文部省は100万超えならそこで納得すると言っておる。大蔵省もそこで手を打ってはくれまいか」
「大蔵省の意見は変わっておりませぬ。100万円以上は出せません」
「井上、そのように頑なでは何も進まぬよ」
「大蔵省は否でございます」
 馨は言い切って席を立っていた。

 また工部省との交渉は、大蔵省の財政の考え方に反するものとなっていた。
「いかに、鉄道敷設の資金が足りないからと言って内国公債を発行するなど言語道断です。このような債券の発行を許してしまうことは、債務の把握に支障をきたします」
「運賃をもって公債の担保とするのだから、国庫の負担とはならないだろうと存ずる」
「ならば、会社を建て、民間から資本を募る方が後の負担にはならぬ。我らはそう考えるがいかが」
「民間でと申されるのか」
「そういうことになる」
 どちらも引かなかった。

 定額問題の裏でもう一つ馨が主導している事が進んでいた。
「アメリカからの報告があった。2分金の外国での売却価格が100円のところ107円でいけるとの話じゃ。それで、これを密かに買い占めようと思っておる。その売却益を貨幣の準備金とするのじゃ。そのためには資金調達の方法じゃが」
「事前に大輔により、方法を考えるようご指示を頂いておりました。兌換証券を発行するのが理にかなっているかとおもいます」
「そうなってくると発行手続きは、大蔵省でしていると時間が掛かるの」
「三井にまるごと委託するのも手ですな」
「その方針で正院提出の建議書を作成してくれ」
 こうして、兌換証券を発行することになった。右院での話し合いの中で、この証券のことが話題になった。
「大蔵省は証券を発行する事になったのか」
 江藤新平が発言をしてきた。
「あたらしい証券を発行することに決めたが」
 馨が受けて答えた。
「そうやって価値の下がる物を発行して意味があるのか」
「必要だからやっている。それにこれは下がることはない。兌換証券つまり金と交換できるものだ」
「下がったらどうする」
「首をかけても良い」
「そうか、楽しみだ」
 この話の後、馨はため息を付いていた。

 そうは言っても、地方でこの証券を使って、2分金を買い占めようというのだから、下がるよなぁ。まずは相場を確認して、買い支えるか。

 馨は太政官札、兌換証券、2分金を持って街に出た。いろいろな両替商をまわって、それぞれの交換比率を確認していった。違法な比率の店は江藤に報告して、取り締まりをさせた。

 さて、下調べは上々。買い支えを実行するかと、馨は横浜に向かった。

 ある茶屋に行くと、一人の男を呼び出した。
「おう、糸平よう参ったの。どうじゃまず一献」
「どうなすったのです、井上さん。なにか企みでもお持ちのようですな」
「企みじゃと。よう分かったの。その通りじゃ」
 馨は笑いながら言った。
「私のようなものにどのような御用で」
「三井が発行しておる兌換証券を買い占めてほしいのじゃ」
「はぁ、そのようなことならば承りましょう」
「よいか、わしや大蔵省が裏にいることを知られるでないぞ。それで、いかほどできるかの」
「70万ほどならば」
「わかった。それで頼む」

 糸平はよく名のしれた相場師だった。その相場師を利用して兌換証券を買い支えて、下がらないようにしようと考えたのだ。

 数日後、馨はまた糸平の元を訪ねた。
「首尾はどうじゃ」
「70万でこれほど買い占めに成功しました。それでかかった費用のことですが」
「あぁ費用か。費用じゃの」
 少しやることを焦っていた馨には、資金のことが頭になかった。費用と聞いて思わず眼が泳いでいた。その様子を見てとった糸平は驚きながら言った。
「井上さんまさか。あの、このかかりには信用借りも入っております。早くお支払いいただかないと差し押さえられてしまいます」
 糸平は必死な表情で訴えた。
「大丈夫じゃ。大蔵省がついておるんだからな」
 馨は苦笑いをしながら、早々にその場を離れて、大蔵省に戻った。

 電信を使って造幣寮に大至急20円硬貨を作って東京に送れと命じた。一番効率良くできる貨幣だと考えたからだった。どうにか70万円分揃えて糸平に渡すことができた。

 こうして作った金の他に、昨年執行した国庫金の余剰金などをあわせて、2000万円を金銀貨にして、準備金として保管することに決した。国家100年の財政の安泰のため約定するとしていた。これには現職の卿・輔すべてが署名押印して封印の上紅葉山の金蔵に収められた。

 しかしその約定も安泰なものではなかった。この金を江藤が狙っていたのだ。
「司法省の定額を希望通りにできぬというのなら、紅葉山に眠っとる金を使うべきだろう」
「そのようなことはできぬ。あれは国家100年の安泰のために必要なものじゃ。そもそも我らは経済のありかたを我らは考えて」
「経済とは経世済民と申して世を治め民を救う意味である。おぬしらはただの算段にすぎんではないか」
「我らはポリティカルエコノミーの意を持つ言葉として経済を使っとる」
「蟹になど興味はなか」
「準備金には触れさせぬ」
「司法省は裁判所だけでなく、刑務所にも不足が生じておる。定額はそのまま受け入れられねばやって行けぬ」
「善人ですら金をかけられぬのが現状だ」
 どちらも一歩もひこうとしなかった。

 問題解決に至りそうもないと考えた司法省側は、司法卿江藤新平を始め大輔らが辞任願を提出する事態になった。
    
 これには調整に回っている三条実美らは慌てて、司法省の意見を受け入れることにしてしまった。そうなると、大蔵省側も黙ってはいられず混乱に拍車をかけることになった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...