【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

文字の大きさ
116 / 136
明治維新編10 大阪会議

大阪会議(6)

しおりを挟む
   大阪で下船をして、先収社の事務所に行った。

 事務所は活気に満ちていて、皆忙しそうに動いていた。所在無げにその様子を眺めていた馨は、自分の事務室には入らずにいた。そして事務仕事をしている、吉富簡一の隣に座った。

「聞多さん、木戸さんからの文が来てますよ」
 吉富が聞多向けの書類の束を差し出していた。
「簡一、政の役目を押し付けられてきてしまった」

 受け取りながら、馨は大きくため息をついていた。こんな愚痴めいたことを言えるのは、吉富ぐらいしかいないだろう。

「そうですか、伊藤さんがいて、木戸さんもいらっしゃるのだから仕方がないですね」
「まぁわしがおらんでも、仕事は回るか」

 手を動かすのを止めなかった吉富に、馨は一層落ち込んだふりをした。付き合いの長い吉富は軽くあしらいながら、手元のメモを見ていた。

「そげなことは…。あっそうです、藤田さんからも夜には家に来てほしいとのことでした」
「わかった、わし宛の書類をくれ。家でゆっくり読む」
 小遣いが走り寄ってきて書類の入った包を持ってきた。その小遣いに駄賃をやると手元の書類も包に入れて、事務所を出ると、大阪の家に入った。

 しばらくの間木戸から届いた文などを読んでいると、家の外で物音がした。
「井上様のお宅でございましょうか。藤田様からの差し向けの人力車でございます」
「わかった」

 人力車にのり、ふっと明日は京に行こうと決めた。できることを引き伸ばしても面倒なだけじゃ。

「着きました」
「すまんかったの」
 車夫にチップを渡すと、門の前で待っていた藤田傳三郎に声をかけた。
「傳三郎、久しぶりじゃの」

 本人の案内で、へやに通された。
「どうぞお座りください」
 馨は言われたまま椅子に座った。傳三郎も向かいに座ると、静かに口を開いていた。
「実は山口の県令の中野梧一さんが辞職の希望をお持ちだとか。私と事業を行いたいと言うお話をいただきまして。木戸さんにも一応その意向はお知らせされているようです」
「そげなことが。随分頑張ってもらったものな。本人の意志が一番じゃろ」
「こちらは嬉しい報告で。山田顕義様より陸軍用の革靴の製造を仰せつかりました。当方としてもこれはまたとない好機。ぜひともお受けしますとお伝えしました」
「それはええな。それにしても、皆が世の乱れるのを待っておるようじゃ」
「井上様、それが商人というものでございます。儲ける緒をだれもが持ちたいと思うものです」
「そうじゃの。わしが少し気弱だったようじゃ」
「井上様にお願いしたいことがございます」
「あらたまってなんじゃ」
「この藤田の事業と家産の後見人になっていただきたい」
「また大きな話じゃ」
「事業など大きくなれば、よく知らぬ親戚なども出てきましょう。予め予防策を打っておけば面倒なことも少なくなります」
 馨はしばらく考えていた。そしてふっと思いついたことを言った。
「分かった。家憲というのはどうじゃ。家の決まりごとを正式な文書の形にして残すというのは。つくって、送っておく。」
「ありがとうございます」
「この部屋の置物。簡素な中にも品のある花瓶と香炉じゃの。この白檀の香も心が落ち着くの」
 馨はゆっくり息を吸って、のんびりとしてみた。
「珍しいものを、ありがたいことだ」
「また色々とお忙しいとお聞きしましたので」
「明日は京に参り、木戸さんに会わねばならぬ。難しいことを引き受けてしまった」
「そうじゃ。山田は気落ちしておらんかったか」
「大丈夫でございます」
「陸軍から転属させると木戸さんが言っておったらしいのだが、そのままにして木戸さんが下野してしまったからな。苦労しておるのではと心配しておったのだ」
「左様でございますか。木戸さんの動きがまだまだ重要でございますな」
「そういうことじゃ。あまり遅うなる前に帰る」
「それではまたの機会に」
「うむ」

 一人で家にいるということが、とてもある意味重要なのだと思えた。人と会うことが続くと疲れるものだ。たまにはこういう時間も得られるようにしたいの。

 静けさの中一人眠った。

 そして朝、また人に会うためでかける。

「木戸さん、井上馨です」
「井上様、ようおこしでしたなぁ。旦那様がお待ちでございます」
「お松さん、これ手土産です。武さんからの預かりものもあります」
「いつもありがとうございます。では、お上がりください」
「木戸さん、お久しぶりです。山口のことなどお聞きしたいことがあるのじゃが、それよりも今回は」
 馨は木戸をじっと見つめた。
「今回は?」
「俊輔からも頼まれて、お願いに参りました」
「大久保と会談をしろと言いに来たのだな」
 木戸も馨が訪ねてきた事情を察していた。
「そうです。じゃがわしはもうひとりに、先にお会いいただきたい」
「誰だ」
「板垣退助」
 馨はそれだけ言って、また木戸を見つめていた。
「板垣だと」
「はい、立憲政体への道筋をつけるためにも、土佐の民権派と手を組むべきだと思っちょります。実際、若手の小室信夫と古沢滋と会って、手応えを感じてるんじゃ。それは二人も同じように考えておった。折り合いをうまくつけて、手を組むは板垣だと。それこそ、単に土佐と手を組むことに目的があるわけでないのじゃ。法でもって政府の目的を遂げるようにすることを、目指すことになるんは必至だと。さすれば、目的の一致をすべく手を組む相手は決まってきましょう」
「聞多、君はやはり」

 木戸は馨の熱を、ひさびさに感じたような気がしていた。新しい目標を定めたと感じていた。世を変える情熱だ。

「いえ、官に復帰しようとは、全く考えてはおらんです」
「そうか。立憲政体への道筋と言っても、色々あるが」

 木戸はかなりがっかりしているようだった。しかしこれ以上振り回されるのも面倒だと考えているのも事実。仕方がないことと割り切ることにした。

「木戸さんの文にあった通り、仰っていただいてけっこうじゃ。地方官会議の設置、法理の決定・諮問の機関としての議院と、司法・裁判の元締めとしての大審院の設置。卿と参議の分離。これは板垣も望んでおるらしいしの。これがうまく行けば、大久保や薩摩の芋たちを縛ることができましょう。だいたい台湾に出兵など、全く損得利益がなっとらん。50万両の賠償をもらったところで、いったいどれだけの犠牲があったことか。その収支こそ民に伝えるべきことのはずじゃ」

 ふっと息を吸って、馨は続けて言った。
 木戸の反応を確かめるようだった。

「俊輔を通じて、大久保にこちらの案を披露することになっとります」
「俊輔を通じてか」
 木戸は俊輔に、すこし引っかかりを持っているようだった。
「俊輔と聞多は今まで以上に仲が良くなったのか」
 意外な言葉に馨は、一瞬意味がわからなかった。
「は?あまり変わったことはないのじゃが」
「聞多の文を読むよりも、俊輔の文のほうが聞多のことを知れるんじゃ。この前は面白かったぞ、二人で枕をともにしたが何もなかったので、変な誤解をしないでほしいと」
「へぇ。あっ」
「心当たりがあるようだな」
「いえ、わしらはそのようなことは、全く無いです」
「それはそうじゃ」

 木戸は笑いながら言った。

「聞多の困った顔が見られてうれしいの」
「木戸さん、わしは真面目な話をしようとわざわざ来たというに」
 馨は少しいじけていた。
「聞多が悲壮な顔をしておったからな。大阪には行ってやる。その先はわからんぞ」
「その気持変えてみせるんじゃ。たぶん小室や古沢と話すだけでも、変わると思いますよ」
「わかった。それで今晩はこちらに泊まるか」
「いえ、京にも定宿があります。そちらに泊まると伝えてあるので」

 馨が帰った後、木戸は考えていた。
『俊輔と狂介をどれだけ信じられるのか、やはり聞多は手元にいて欲しい。聞多でなくてはわかりあえぬことも多いのだ。手元に置くということは、再任官をさせる。そのためには始めたばかりの会社を、辞めさせることになるな。それは、いつかの拒絶をする目を思い出していた。いやそれ以上に俊輔と聞多の関係のほうが重要だろうと思った。聞多と俊輔は二人で一つだと思えば、自分の思惑は大久保に筒抜けだと思わなくてはならないのか』

 結局木戸は迷った挙げ句、また下関に引き籠もってしまった。

 東京に帰った馨は、博文とあって木戸・大久保・板垣会談を詰めることにした。
「俊輔、大久保さんはこのあたりの、木戸さんの意見を受け入れるんじゃろうな」
「元老院、大審院、地方官会議等だろう。それは大丈夫じゃ」
「卿と参議の分離はどうなんじゃ」
「なんとかする」
「本当じゃな。それじゃこれで、木戸さんに大阪まで来るように説得をする」

 今度は、東京に戻ってきていた小室信夫と古沢滋とも話し合いをすることになった。
「板垣さんは、大阪での三者の会談をお望みされてます。これはぜひとも我らで行わねばなりませぬ」
「そうです。もうすでに次の人事案まで考えてしまっているのです」
「それは面白い話だが。板垣さんには、我らの意見を合わせて、日本らしさも加えて憲法の案を作るというところの認識は大丈夫なのだね」
「大丈夫です」
「分かった。木戸さんを説得する」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...