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明治維新編13 維新の終わり
維新の終わり(7)終章
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「大変です。伊藤さん。大久保さんが、大久保さんが……」
工部省に出仕していた伊藤博文に、内務省の秘書官が飛び込んできた。
「大久保さんが、賊に襲われました」
「なんじゃと。それで大久保さんは」
「即死だったということです」
「この話は、岩倉公や三条公にもお伝えしているのか」
「はい、ご連絡しました」
「それで大久保さんは今どこに」
「ご自宅に戻られました。西郷従道さんも駆けつけられました」
「分かった僕もすぐ行く」
大久保邸につくと、西郷、黒田を始め皆悲痛な面持ちだった。
無残に斬られた遺体は、即死を物語っていた。乗っていた馬車は血で染まっていた。
「賊はどうなったのですか」
「この斬奸状をおいて、自刃したものも居る」
葬儀の準備とともに、大久保の後任人事を決めなくてはならなくなった。
伊藤は岩倉、三条とも図り、工部卿を辞任し、内務卿につくことになった。
こうして、伊藤は明治政府の最有力者となっていった。
そうなると工部卿の後任を決定することが必要に迫られる。そこには、天皇が「天皇輔導」役の侍補佐々木高行を希望して、三条太政大臣に決定を促していた。
しかし、宮中側近による、天皇親政の政治改革を、認めるわけに行かない現内閣は、佐々木高行の工部卿就任を拒否した。
伊藤はこの機会を逃さず、井上馨の工部卿就任を求めた。
これには今度は宮中側近が反発し、三条、岩倉に反対を申し入れただけでなく、天皇にも上奏していた。天皇は自分の希望を潰されたことに気分を害しており、側近からも好ましからざる人物と囁かれたため、井上馨の登用に暗雲が立ち込めた。
打開するために、博文は大隈や黒田、山縣に協力を求めた。
「井上さんを参議にできず、佐々木さんとなったら、我らの進める改革は後退する。井上さんの参議就任は大久保さんも考えていたことです。第一、天皇による親政ともなったら、建武の親政の二の舞となるかもしれません。ぜひとも陛下を説得していただきたい。これは岩倉公、三条公も同じ意見です。だが、三条公や私が言っても、井上さんに近いと思われ納得していただけない。特に大隈さんと黒田さんは、是非ともご協力ください」
「吾輩は異論はない。井上さんの知識はこの政府に欠かせないものである。その旨をしっかりお伝えいたそう」
「おいも井上さんの参議就任は必要だと思う。面倒なお人であるがな」
こうして協力して、井上馨の参議就任に向けて動いた。
大隈は経済・財務に欠かせない人物だと説明した。これには、佐々木高行は大隈は自分のやっていることなのにと、疑問を示していた。
黒田は天皇からそなたは、好んではいなかったのでは、と聞かれたが、自分はたしかに好きではない。しかし悪い人物ではなく、この政府に欠かせない知識と能力を持っている、と答えていた。
最終的には三条、岩倉も含め廟議に参加する幹部全員で、井上馨の工部卿就任を認めてほしいという上奏文を提出する事態にもなった。
そうなってくると、天皇も認めざるを得なくなり、工部卿に決定した。
それでも反対派は、井上馨の身辺を調べ、不正の証拠を暴き出そうとしたが、そのようなものは見つからず、就任の障害にはならなかった。
もっとも表立った反対派だけでなく、五代友厚は友人である大隈に、民に対して権利を認めようとする井上馨とは、対立することもあるのだから、有司専制派として、しっかり仕事をして欲しいと、文を出していたりもした。特に経済政策での主導権を、奪われるなと言うことらしい。
ロンドンの馨は、帰国の復命を待ちつつ、身辺の整理を始めた。親しくなった人たちと晩餐を持ち、自分の学んだマナーを実践していた。
それでも、ホストとしての役目を時々忘れ、いち早く食べ終えたり、メインのローストビーフの切り分けを忘れ、武子に肘を突っつかれることは度々だった。
学友の中上川と小泉には伊藤を通して、帰国時には政府に就職できるように働きかけていた。これには政府の財務が悪く、なかなか約束はできる状態ではなかった。
こうしていると、待ちに待った復命が届いた。
「武さん、帰国命令が出た。なるべく早く帰国できるよう、支度を早めて欲しい。お末も必要なものはまとめておくのじゃよ」
「わかりました。来たときと同じようにいたします。貴方もご自身の本をきちんと整理してくださいね」
「分かっとる。それくらいはやる」
無事荷物もまとまり、帰国の途につくことになった。
公使館の送別会で、日々のお世話になったことの礼を皆に伝えた。
特に公使の上野には、これからのことを含めて協力を願った。そして何よりも一番世話になった、家主であり恩師でもあるエミリー夫妻には礼とともに、日本から持ってきた有田焼の花瓶を記念品として渡した。
会うことは難しいが、これからも交流を持てるように希望していた。こうして知り合った人の中には、貴族や投資家もいて、馨には欠かせない人脈となった。
明治11年6月2日ロンドンを出発し、パリで桂太郎と合流し、日本を目指した。
そして、7月14日横浜に到着し、17日政府に帰朝の報告を果たした。
帰国を果たしたものの、なかなか出仕の通達は送られてこなかった。
その後数日してやっと工部卿兼参議井上馨が誕生した。馨は天皇との会見の場である朝見について、お願い事をしていた。天皇皇后両陛下の衣装と馨と武子の衣装は洋装ですること。つまり、武子も同席することを認めさせたかった。
希望通り馨と武子は共に朝見に赴いた。
モーニングを着た馨と、ローブモンタントを身にまとった武子は、工部卿としての責任の重さとこれから変えていく世の中を実感していた。
「さて、武さん、参りますか」
馨は腕を取るよう武子に合図をした。
馨のひじに手を添えた武子は、馨と並んだ。
そして二人は開けられた扉の向こうに歩いていった。
工部省に出仕していた伊藤博文に、内務省の秘書官が飛び込んできた。
「大久保さんが、賊に襲われました」
「なんじゃと。それで大久保さんは」
「即死だったということです」
「この話は、岩倉公や三条公にもお伝えしているのか」
「はい、ご連絡しました」
「それで大久保さんは今どこに」
「ご自宅に戻られました。西郷従道さんも駆けつけられました」
「分かった僕もすぐ行く」
大久保邸につくと、西郷、黒田を始め皆悲痛な面持ちだった。
無残に斬られた遺体は、即死を物語っていた。乗っていた馬車は血で染まっていた。
「賊はどうなったのですか」
「この斬奸状をおいて、自刃したものも居る」
葬儀の準備とともに、大久保の後任人事を決めなくてはならなくなった。
伊藤は岩倉、三条とも図り、工部卿を辞任し、内務卿につくことになった。
こうして、伊藤は明治政府の最有力者となっていった。
そうなると工部卿の後任を決定することが必要に迫られる。そこには、天皇が「天皇輔導」役の侍補佐々木高行を希望して、三条太政大臣に決定を促していた。
しかし、宮中側近による、天皇親政の政治改革を、認めるわけに行かない現内閣は、佐々木高行の工部卿就任を拒否した。
伊藤はこの機会を逃さず、井上馨の工部卿就任を求めた。
これには今度は宮中側近が反発し、三条、岩倉に反対を申し入れただけでなく、天皇にも上奏していた。天皇は自分の希望を潰されたことに気分を害しており、側近からも好ましからざる人物と囁かれたため、井上馨の登用に暗雲が立ち込めた。
打開するために、博文は大隈や黒田、山縣に協力を求めた。
「井上さんを参議にできず、佐々木さんとなったら、我らの進める改革は後退する。井上さんの参議就任は大久保さんも考えていたことです。第一、天皇による親政ともなったら、建武の親政の二の舞となるかもしれません。ぜひとも陛下を説得していただきたい。これは岩倉公、三条公も同じ意見です。だが、三条公や私が言っても、井上さんに近いと思われ納得していただけない。特に大隈さんと黒田さんは、是非ともご協力ください」
「吾輩は異論はない。井上さんの知識はこの政府に欠かせないものである。その旨をしっかりお伝えいたそう」
「おいも井上さんの参議就任は必要だと思う。面倒なお人であるがな」
こうして協力して、井上馨の参議就任に向けて動いた。
大隈は経済・財務に欠かせない人物だと説明した。これには、佐々木高行は大隈は自分のやっていることなのにと、疑問を示していた。
黒田は天皇からそなたは、好んではいなかったのでは、と聞かれたが、自分はたしかに好きではない。しかし悪い人物ではなく、この政府に欠かせない知識と能力を持っている、と答えていた。
最終的には三条、岩倉も含め廟議に参加する幹部全員で、井上馨の工部卿就任を認めてほしいという上奏文を提出する事態にもなった。
そうなってくると、天皇も認めざるを得なくなり、工部卿に決定した。
それでも反対派は、井上馨の身辺を調べ、不正の証拠を暴き出そうとしたが、そのようなものは見つからず、就任の障害にはならなかった。
もっとも表立った反対派だけでなく、五代友厚は友人である大隈に、民に対して権利を認めようとする井上馨とは、対立することもあるのだから、有司専制派として、しっかり仕事をして欲しいと、文を出していたりもした。特に経済政策での主導権を、奪われるなと言うことらしい。
ロンドンの馨は、帰国の復命を待ちつつ、身辺の整理を始めた。親しくなった人たちと晩餐を持ち、自分の学んだマナーを実践していた。
それでも、ホストとしての役目を時々忘れ、いち早く食べ終えたり、メインのローストビーフの切り分けを忘れ、武子に肘を突っつかれることは度々だった。
学友の中上川と小泉には伊藤を通して、帰国時には政府に就職できるように働きかけていた。これには政府の財務が悪く、なかなか約束はできる状態ではなかった。
こうしていると、待ちに待った復命が届いた。
「武さん、帰国命令が出た。なるべく早く帰国できるよう、支度を早めて欲しい。お末も必要なものはまとめておくのじゃよ」
「わかりました。来たときと同じようにいたします。貴方もご自身の本をきちんと整理してくださいね」
「分かっとる。それくらいはやる」
無事荷物もまとまり、帰国の途につくことになった。
公使館の送別会で、日々のお世話になったことの礼を皆に伝えた。
特に公使の上野には、これからのことを含めて協力を願った。そして何よりも一番世話になった、家主であり恩師でもあるエミリー夫妻には礼とともに、日本から持ってきた有田焼の花瓶を記念品として渡した。
会うことは難しいが、これからも交流を持てるように希望していた。こうして知り合った人の中には、貴族や投資家もいて、馨には欠かせない人脈となった。
明治11年6月2日ロンドンを出発し、パリで桂太郎と合流し、日本を目指した。
そして、7月14日横浜に到着し、17日政府に帰朝の報告を果たした。
帰国を果たしたものの、なかなか出仕の通達は送られてこなかった。
その後数日してやっと工部卿兼参議井上馨が誕生した。馨は天皇との会見の場である朝見について、お願い事をしていた。天皇皇后両陛下の衣装と馨と武子の衣装は洋装ですること。つまり、武子も同席することを認めさせたかった。
希望通り馨と武子は共に朝見に赴いた。
モーニングを着た馨と、ローブモンタントを身にまとった武子は、工部卿としての責任の重さとこれから変えていく世の中を実感していた。
「さて、武さん、参りますか」
馨は腕を取るよう武子に合図をした。
馨のひじに手を添えた武子は、馨と並んだ。
そして二人は開けられた扉の向こうに歩いていった。
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