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第1章:全てを司りし時計の行く末

1章9話 ワールドインパクト

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「どうかな湊きゅん。この魔法の世界のワールドクロックと、短針が行方不明になった理由が分かったかな?」

「ああ……」

クイーンハートは湊達にこのワールドクロックの歴史を言い聞かせた。短針が奪われたという事実と、前校長のミネルバが殺された事実も。さらにはマーニャとフロスト、クイーンハートの関係性についても。
しかし、やはり湊が気なるのはその後の出来事――この魔法の世界の短針が奪われた後、一体何があったのか、何故湊の左目に長針が存在しているかである。

「クイーンハート校長。ワールドクロックが壊れて、その後一体世界はどうなったんですか?」

「湊きゅん。君、地球と言う言葉に心当たりがあるだろう」

クイーンハートが湊の故郷、地球の存在を知っていたことに違和感が生じる。

「ワールドクロックが壊れればその世界もまた壊れてしまう。しかし、ただ消滅するのではない。その世界単独で存続できなくなったんだ」

「単独で存続ができなくなった?」

「そう。ワールドクロックが崩壊し、この魔法の世界には時空間制御のシステムが失われた。その後、単独で存続できないこの世界が、他の世界と融合したんだ」

「その融合した世界がもしかして……」

「そう。湊きゅんの故郷であろう世界、その地球なんだよ」

湊の頭の中で、話の断片が1つにまとまりつつあった。ワールドクロックが失われたこの魔法の世界は、湊のいた世界と融合し、なんとか存続している状態であった。

「じゃあクイーンハート校長。この魔法の世界は今、俺のいた世界のワールドクロックを元に、その時空間制御を行っているって感じで合ってる?」

「ビンゴ!もの分かりいいねえ君い」

湊は唖然とした。ようは、自身のいた世界に他世界が突っ込んで融合してきた形になる。他世界の時空間を、湊のいた世界のワールドクロックが代わりに制御してやってる状況である。しかしそれでは――

「異世界転移したように見えて、あくまで俺がいるのは元いた世界じゃねえか」

「まあそうなるよね湊きゅん。異世界に転移してきたとも言えるかもしれないけど、君が来ているのは、君自身の世界の未来という訳さ」

衝撃の事実であった。完全に全くことなる世界に異世界転移したかと認識していた。しかし、事実は少し異なっていた。今湊がいるのは、湊自身の世界と異世界が融合した未来ということになる。異世界転移とも言えるし、タイムスリップとも表現される状態であった。

「レミーは、レミーはどうなったんだ。皆は、俺の友達は!」

湊が地球の未来に来ていると認識した途端、自分が異世界転移・タイムスリップする前の出来事を思い出す。そう、湊はAI研究所である超高層ビルの屋上で、数多のAIオートマトンに囲まれていた。家族を失った彼は、生きる意味を見出せず、自身の側にいてくれた人間の味方であるAIオートマトンのレミーだけ逃して希望を託した。

「待てよ、そもそも今西暦何年だ……ああちくしょう、そういう意味か!」

湊はこの世界に来たばかりの時に、街で西暦22222年と記述されたカレンダーを目撃していた。つまり、それが意味することは――

「俺がこの世界に来る前、まだ西暦2222年だぞ!一桁多いんだよちくしょう!」

西暦2222年よりタイムスリップした湊。今彼がいるのは西暦22222年であり、1桁多い。そう、もはやこの世界は、湊が知っているそれとは完全に異なっているのだ。

「はあ。じゃあ何か……ただただ時間が流れすぎた未来、それもワールドクロックの壊れた魔法の世界が突っ込んで融合した世界に俺は来てんのか今!」

「そういう、ことになるね……」

「そりゃ、もう俺の知る人間がこの世界にいる訳ないよな。時が流れすぎてる……」

遠い未来にタイムスリップしてしまった湊。頭がただただ混乱するばかりであったが、それではいけないと切り替えを図る。

「分かった。事情は理解した。だけど、じゃあなぜ俺の左目に長針が埋め込まれてんだよ」

「それは僕から説明するにゃる」

突然、マーニャが湊に話しかける。

「僕達が襲われて謎の侵入者に短針を掴みとられたその瞬間、フロストが抱きしめてきて、力の一時的な増強をしてくれたにゃる」

「力の増強?」

「そう。この世界が君のいた宇宙と融合すると瞬時に悟ったのにゃ。でも、その融合する世界の地球という惑星には、人間が1人もいるようには感じなかった」

「何?人間はいなくなった……つまりは……」

「そう。お兄さんが生きていた時期より、人間が完全にその世界から消えていると感じ取ったのにゃ」

湊は自身の頭を整理する。

「そうかとは思っていたが」

湊のいた地球では、AIオートマトンが人間を攻撃し、完全に両者の間で戦争状態が続いていた。そして負けたのだ。人間はAIにより滅ぼされ、地球を支配したのはAIオートマンということになる。

「じゃあ、この魔法の世界が融合しようとした俺の地球・宇宙は、その時にはもうすでにAIオートマトンだけに支配されていたのか」

「詳しくは僕も分からぬ。だがそれを感じ取った上で、新たに融合する地球という星の人間を仲間に引き入れたかったのじゃ。だけど、融合する地球・宇宙には人間がいない。だから時代を遡り、わざわざお兄さんをこの場所に連れ帰ってきたのにゃる」

マーニャは魔法の世界のワールドクロック、その短針を奪われた瞬間、フロストの力を受け取り、瞬時にそこまでの判断を行い、画策したのだ。新たに融合する宇宙、その惑星の地球。これからその地球の住人と過ごすことになると思えば、人間の反応がないと悟った。その世界の知識を借りるため、マーニャは過去に存在した人間をこの現在に引き寄せたことになる。

「僕も必死だったにゃる。適当に過去に遡って、地球に侵入したのじゃ。そしたら、ボケーとビルとやらの頂上に突っ立ってるお兄さんがいたにゃる」

「笑い事じゃねえぞ猫娘!」

「とにかくこいつを連れ帰ろうとしたら、急に自爆して、死ぬかと思ったにゃる」

「お前が勝手に爆発に突っ込んできたんだろうが!」

「やべえと思ったにゃる。だから少々乱暴だけど、ミニ長針姿の僕が、お兄さんの左目に突っ込んで、爆発から逃れるようにこの現在に連れ帰ってきたのじゃ」

「事情は分かったが……」

マーニャは人間のいる時代の地球に侵入し、超高層ビルの屋上に追い詰められた湊に注目し、現在へと連れ帰ってきた、そういう話であった。

「てか、魔法の世界側ではその出来事から30年経ってんだろ?マーニャとクイーンハートは30年会ってないことになるくね?」

「ああ、そうだよ湊きゅん。30年ぶりの再会になる。でも、マーニャからも、時空間制御がそこまで正確ではないと聞いていたから理解はできた」

ワールドクロックの短針が奪われ、その瞬間にマーニャは過去に遡り、自爆寸前の少年を手に入れる。しかし、その後すぐに同じ場所に戻れば、クイーンハートも30年の帰りを待つ必要はないように思えた。

「お兄さん。僕もそれができたら苦労しなかったにゃる」

「できなかったのか?」

「そうにゃる。最後にフロストに与えられた力の強化・増幅を、君の時代に行く時に半分以上使ったのじゃ。戻りはその力の節約のため、時空間転移能力の精度が落ちたにゃる」

「じゃあ意図せずに、その短針が奪われてから30年経った今日に戻ってきたってことでよい?」

「お兄さんの考えてる通りにゃる。意図した結果じゃないにゃる」

湊はなるほどと頭を振りながら、状況整理に努める。

「クイーンハート校長はマーニャに会うのが30年ぶりだけど、マーニャから見たら俺の時代に来てすぐに帰った訳だから、時間差なく再会している感覚なんだよな」

「湊きゅんの言う通り」

「そうにゃる」

湊はクイーンハート校長が30年ぶりにマーニャと会うにも関わらず、その理解度の良さはさすが魔法女学院校長といったようで素直に感心した。

「マーニャとクイーンハート校長のことは理解したよ。俺の地球は何……クイーンハート校長達の世界と融合したということで?」

「そうだよ湊きゅん。互いの星の地形が部分的に融合し合って、1つの星になったの」

地球とクイーンハート校長達の住んでいた異なる世界の異なる星は、互いに融合して、地形同士がくっついたようであった。

「まあ湊きゅん。ここまで唐突に私達の話を聞かされても頭パンクしちゃうでしょお?」

「ああ、やや頭がパンクぎみだよ」

「だから、君の住んでいた地球のその後だったり、その他の出来事は一旦後回しにしようか」

「ああ、確かにその方がいいみたいだな」

湊はクイーンハートとマーニャの話に聞き疲れしてしまった。確かに何故湊がこの世界に連れて来られたかは重要であった。しかし、今この場所にいる真の理由は――

「湊きゅん。ハーギルから聞いたが、ミミの部屋で襲われたみたいじゃないか」

「ああそうだ。恐らくこの魔眼を狙って」

クイーンハートと湊達がその襲撃事件に触れると、先程からじっと湊達の話を聞いていたミミが、久しぶりのその口を開く。

「私、お兄さん達の話を聞いて、この世界がこうなってしまった理由を理解できたかも。だけど、今はもっと聞きたいけど我慢する。さっきの襲撃は明らかにお兄さんを狙っていた。そのことが先だもの」

ミミは真剣に湊達の話を聞いていたようだったが、しかし、今は襲撃に関する情報収集が大切だと事を後にする。

「湊きゅんがこの世界に来て早速襲われるなんてね」

「ああ。しかも打ち明けるが、俺、一回死んだんだけども」

湊が一回死んだことについて触れる。

「おいマーニャ。なんであの時俺の前に現れてくれなかったんだ」

「夢に現れてやったにゃる」

「急に死んで、急にタイムリープしてびびったんだが」

「僕も顕現してお兄さんを助けたかったのじゃ。だけど、力を使いすぎて、一時的に弱ってたから顕現できなかったにゃる」

今マーニャは湊達の前に姿を顕現させているが、どうも湊が殺されそうになった時はその力が弱くなっていたようであった。

「この魔法女学院に来て、少し体力が回復したのじゃ。それよりも、お兄さんが死んだことの方が迷惑だったにゃる。ただでさえ力を使いすぎた後だったのに、お兄さんをタイムリープさせるなんて過労死しそうになったのじゃ」

どうも湊が死んだ際に、その裏では相当マーニャも頑張ってくれていたらしく、その苦労を口にした。

「まあ確かに、その、感謝している部分はあるけども」

「そうにゃる。感謝しろにゃる、お兄さん。僕がお兄さんの命の恩人にゃる」

「でも、この世界に来ていなかったらあの時殺されずに……それはそれで、俺はあのビルの屋上で死ぬことになるか」

湊はこの世界に連れて来られなければ、あのミミの家での襲撃もなかった。あの時殺されることもなかった。しかし、湊は元々ビルの屋上で自爆していた最中であったため、マーニャがこの世界に連れて来なければそもそも死んでいたことを思えば、本人は複雑な気分であった。

そのように考えると、湊は自身、一応はマーニャに命を救われた立場なのかと、感謝が湧くような湧かないような不思議な気持ちであったのだった。




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