上 下
30 / 38
第1章:全てを司りし時計の行く末

1章29話 試験とその後

しおりを挟む
「クイーンハート校長」

湊が静かにクイーンハートに呼びかけた。

「俺結局この魔法女学院の2学年に入学することになったけどさ」

「それがどうかしたの、湊きゅん?」

「AIオートマトンが暴れるこの世の中で、呑気に授業なんて受けてていいのかな?」

湊は魔眼持ちの保護をしてくれるこの魔法女学院に成り行きで入学することになった。しかし、自身の地球のAIオートマトンが暴れる世の中で、呑気にこの学院の授業を受けることに罪悪感を感じていた。しかし――

「湊きゅん、何か勘違いしているかもしれないけど、この学院は授業を受けることがメインではないよ?」

「授業を受けることがメインではない?」

「そうさ。この学校は任務評価性という制度で動いている。授業を受けてペーパーテストに合格なんてものはない。ただ、学院はレベルが適切な任務を学生に与え、それをこなしてレベル認定されれば進級するんだよ」

どうも湊が考えていた地球の学校とは組織体系も制度も異なるようで、学院から任務を与えられ、それを実践的にこなすことで進級するようであった。

「じゃあ、俺もその……なんか任務を与えられたりする感じで……」

「そうさ。今は早急に取り掛かるべき任務が存在するからね」

そう言ってクイーンハートは湊を見つめて――

「魔眼商――狼の血族の殲滅だよ、湊きゅん」

狼の血族――魔眼を不当に売買し、ミミの家とリービル大森林で湊達を襲ってきた集団。

「まあ、詳しいことは後日ゆっくり話そうか」

「今日は疲れたしな……それにしても、ここで狼の血族が出てくるのかよ」

そう言って、クイーンハートは別の話題に話を逸らした。今日はこの話題に深いりするには気力もないと言った感じである。しかし、確かにこの狼の血族は湊の脅威でもあり、早々に殲滅すべき対象であった。その短い会話の中で、湊に与えられる任務に相応しい内容であることも理解できた。

「後はそうだね、魔眼については入学も決まったし、生徒の皆には公開する。魔眼を隠すカラコンもしなくてもいいよ。だけど、外に出る時は隠すの忘れないようにね」

現在湊は魔眼を隠すためにカラコンを着用している。一方で、魔眼保護を謳うこの魔法女学院に入学することが決まったため、既に隠す必要はなくなった。一方で、魔法女学院外に出掛ける時は、今もそれを隠すためのカラコンは手放せない。

「後ね、マーニャ様に関しても、魔眼に宿る精霊だの何だの適当に説明しておく。だから、マーニャ様の存在も隠さないくていいよ、湊きゅん。だけど、絶対にワールドクロックに関する秘密は漏らさないこと」

「ああ、分かってるよ」

ワールドクロックに関する秘密は絶対にこの場にいるクイーンハート校長、レミー、ミミ以外とは話さないように注意しなければいけない。湊はそれを再認識した。

「それにしても、お姉さんびっくりしちゃったよ、湊きゅん」

「え、どうしたんですかクイーンハート校長」

「だってさ、湊きゅんの入学の話を学院生徒に話たら、レミーちゃんが急にびっくりして立ち上がって、そしたらなんと同じ時代を生きた旧友だって言うからさ!」

湊はそのクイーンハート校長の話を聞いて、改めて再びレミーに出会えた奇跡が神のいたずらのように思えた。レミーは何千年も湊の死を受け入れずに生を信じて生きてきた。湊がマーニャと共にこの世界へと再び現れ、魔法女学院の2学年に入ると話題になってから、レミーが彼の生存に気づいたのだ。

「湊様が入学してくる話を聞いた時はびっくりしました。まさかとは思いました。しかし、何か奇跡が起きたのだと信じて、実際に会ってみれば、湊様の姿がそこにあったのです。やや若返ってはいましたが……」

「ああこの姿はちょっとバグでさ……」

「いえ気にしません。湊様が若い時から、色々と街に遊びに行ったり連れまわされていましたから。そのわんぱくで破天荒な若い頃の湊様を知っている私にとって、その姿は新鮮で可愛らしいです」

湊はマーニャとこの西暦22222年にくる最中、時空の歪みで18、19歳ぐらいの見た目にまで若返ってしまっていた。しかしレミーと湊は当時、彼がまだ若い頃から一緒に遊んだり出掛けたりした旧友の仲であった。そのため彼女はその彼の姿に見覚えがあり、新鮮で可愛らしいものと受け取ったようである。

「湊様、今一度ゆっくりお話をしたく、この後私の寮室に来て下さいませんか?」

レミーは湊に近寄り、彼の手をそっと握った。湊はミミを気にして彼女の方をゆっくり見ると――

「レミーちゃんは、お兄さんをずっと待ってたんだよね。お兄さん、今日はレミーちゃんに寄り添ってあげて」

ミミもどうやらレミーと湊の話に感情移入したらしく、彼女もまた2人が今夜ゆっくり時を過ごすことを望んでいるようであった。

「そうにゃるね。まさかあの時ビルの屋上にいた青色の娘がそのAIオートマトンという奴で、この時代にまで生きていたなんてびっくりにゃる」

マーニャは30年前にワールドインパクトが生じて、湊と共に現在に来た訳であるから、その30年間の歴史については何も知らない。しかし、その湊を現在の世界に連れ帰る際に、ビルの屋上で彼の近くにいるレミーの姿を目撃していた。そのため、何千年という時を超えて2人が出会ったことに対して、時空間を司る魔神マーニャも非常に驚いているようであった。

「今夜はゆっくり2人で過ごすにゃる。僕も邪魔するような真似はしないのじゃ」

マーニャは自分がいるのは野暮であろうとその姿を消失した。

「うふうふ、湊きゅん、今夜はレミーちゃんに優しくしてあげてよねえ!」

クイーンハートが非常に気持ち悪い顔で湊のことを眺める。顔は非常に歪み、ニタニタとしながら彼を覗き込んでいる。

「や、やめてよクイーンハート校長!変なことはしないよ!」

「まあまあ。そんな興奮しないで湊きゅん」

クイーンハートは湊をからかいつつ、寮室の地図を取り出した。

「レミーちゃんの部屋はブラックピースちゃんとホワイトピースちゃんの隣でねえ……」

「え、あいつらの隣なのかよ……この寮、ちゃんと壁厚いよなああ……」

湊は特にあのブラックピースの方が能天気に人をからかう性格のため、レミーの寮室を訪れて何か会話をした際に、隣のブラックピースに聞こえてしまうことを懸念したのであった。
当のクイーンハートはそんなことは気にせず、レミーの寮室を地図上で指し示した。

「湊きゅん、見つけたよ。ここがレミーちゃんの部屋だから」

「分かった。一度自分の寮室に戻って着替えてから、レミーの部屋に行くから。待ってて」

「はい、湊様。お待ちしております」

湊はレミーの部屋を把握し、後で自室に帰ってから向かうことを伝える。ブラックピースの居る部屋が隣にあるためややレミーとの会話が壁越しにきかれないか心配になった。
しかし、そんな不安も彼女の笑顔にかき消され――

「湊様――また再会できた喜び、ゆっくりとお話できれば嬉しいです」

そう言って、レミーと湊はその場で別れたのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ふう、レミーの居る部屋は確かこっちかな?」

湊は現在、レミーの寮室を目指して寮内を歩いていた。寮はかなり大きく、歩くだけでもやや疲労する。
そんな所に、白髪のツインテールの人物が歩いてきた。

「あれ、ホワイトピースじゃねえか」

「あ、湊っち」

「今日は対戦ありがとな。楽しかったよ」

「こっちこそ、湊っちと戦えて、い、色々勉強に、な、なったよ!」

湊は軽く彼女に感謝の言葉を伝えた。

「今から温泉にいくのか?」

「ああ、うん、そうだよ。ブラックはなんか後からお風呂入るらしくて、私だけ先に入るんだ」

ブラックピースは今日の試合で疲れてしまったのか分からないが、彼女だけ後でお風呂に入るようであった。現在、ホワイトピースだけ学院内の温泉に向かっている途中とのことであった。

「そっか。じゃあ今日はゆっくりしてね」

「ありがとう、湊っち」

そう言ってホワイトピースは温泉へと1人向かっていった。

「さてここらへんかな、レミーの部屋は……」

湊はレミーの部屋と思われる寮室の前まで来ていた。時を越えて再会した湊とレミー。湊にとってレミーとは数日前にビルの屋上で会っていることになるが、レミー本人からしたら何千年も時が流れていることになる。湊にとっても、再会を夢見て途方もない時間を待ち続けた彼女の気持ちは計り知れない。

「ありがとな、俺のことをずっと待ってくれて。今日はゆっくり2人で話そうな」

そう言って、湊は彼女の寮室の扉を開けて――

「うわあああ!ホ、ホワイトか!?いや……ななな、何やってんだ湊く、君!いやあああ!」

「へ、ブラックピース!?」

湊はレミーの寮室に入ろうとした。しかし何故か中からは下半身丸出しで、股に掴んだパンツを押し当てて隠しながらドアの前に走ってくるブラックピースの姿があった。

「お、お前!その格好はど、ど、ど、どうしたああ!?」

「バカバカバカ、湊君のバカ!!」

ブラックピースはいつも能天気で、暇そうに鼻をふんふんと鳴らしている女の子である。しかし、現在の彼女はそんな普段の余裕そうな態度を崩し、顔を真っ赤にしている。

「い、いや、俺はレミーの部屋に行きたくて……」

「レミーちゃんの部屋は隣!!」

ブラックピースは現在も素っ裸の下半身にパンツを押し当てて隠しており、片手でレミーの部屋は隣だと指差した。しかし何故かその指差した片手は水に濡れていた。

「はは、は、早く出てけよ!!湊君!!出てって!!」

「ちょっと待て、悪かった……だけど、お前のその格好は一体……」

「出てけええええ!僕はお取り込み中なんだああああ!!」

そう言ってブラックピースは湊を蹴り飛ばしてドアをバタンと閉めた。湊は廊下に蹴り飛ばされてしまった。

しかし、何故かそこにはお風呂に行ったはずのホワイトピースがこちらに走ってくる姿があった。さらに廊下に倒れる湊には目もくれず、自分の寮室へと入っていった。

「私がお風呂に入りに行ってる間にブラニーするなブラック!!!私が温泉で卑猥な女だと思われたらどうすんじゃあああ!!」

「ひいい、ホワイト……なんで次から次へと邪魔が……」

湊は寮室の中からブラックピースがホワイトピースに怒られる声が聞こえてきた。ダブルピース両者は2人で1つの魂を共有する存在。片方の身体の刺激がもう片方に伝播する特性を持つ。
それに関係する何かがあったのかと推測するも、湊にはよく分からなかった。

「まあ、間違えて年頃の女の子の部屋に入った俺が悪かったということかな」

そう言って気を取り直し、湊は今度こそと思い、レミーの寮室をノックするのであった。
しおりを挟む

処理中です...