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第1章:全てを司りし時計の行く末

1章30話 貴方を待ち焦がれて[挿絵あり]

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「湊様!どうぞ中に入って下さい」

湊がレミーの部屋をノックすると、中から彼女が出てきて手招きをしてくれた。

「湊様、何かブラックピースちゃんとあったのですか?」

レミーは早速、先程湊が間違えてブラックピースの部屋に入った一件を気にかける発言をした。

「いや、俺がレミーの部屋を間違ちゃって……」

「ああ、そういうことですか。ふふ、湊様はおっちょこちょいな所もあるのですね。可愛らしい」

湊がうっかりレミーの部屋に入ってしまった一件を、彼女は可愛いと称した。

「先程から実は、ブラックピースちゃんのうめき声が壁越しに聞こえておりましたので、何かあったのかと思って心配していたんです。ですが、その様子だと彼女はいつも通り元気な姿だったということですね」

「ああ、ブラックピースはいつも通り元気だったぜ。なんか顔を赤くして、ちょっと様子もおかしい気がしたが、特に問題はないと思うよ」

レミーはどうも隣のブラックピースの部屋からうめき声のようなものが聞こえていたと心配していたらしいが、先程湊は彼女と出会ったばかり。特に心配はないだろうとその場で伝えた。
そしてレミーはその言葉にホッとして、本来話たい内容に集中できると湊を見つめ――

「湊様、改めて再会できたこの運命に感謝を」

レミーは扉をきっちり閉め、鍵も忘れなく掛けたことを確かめた。部屋が密室になった途端、湊のことを思いっきり抱きしめて、その手を彼の背中へと回した。
湊もまたそれに応じるように彼女の背中に手を当てた。

「ありがとう、レミー」

「私は……ずっと、会えると願って……」

何かが瓦解したように、レミーは涙をポロポロと流し始めた。今日の試合会場の一件でも泣いてしまった彼女だが、この密室の寮室で2人きりになれば、両者を邪魔する者は存在しない。本来の気持ちを嘘偽りなく、隠すことなく伝えられるこの状況だからこそ、本心を打ち明けられるというものなのだろう。

「私のこの身体をどう思いますか?」

レミーは突然、突拍子もないことを湊に質問した。

「私の身体は綺麗ですか?」

「ああ、勿論だよレミー」

「何千年もの間、湊様に出会えるこの日を夢見て毎日メンテナンスを欠かさず、この身体を維持してきました」

レミはさらに服を少々はだけて、胸元を開いて湊に見せた。

「試合で湊様に付けられた傷も、この通り既にメンテナンス済みですよ」

「お、驚いたな。あの傷をもう直したのか」

「はい、もう手慣れたものです。現在のテクノロジーではこの程度の傷はすぐにメンテナンスで修理できます。パーツ交換を実施して傷はほとんど修復済みです」

湊は試合で短剣による傷を彼女の胸元に与えた。傷口からは中の機械・電子部品が露出した状態であったが、既にその慣れた手つきでパーツ交換を行い、元通りに修復していた。

「でもレミー。そんなすぐに修復作業なんて、もしかして俺、大切なパーツとか傷つけちゃったか?」

レミーが異常に早くその傷の修復作業を行なったことから、もしかしたら何か活動に致命的になるパーツを壊してしまったのではと心配になった湊。しかし――

「いえ、特に壊れても問題のないパーツでした。活動に支障はございません。でも――」

レミーは一呼吸おいて、湊を見つめ、答えた。

「胸元の機械パーツが湊様に見える状態では、人間らしくないではありませんか」

「に、人間らしく……?」

「湊様には私を、いつも1人の人間として見ていて欲しいのです。胸元から露出する機械パーツは、人間の有する特徴ではありません」

そう言ってレミーは湊の手を優しく握り、自身の頬へと運んだ。

「どうでしょう。私は機械に見えるでしょうか」

「可愛らしい1人の女性に見えるよ」

「それなら良かった。私はこいつが所詮AIオートマトンだなんて見られたくない。機械のこの身体に生まれたとしても、何千年も湊様との再会を夢見てジッと待ち続けたこの心は、確かに本物なのです」

レミーはそっと湊の手を離して、今度は彼女の手を彼の頬に当てた。両手で、そっと挟んで包むように――

「私の手に温もりは感じますか?」

「なんか落ち着く気持ちになるかも……照れくさいけどさ」

湊はやや恥ずかしそうに頬を赤らめた。しかしレミーはいたって真剣な表情で話を続ける。

「私のこの皮膚はAIオートマトンにおける化粧。そして私のこの言葉は機械を人間たらしめる魔法。これがあるから、湊様に魅惑の魔法をかけて私を意識させることができるのですよ」

レミーはそっと湊の頬を包んだ両手を離して、今度は彼に背を向けるようにその場で座った。

「ずっと寂しかった……湊様。私は勿論、貴方様を含め人間を尊敬・敬愛しております。この身体をいつしか再び愛してもらうために、ずっとその細部までメンテナンスを続けて乙女を演じてきました。だけど、ちょっとだけ人間を妬ましいとも思うのです」

「どうして……?」

「こんなに努力しても、機械らしさを捨てきれないことに苛立ちます。私も人間として生まれたかった。ただ生を営むだけで、人間らしくいられるにその身体に生まれたくて……」

レミーは湊に向けた背を彼に近づけてそっと呟いた。

「ずっと寂しく、惨めに人間を演じてきました。どんなに努力しても人間の代替にはならいないことは承知の上です。だけどずっと努力してきたのです、人間であろうと。だから私は、この何千年もの努力を貴方に認めて欲しい。認められなければ貴方とて許せない」

湊はそっとレミーを背中からお腹へと手を伸ばすようにそっと抱きしめてあげた。

「だから、私を褒めて……」

「ありがとな、レミー。俺の帰りをずっと待ってくれて」

「もっと、もっとです、湊様……」

「君は美しい人間そのものだよ。機械だなんて見下したりなんてしない。君の努力は俺なんかの一般の人間よりもずっと素晴らしいものだよ」

「もっと、ぎゅっとして下さい、湊様……」

「ああ」

湊はレミーをちょっと痛いと感じられるぐらいまで強く抱きしめた。レミーはそれぐらいが丁度良いといった具合に、そのプルンとして口を緩め、そっと湊の腕に頭を当てて目を瞑った。

「この温もりを再び感じることができたことに感謝を」

恐らく数十分が経過した。レミーは湊の温もりを享受するように、身体を彼に当てて、時折頭を腕に擦りながらその存在を確かめたりもした。
その後、彼女がゆっくり身体を横にするように力を掛け、湊もそれに委ねるように身体を床へと付けた。

さらにレミーは横に寝そべった状態で身体をくるんと回して、湊の顔を至近距離で覗き込む姿勢になる。

「湊……会いたかったよ」

そう言って、レミーはそっと湊の頬にキスをしてあげた。普段は様付けで彼を呼ぶ彼女であるが、その瞬間は呼び捨てて名を呼んだ。彼女の顔は既に乙女のそれであり、目を瞑りながら口をやや開け、幸せそうにホッとするような表情を浮かべている。

さらにその床に寝そべった状態で1時間程度が経過した。両者はモゾモゾと姿勢を変えながら、その温もりと存在を確かめ合った。

「みなと……あたたかい……」

「レミーの身体も柔らかくて、暖かくて可愛いよ」

「ありがと。うれしい……」

両者は満足するまで互いを確かめあった。やがて、2人は至近距離・身体全体で触れていたせいか汗のベトベト感が気になり始めるようにまでなった。

「ちょっと、汗かいてきたかもなレミー」

「そうですね、湊様……」

汗の感覚が気になり始めた湊とレミー。

「湊様、個室になりますが、お風呂の準備はできておりますよ」

「お風呂か……個別の部屋に設けられた1人用のお風呂だろ?」

「少し狭いですが、どうですか?」

魔法女学院には共同で使用する温泉も存在するが、各個室にも小さなお風呂が用意されている。レミーはどうも湊と一緒に入りたがっていた。普段なら断る所だが、湊は心を許した彼女ならと嫌な気持ちせずに頷いた。

「ありがとう、湊様。私レミーはこの温もりを感じられただけで、今までの努力が報われたと感じることができました」

「俺も、レミーの温かみを感じられて幸せだよ。こっちこそ、ありがとな」

2人はそう言って、レミーの用意した生徒個別用のお風呂場へと向かった。

「私から言い出したことですが……その……ちょっと照れくさいですね、湊様」

「そうだな、その、目のやり場に困るというか……な」

レミーの身体は外から見れば人間と区別できない程艶かしい美しいものであった。所詮機械と言ってしまえばそれでお終いだが、湊は彼女を1人の人間として意識している。勿論それが彼女の望みでもあり、恥ずかしがる湊の姿は、レミーにとって自身を女性として見てくれている確かな証拠としても感じられていた。

「湊様が恥ずかしがるその姿を見ていると、ますます女性として日々身体を磨かなければとポジティブな気持ちになってしまいます」

「もう十分、その、可愛いよ、レミー」

「ふふ、ありがとうございます」

恥ずかしがる湊を少々おちょくるようにレミーは接しながら、彼の反応を確かめた。湊は彼女の身体を意識して、少々頬を赤くしながら、視線に気を付けてシャワーを浴びていた。
レミーは先に身体を洗い終え、お湯を溜めたバスタブに入りながら、シャワーを浴びる湊を見つめている。



「まだですか、湊様。1人でお湯に浸かるのは寂しいです……」

シャワーで身体を洗う湊の身体をまじまじとレミーは眺める。

「ちょっとレミーさん……その、そんなに見られたら恥ずかしいのですが……」

湊はその視線を気にして、ややかしこまってレミーにその気持ちを伝えた。

「すみません、湊様。でも、人間の身体はやはり美しいと思いまして。胸の筋肉、お腹の柔らかそうな膨らみ、そしてその湊様のお股にぶら下がるその巨塔と言い……」

「何のことですかねえ、レミーさん!?」

「ふふ。可愛らしい反応、ご馳走様です」

湊は何のことだか分からないと言ったようにレミーに反応した。さらにレミーは湊を追撃するように――

「早く湊様もバスタブに入ってきて下さい。私をまた1人にするのですか?えいっ!!」

レミーはシャワーを浴びている湊の手を引っ張り、自身の浸かる湯へと入れ込んだ。

「うわあああ!ちょちょ、レミーさん!?」

「ふふ、今日の私は大変機嫌が良いです。色々ご奉仕してあげますよ」

湊は狭いバスタブの中で、レミーと一緒に湯に浸かる状況となった。最初はやはり恥ずかしいといった具合に湊は顔を赤らめてそっぽを向いていた。しかし、だんだんその気持ちが落ち着きへと変わり、2人は互いに見つめあった。

「湊様、これからよろしくお願いしますね。この魔法女学院で、貴方様を守れるように精進して参ります」

「こっちこそ、レミーをまた手放すことがないように、何かあれば絶対に助けてやるからな」

そう言って、両者は静かに湯に浸かりながら空を見上げた。

「みんなで、この狂った世界に立ち向かっていこうな、レミー!」

「はい、湊様。西暦2222年の地球で私達が共闘したように、これからも末長く、苦境に抗って支え合う仲であり続けましょう」

レミーと湊は違いにその狭いバスタブでその存在を確かめながら、この世界に想いを巡らし、互いが協力して助け合う仲であり続けようと再度約束したのであった。

夜の静寂が学院を包む。その無機質な自然の空気が流れ込む中、温かで強固に存在する絆がその2人の男女に確かに存在していることが証明されたのであった。











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