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20.前世の誓い
しおりを挟むこれはおかしいぞ、とレオナールが思い始めたのは、“珍妙ちゃん”という奇妙な人物の噂を耳にしてからだった。
まず、側近のアンリの様子がおかしい。
いつも苛ついているアンリだが、そこに挙動不審が加わってしまった。
常に周囲を警戒するように視線を走らせており、かと思えば、終業時間付近になるとどこか遠くをじーっと見つめている。
一度何を見ているかレオナールが確認しようとしたところ、「おーっと手が滑りましたぁ!」とカーテンを閉められた。
ついこの間も、アンリは突然ルーベンを連れて執務室を出て行った。
そのあと二人で戻って来たとき、アンリは少し顔色が良くなっていたことが、レオナールには不思議に思えた。
アンリが行くと言った北の書庫は、レオナールの兄である第一王子の管轄だったからだ。
あの周辺は働く者たちの空気が殺伐としており、さらにレオナールの側近たちは煙たがられている。なので、戻って来たときに文句の一つも言わないことが引っ掛かっていた。
その日以来、今度はルーベンの様子もおかしくなった。
アンリと顔を突き合わせ、部屋の隅でコソコソと話すことが増えた。二人してレオナールが気付いていないと思っているのだろうか、やけに堂々とした密会である。
今まさにその密会が身近で開催されており、レオナールは近くにいたウェスを小声で呼ぶ。
「……ウェス、ウェス」
「は~い」
間延びした返事をしながら、ウェスがソファの定位置から立ち上がった。
すぐ近くまで来たところで、レオナールは声を潜めて問い掛ける。
「お前、アンリとルーベンのコソコソ話の内容を知っているか?」
ウェスはきょとんとした顔で瞬きを繰り返すと、アンリとルーベンの方を振り返る。
嫌な予感がしたレオナールは、ウェスの腕をすぐさま掴んだ。
「おいウェス、間違っても本人に訊こうとするなよ!」
「……え、ダメですか?」
「ダメだ、誤魔化されるに決まってるだろ」
「えー…、あの二人が何を話しているかなんて、オレには分かりませんよ~」
ウェスが肩を竦める。全くもってその通りなのだが、レオナールはため息を吐いた。
「はあ……側近二人はおかしいし、エマも無事に仕事を見つけられたのかどうかも分からないし……」
額に手を当てながら、レオナールはエマを思い出していた。
エマに会ったのは、村で会ったあの日が最後だった。それから何度もアンリに外出許可を求めたが、ことごとく却下されてしまう。
エマの存在が、側近たちによく思われていないことは分かっていた。
ただの村娘に執着する王子など、周囲にバレれば滑稽だと思われ、支持が下がるだろう。
(でも…エマは…エマリスさまは、俺の全てだ。俺の一生を懸けて護り抜くと誓った、初めての人だ)
前世で護衛騎士“レオ”は、王女“エマリス”を庇って命を落とした。そのあとのことは分からないが、“エマリス”が一人で生き延びたとは考えられない。
つまり、レオナールは前世で誓いを護れなかったのだ。
今世のレオナールは、第二王子として生を受けた。
王子としてならば、今のエマに対してできることはたくさんある。それなのに、肝心のエマは近くにいない。
「……ウェス、今夜にでも、エマの様子を見てきてくれないか。俺たちが以前住んでいた小屋にいる」
「エマ?エマって誰ですか?」
小首を傾げたウェスに、レオナールはそこまでエマが印象に残っていないのか、とがっかりする。
「エマだ。モルド村の…伯爵が逃げ込んだ先で会った、前世が王女の女性だ。お前も伯爵と対峙したときの彼女の動きを見てただろ?」
そう言うと、ウェスはようやくピンときたようだ。手を叩き、「ああ!」と声を上げる。
「珍妙ちゃんのことですね!エマっていうのか~」
「そうだ、珍妙……………珍妙??」
聞き間違いかと思い、レオナールは間抜けな顔で聞き返す。視界の端で、アンリとルーベンが驚愕の表情を浮かべているのが見えた。
「そうですよ~珍妙ちゃん、殿下に動きを仕込まれてるだけあって、相手の力量の見極め方が上手いですよねー。使用人として働くより、騎士のほうが合ってそうですよね!」
「……………使用人……」
レオナールの声が低くなったことに気付いたウェスは、「あれ?」と言って振り返った。
「アンリさん、これって殿下には内緒でしたっけ?」
真っ青な顔をしたアンリに向かって、レオナールはにこりと微笑む。
「……アンリ?全て話せ。今すぐに」
「…………かしこまりました」
項垂れたアンリの口から、今までのエマの動向がポツリポツリと語られた。
全てを聞き終えたレオナールは、目の前に並ばせた三人の側近を順番に見る。
胃の辺りを押さえているアンリ、申し訳無さそうに顔をしかめているルーベン、にこにこと笑顔を浮かべるウェス。
湧き上がってくる感情は、怒りよりも悲しみの方が強かった。
「……俺は、そんなにお前たちからの信用がないか?エマが城にいると分かれば、そのあとを尻尾を振りながらついていくとでも?」
静かに問い掛けたレオナールの言葉に、アンリが勢いよく首を横に振る。
「そこまでは思っていません!ただ、ことあるごとに彼女の話を聞かされたり、ことあるごとに彼女の様子を確認させられたりしそうだなと…!」
「おい、似たようなものだろ」
あまりに正直なアンリに、レオナールは苦笑してしまう。結局のところ、レオナールのエマに対する執着心が、側近たちを不安にさせてしまっていたのだ。
そこは素直に反省するべきだと、レオナールは分かっている。
「……安心しろ。エマが使用人として働いているからといって、そこに押しかけるような真似はしない。今の俺は王子であると、自分が一番良く分かっている」
「はい……黙っていてすみませんでした…」
「すみませんでした、レオナール殿下」
アンリとルーベンが謝罪をする様子を見て、ウェスはおかしそうに笑う。
「あはは、珍妙ちゃんが現れてから、お二人とも振り回されてて面白いですね」
「……ウェス、お前も振り回してる側だからな?」
アンリが口元を引きつらせてウェスを睨む。エマに仮面をつけて騎士と戦わせたことを言っているのだろう。
レオナールは顎に手を添え、ウェスの行動の理由を考えてみた。
「エマに騎士と戦わせたのは…俺が前世で指導をしたと言ったからか?」
「あ、はい。村のときは隙だらけの伯爵相手でしたけど、騎士相手だとどんな動きをするのか興味があって」
「確か……エマが転びそうになって、騎士が腕を掴んだんだよな?それでエマがその手を掴み、結局エマの勝ちになったと聞いた」
レオナールがルーベンと一緒に騎士たちの話を聞いたとき、確かエマと戦ったシルヴァンがそう言っていたはずだ。
ところが、ウェスは楽しそうに首を振る。
「レオナール殿下、わざと転びそうになったんですよ~珍妙ちゃんは。たぶん、シルヴァンの性格と力量を判断して、きっとそうすれば助けてくれると思ったんでしょうね!」
「……なるほど」
シルヴァンは騎士としての才能がじゅうぶんにあるのに、それを隠そうとしている節がある。
それはレオナールには分かっているし、騎士たちとよく対戦しているウェスも気付いている。そして、対峙したエマも気付いたのだろう。
「……レオナール殿下、お訊きしてもよろしいでしょうか」
そう遠慮がちに訊ねてきたのはルーベンだった。レオナールは頷いて先を促す。
「……殿下はなぜ、前世で王女に対して護身術のようなものを教えていたのですか?殿下が護衛騎士をしていたならば、護られる王女には必要なかったのではないですか?」
レオナールは椅子に背を預けながら、くすりと笑った。
「ルーベン。それは王女が、実の家族から疎まれ、常に狙われていたからだ」
「……!?」
ルーベンが目を見開き、アンリとウェスも意外そうな顔をしていた。
正直、レオナールは前世のエマの家族を思い出したくはない。それでも、今ここで目の前の側近たちに伝えることは、意味のあることだと思えた。
「エマは…前世のエマリスさまは、家族から庶民くさい王女と笑われ、蔑まれていた。そんな彼女を表立って庇う騎士や使用人は誰もいない。専属護衛騎士の俺しか、彼女を護れる人間はいなかった」
王女としての自分を着飾らず、髪色で差別をせずに誰にでも分け隔てなく接していた“エマリス”。
髪色のせいで騎士の中で酷い扱いを受けていた“レオ”は、そんな王女に救われた。
けれど、髪色の暗い護衛騎士を迎え入れた“エマリス”は、さらに蔑まれることになった。
王族の恥さらしだと嫌がらせを受け、ケガを負ったこともあった。
「エマリスさまは、自分の身を自分で護るすべを、身に付けるしかなかった。俺が教えられたことは、そんなに多くはなかったけどな」
一対一ならば、まず今のエマでも負けることはないだろう。前世での教えが今世のエマの助けになっているのなら、教えていて良かったとレオナールは思う。
三人の側近を見ながら、レオナールは再び口を開いた。
「……王子の俺が、表立って使用人であるエマを助けることはしない。ただ……お前たちは、ほんの少しでもいいから、気にかけていてほしい」
本当は、自分が一番にエマの元へ駆けつけたい。けれど、それはエマが目指してくれている道の妨げになってしまうだろう。
悲しそうに微笑んだレオナールの言葉に、側近たちは揃って頭を下げてくれた。
そのことがただ、今のレオナールには嬉しかった。
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