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44.婚約者候補
しおりを挟む「……それで、私が落ち込んでいたときはいつもそばにいてくれたんです」
「なかなかやるわね、レオナールお兄さま」
「オレリアさまがルーベンさまを好きになったきっかけは何ですか?」
「そうね、あの鋭い瞳で見られた瞬間に恋に落ちたわ。真面目すぎるところもまた素敵で……というか、」
うっとりと頬を染めていたオレリアが、急に冷めた目を隣へ向けた。
「どうしてここにいるの?ラザフォードお兄さま」
「え?気にしなくていいよ」
ニコニコと笑みを浮かべるラザフォードが、オレリアの隣で脚を組んで座っている。
その向かいにエマが座っており、謎の三角形が出来上がっていた。
ちなみに今いる場所は、王族専用のテラスだ。オレリアに「座ってちょうだい」と言われたエマは、その言葉に甘え二人でお茶をしながら談笑していたのだが、いつの間にかラザフォードが当たり前のようにやって来て座っていた。
どこかから行動を監視しているのではと疑ってしまう。
「オレリアがルーベンを気に入っていることなんて、とっくの昔に知っているし。エマとレオナールの関係だって僕は知っている。ほら、話を聞く適役だろう?」
「女癖の悪いお兄さまは、適役とは言えません。私たちの恋と一緒にしないでください」
「僕だって想う人は一人だけど?ねぇ、エマ」
「…………」
楽しそうな顔でラザフォードにそう問われ、エマはついじろりと睨むような視線を送る。
それを見たオレリアはハッとして口元に手を添えた。
「もしかして……ラザフォードお兄さまも前世で関係があったとか、そういうお話ですか?」
「おや、お前にしては鋭いな。僕は前世…エマは前世の前世で、夫婦だったんだ」
あまりにサラリと打ち明けたラザフォードの言葉に、オレリアは絶句している。その零れ落ちそうなくらいに見開かれた瞳が、ゆっくりとエマに向けられた。
「夫婦……?」
「はい。でも、今はただの侍女と王子殿下ですので。私が今好きなのはレオナール殿下です」
「ははっ、バッサリだなぁ」
くすくすと笑うラザフォードを見て、オレリアは首を傾げている。
「……そんな顔もできるんですね、お兄さま。お兄さまは自分以外信用しないで、他人を傀儡だと思っていると、私は思っていましたけれど…」
「それは酷くないか?弟と妹想いの、素敵なお兄さまだろう?」
「……ふふっ」
エマは思わず笑いが零れてしまい、オレリアとラザフォードの視線が向けられる。
「あ、すみません。微笑ましくてつい……」
「もう、微笑ましくなんてないわよ。でもそうね……エマがいなければ、こうしてラザフォードお兄さまとゆっくり話すことなんてなかったと思うわ」
オレリアは紅茶を口に運びながら、ラザフォードをちらりと見た。ラザフォードは口元に笑みを浮かべながら「そうだね」と同意する。
「レオナールとの関係も、エマが現れてから確実に変わってきている。前世が繋いでくれた縁……とでも言うべきかな」
「……私には前世の記憶はありません。私だけ除け者ですね」
そう言って可愛らしく唇を尖らせたオレリアに、エマは笑いかける。
「こうやって前世の話を聞いてもらえることができるので、私は嬉しいですよ」
「エマ……ありがとう。お兄さま、私はエマをお兄さまの側近には絶対に渡しませんからね」
「はいはい。でも知識だけは貸してもらえるかな?オレリア、君も王女としての知識をエマに補ってもらうといい」
「分かっています。既に王女としての心得は質問攻めにしていますので」
エマが前世で王女だったと知ってから、オレリアはことあるごとにエマに助言を求めてくるようになっていた。
元々所作は完璧なのだが、パーティーなどでの社交の場での言動に不安を覚えているらしい。
エマは王女だった自分を思い出しながら、嫌味を言ってくる相手の受け流し方までしっかりと教え込んでいた。
オレリアとラザフォードの話す姿を見ながら、エマは本当に不思議だな、と感慨深く思う。
モルド村で暮らしていたときは、王都に来て城で働き、王族と親しく話す自分なんて想像もしていなかった。
むしろ、もう王族や貴族とは関わりたくないと思っていたほどだ。
けれど今世では、良縁に恵まれたおかげで、こうして毎日楽しく過ごすことができている。
「……エマ。緩んだ顔をしているけど、君はそう悠長に構えていられないと思うよ」
「どういう意味ですか?」
「もうすぐレオナールの生誕祝いでパーティーが開催されるんだけど……そこで婚約者候補を一人選んで出席するように、陛下から指示が出たらしいからね」
頬杖をついたラザフォードの言葉に、エマはしばらく固まってしまうのだった。
***
「……何だって?」
レオナールは思い切り眉を寄せ、目の前のアンリを睨む。アンリは涼しい顔で手元の書類を眺めていた。
「ですから、レオナール殿下の生誕祝いの場で、連れ歩く婚約者候補を一名選びなさい……という陛下からのご命令です」
「よしアンリ、書類を見せてみろ」
「嫌ですよ。どうせわざと飲み物こぼして文面を読めなくしたり、わざと間違えて破り捨てたりするんでしょう」
有能な側近は、レオナールの思考をお見通しのようだ。額に手を当ててから、これ見よがしにため息を吐き出す。
「はー……。ここ数年何も言ってこなかったから油断してた。というか俺よりも兄が先だろ」
「お忘れですか?ラザフォード殿下はこの前のパーティーでぞろぞろと婚約者候補を何人も引き連れて参加していたじゃないですか」
そうだったか?と眉をひそめたレオナールは、嫌々と参加したラザフォードの生誕祝いのパーティーを思い出す。
金髪揃いの婚約者候補を両側に侍らせていた光景がよみがえり、余計に脱力感に襲われた。
「……婚約者候補、か…」
「どなたにします?高位貴族のご令嬢、隣国の王女殿下……あなたの隣を望む女性はたくさんいらっしゃいますよ」
アンリが一枚の紙を差し出し、レオナールはそれを受け取ってぼんやりと眺める。そこに羅列されている名前に、何も魅力は感じなかった。
「アンリ……お前、女装して謎の婚約者候補にならないか?」
「お断りしますっ!」
食い気味に断ってきたアンリの後ろで、ルーベンとウェスが笑いを堪えている姿が目に入る。
レオナールは顎に手を添え、うーんと唸った。
「ルーベンは体格から無理だな。ウェス、お前はどうだ?女装してみたくないか?」
「あっはは!オレにそんな趣味はありませんよ~。もし女装したとしても、表情とか所作とか無理ですってぇ」
「だよなぁ……」
レオナールはイスの背もたれに体重をかけながら天井を見上げる。正直今は、婚約者候補にかける時間が惜しかった。
(当日だけ協力してくれて、後腐れない婚約者候補なんて……いないよな。知識と教養があって、貴族と遜色ない所作が身についていて、それで……)
頭の中で理想の婚約者候補の条件を挙げている途中で、レオナールは目を見開く。
ガタンと机に手をついて立ち上がり、怪訝そうな顔をするアンリを見た。
「殿下?どうしました?」
「良いことを思いついたぞ、アンリ」
「……絶対に良いことじゃありませんよね?そうですよね?」
ニヤリと笑ったレオナールから離れるように、アンリが後ろに下がっていく。ところが、両脇をルーベンとウェスに固められていた。
「お、お前たち、裏切るのか!?絶対に碌なことじゃないぞ!?」
「……諦めろアンリ。あの目をした殿下は誰にも止められない」
「今回も犠牲になってくださいね、アンリさん!」
アンリの真っ青な顔を見ながら、レオナールは上機嫌で鼻歌を歌い出していた。
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