不自由と快楽の狭間で

Anthony-Blue

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92.帰還

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 自分の中で消化不良となった出会いから、3ヶ月が過ぎようとしていた。少しだけ自分に対して自信をなくしたボクは、あえて女性との出会いの機会を求めようとしていない。たまに、出会い系サイトからDMが来ているようだったが、メールを開くこともなく変化のない日常が過ぎていくだけだった。咲恵とのメールだけが、毎日の生活に華やぎをもたらしてくれていた。ボクの性的欲求も、自分で解消させて満足していた。

 寝る前の日課として咲恵と、小さな今日の出来事をやりとりした後、快適な眠りのために薄目のハイボールを作って飲んでいた。パソコンでネットサーフィンをしていると、玄関のドアが開いたような音がした。

「アレ、鍵はちゃんとチェックして掛けてるはずなのに」

 空耳ではなく、確実にだれかが入ってきた気配がして、身構えてリビングのドアを凝視した。ドアノブが動いて、静かにドアが開けられる。

「ただいまー。ご無沙汰しました」

 遠慮がちに開けられたドアから、見覚えのある顔と聞き覚えのある声がした。

「萌!」

 帰ってくるなどという咲恵の予想を、最近になってボクはすでに忘れようと努力していたところだった。

「灯りが点いてたから、まだ起きてるって思って入って来ちゃった」

「鍵がかかってただろ」

「あーそれは、スペアキーを作ってたし」

「鍵を換えておくべきだったよ」

「そんな、冷たい言い方しなくてもいいじゃん」

「おまえなぁ。あんな、出て行き方しておいてよく言えるよな。どれだけ人が心配したと思ってるんだ」

「ごめん、ごめん」

 苦笑いをして、萌はボクに近づこうとした。

「待って。今、ボクが警察に電話を掛けたら、萌は『住居侵入罪』で逮捕されても文句言えないんだぞ」

「だって、ここはわたしが瑞樹と一緒に住んでいた家だもん」

「それは、過去の話。萌が勝手に出て行ったんじゃないか」

「ごめんんさい。それは謝るから。もう行くところもお金もないし。しばらく、お風呂にも入れてないの」

 萌は捨てられた子猫のような目をして、ボクを見返した。

「好きになった男はどうしたんだよ。一緒じゃなかったの」

「あいつは、わたしを喰いモノにした後、ほかの女を連れ込んで、わたしを追い出したの」

そう言うと萌は、その場にうずくまった。よく見ると、髪はボサボサで来ていたTシャツのヨレヨレで薄汚れていた。本当に段ボール箱に入っていた捨て猫のようだった。

「許したわけではないからね」

 ボクは、イスに畳んであった洗濯物の中からバスタオルを選び出して、萌の頭に向かって放り投げた。

「風呂に入ってきなよ。そんなんじゃ寝られないだろ」

「ありがとう」

 ノロノロと立ち上がり、バスタオルを持ってリビングから出て行った。萌が持っていたものであろう、ボロボロの紙の手提げ袋が残された。ぺちゃんこに潰れ、ろくな荷物も入っていない様子の紙袋に、ボクは悲しさと悔しさを覚えた。

 咲恵の予想通りに、萌は戻ってきた。あの疲れ果てた様子の萌を一人で、淋しい夜の街に追い返すことはボクには出来なかった。しかし、この状況をどうすればいいのか、ボクはわからなかった。咲恵は、

「萌さんが戻ってきても、絶対にエッチをしてはいけません」

 と、何回も言われていた。しかし、部屋に入れてはいけないとは言わなかった。これは、ボクの都合のいい解釈なのだろうか。

「萌が帰ってきた。どうしたらいい?」

 とりあえず、咲恵にメールを送ってみた。もう寝ているかと思ったが、すぐに咲恵からの返信が来た。

「とうとう戻ってきたんですね。どうせ、瑞樹さんのことだから部屋に入れてるのでしょうね。お風呂に入ってこいって言ってたりして。でも、エッチだけはダメですからね」

 その返信メールを見た時、読まれているなと思わず笑ってしまった。ボクに笑えるほどの余裕なんてありもしないクセをして。

「わたしも、何とかして早くそちらに帰ります。追い出したりしなくていいです。わたしも萌さんに会ってみたいし、お話もしてみたいし。油断をしないように、待っていてくださいね」

 それはそれで、修羅場になりそうな予感もするが、咲恵が帰ってきてくれる方が助かるように思う。氷がすべて溶けてしまったハイボールのグラスを手に取り、口に流し込んだ。

「きもちよかったぁ」

 萌は、バスタオルを巻いただけの姿でリビングに戻ってきた。久しぶりに見る萌のカラダは、どこかやつれた姿でボクの目に映った。
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