92 / 231
92.帰還
しおりを挟む
自分の中で消化不良となった出会いから、3ヶ月が過ぎようとしていた。少しだけ自分に対して自信をなくしたボクは、あえて女性との出会いの機会を求めようとしていない。たまに、出会い系サイトからDMが来ているようだったが、メールを開くこともなく変化のない日常が過ぎていくだけだった。咲恵とのメールだけが、毎日の生活に華やぎをもたらしてくれていた。ボクの性的欲求も、自分で解消させて満足していた。
寝る前の日課として咲恵と、小さな今日の出来事をやりとりした後、快適な眠りのために薄目のハイボールを作って飲んでいた。パソコンでネットサーフィンをしていると、玄関のドアが開いたような音がした。
「アレ、鍵はちゃんとチェックして掛けてるはずなのに」
空耳ではなく、確実にだれかが入ってきた気配がして、身構えてリビングのドアを凝視した。ドアノブが動いて、静かにドアが開けられる。
「ただいまー。ご無沙汰しました」
遠慮がちに開けられたドアから、見覚えのある顔と聞き覚えのある声がした。
「萌!」
帰ってくるなどという咲恵の予想を、最近になってボクはすでに忘れようと努力していたところだった。
「灯りが点いてたから、まだ起きてるって思って入って来ちゃった」
「鍵がかかってただろ」
「あーそれは、スペアキーを作ってたし」
「鍵を換えておくべきだったよ」
「そんな、冷たい言い方しなくてもいいじゃん」
「おまえなぁ。あんな、出て行き方しておいてよく言えるよな。どれだけ人が心配したと思ってるんだ」
「ごめん、ごめん」
苦笑いをして、萌はボクに近づこうとした。
「待って。今、ボクが警察に電話を掛けたら、萌は『住居侵入罪』で逮捕されても文句言えないんだぞ」
「だって、ここはわたしが瑞樹と一緒に住んでいた家だもん」
「それは、過去の話。萌が勝手に出て行ったんじゃないか」
「ごめんんさい。それは謝るから。もう行くところもお金もないし。しばらく、お風呂にも入れてないの」
萌は捨てられた子猫のような目をして、ボクを見返した。
「好きになった男はどうしたんだよ。一緒じゃなかったの」
「あいつは、わたしを喰いモノにした後、ほかの女を連れ込んで、わたしを追い出したの」
そう言うと萌は、その場にうずくまった。よく見ると、髪はボサボサで来ていたTシャツのヨレヨレで薄汚れていた。本当に段ボール箱に入っていた捨て猫のようだった。
「許したわけではないからね」
ボクは、イスに畳んであった洗濯物の中からバスタオルを選び出して、萌の頭に向かって放り投げた。
「風呂に入ってきなよ。そんなんじゃ寝られないだろ」
「ありがとう」
ノロノロと立ち上がり、バスタオルを持ってリビングから出て行った。萌が持っていたものであろう、ボロボロの紙の手提げ袋が残された。ぺちゃんこに潰れ、ろくな荷物も入っていない様子の紙袋に、ボクは悲しさと悔しさを覚えた。
咲恵の予想通りに、萌は戻ってきた。あの疲れ果てた様子の萌を一人で、淋しい夜の街に追い返すことはボクには出来なかった。しかし、この状況をどうすればいいのか、ボクはわからなかった。咲恵は、
「萌さんが戻ってきても、絶対にエッチをしてはいけません」
と、何回も言われていた。しかし、部屋に入れてはいけないとは言わなかった。これは、ボクの都合のいい解釈なのだろうか。
「萌が帰ってきた。どうしたらいい?」
とりあえず、咲恵にメールを送ってみた。もう寝ているかと思ったが、すぐに咲恵からの返信が来た。
「とうとう戻ってきたんですね。どうせ、瑞樹さんのことだから部屋に入れてるのでしょうね。お風呂に入ってこいって言ってたりして。でも、エッチだけはダメですからね」
その返信メールを見た時、読まれているなと思わず笑ってしまった。ボクに笑えるほどの余裕なんてありもしないクセをして。
「わたしも、何とかして早くそちらに帰ります。追い出したりしなくていいです。わたしも萌さんに会ってみたいし、お話もしてみたいし。油断をしないように、待っていてくださいね」
それはそれで、修羅場になりそうな予感もするが、咲恵が帰ってきてくれる方が助かるように思う。氷がすべて溶けてしまったハイボールのグラスを手に取り、口に流し込んだ。
「きもちよかったぁ」
萌は、バスタオルを巻いただけの姿でリビングに戻ってきた。久しぶりに見る萌のカラダは、どこかやつれた姿でボクの目に映った。
寝る前の日課として咲恵と、小さな今日の出来事をやりとりした後、快適な眠りのために薄目のハイボールを作って飲んでいた。パソコンでネットサーフィンをしていると、玄関のドアが開いたような音がした。
「アレ、鍵はちゃんとチェックして掛けてるはずなのに」
空耳ではなく、確実にだれかが入ってきた気配がして、身構えてリビングのドアを凝視した。ドアノブが動いて、静かにドアが開けられる。
「ただいまー。ご無沙汰しました」
遠慮がちに開けられたドアから、見覚えのある顔と聞き覚えのある声がした。
「萌!」
帰ってくるなどという咲恵の予想を、最近になってボクはすでに忘れようと努力していたところだった。
「灯りが点いてたから、まだ起きてるって思って入って来ちゃった」
「鍵がかかってただろ」
「あーそれは、スペアキーを作ってたし」
「鍵を換えておくべきだったよ」
「そんな、冷たい言い方しなくてもいいじゃん」
「おまえなぁ。あんな、出て行き方しておいてよく言えるよな。どれだけ人が心配したと思ってるんだ」
「ごめん、ごめん」
苦笑いをして、萌はボクに近づこうとした。
「待って。今、ボクが警察に電話を掛けたら、萌は『住居侵入罪』で逮捕されても文句言えないんだぞ」
「だって、ここはわたしが瑞樹と一緒に住んでいた家だもん」
「それは、過去の話。萌が勝手に出て行ったんじゃないか」
「ごめんんさい。それは謝るから。もう行くところもお金もないし。しばらく、お風呂にも入れてないの」
萌は捨てられた子猫のような目をして、ボクを見返した。
「好きになった男はどうしたんだよ。一緒じゃなかったの」
「あいつは、わたしを喰いモノにした後、ほかの女を連れ込んで、わたしを追い出したの」
そう言うと萌は、その場にうずくまった。よく見ると、髪はボサボサで来ていたTシャツのヨレヨレで薄汚れていた。本当に段ボール箱に入っていた捨て猫のようだった。
「許したわけではないからね」
ボクは、イスに畳んであった洗濯物の中からバスタオルを選び出して、萌の頭に向かって放り投げた。
「風呂に入ってきなよ。そんなんじゃ寝られないだろ」
「ありがとう」
ノロノロと立ち上がり、バスタオルを持ってリビングから出て行った。萌が持っていたものであろう、ボロボロの紙の手提げ袋が残された。ぺちゃんこに潰れ、ろくな荷物も入っていない様子の紙袋に、ボクは悲しさと悔しさを覚えた。
咲恵の予想通りに、萌は戻ってきた。あの疲れ果てた様子の萌を一人で、淋しい夜の街に追い返すことはボクには出来なかった。しかし、この状況をどうすればいいのか、ボクはわからなかった。咲恵は、
「萌さんが戻ってきても、絶対にエッチをしてはいけません」
と、何回も言われていた。しかし、部屋に入れてはいけないとは言わなかった。これは、ボクの都合のいい解釈なのだろうか。
「萌が帰ってきた。どうしたらいい?」
とりあえず、咲恵にメールを送ってみた。もう寝ているかと思ったが、すぐに咲恵からの返信が来た。
「とうとう戻ってきたんですね。どうせ、瑞樹さんのことだから部屋に入れてるのでしょうね。お風呂に入ってこいって言ってたりして。でも、エッチだけはダメですからね」
その返信メールを見た時、読まれているなと思わず笑ってしまった。ボクに笑えるほどの余裕なんてありもしないクセをして。
「わたしも、何とかして早くそちらに帰ります。追い出したりしなくていいです。わたしも萌さんに会ってみたいし、お話もしてみたいし。油断をしないように、待っていてくださいね」
それはそれで、修羅場になりそうな予感もするが、咲恵が帰ってきてくれる方が助かるように思う。氷がすべて溶けてしまったハイボールのグラスを手に取り、口に流し込んだ。
「きもちよかったぁ」
萌は、バスタオルを巻いただけの姿でリビングに戻ってきた。久しぶりに見る萌のカラダは、どこかやつれた姿でボクの目に映った。
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる