10 / 15
10.オレンジ色の海
しおりを挟む
太陽は、もうすでに水平線に限りなく近づいていた。あたりは、太陽から染み出した色に侵食されて、空も海もオレンジ色に染まっている。
僕と美佳は、堤防に寄り掛かり海と向かい合っていた。ゆっくり流れる時間のなかで、僕は美佳に自分の中にある記憶のページを一ページずつ開いて見せた。僕の口から溢れ出した言葉の流れは、美佳の心にたどり着き、そのたびに小さく、でも僕に確認するように頷いた。
僕はすべてをさらけ出し、美佳が優しく受け止めた後、二人は刻々と姿を変えていく海を静かに黙って見つめた。
少し強めの風が吹いて、美佳の髪を揺らした。海の光が映る美佳の瞳が潤んでいるように見えた。
「泣いているの。」
と、美佳に聞いた。
「橘さんは、何も悪くないのにね。」
「仕方ないさ。誰にもどうすることも出来ないし。」
「でも、私。少しうれしいんです。だって、橘さんのこと、今一番知ってるのは私ですから。」
「そんなに、僕のことが知りたかったの?」
「ええ、」
美佳は、少し恥ずかしそうにうつむいてみせた。
「じゃあ、今の僕を一番よく知っている君にしかしてあげられないことを二人でしようか?」
「なにをするんですか?」
「いいから、いいから。」
僕は、美佳の車椅子のブレーキを外し、後ろから押し始めた。片手で美佳の車椅子を持ち。もう一方の手で自分の車椅子のリングを回した。縦に並ぶ形になった美佳は、後ろにいる僕に振り返って言った。
「あのぉ、どこに行くんですか。」
僕は、笑顔だけで返事を返して押し続けた。少し行くと、先ほど道路側に降りた階段にたどる着いた。反対側には海に降りていける階段がある。階段を降りれば、弓形に弧を描いて広がっている砂浜があった。
「海に行こう。」
互いの車椅子にブレーキをかけ、僕は自分自身の足で立ち上がり美佳を抱き上げた。腕の中の美佳は、少し驚いたように身を固くした。
「えっ、何を。」
「君の夢を、僕に手伝わせてくれないか。」
そう答えて、僕は砂浜に続く階段を一段ずつ慎重に降り始めた。足の痛みはあったが、腕の中の大切なもののためなら何の苦にもならなかった。最後の一段を降りたとき、美佳の足を見て思い出した。
「ちょっと、下ろすよ。」
「えっ、あっ、ハイ。」
「ここで、靴を脱いでいこうか。」
といって、僕は美佳の靴に手をかけた。靴を静かに脱がすと白くて華奢な足がのぞいた。僕も靴を脱ぎ素足になった。二人の靴を階段に並べて置き、ふたたび美佳を抱き上げた。砂浜は、昼間の太陽の光を蓄えて、素足の僕を暖かさが包み込んだ。
「階段に靴を並べておいたのはまずかったかなぁ。あのまま見つかると、まるで心中だよなぁ。」
「あっ、そうですね。このまま、この世界からいなくなったら確実に心中扱いですね。でも、私たちがどうやって海まで行ったかは、謎が残りますけどね。」
「えらく、冷静な分析だな。」
「ええ、このまま、海に沈んでもいいかなって。」
「おいおい、そんなことしないよ。するわけないじゃないか。君の夢の手伝いをするって言っただろ。」
美佳は、黙って僕の胸に顔を近づけた。美佳の吐息が、シャツの上からでも暖かさを感じさせられた。
「わかってます。」
美佳は、僕の顔を見上げて小さくつぶやいた。
僕は美佳の重みを感じながら、一歩一歩砂浜を進んだ。足を踏み出すたびに、僕の足は砂に埋もれ、砂浜に痕跡を残していった。振り返れば僕の足跡がはっきりと残っているだろう。だけど、今の僕にそんな余裕はない。僕に身を預けている美佳を、何とか波打ち際まで連れて行かなければという想いで頭の中はいっぱいだった。
「海が近くに・・・。」
うつむいていた美佳が、顔を上げてそう言った。
温もりのあった足下の砂は、海水を含みだして冷たさを感じだしている。もう、僕の足は波に洗われる砂浜の所まできていた。波が打ち寄せてくると、足下に白い泡沫がまとわりついた。
「さあ、君の足跡を僕と一緒に刻もうよ。」
僕はそう言って、美佳をゆっくりと下ろした。美佳の後ろから脇に腕を回して、僕の前に立たせた。
「海って、冷たいんですね。」
二人の前後に並んだ足には、大きな波が押し寄せてきて踝までを濡らした。
「ほら、君の足跡を波が消していったよ。」
「ホント、そうですね。でも、少し足がくすぐったいですね。こんな感覚、初めてです。」
美佳は、顔をこちらに向けながら柔らかな微笑みを返した。海も空も、そして美佳の瞳もオレンジ色に染まっていた。もうすぐ水平線に着きそうな太陽が、二人の重なった長い影をぬれた砂浜に映していた。
幾度、僕たちの足下を波が洗って行っただろう。周りの光は、オレンジ色から赤みを増した色に移り変わっていた。
「橘さん、お願いきいてくれませんか?」
突然口を開いた美佳の声は、小さく波の音にかき消されそうだった。
「なんだい?」
「あっ、えっとですね。わたし、橘さんの顔が見たいんですけど。」
「えっ、ああっ。わかった。」
僕は、美佳の希望を理解して頷いた。美佳を中心にして、僕は円を描くように少しずつ体を移動させていった。美佳は、自力では立ってはいられないので、慎重に体を移動していった。僕の背中が夕日を浴びる頃、美佳と向かい合わせになっていた。美佳は黙ったまま、僕の背に腕を回しお互いの距離を縮めた。僕も、美佳の背に腕を回して美佳の体を支えた。少し早くなった、お互いの心臓の鼓動をお互いが意識した瞬間だった。
背中に回された美佳の腕に、より一層力がこもった時、僕が映った大きな瞳を、美佳は静かに閉じていった。僕は、微かに震えている美佳の唇に自分の唇を重ねた。二人の一つになった影は、砂浜に残像のように映り込んだ。永遠の時に刻まれるように。
僕と美佳は、堤防に寄り掛かり海と向かい合っていた。ゆっくり流れる時間のなかで、僕は美佳に自分の中にある記憶のページを一ページずつ開いて見せた。僕の口から溢れ出した言葉の流れは、美佳の心にたどり着き、そのたびに小さく、でも僕に確認するように頷いた。
僕はすべてをさらけ出し、美佳が優しく受け止めた後、二人は刻々と姿を変えていく海を静かに黙って見つめた。
少し強めの風が吹いて、美佳の髪を揺らした。海の光が映る美佳の瞳が潤んでいるように見えた。
「泣いているの。」
と、美佳に聞いた。
「橘さんは、何も悪くないのにね。」
「仕方ないさ。誰にもどうすることも出来ないし。」
「でも、私。少しうれしいんです。だって、橘さんのこと、今一番知ってるのは私ですから。」
「そんなに、僕のことが知りたかったの?」
「ええ、」
美佳は、少し恥ずかしそうにうつむいてみせた。
「じゃあ、今の僕を一番よく知っている君にしかしてあげられないことを二人でしようか?」
「なにをするんですか?」
「いいから、いいから。」
僕は、美佳の車椅子のブレーキを外し、後ろから押し始めた。片手で美佳の車椅子を持ち。もう一方の手で自分の車椅子のリングを回した。縦に並ぶ形になった美佳は、後ろにいる僕に振り返って言った。
「あのぉ、どこに行くんですか。」
僕は、笑顔だけで返事を返して押し続けた。少し行くと、先ほど道路側に降りた階段にたどる着いた。反対側には海に降りていける階段がある。階段を降りれば、弓形に弧を描いて広がっている砂浜があった。
「海に行こう。」
互いの車椅子にブレーキをかけ、僕は自分自身の足で立ち上がり美佳を抱き上げた。腕の中の美佳は、少し驚いたように身を固くした。
「えっ、何を。」
「君の夢を、僕に手伝わせてくれないか。」
そう答えて、僕は砂浜に続く階段を一段ずつ慎重に降り始めた。足の痛みはあったが、腕の中の大切なもののためなら何の苦にもならなかった。最後の一段を降りたとき、美佳の足を見て思い出した。
「ちょっと、下ろすよ。」
「えっ、あっ、ハイ。」
「ここで、靴を脱いでいこうか。」
といって、僕は美佳の靴に手をかけた。靴を静かに脱がすと白くて華奢な足がのぞいた。僕も靴を脱ぎ素足になった。二人の靴を階段に並べて置き、ふたたび美佳を抱き上げた。砂浜は、昼間の太陽の光を蓄えて、素足の僕を暖かさが包み込んだ。
「階段に靴を並べておいたのはまずかったかなぁ。あのまま見つかると、まるで心中だよなぁ。」
「あっ、そうですね。このまま、この世界からいなくなったら確実に心中扱いですね。でも、私たちがどうやって海まで行ったかは、謎が残りますけどね。」
「えらく、冷静な分析だな。」
「ええ、このまま、海に沈んでもいいかなって。」
「おいおい、そんなことしないよ。するわけないじゃないか。君の夢の手伝いをするって言っただろ。」
美佳は、黙って僕の胸に顔を近づけた。美佳の吐息が、シャツの上からでも暖かさを感じさせられた。
「わかってます。」
美佳は、僕の顔を見上げて小さくつぶやいた。
僕は美佳の重みを感じながら、一歩一歩砂浜を進んだ。足を踏み出すたびに、僕の足は砂に埋もれ、砂浜に痕跡を残していった。振り返れば僕の足跡がはっきりと残っているだろう。だけど、今の僕にそんな余裕はない。僕に身を預けている美佳を、何とか波打ち際まで連れて行かなければという想いで頭の中はいっぱいだった。
「海が近くに・・・。」
うつむいていた美佳が、顔を上げてそう言った。
温もりのあった足下の砂は、海水を含みだして冷たさを感じだしている。もう、僕の足は波に洗われる砂浜の所まできていた。波が打ち寄せてくると、足下に白い泡沫がまとわりついた。
「さあ、君の足跡を僕と一緒に刻もうよ。」
僕はそう言って、美佳をゆっくりと下ろした。美佳の後ろから脇に腕を回して、僕の前に立たせた。
「海って、冷たいんですね。」
二人の前後に並んだ足には、大きな波が押し寄せてきて踝までを濡らした。
「ほら、君の足跡を波が消していったよ。」
「ホント、そうですね。でも、少し足がくすぐったいですね。こんな感覚、初めてです。」
美佳は、顔をこちらに向けながら柔らかな微笑みを返した。海も空も、そして美佳の瞳もオレンジ色に染まっていた。もうすぐ水平線に着きそうな太陽が、二人の重なった長い影をぬれた砂浜に映していた。
幾度、僕たちの足下を波が洗って行っただろう。周りの光は、オレンジ色から赤みを増した色に移り変わっていた。
「橘さん、お願いきいてくれませんか?」
突然口を開いた美佳の声は、小さく波の音にかき消されそうだった。
「なんだい?」
「あっ、えっとですね。わたし、橘さんの顔が見たいんですけど。」
「えっ、ああっ。わかった。」
僕は、美佳の希望を理解して頷いた。美佳を中心にして、僕は円を描くように少しずつ体を移動させていった。美佳は、自力では立ってはいられないので、慎重に体を移動していった。僕の背中が夕日を浴びる頃、美佳と向かい合わせになっていた。美佳は黙ったまま、僕の背に腕を回しお互いの距離を縮めた。僕も、美佳の背に腕を回して美佳の体を支えた。少し早くなった、お互いの心臓の鼓動をお互いが意識した瞬間だった。
背中に回された美佳の腕に、より一層力がこもった時、僕が映った大きな瞳を、美佳は静かに閉じていった。僕は、微かに震えている美佳の唇に自分の唇を重ねた。二人の一つになった影は、砂浜に残像のように映り込んだ。永遠の時に刻まれるように。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる