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171話 ミドリムシと蜘蛛

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 戦った龍種達に大人しくしている間衣食住を保証すると緑達が説明し、ダンジョンを案内した夜にそれはおこった。

「緑様、すいません」

 いつになく、真面目な顔でヒカリが緑の部屋を訪ね報告する。

「捕虜として牢屋に閉じ込めていた蜘蛛の蟲人の様子がおかしいと連絡があり確認したのですが……」

 そう言ってヒカリが言葉を詰まらせる。

「どうしたの?」

 いつもならハッキリ物事を話すヒカリだがその様子を見て、思わず緑が尋ねると申し訳なさそうにヒカリが口を開く。

「すいません…… うまく状況を説明できません。お手数ですが直接確認していただけませんか?」

「うん、大丈夫。直ぐにいこう」

 ヒカリが珍しくハッキリしない言葉で報告をしたために緑は、驚くがそれを表情には出さない。それを悟られないように、報告を受けた蜘蛛の蟲人の様子を見るためにヒカリと一緒に部屋を出て向かう。

 緑とヒカリは、本来ならば捕虜が置かれる部屋とは思えないほどの設備が充実した部屋の前に着く。

「ここだよね? 外からはおかしな感じはしないけど……」

 そう言って緑は部屋のドアを開ける。そこは、最近見た、獣人の国の城壁の外で暮らしている者達からすればなんと贅沢な部屋だと言われそうなほうど生活する上で不自由のない部屋があった。

「しくしくしく、うえ~ん、家にかえりたいよ~」

 蜘蛛の蟲人は向って来る敵を容赦なく殺し、生き残った者を嬲り暴言を吐く。緑達の戦士のイメージとは違い弱者にたいして容赦のない戦士と言えない者であった。

 しかし、彼女の口から洩れる言葉はそのイメージから遠く離れた少女の様な言葉であり、緑は驚きのあまりその様子を黙ってみていた。

 蟲人の中でも蠱毒の戦士、さらにその中でも上位の実力を持つと言われる蜘蛛の蟲人。魔緑が蟲毒の戦士の実力をはかるために干支緑達と戦わせその様子を見たが、結果は思ったより強くなかったと言う。

 だが緑の家族の蟲人を除けばほぼ頂点に近い実力の持ち主で緑達が単独で龍種と戦えるおかしな戦力を持っているための評価だと、こちらの大陸の蟲人に教えられた。

 緑が記憶している蟲人の口調は女と言われて驚く様な男の口調で、とてもではないが今のような少女の様な言葉づかいではなかった。

 コンコン

 緑が頭の中で蟲人の情報を整理しているとヒカリと一緒に入ってきたドアがノックされる。

「どうぞ」

 緑が許可すると入ってきたのはヤスデの蟲人、蜘蛛の蟲人と同じく蠱毒の戦士の1人。

「数日間は変化がなかったが……やっぱりこうなったか……」

 そう言って少し悲しそうな目をして蜘蛛の戦士の様子を見る。

「やっぱりって?」

 思わず緑が尋ねる。

「ああ、驚くかもしれないが……こいつの性格は今見ているそこらに居る少女の様な性格なんだ」

 そう言ってヤスデの蟲人は緑に視線を移す。

「少しだけ……俺が知ってるこいつの話をしたいんだが良いかな?」

 ヤスデの戦士の悲し気な様子を感じ緑は、気を引き締めて頷く。

「俺があんた達の元で二重スパイをするのに付けた条件、蠱毒の戦士を作る風習を無くす事だったよな?」

「うん、そうだね。むしろこっちにしては、それだけだった事に驚きなんだけどね……」

「風習の内容はどこまで知ってる?」

 そう言われると緑の目尻に涙がたまるが、聞かれた事に答える。

「グス……たしか、子供達同士で殺し合いをさせるんだよね……」

「ああ、そうだが、それでは不十分だ……」

 ヤスデの戦士は、そう言って黙り込み少しうつむく。緑はその様子を黙って見つめる。

 顔を上げてたヤスデの戦士は続ける。

「殺した後、仲間だった奴を残ったやつがを食うんだ……」

 昔、蟲人達の戦争は他の種族と比べて苛烈であったと緑達は聞かされた。戦うのが群れと群れの場合に負けた方は勝った方の食料にされたそうだ。その名残かどうかを知る者は今はおらず、その最悪の風習だけが残っていると聞かされる。


「そんな、風習の中、生き残った蟲毒の戦士は誰もがどこか壊れてるのさ。それでこの蜘蛛の壊れた部分、それがこの二重人格のような性格だ」

 仲間を食うと言われた時、緑はその事を想像してしまったらしく、嗚咽を上げながら泣きはじめ、そばにいたヒカリに抱きしめられ背中を撫でられていた。

 そのヒカリも涙を流しながら、横目でヤスデの戦士の目を見て続ける様に目で訴える。

「新しい蠱毒の戦士が生まれる時、それはちょうど世代交代の時でもあるんだ。1世代前の戦士が新しい戦士に食われる。どの種族もこの狂った風習を守り続けてた」

「あなたも……」

 そう呟いたヒカリだが、その言葉は尋ねたのか、あわれみの言葉だったのかヒカリ自身にも分からない。

 ヒカリの質問に答えずヤスデの戦士は続ける。

「蜘蛛の1世代前の蟲人はそいつの母親だったんだ。その性格が昼間のこいつそっくりで、子育てなんてろくにせず子供達つらく当たる様な性格だった

「らしいとは?」

 ヤスデの戦士の話を聞いていたヒカリが突然の違和感に尋ねる。

「ああ、その部分については、こいつの集落の他の蜘蛛に聞いたからな。それで、こいつの母親がこいつに食われたんだ、だがな……」

 そう言い始めた、ヤスデの戦士の目に涙がたまる。

「……お、親子2代で蠱毒の戦士に……なったのがはじめてだったのか……それともはるか昔だったのか、わからないが思いがけない事が起こったんだ……」

 そう言って、ヤスデの戦士は自身が涙をためている心を落ち着かせるために深呼吸する。

「母親の記憶の一部が、こいつに引き継がれたんだ……」

「それは、どうゆうものだったのですか?」

 涙をためながらも話すヤスデの戦士が話したかったのはここだと思ったヒカリは尋ねる。

「それがなんと……な」

 そこからヤスデの戦士の目から涙がダムが決壊したかの様に流れ始める。

「こいつの事を愛していたために酷い扱いをしていた記憶だったらしい……母親は次の戦士がこいつになる事を確信していた様でな……こいつが何の気兼ねもなく自分を食える様につらくあたった様だ……」

「なぜ、その事がわかったのですか?」

「うう……こ、こいつもな。つらく当たられても母親が好きで好きで仕方がなかったらしい……記憶を受け継いだ瞬間に半狂乱になって叫びはじめたらしい…………母親の愛してると言う言葉と母親へ愛していると言う言葉を………… 愛している…… 愛しているとな…… 周りの者達も母親の代わり様に驚いていたらしい、子供がある程度育ってからの母親の豹変ぶりに……母親の性格もこいつと同じような性格、普通の少女のような性格だった……ら、しい」

 そこからしばらくの間、部屋には誰のものかわからない小さな嗚咽が続いた。

 ヤスデの蟲人は気を取り直し続ける。

「こいつはしばらくの間叫び続けた後、突然倒れ数日間眠り続け起きたら今の様になったらしい。昼間は昔、母親がつらくあたった様な性格で夜は本来のこいつの性格にな……」

 その場にいた3人が3人とも何度も涙を拭っていた。唐突にそこまで涙を流し嗚咽まで上げていた緑がすっと立ち上がる。その様子を見たヒカリは緑が何をするのか悟る。

 緑の髪の間に咲く1輪の花、そこから蜜が溢れだし、それを緑がアイテムボックスから取り出したコップでうけとめる。蜜が止まるとそのコップを持った緑が蜘蛛の蟲人の前に歩み寄る。

「さぁ…… 僕の蜜をお飲み……」

 今までそう言った緑は、新しい家族を迎える事からの喜びでいつもニコニコと笑っていた。だが今回は違い、まるで聖母のようないつくしみが溢れる顔をしていた。

 その表情にヒカリは安心し、ヤスデの戦士は何故を蜜をと不思議そうにみていた。

 それまで周りを気にせず泣き続けていた蜘蛛の蟲人が緑がある距離まで近づくと、その存在に顔を向けるが途端に怯え始める。

「あ、あなたは!? どうかゆるして下さい! ゆるして下さい!」」

 そう言って大きな体を地面に伏せ頭を地面に擦り付けるようにして許しをこう蜘蛛の蟲人。今の少女のような性格になっても、昼間の記憶を認識している蜘蛛の蟲人は緑がどのような人物か理解していた。

 怯える蟲人に緑は静かに近づき優しく語り掛ける。

「あなたがしてきた事は決して許される事じゃない…… でもあなた自身の境遇に何も感じない僕じゃない。だから、僕の家族になってその罪を償っていこう…… だから、これを飲んで少し落ち着いて、これからの事を考えよう」

 緑の言葉に蜘蛛の蟲人はおずおずと顔を上げ、次に大きな体を起こし緑のコップを受け取る。

「うわぁ、すごくいい匂い」

 そう言って蜘蛛の蟲人がコップに口をつけた瞬間、蜘蛛の蟲人の殻が光り輝き、部屋の中を真っ白に染め上げる。

「なっ!? なんだ! この光はっ!?」

 すぐに光が収まると蜘蛛の蟲人が居た場所には1人の少女が立っていた。

「おい、お前なのか!?」

 その姿を見たヤスデの戦士がお思わず声をかけるとその少女は状況を理解できず、声をかけてきたヤスデの戦士をぼんやり見つめる。

 少女がしばらくぼんやりとヤスデの戦士を見ているとふと自分の視線の低さに気づき足元を見る。

「あれ?」

 少女が短くそう呟くと自分の体を見る。今まであった下半身の蜘蛛の体は無く蟲人のような2足歩行になっているおり、上半身も小さくなり強固な外骨格もなく酷くもろそうな体だが体の中からあふれ出す力に驚きを隠せない。

「えっ!? どうして、蜘蛛のからだが……」

 少女が混乱しているとヒカリがそばに寄り優しく撫でる。少女はヒカリを見上げると思わず口を開く。

「お母さん?」

 母親に優しくされたことが無いはずの少女は、母親の記憶にあった自分をなでたいという気持ちを思い出し、思わず尋ねる。少女の呟きに目を細めヒカリがしゃがみ目線を合わし答える。

「いいえ、あなたのお母さんは、あなたの中にいます」

 少女の言葉に否定を返すヒカリだがすぐに優しく少女を抱きしめる。

「安心してこれからは僕達が家族になるから……」

 横から、少女とヒカリのやり取りを見ていた緑がそう答える。

 少女は緑の言葉を聞いたためか、ヒカリに抱きしめられ安心したのか、母親ではなかったか悲しみかは分からないが、3人が優しく見守る中、声をあげて泣きはじめる。

 泣く理由はわからないが3人から見ると先ほどと同じように泣いているが、少しだけ違いがあった。それは、先ほどまでは自分の体を抱きしめていたが今は、抱きしられたヒカリの服を握り抱きしめ返す様にしてた。

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