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跳べ! ジャック
しおりを挟む部屋の電気を点けると隣の部屋でジャックがおかえりのダンスを踊っているのがわかったが、リビングにある高級酒のコレクションラックが空になっていて、わたしはスーツの上着を脱ぎかけたまま呆気にとられていた。
ラックの一番高いところはほとんど天井の位置にある。わたしも踏み台なしでは届かない。そこ飾ってあったラ・ターシュまでなくなっていたから、これはもうジャックの悪戯の線はないとおもったのだ。
(泥棒が入った!)
わたしはジャックの無事を確かめるため慌てふすまを開けた。三歩四方の柵の中に光が差し込むと、ジャックは右に左に伸びたり転がったりして元気そうな姿を見せた。
「ああよかった」
ジャックの無事を確認してわたしは胸を撫で下ろした。それにしても泥棒も驚いたことだろう。暗闇の中に仔犬とはいえシェパードがいたんだから。フフフと、意地の悪い笑いがこみあげてきた。
警察に電話をしたほうがいいのだろうか?
電話番号は何番だったろうか?
そんなことを考えていると、ジャックが足元に寄ってきてズボンの裾を「来てきて」というようにグイグイと引っ張った。
寝室のベッドに酒瓶が山盛りになっていた。ジャックはワウワウと跳ね回っている。
「……ジャック。お前がやったのか?」
わたしが聞くと、ジャックはベッドの下に転がった酒瓶を咥えた。そして枕元にそっと置くとぱぁああああ、と効果音が出そうないい笑顔を向けてきた。『さぁ褒めてください』と言わんばかりにフンスと鼻を鳴らした。
わたしはその仕草に熱いため息をつくと、ジャックの首根っこを捕まえて正面に座らせた。
酒瓶を ベッドに もちこんではだめですよ
でもでも ごしゅじん おさけ すきですね すてき くうかん
これでは 寝るとこ 無いでしょう
おさけのうえに ねれば いいのです ぼくは いつも そうしてます
山になってて 眠れません
それなら うちで ねませんか?
いやいや わたしは ベッドで 寝ますから
でしたら となり ごいっしょしても いいですか?
……身振り手振りを駆使して意思の疎通をはかり、とにかくジャックに悪気はないのはわかったが、やはり仔犬のしつけは困難だった。
まぁ泥棒じゃなくてよかった。脳裏に浮かんだ泥棒の顔がパチンと消えた。この人はいったい誰だったんだろう。
ベッドに転がった酒瓶を床に一本ずつ立てていくのをジャックは不思議そうにみている。なんというか、これはジャックなりの心遣いだったのだろう。すごい迷惑だけど。
しかしコレクションラックの上段部の酒瓶をジャックはいったいどうやって持ち出してきたのだろうか。
いや、そもそもどうやって柵から出たのだろうか? 飛び越えるにしてもわたしの背丈ほどあるのだ。謎は深まるばかりだった。
時刻は二十二時を過ぎていた。遅くなってしまったけど日課はこなしたほうが良いとおもってわたしはジャックに散歩に行くことを告げた。
普段は夜遅いと散歩は無しだったからジャックは『ええっ! いいの!』というように喜んだ。
「ジャック、リードはどこにやったっけ?」
わたしが聞くとジャックは『リードはこっちにありますから!』というように三角跳びで柵を軽々飛び越えて寝床に戻っていった。
謎は解けた。一発で解けた。
わたしはジャックの運動能力を甘く見ていたのだ。
あの要領で高いところの酒瓶もかっさらっていったのだろう。おそるべしシェパード!
不意に酒瓶と散歩が繋がってしまったことに気づいてわたしは慌てて「散歩なし!散歩なし!」とジャックに向かって叫んだが、リードを咥えて喜びのダンスを踊る姿をみると、その辺のことはあとで話し合おうとおもった。
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